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2008年2月

2008年2月29日 (金)

さすが大塔?(^^;)

080206ga6daito 「すが漏れ」が頻発している高野山だが、
これが大塔となると、少々の雪かきでは済まない話となる(^^;)
←ちなみに2月6日に撮影した大塔、
高さは十六丈、すなわち48m。
この屋根に積もった雪がお日様に照らされると・・・
080229daito3 大変ダイナミックな雪の落下が・・・{{{{(+_+)}}}}
てなことで、冬期は周囲立ち入り禁止となっている。
で、屋根を見上げて見ると・・・
080229daito1 およ?
およよよよ?

080229daito2 軒瓦が一つ足りない・・・orz



080229daito4 落ちてきたのがこれ(ToT)
軒瓦、と言っても、高野山では普通の瓦は凍って割れてしまうため、木で造形した丸材をカバーする銅板様式になっていて、見た目よりは重くないのが幸いし、破損は極小で済んだ。
それにしても、下から見上げる分にはせいぜい直径15㎝くらいにしか見えないが、こうしてみると改めてその大きさに驚く、
さて・・・軒瓦は軽傷だったのだが・・・
080229saku1 問題はこれ(>_<)
そう、大塔を取り巻く結界が雪の中に埋没してしまったのである・・・
『なんとかなる?』と聞かれたら、
「なんとかしましょう」と答えるのが信条(^^;)
080229saku2さっそく、結界発掘隊、作業開始~(^^;)
ヘルメットを被っているのは伊達ではなく、
雪かきしている所へ絶えず上から半分凍った雪が落ちてくるので、マジでヤバいからだ(>_<)
080229saku3 ただし、この結界、階段の途中に設置するため、高さ調整用に片側に台座が付いていて、それがアンカーの役割を果たし、なかなか掘り出せない(ToT)
しかも半分凍り付いているので、ガスバーナーで溶かしながら掘り進むのであったorz
080229saku4 ようやく見えてきた台座。

しかし・・・
080229saku5 ここまで掘り出してもびくともしない、
全体が凍り付いているのである(ToT)
・・・しばし黙考・・・
つーか、もうほったらかして帰りたいわぁ~(。。 )\バキッ☆
で・・・やけくそ気味に閃いた~!(笑)
あちこちをゴムハンマーで殴ってみたのである。
と・・・ぼちぼちと動き出したではないかいな~\(^o^)/
やっぱり「知恵と○○○はこの世で使え」やね~(。。 )\バキッ☆
080229saku6 てなことで、ようやく結界救出成功~!



080229saku7 このまましばらく干しておく事になった。

軒瓦も、雪が溶けてからスカイマスターを使って修理する事に、
てなことで、4年に一度の2月29日、
思い出深い日になりましたとさ(^^;)
ちゃんちゃん

2008年2月28日 (木)

恒例?(^^;)

080228tenjo 春霞に喜んでたら・・・
2階の天井からポタポタと・・・(ToT)

「すが漏れ」である。
昨年は雪が少なかったので漏れなかったのだが、どうやら今年はまた氷のダムができてしまったようだ・・・
てなことで、お昼休みに屋根の上の人となる(^^;)
080228yane1 幸い天気がいいので、積もってない所は乾いている。
ここが我が家のウィークポイント(^^;)
建て増しして無理矢理ぬるい勾配で屋根を合体させたので、水切れが悪いのである、誠にお恥ずかしい話(^^;)
矢印方向から見てみるとこんな感じ、
080228yane2 おそらく黄○部分の下に氷のダムができているはず、

てなことで、せっせとザラメ状になった雪をかきかき~


080228yane3 出てきた出てきた~
予想通り、氷のダムが上からの水をせき止めてしまっている(ToT)



080228yane4 黄色が氷のダム、
水色が溜まった水、ですな、

てなことで、おもむろにざっくざっくとダムを破壊~!
ちょっと楽しかったりして(笑)
080228yane5 てなことで、破壊作業は無事完了、
待ってましたとばかりに水が流れ出す。

しかし・・・漏れる前にやればいいのにねぇ・・・(^^;)

ちゃんちゃん

2008年2月27日 (水)

霞始靆

七十二候は偉大だ。
というのも今朝、大門駅道から橋本方面を眺めたらぼぉ~っと霞がかかっていて、「おぉ~春霞ぃ~って、カメラ持ってない~orz」ってな事があったのだが、帰宅してから暦を見てみると、ちゃんと雨水の次候、「霞始靆」(七十二候では第五候)となっていた。
回りは雪だらけだが(^^;)、やはり春が近いのだなぁ、それにしても、七十二候って見事にその季節を言い表しているのだなぁと感心。
で、この「霞始靆」は手元の暦によると「霞始めてたなびく」とされているのだが、それなら「始めて」ではなく「初めて」ちゃうのぉ~?と思い、検索してみたら、「霞たなびき始める」という表記もあった。
これなら自分的にしっくりくるのだが、どうも、「霞始めてたなびく」というのも間違ってるとは言えないようだ。というのもこれ、「はじめまして」を「初めまして」と書いても「始めまして」と書いてもどちらも間違いではないのと同じで、昔からそういう風に使われてきたらしい。
ちなみに私は「初めまして」派だが、「始めまして」とメールをいただいた場合など、無理矢理漢字を違えてレスするのも失礼だし、さりとて「始めまして」にはやっぱり違和感があるので(^^;)「はじめまして」とひらがなでレスするようにしている。
いやはや日本語はムズカシイ、まぁその分オモシロイのではあるけれど、ね(^-^)

2008年2月26日 (火)

いろいろ・・・(^^;)

今日は下山しての用事がいっぱい(^^;)
まず、会社用の消費税と県民税の納税証明書を貰いに行かねばならない。
それぞれ、紀の川市にある税務署と橋本市にある県事務所に行かないと発行してくれないという不便さ!なぁにがe-TAXやねん!
てなことで、誠にうっとぉしく、それだけで下山するのはなんだか悔しいので(笑)他の用事もくっつけてみたというわけ。
つーか、もともと入ってた歯医者さんの予約の日に、ついでに回ろうというわけである。
で、例によって、遅れ気味に出発して(^^;)まずは税務署へ、080226z1_2
脱税も未納も無いのに、なぜか入る時に身構えてしまうのは何故だろう(笑)
発行作業は誠にスムースに数分で終了~、
しかし、手数料が400円必要との事、
なぁ~ぜちゃんと納入した税の証明をするのに、こちらが身銭を切らねばならぬのだろうという素朴な疑問が浮かぶ。
『商売で使うのだから手数料くらい寄こせ』って事なのだろうが、それなら消費税納入の領収書で十分のはずで、ここが発行する様式でないとダメってのは何か搾取されてる気分。
・・・と、ぶつぶつ言ってたら予定をこなせないので、続いて橋本市にある県事務所へ急ぐ、
ここでは、県民税の納税証明書を発行してもらう・・・
いや、発行させる!のだ(笑)
で、手数料は同じく400円、
しかも・・・案内板に従い、指定された2階へ行ったら、『1階の総務室で400円分の印紙を買って来て下さい』との事。
むっきぃー!ヽ(`Д´)ノ
思わず・・・
「それやったら最初からそない書いとかんかーい!俺は忙しいんじゃー!印紙なんぞ、おのれが買うてきて勝手に貼っとけぇー!」と、
怒鳴っている自分を妄想しながら、階段を走って買いに行った(笑)
だってもめてる時間が無いんやもーん(笑)
てなことで、二つの書類は無事ゲット。
たった2枚の紙切れをもらうのに帰りも入れると4時間以上費やして、おまけに800円・・・
釈然とせんぞぉ~~~(笑)
と、ぶつぶつ言ってたら予定をこなせないので(笑)
そのまま歯医者さんへGO~!
なんとか予約に間に合って、後はゴォ~リゴリィのキィーンキン(ToT)
そして最後の予定である、ドコモショップへ向かう。
080226n1_2 というのも、佑真の携帯、N903i
1年ちょっと使用で電池の保ちが悪いそうな、
つーか、電池が膨らんできてフタがしまりにくいと言う。
「危ないやーん!」080226n2w(゜o゜)w

アップで撮ってみても、よくわからないのだが、試しに机の上で回してみると、まぁくるくるくるくると、普通のコマよりよく回るくらい真ん中が膨らんでいるのであった・・・orz
てなことで、あちこち回るついでにドコモショップへも寄り、現物があれば交換してもらおうというわけ。
ショップでちょっと驚いたのは、窓口のお姉さんが、あまりにもあっけらかんとしていた事。
こちらは例の爆発騒ぎでちょっと神経質になっている所もあり、電池が膨らむ、などというのは非常事態だと思っていたのだが、窓口のお姉さんはいたってのんびりと『FOMAはけっこう膨らむんですよね~』と当たり前のような口ぶり。幸い現物の在庫があったので、無料で取り替えてくれてくれたのは良かったのだが・・・
しかし・・・考えてみると、こういう不良品を、なぁ~ぜこちらがわざわざ出向いて取り替えてもらわねばならぬのか?と、またまた釈然としない気分に・・・(^^;)
なんだか今日は、相も変わらずのお役所仕事を体験した直後なので、ネガな考えが浮かびやすいのだろうか?(笑)
しかし、役所は相変わらず・・・の代わりに、優秀だと信頼してきたニッポンの電化製品は確実に「変化」しているのだなぁ・・・って、どっちもダメダメやーん!orz
080226gake ともあれ、何とか予定もこなせたし、まずはめでたし?(^^;)

帰路、土砂崩れにも遭遇したが、何とか通れたので、これまためでたし?(笑)
なんでも幸い、と思えればそれこそシアワセなんよね~(笑)
ちゃんちゃん。

2008年2月25日 (月)

迷子ボーダーのお知らせ

↓飼い主さん見つかりました~\(^o^)/(26日)

BCRNからの情報です。
三重県四日市市末永町付近にて保護されたそうです。
P1010212 1203921226

○青色の首輪をしています
○人懐っこくて、比較的キレイです
○基本的なコマンド「座れ」「伏せ」は出来ます
○家の中に入りたがるので、室内飼いされてたと思います

詳しくはこちらのブログをご覧ください

↑飼い主さん見つかりました~\(^o^)/(26日)

良かったです~\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/

2008年2月24日 (日)

溶けたり凍ったり

080224ondo この時期の高野山、
朝は厳しく冷え込み、日中はやや春の気配・・・

これ、実は大変危険!なのだ。
道の様相も刻々変わる。
080224n1

←本日午前10時頃、

080224n2_2
←午後4時半頃

つまり、溶けては凍り、溶けては凍り、が繰り返されるのである。
しかも、雪がそのまま凍るのではなく、いったん水になった状態から凍るわけだから、いわばスケート場のようになるわけで、さらにそこへ粉雪などが降った場合、これはもうどれだけ滑りやすいか想像に難くないと思う{{{{(+_+)}}}}
車で来山された参拝の方々が一番面食らうのもこの時期だ。
お昼前頃に高野山へ到着した時はちゃんと走れたのに、帰る頃には道がツルツルで動けなくなる事が多い。
これが真冬なら高野山道路の途中からずっと凍っているので、それなりの装備、つまりスタッドレスやチェーンを用意した車しか登ってこられないのだが、この時期は『たぶん大丈夫では?』という希望的観測のもと、ノーマル状態でもなんとか登っては来れるため、始末が悪いのである。
てなことで、これから3月中旬以降まで、車で来山される予定の方は十分ご注意いただきたい。
そして建物全般にも非常に悪い時期と言える。
溶けて凍って、が繰り返されるため、屋根の上に氷ができやすく、「すが漏れ」が頻発するし、銅板やカラー鉄板等の金属疲労も進んでしまう。
よく、『北海道でも採用されています』というふれこみで新素材の売り込みが来るが、「北海道でOKでも高野はあかん(ダメ)よ」と断る事がほとんどである。
ずっと零下なら大丈夫でも、日中に10度近くまであたためられると、脆さを露呈する素材が多いからだ。

寒い雪の上でも、暖かいストーブの前でも、どちらも楽しめる銀はけっこう凄いヤツなのかも?(笑)
080224gin1

2008年2月23日 (土)

ダイモンはユキヒョウ

マイミクさんからの情報で、ライラの冒険 黄金の羅針盤のHPを見た。  
↑のHPには字幕付予告編有り
これ、昨年だったか映画の予告編で「よろい熊」のCGに、ナルニア国物語のライオン以上ではないかと驚嘆した覚えがあり、ぜひ見たいと思っている。
てなことで、サイトの中には、お遊びで「ダイモン」を判定してくれるコーナーがある。
ダイモン、とは・・・
サイトの説明では、
『ライラの世界では、人の魂は肉体の外に住み、ダイモンの形をしている。ダイモンとはその人と生涯を共にする動物の精霊。』となっている。
まぁ、ジョジョのスタンドみたいなものか?(笑)

で、20の質問に答えていくとダイモンが決定されるのであるが、この質問が妙にリアル(^^;)
幸い、ちょっとした会合の後で、軽いベロベ浪漫状態になってて、ホントに素直に答えた結果(笑)・・・
080222w3おお~!
ユキヒョウ、と出た\(^o^)/
性格診断は・・・まぁ当たらずといえども遠からず・・・って感じ?(^^;)
それよりも私は、何を隠そう、ユキヒョウのファンなのである。
というのも、昔、谷口ジローさんの漫画でヒマラヤ?のユキヒョウの話があって、感動した私は思わずその何もかも見通すような眼を持ったユキヒョウを切り取り、事務所の壁に飾っているのである。
080222w1 何?
飾ってると言うても、押しピンで留めてるだけやん!って?

ほっといてちょーだい!(^^;)
ちなみに、ストーリーもほぼ忘れてしまっている・・・(。。 )\バキッ☆
ヒマラヤの山頂には登り続けてそのまま凍り付いたユキヒョウがいるとかなんとか・・・
それでもファンと言えるのか?とツッコまれたら、すんませーんと頭を下げる他ないのだが・・・
080222w2とにもかくにも、たぶん10年以上、
何もかも見通す眼で、ちょっと困った表情?(^^;)をしつつ、
ずっと私を見守ってきてくれたのである。
やはり、ユキヒョウは私のダイモンであったか、うんうん、と、ベロベ浪漫は一人納得しつつ、もう一匹の分身?(笑)である、銀の待つ我が家へ向かうのであった。
ちゃんちゃん 

2008年2月22日 (金)

あまりに情けない

ここ数日、書こうかどうか迷っていたが、やはり書く、
例によってごまめの歯ぎしりだが、今回のイージス艦と漁船の事故で、イージス艦も悪いが、漁船側の右への回避が無謀だったのでは?などという論調も出ており、それが非常に気になるからだ。

まず始めに断っておくが、私は、自衛隊肯定派である。
同時に、憲法9条は世界に誇るべき理想だし、護り続けるべきだとも思っている。
矛盾しているようだが、憲法9条が示す高邁な理想と、現実の世界情勢というそれこそ大きな矛盾の中で、ややバランスを失いつつも「日本を護っている」のが自衛隊だと思うからだ。
ただし、実際に戦闘するという前提ではなく、「存在」自体が「お守り」の役目を果たしていると言う意味でもある。
実際に戦闘したら・・・たぶん、モノスゴク弱い、と予想できる。
防衛にかける予算こそ世界有数だそうだが、それは単に自衛隊が買わされている武器がとんでもなく高額なのと、人件費が膨大なだけで、実質的には非常に「中途半端な武器しか持たない軍隊」だからだ。そして何より、実際の戦闘になったとしても「自衛以外の目的では発砲できない」という無茶苦茶なルールに縛られているため、勝ち負けで言えばまず間違いなく負けるしかない。できれば、本当にちゃんと軍備してアメリカ軍は出て行かせ、やる時はやるぞ!という誇りのもとに、徹底的な平和国家を目指して欲しい。でも、そうなると、すぐ戦争したがるアホな政治家や軍人が出てくるだろうから、結局今の中途半端さを支持するしかないとも思っている。
だから、自衛官のみなさんには、たとえ日陰の身と言われようと、誇りをもって任務に取り組んでいただきたい。とお願いするしかないのだ。
誠に勝手ながら、納税者としてはそう思うしかない。
ついでに・・・『戦わないって言うから自衛隊に勤務してるだけで、戦争になったら即、辞めるますよ』なんて言う隊員が極小である事も願うしかない。
ただし、非常事態になって、武器の供与を受けられるのならば、家族を護るためになら、私も戦う。徹底的に。
本来なら、世界中から戦争が無くなり軍の存在価値も無くなるという状況こそが理想だが、
軍を無くしたからと言って戦争が無くなるわけではないというのが悲しい事に現実だからだ。

だが、今回の事件で、その「お守り」であるべき自衛艦が自国民を・・・殺してしまった。
まだ発見されていない時点でこういう風に書くのは大変不謹慎だが、状況的に見て生存の可能性は考えにくい。
心からお悔やみ申し上げたい。
なんともやりきれない思いである。

そこへ、追い打ちをかけるように、後続の船は一端右へ回避しかけてすぐに左転してかわしているのに、清徳丸だけがぶつかったのは、何か操縦に不備があったのではないか?というニュアンスを含んだ報道も出ている。
今日になって、自衛隊の見張り員からも、『清徳丸がそのままイージス艦の右舷を通り過ぎると思った』というような、後付の言い訳がなされる始末だ。

これはおかしい、結果的にイージス艦の右舷を通り過ぎれば事故にならなかったという論は、イージス艦がルールを守らず直進した事でしか成り立たない論であり、漁船側からは予測できない事だ。
それどころか、漁船側からすれば、イージス艦がルールに則って右転を開始する可能性も考えられるわけで、その場合イージス艦の右舷を通る航路を取る事はそれこそ自殺行為になってしまう。結局、右へ回避するしかなかったわけだ。
後続した金平丸も一度は右転したものの、なおも直進してくるイージス艦を避けるためやむを得ず本来は禁止されている左転を行ったのだと思う。ちなみに、アサヒ新聞などに載っている図説を見ると、漁船ならばいかにも右へ左へひょいひょいと身軽に方向転換できるような図になっていて『ルールはともかく現実的には身軽な漁船が大型船を避けるべき』という論調の後押しをするかのごとくだが、全長12mの漁船といえど方向を変えるには数十mの距離を要するわけで、清徳丸が無事すり抜けられたとしたら、金平丸が危なかったかもしれないとも言えよう。

また・・・もし、実際に右に回避せず、左に避けていたらどうなっていたか?
おそらく、清徳丸はイージス艦に吸い寄せられ、横っ腹同士が衝突する形で転覆していたと思われる。
大型船と小型船が近寄り過ぎると、ひき波でそういう事故が起こりやすいのだ。
そもそも相手の船の船首に対しての横切りは、自分の船の長さ分の危険(この場合12m)で終わるが、大型船の直近を通り過ぎるためには、相手の長さ分(この場合165m)も危険が生じてしまう。
要は、いかに相手から短時間で離れるか、がポイントなのだ。
だが、金平丸はなおも直進を続けるイージス艦に対して、距離があった分、左に回避する方がまだマシだと判断したのであろう。
一方、清徳丸にはその余裕がなく、もともとのルール通り、右回避を続けたのだが、間に合わなかったという事ではないだろうか。
広い海の上、なぜもっと早くから?というのが大方の感想だろうが、北海道などの見通しの良い交差点で双方が見えていながら車や単車同士が衝突してしまう事故が多いのと同じ理由で、ぶつかる寸前までは予測がつきにくいものだ。現にイージス艦側はおそらく、『漁船の方で勝手に避けるだろう』という予断のもと、各見張り同士が連絡も取り合わず自動操舵のまま直進を続けていたたけだ。
これはいわば、赤信号の交差点へオートクルーズのまま警笛もならさず突っ込んでいくのに等しい行為とも言える。
ぶつかる寸前になってあわてて急ブレーキ(逆回転)をかけたが間に合わなかったという事だ。
漁船の方にも、短音を5回鳴らすという義務が生じるが、おそらくそんな余裕は無かったのだろう。
だからこそこの事故が起こった。

以上、私のような、ほとんどペーパー船舶免許保持者でも予想できる「ひき波による吸引作用」等の情報を、なぜ何日たっても出さないのだろう?
もう一つ、イージス艦の艦長がまるっきり登場しないのは何故なのだ?
これが大日本帝国海軍での話なら切腹ものだと思うが、それほどまでにたるんでいるのだろうか?
連絡網すらまともに機能しなかったくせに、こういう所だけ文民統制してどうするのだ?
過ちは詫びて正す、こんな簡単な事もできないのは情けなさすぎるではないか。

このイージス艦、4ヶ月かけてハワイまで行ってミサイルの発射訓練をしてきたそうだが、基本的な操船が24時間完璧に出来てこその訓練と言うことを帰国間近で忘れてしまっていたのだろうか?
それとも、これが常態としたら、誠に恐ろしい事である。

結局いつものセリフ、
最後のツケは国民に、なのか・・・orz

2008年2月21日 (木)

BCRN

Top_rogo 先日から、「BCRN」(ボーダーコリー・レスキュー・ネットワーク)へ参加している。
非常にしっかりした理念と、設立半年足らずですでに40頭弱のボーダーコリーをレスキューしたという行動力も併せ持った団体だ。
銀一匹に振り回されている毎日で、何ほどの事ができるか、はなはだ頼りないが、自分ができる事を少しだけでも、と思っている。

日本では現在、犬も猫もそれぞれ毎年20万頭前後が殺処分されているという、他の動物も入れればその数は膨大なものになるだろう。
ネットなどでも、目を覆いたくなるような惨状の報告があちこちに載せられている。
そういう記事を見るにつけ、やりきれない思いを抱えつつも、では一頭でも引き取ってという事ができない無力が、情けなさに拍車をかけていた。
今までも、動物愛護団体に寄付をした事はある。
だが、それは散発的なものであり、動物のため、というよりは自分の贖罪のような気持ちが強かった。
まさに偽善・・・?
そして、今回、ボーダーコリーという単一犬種へのレスキューとなると、「他の犬種や猫やその他諸々の動物はどうすんねん?」とまたぐずぐずと悩み出す自分がいたのも事実。
しかし、ここの「BCRNとは?」を読むにつけ、悩んでいるより行動を、とも思ったのだ。
私にできることなど、本当にたかが知れている。
だが、ぐずぐず悩むよりは、「今すぐできることを少しだけでも」やる方がいい。

そしてもう一つ、銀のような、知識(あるいは良心)の無い(`へ´)繁殖屋によって生まれながらにCHD(股関節形成不全)という運命を背負わされたボーダーコリーが他にもたくさんいるはずであり、これからはそれが原因で遺棄される子も増えていく事が予想される。
「BCRN」はそういう子たちの受け皿にもなりえると確信するからだ。

と・・・非常に生硬な書き方になってしまった(^^;)
自分の決意として書いたからでもあるし、何よりも、おっさんだから、どうもいちいち自分の起こす行動に理屈をつけたがるという悪い癖だ。
ご容赦願いたいm(_ _)m

2008年2月20日 (水)

ここにも春の兆しが

080220sakura2 さて、何でしょう?

何やらキラキラと・・・
って、これではわけがわからないので、
ちょっと補正をかけてみる、
080220sakura3 やっぱり、わからん?(^^;)

説明の前に・・・
これはどこで撮ったかというと・・・
080220sakura1 大門駅道にある一本の桜。
これの根の付近、なのだ。

080220sakura5 雪の中でもけなげに、ちゃんと春を迎える準備を済ませ、新芽が皮を破って顔をのぞかせている。
その落ちた皮の断片が、自らもっている油分や、お日様を浴びて蓄えた熱で、雪を溶かしつつ風で転がった跡、なのである。(^-^)

なんて小さくて、なんて偉大なんやろ!
感動のあまり、柄にもなく一句ひねりたくなったのだが・・・
080220sakura4 私が地面に屈み込んでいるのを見て、
何を勘違いしたのか寄ってきた野獣(^^;)が、
たちまち踏み荒らしていくのであった・・・

銀、これはなぁ、食べモンちゃうんや~!
ちゃんちゃん

2008年2月19日 (火)

雨水

二十四節気の「雨水」の初候(七十二候の四候)
「土脉潤起(どみゃく(つちのしょう) うるおい おこる)」日、
とは言え・・・
080219genba 現場はまだまだこんな感じだが・・・(^^;)

ふと見上げれば・・・
080219aozora そこには春を予感させる青空が(^-^)




橋本あたりはあたたかくて路面も乾いとるやろなぁ・・・
ふっふっふ・・・
今日は歯医者さんへ行く日だ~
てなことで、半時間だけ早く出発し、「S」に乗り換え~
ヒミツ基地から歯医者さんまでの道中を楽しむ。
やっぱり、乾いた道はええわぁ~(笑)
このままどこかへ走り続けたい誘惑に駆られるが、そうもいかない(^^;)
080219k1_2 てなことで、しぶしぶ?(^^;)
歯医者さんへ到着、
キィ~ン・・・のガリゴリガリゴリの、
『痛かったら左手を挙げて下さいね~』の、
「どうせ挙げても止めてくれんくせに~(ToT)」の、
『以前に治療した裏側に虫歯が出来てますね』の、
「夜中に食べるチョコレートが主な原因です~」の、
『子供じゃないんですから、ねぇ』の、
「ほっといてちょーだい!」の、
『もうしばらく通っていただく事になりますね』の、
「その度に単車に乗れるからええもーん」なのである(^^;)
とても4回目の年男とは自分でも思えない・・・orz

しかし、コドモだからこそ、素直に感動できる事もあるのだ。
080219k2 治療が終わった帰り道、
紀ノ川の土手の向こうの夕暮れ・・・
びゅんびゅんと忙しげに車が通りすぎて行く、
何でみんな車停めてぼぉ~と見とれれへんのぉ?(^^;)
と、普段の気ぜわしさを忘れ、夕闇が濃くなるまで立ちすくんでいたのだった。
ちゃんちゃん

2008年2月18日 (月)

先師忌の作法 ただし我流(^^;)

080218senjiki 本日は、出入りさせていただいているお寺の「先師忌
前官様の17回忌である。
豪放磊落なご気性と、先々代の若乃花(現、貴乃花親方の伯父さん)と相撲をとった事があるというくらい壮健な方だったが、老衰を迎えられ16年前に遷化されたのだ。
あの時もかなりの大雪であり、当時は高僧は土葬する決まりだったので、これも出入りの石屋さんが埋葬の準備に雪をかき分けかき分けしていたのを今でも覚えている。
あれからももう16年たったのか・・・
改めて月日のたつのは早いものだと思う。

本堂にてご供養の後、中食(昼食)をいただく。
ここで、月日がたってもあまり変わらないヤツが登場(^^;)
080218taro 『ちょ、ちょっとちょっと来て下さい~』と慌てた様子で呼びに来たので、裏方の作業場へ行ってみると・・・

「お前は台湾まで修行に行ったくせに、ワインの栓もよぉ抜かんのか~!」
で、恩着せがましく抜いてやり、ポーズを取らせて画像に納める(笑)
『写真なんか撮っとらんと、他のワインの栓も抜いて下さいよ~』
「アホか~、こんな絶好のネタ、ブログに書かんで何とする~」(笑)

・・・と、多少ドタバタしたものの、中食開始、
080218saba1 まず最初に・・・

080218saba2 「出生飯」を行う。
「しゅっさば」と呼ぶ。
「さば」はサンスクリット語で「食べ物」を意味する「sattvahara」に「生飯」という字をあてたもの。
あらかじめお茶碗には小量のごはんが入れられていて、
これを七つに分けてフタに盛り、七菩薩を通じて衆生に献じるのである。禅宗などでは施餓鬼、あるいは鬼子母神に施すとも言われている。自分が食べる前に生きとし生けるものへ感謝を捧げ布施するのである。
なお、このお茶碗、文字通り、茶を飲むためにも使われる。
080218otya中食の終わり頃、番僧さん達がお茶を注いでくれるのだが、湯飲みではなく、お茶碗で受け、お茶で洗うように回してから飲む。
これも米一粒、いや、粘り気までも無駄にしない、という教えだと思う。
へそ曲がりな私は、かつて、あるお坊さんに、「米ばっかり大事にしてるみたいでえこひいき違うんですか?」と尋ねた事がある。
即座に『お米に代表してもらってるだけやで、食べもんを勝手に区別してるのはあんたや』と諭されて、恐れ入ったのであった・・・m(_ _)m
てなことで、約1時間半経過・・・やっぱり飲み過ぎ・・・(。。 )\バキッ☆
080218oobira 「大平」(おおびら)と呼ばれる、うどんかそばが出たら、
そろそろ帰り支度をしなさい、という合図である。

ここからがちょっとムズカシイ(^^;)
080218ori0 ?意味不明?
すまん、ちょっと酔うてるからブレてるの・・・(。。 )\バキッ☆
要は、今日された食べ物を持ち帰るための折箱が配られるのだ。
これも、食べ物を粗末に残さないという戒めであり、かつて食糧が乏しかった高野における生活の知恵だと思う。
さてさて・・・これから、膝の上で折り箱を組み立て、箸を付けなかった料理を詰めていくのだが、これがなかなか・・・・
何しろ精進料理、炊いたものが多く、柔らかい食材がほとんどなので、綺麗に詰めるのがムズカシイのだ。しかも酔うてるし・・・(。。 )\バキッ☆
080218ori てなことで・・・
今日はブログに画像を載せるため、いつもより丁寧に詰めてみた(^^;)
後は、これも一緒に配っていただいたビニール袋に入れ、さらに紙で包んで・・・
080218ori2 家へのお土産?の完成~(^^;)
包み方には「もうこれ以上綺麗に包むのは俺には無理!どうせすぐ開封するんやからもうこのへんでええやろ?な、お寺の紋が表になるよう包むのはムズカシイいんじゃー!」という、若干ナゲヤリな感じも出ている(^^;)
080218niwa てなことで、小堀遠州の手による庭を眺めつつ・・・
(って、雪が多すぎてよくわからん?(^^;))

ごちそうさまでございました~m(_ _)m

2008年2月17日 (日)

シアワセの秘訣

西洋のことわざだったか、
一日、幸せになりたければ散髪に行きなさい。ってのがある。
そして、
一週間、幸せになりたければ車を買いなさい、
一ヶ月、幸せになりたければ結婚しなさい、
一年、幸せになりたければ家を建てなさい、と続く・・・のだったと思う。
ちょっと記憶があいまいだ・・・
車と結婚の効力が短すぎるような気もするが(^^;)
有頂天的な感激が薄れていくという意味では正解かもしれない・・・
ただ、その後、不孝になるという意味では決して無く(^^;)
しみじみとしたシアワセは別にやってくる(^-^)
そして・・・このことわざの最後は、
一生幸せになりたければ・・・正直に生きなさい。
だったと思う。
簡単だけど難しい、って事だろう。

てなことで、日曜日、とりあえず、一日分の幸せのために車で下山して散髪(笑)
うむ、なかなかご機嫌だ(^-^)
そしてその後にもお楽しみが、つーかこれが第一目的?(笑)
ヒミツ基地で久しぶりに「S」にご対面~!
080217k1 車じゃないけど、↑のことわざももともとは「馬」だったはず、
1週間どころか、1年以上つきあってるが、まだまだ幸せなのだ(^-^)
このところ、積雪路をトリッカーで走ってばかりいたので、ちゃんと乗れるかどうか心配だったが、長い事ほっといた割に「S」はちゃんと私を受け入れてくれた(^-^)
(乗りこなせてるかどうかはまた別の問題である(^^;))
さて、このままずっと乗っていたい所だが、今日はもう一つ用事がある。
てなことで、かつらぎ町で開催された、080217d1 世界遺産講座、紀北地方バージョンへ参加。
080217d2 講座修了後、世界遺産マスターの交流会も開催され、
活発な意見交換(^-^)
ちょっと賢くなったような錯覚も覚え(^^;)
これもなかなかシアワセな時間?(笑)
そして終了後、またあちこちをぶらぶら・・・(笑)
080217k2 ただ一つ、誤算だったのが、なんと橋本、かつらぎ方面でも雪がかなり舞い、路面がウェットに・・・(ToT)
しかも・・・
080217k3 何か・・・
高野山の方、吹雪いてるんですが・・・orz
竜巻っぽい雲も見えたりして・・・(^^;)

てなことで、あまり遅くなると遭難するかもしれないので、
ヒミツ基地で「S」のメンテをして帰山。

大門到着は午後7時すぎ、

しかし、よぉ降るねぇ~(^^;)
でも、シアワセな一日でありました(^-^)
ちゃんちゃん

2008年2月16日 (土)

座興 (^^;)

二日続けてちょっと堅苦しい話題だったので、
今日は一つ座興をば、
「4カード」と呼ばれるカードマジックだ。
スペードの1~4までのカードが順番に裏返っていく。
拙いテクだが、束の間だけでもお楽しみいただけたら幸いである(^-^)

※見るのは、どうか一回だけにお願いしたい(^^;)
※あら探しとネタばらしも、平にご容赦を~m(_ _)m

では・・・

ちゃんちゃん

2008年2月15日 (金)

人生は生きるに値する

昨日はどうも奥の院に呼ばれた(招いていただいた?)ような気持ちでいたのだが、気がつくと今日は常楽会だった。
涅槃会とも言う、お釈迦さんがクシナガラの沙羅双樹の木の下で入滅された日だ。

「常楽」は解脱され、涅槃(すべての迷いが吹き消された状態:あらゆる煩悩から解放された究極の悟りの世界)に至ったお釈迦さんの四つの徳性である「常・楽・我・浄」から、その前の二字「常楽」をとったもので、「常」は永遠に変わらぬ事、「楽」とは苦しみがなく安らかな事、「我」とは何ものにもとらわれず自由である事、「浄」とは一切の汚(よごれ)から離れた状態の事を指す。

現在は、死=涅槃、という解釈だが、ちょっとというかかなり違う。

ただし、お釈迦さん自身は弟子に対し、死後の世界の事は生涯一言も語る事は無かった。そんな事は死ねばわかる事で、それよりもこの世において「諸行無常」を見つめ、今、どうやって生きるかを考えなさい。というわけだ。
この、諸行無常についても、「この世は虚しいだけ」という消極的な意味ではなく、生きているものは必ず死ぬし、形あるものは必ず滅びるように、この世に存在するもので永遠に続くものは何一つないのだが、それは決して悲しむべき事ではなく「存在するものはすべて必ず変化する」という自然の摂理であり、それを積極的に受け入れ、その中で活き活きと暮らす道を見つけなさい。という事である。
よく「あきらめる」というが、あれは、「諦める」ではなく、「明らかに認める」という事なのだ。

つまり仏教とは、死後の世界を解説するものではなく、この世において「抜苦与楽(生きている人の苦を無くし楽を与える)を目指したものであり、「この世を生きるための智慧」だったのだ。

ところが、日本に於いては、もともとあった先祖崇拝や古神道の考え方と混ざり合った上、江戸時代に徳川幕府が人々を統制するために「宗門改め」を行い、必ずどこかの寺に帰属するよう「檀家制度」を強制した事から、仏教者は努力しなくても信者を獲得できるようになり、象徴的な儀式として「葬式」をメインに活動する事になってしまった。
これが現在、「葬式仏教」と揶揄される原因である。
真言宗もまた、「現世利益」が拡大解釈され、肝心な「真言」も「○○がうまくいくためのまじないの言葉」という、非常に刹那的な扱いを受ける事となり、その分、うさんくさいイメージを持たれる事になってしまった。

ともあれ、私は死を目前にしたお釈迦さんの言葉が好きだ。
最後の言葉はやはり『世はなべて無常である。そなた達は怠ることなく努力をするように』と、弟子達への薫陶なのだが、その前に、
『この世は美しい、人間の命とは何と甘美なものだろう』とも語っている。

人生は苦だ、それは認識としてだけ正しい、そして人はそれを避ける事ができない。
しかし、人はそれを乗り越えて行く事もできるはずだ。
もちろん、乗り越えられない、と明らかに認めるのも一つの道だ。

ほっといたって「死」は誰にでも訪れる、それまではせいぜいあがこうじゃないか。

人生は生きるに値する。

2008年2月14日 (木)

奥の院にて

仕事で奥の院へ、
080214okunoin1 今朝は-9.2℃という今季最低気温を記録したらしいが、やはり寒くはない。
道中など、むしろ凛とした冷気が漂い、さわやかでさえある(^-^)




080214okunoin2 御供所(ごくしょ)の山門も雪を被ってはいるが、お日様に照らされて輝くばかりだ。
ただ、この雪のせいで仕事は現場を見るだけとなったので、引き返す前に少しだけお参り・・・
080214okunoin4
水向地蔵さんはさすがにちょっと寒そう?(^^;)




と、嘗試(あじみ) 地蔵さんの方から読経が聞こえてきた。
「生身供(しょうじんぐ)」が運ばれる時間だった。
080214okunoin5 これ、簡単に言うと、お大師さんの昼ご飯、なのだ。
嘗試地蔵はいわばお毒味役。

お大師さんは、承和2年(835年)に、「虚空盡(つ)き、衆生盡き、涅槃盡きなば我が願も盡きん」(この世の全ての人の悩みが尽きるまでこの世にとどまる)との永遠の誓願をたて、奥の院に「入定(にゅうじょう)」(深い瞑想に入る事)された、というのが高野山真言宗における信仰で、それが、釈迦入滅後56億7千万年を経て、この世の全てを救済する弥勒菩薩が兜率天から現れるという信仰と結びつき、真言宗徒のみならず、法然さんや親鸞さんを始めとする他宗の宗祖達や、貴族から庶民、果ては敵同士の戦国大名達も一緒になって、奥の院でお大師さんと一緒に弥勒菩薩の降臨を待つ事になり、現在では40万基とも50万基とも言われる墓石群が立ち並ぶ事になったわけだ。

つまり奥の院は、宗派や身分の上下や敵味方などを超越した平等な世界、なのである。
そしてここでは、生と死さえもが、おだやかに融け合っているのだ。

だから今でも、お大師さんに、早朝と昼前、朝晩二回の御膳が供えられ続けているのである。

先頭を歩いていらっしゃる方は維那(ゆいな)さんと呼ばれる奥の院の責任者。

この儀式を単なる宗教的儀式と見るか、それとも、鎌倉時代の天台宗座主の慈円さんが感得したように、「ありがたや 高野の山の岩かげに 大師はいまだおわしますなる」と思うかは、人それぞれだろう。
私の場合は・・・
今日のメニューは何やろか? (。。 )\バキッ☆

いやその・・・(^^;)
何も茶化しているわけではなく、生身供を通り一遍の同一メニューではなく、毎回工夫を凝らして作られている奥の院の方々の苦労を偲んでいるのだ。
ちなみに、基本は炊きたてのご飯と一汁四菜だが、時には精進カレーもメニューに入るという。
お大師さんも、お釈迦さんの生まれた地方の料理と、喜んでくれているのではないだろうか?

御廟の奥へしずしずと進む御櫃をみながら、日々、雑事に追われ、今日も信心ではなく仕事で来ている事を恐縮しつつ、ここへ来させていただき、生身供まで拝ませていただいたという、ご縁に感謝しつつ、奥の院を後にしたのであった。

南無大師遍昭金剛

2008年2月13日 (水)

人体実験の思い出(^^;)

今朝は-6℃、この時期としてはまず標準的な気温だ。
080213hare しかし、青空ものぞいており、風も無いのでそんなに寒くは感じない。
もっとも高野山は標高900m近い山上だが盆地でもあるので、冬場でも寒風が吹きすさぶ日というのは割合に少なく、温度以上に寒く感じる日はあまりない。
寒いと言えば、個人的には、京都の冬が一番寒いと思っている。あの風といったら・・・{{{{(+_+)}}}}
さらに、12月から1月と2ヶ月余り、寒中生活が続き耐寒能力が増しているのも過ごしやすい原因の一つだろう。
これについては、学生時代に人体実験の人身御供にされた事があり、体温の維持について文字通り身に染みて実感した事があるのだ(ToT)

それは、卒業を間近に控えた4回生の頃、私たちのゼミでは毎日、研究のテーマである結露の実験にいそしんでいた。ちなみに、この実験は当時、日本で5本の指に数えられるという貴重な実験だったのである(まぁ、その実験に取り組んでいるのが日本中で4ゼミだけだったというのはナイショだが)
で、データ録りの合間に、お隣の環境工学ゼミからの依頼で、人体実験に半ば強制的に参加させられる事になったのだった。
それまでこちらの実験にも協力していただいていたのと、しょっちゅうそのゼミでコーヒーをご馳走になっていたので、断り切れなかったのだ。
ただ、不思議だったのは、なぜ、そこのゼミ生が被験者にならないのかという事だったが、これも、『寒冷地から来てる被験者が必要』との事で一応は納得。
私の場合、寒冷地出身ではあるが、大阪在住4年目ですと自己申告したのだが、『それこそ好都合』という事で、逃げられなくなってしまった。
ただし、これには恐るべきウラがあったのだが、まだ人を疑う事を知らなかった(^^;)私は、しぶしぶながら引き受けたのだった。

さて、どんな実験だったかというと・・・
真冬のゼミ室で暖房を止め、窓を全開にし、被験者である私ともう一人がパンツ一丁になり、軽作業(レポートの書き写し)を行い、体温の変化を記録する。という荒行(笑)
まぁ1時間くらい寒いのを我慢すればいいのだと思っていたら、体中に電極を取り付けられたのはまだしも、直腸の温度も測るという事で、太さ約8㎜くらいで長さが15㎝ほどの温度計を『これ入れてね』とゼミの先生に手渡された時には吃驚仰天!
「い、入れるんですか?その・・・あの・・・お○の○へ?」
『直腸の温度は大事やねん、頼むわ~』といたって気楽におっしゃる先生。
周りを取り囲んだそこのゼミ生達はニヤニヤと笑っていた。
「だ、だまされた~!」orz
これがあるから、そこのゼミ生が皆、断ったのに違いない。
ううう・・・
てなことで、女子学生もいるというのに、部屋の隅に置かれたファンシーケースの中で、自ら温度計をお○の○へ挿入する情けなさ・・・(ToT)
『気ぃ付けて歩きやぁ、下手したら中で割れるで』と先生、
「い、今まででそんな事故があったんですかぁ?」と私、
『いやいや、前例は無いよ~なんちゅーても、この実験するの初めてやもんな』
ぐわぁ~!
で、恐る恐る椅子に座ったのを覚えている。
(案外異物感無しに座れたのも覚えている(^^;))
そしてそれから1時間、体中とパンツの裾からコードを出した状態で、延々とレポートを書き写したのであった。
当たり前の話だが、めちゃめちゃ寒かった{{{{(+_+)}}}}
ちなみに、もう一人の被験者は高野山のふもと、九度山出身の男だった。
さて、その結果は・・・
驚くほどはっきりと差異が出て、実験そのものは大成功に終わった。
データ的には、私の場合、非常にゆっくりしたペースながら、1時間にわたり体温が下がり続けたのに対し、九度山在住者の体温は、最初の数分で一気に低下した後はあまり変化が無かったのである。

つまり、寒冷地出身であるにもかかわらず、私の場合、大阪で下宿生活をしていたため、耐寒能力は失われてしまい、体温を維持する事ができなくなっていたのだ。
対するに、高野山ほど寒くはないものの、大阪より寒い所で住んでいる者は外気の変化に敏感に反応し、その後は体温の維持が出来ていたのである。

先生も、これほどはっきりとしたデータが取れるとは思っていなかったらしく、非常にご満悦であった。
『よっしゃよっしゃ~ご苦労さん~丁寧に抜いてや~』
「わかってますぅ!」
で、再びファンシーケースに入り、おもむろに・・・
・・・抜いた時の感触が~!
入れる時はそんなに奇妙な感覚は無かったのだが、抜く時はどうやら負圧?が生じるらしく、はらわたそのものが引き抜かれるような、まさに尻子玉を抜かれる気分で、膝から力が抜けていくのであった・・・
お、お○○の人って毎回こうなん?(。。 )\バキッ☆

なお、この後、癖になったという事は断じて無いので、その点誤解無きようお願いしたい(^^;)

てなことで、現在の私は、いたってノーマル(笑)
耐寒能力+老化による鈍磨で寒さにはすこぶる強くなっているのである。
(その分、夏の暑さには異常に弱いけどね(^^;))

ちゃんちゃん

2008年2月12日 (火)

雪ニモマケズ

二日続けて銀ぶらネタで恐縮だが、080212asa もうなんちゅーか、他に話題が無いほど降り続いているのだ(^^;)
←停めて数分、決してスタックしているわけではない(笑)

そんな中、銀だけは元気いっぱい(笑)↓
途中で、エプロンをした南極探検隊の方が登場するが無視してやってほしい(^^;)

080212gin1走っては顔を雪に突っ込み、はぐはぐガシュガシュと雪を食べる。
080212gin2_2 ←堪能したのか、虚ろな目つきに・・・(笑)
って、これはちょうどまばたきの途中で写ってしまったもので、別にトリップしてしまっているわけではない(笑)

さてさて、今日は一日降り続き、明日はガツっと冷え込むそうだ{{{{(+_+)}}}}
どなた様もご用心を~

2008年2月11日 (月)

上を向いて歩こう

体調もなんとか快復、やれやれ(^^;)
てなことで、とりあえずは、朝の銀ぶらだ~
今日は祝日で佑真は休みなので駅道へは行かず、いつもの銀ぶらコースへ、
ところが今朝は今季一番の積雪量なので、080211gin2
除雪してない所はこんな感じ(笑)
歩きにくぅ~い(笑)
080211gin1 銀も足が埋まってしまうので、いつものようにはしゃげず、若干とまどっている(笑)
それでも雪をかき分けかき分けダッシュ~!(^-^)

ちなみに、主要な道はすべて昨晩のうちに業者さんによる除雪が行われており、車の通行には支障は無い。
080211gin3 夜遅くまでの作業には頭が下がりますm(_ _)m

080211gin5 ・・・まぁ、できる事なら、主要道ばかりじゃなくて、生活道にも目を向けてくれればねぇって言うても、甘えるなー!もともと家の前の雪かきなんぞ行政の仕事と違うわ、自立せんかーい!って事かい、ぷんぷん!(`へ´)って意味不明(笑)
と、下ばかり見てると税金の使途の不公平さにちょっと煮えてくるので、気を取り直して空を見上げてみたら・・・
080211gin4 おぉ~!\(^o^)/
ひさしぶりに見るまぶしい青空~(^-^)
さすがは立春過ぎやね~(^-^)
そもそも高野山、12月から1月にかけては、ほとんど毎日どんよりと曇った日ばかりで、もし晴れたとしても雲の方が多く、すっきりとした青い空ってのはなかなか拝めないのだ。
それに比べて、さすがは如月!(^-^)
(寒さで衣を重ね着する「衣更着」の意味と、だんだん陽気がよくなる「気更来」の意味の両方があるらしい。)

やっぱり、上を向いて歩こう、やね(^-^) うん、

おっと、でも、こんな凍結路ではやっぱり、

足下に注意しつつ、時々上を向いて歩こう、ってイマイチやな・・・(^^;)

ちゃんちゃん

2008年2月10日 (日)

何年ぶり?

金曜の夜から超体調不良、
おう吐と下痢を繰り返し、土曜日はほとんど動けず、
本日昼過ぎ、30数時間ぶりに雑炊を少しだけ食べられるようになった。
こんなに酷い状態は久しぶりだ。
もうちょっとで「バンコクの悪夢」を再現してしまうところだった(^^;)

原因はよくわからない。
おう吐したのも、土曜の朝、二日酔いの兆候が無かった後だったし、これはやはり食べ物のせいだろうか?
しかし、同じ物を食べた家族には症状が出ていない。
マジで誰かに毒を盛られたような気分だった(^^;)
aokiさんの情報だと「胃腸炎を伴う風邪」が大流行しているそうな、なるほど、
発熱は全く無かったが、胃腸を直撃する風邪、あるいはインフルエンザだったのかもしれない。

とにもかくにも、下痢を止めるために、ビオフェルミンを囓った。

ちなみに、ビオフェルミン療法は、バンコクの悪夢を経て帰国してからも、いっこうに腹痛も無いのに下痢が止まらず、これはひょっとしてアメーバ赤痢等の重篤な病気ではないかとビビっている私に、『あ、それ、腸が動いてないせいですよ、ビオフェルミンで一発~』と、我が主治医である○○さんが薦めてくれ、「そんなもんで治るのぉ?」と半信半疑だったのが、ホントに一発で止まったという、私自身には超効き目のある療法なのである。

食後に3錠、と書いてはあるが、とても何か食べられる状態ではなく、ビオフェルミンの1錠目を食事とし(^^;)残りの2錠もボリボリボリ・・・
続いて「単車療法」も試みようと思ったが、振動に耐えられそうにない・・・(^^;)
てなことで、後は安静にしているだけ、

ようやく本日の昼過ぎ、何とか雑炊を食べる気になれたという始末。

そして、夕刻、
誠に尾籠な話ながら、待望の「転失気」が(^^;)
何しろそれまでは、もう、気を許したら・・・(^^;)

てなことで、回復と初春にささげる一句・・・(。。 )\バキッ☆

いにしへの ならの都の八重桜 けふ九重に匂ひぬるかな・・・

そんなに何回もしてませんが・・・(。。 )\バキッ☆

ちゃんちゃん

2008年2月 9日 (土)

ダウン中・・・orz

熱はないのだが・・・
超体調不良につきダウン中・・・

誘うように大雪が降っているというのに・・・orz

2008年2月 8日 (金)

携帯でもクリック募金(^-^)

クリック募金に、携帯バージョンが登場した(^-^)

080208mobile ←のQRコード、どちらでも多分読み取れると思う。

080208l1 念のため、URLも載せておく、
http://www.dff.jp/m/

ポチっと・・・
080208bokin2
さらにポチっとすると、

080208bokin









080208nippin 現在はこのNIPPIN1社だけのようだが、おそらく徐々に増えていく事だろう(^-^)
「e-まちタウン」も携帯バージョンに参加すれば、例の全国競争(^^;)でどんどんクリックが増えるのではないだろうか?(笑)
080208emati ちなみに、今朝は久しぶりに、四国と中国が同数だった。
しかし最近、北海道と東北のがんばり?がすごくて、ちょっと水をあけられている感じだ(^^;)
四国と中国の同士よ、がんばろうぜ~!
北海道と東北の諸君、ちょっとは西日本にもクリックしたって~m(_ _)m
以上、真面目な募金を茶化しているわけではなく、少しでも笑顔のワンクリックを増やしたいのであーる。

ちゃんちゃん

2008年2月 7日 (木)

寒さも時には(^-^)

旧正月である。
先日、春の兆し・・・なんて書いたが、やっぱり寒ーい!{{{{(+_+)}}}}
しかし、今日は寒さのおかげで助かった話(^^;)

それは、夕方帰宅した時の事、銀のフード入れを拾い上げようとして屈んだ瞬間、胸ポケットから携帯がポロリ・・・
げげっ!と思う間もなく、よりにもよってすぐ横にあった水入れの中へー!w(゜o゜)w
ぎゃぁ~!水没~!。・°°・(>_<)・°°・。
と・・・
080207mi1 午後3時に入れ替えた水は、
すでにすっかり凍り付いていて(笑)
携帯は無事~\(^o^)/
寒くて助かりぃ~(^^;)
めでたしめでたし(^-^)
080207mi2 てなことで、この水入れ、
例のネズミのカップルが描かれているので、念のため一部モザイクと目線を入れておいた。
もちろん、皮肉だ(笑)
ディズニーって著作権にうるさいもんね~
たしか小学生が卒業制作で描いたプールの絵まで塗りつぶさせたってな話もあった。
そのくせ、「ジャングル大帝」だの「ふしぎの海のナディア」だの、「ファイナルファンタジーXI」だのから、パクりまくってるのはご存じの通り。
ちょっと調べてみたら、ウォルト・ディズニーって若い頃にユニバーサル映画に版権を全部取られちゃったという過去があり、それがトラウマになったとか・・・
しかし、それならそれで、他人の著作権は侵さない、という精神も育つべきだ。
ウォルト・ディズニー自身、FBIのスパイだったというような話もあるし、アメリカの明暗をそのまま体現しているような気がする・・・

ありゃっ?寒くて助かった、という話がいつのまにかアメリカ嫌いな話に・・・(^^;)
てなことで、もう一つ、アメリカという国は嫌いだが、アメリカの文化の懐の深さというか、アメリカ人の持つあたたかさがよく出てるYoutubeを載せておく。
場所は、ボストン・レッドソックスのホームグラウンド、試合前に身体障害者のためのイベントナイトが催され、自閉症の人がアメリカ国家を独唱することに、
ところが、緊張のあまりか、症状の一つなのか、彼は歌の途中で笑い出してしまい、歌が中断・・・
その時、何が起こったか?
私は最初見た時、鳥肌がたって・・・ちょっと泣いた。
もちろん、感動して、である。

http://www.youtube.com/watch?v=NhcZRFcjbhw

こういうシーンにはまさにアメリカ万歳!と思えるんよねぇ・・・

う~ん、フクザツ・・・

2008年2月 6日 (水)

雪の伽藍

仕事で伽藍へ行ったのだが、あまりの美しさにしばし散策・・・
080206ga1tyosi まずは、奥の院側の町石 第一番
これより奥の院へ向け金剛界となる。
私は西の胎蔵界へ進む、
後ろは愛染堂(あいぜんどう)。
愛情と情欲という身を滅ぼしかねない煩悩を、生きる活力に昇華させる、すなわち煩悩即菩提を象徴した愛染明王をお祀りしている。

080206ga2daiedo愛染堂の隣は、大会堂(だいえどう)
高野山で最初の僧侶の修行道場で、現在も使われている。(建物自体は焼失して再建されたもの、以下に出てくる建物も、創建当時のものは不動堂と御社のみで、他は度々の火災によりそれぞれ再建されたものである。また、厳密に言うと、不動堂は移築されたもので、御社は遷宮の度に修理されてきている)
当時は「蓮華乗院」(れんげじょういん)と呼ばれていた。
(現在、高野山にある蓮華定院とは別)
ちなみに建立の責任者はあの「西行」さん。
080206ga3sanmaido 西行さんといえば、漂泊の歌人というイメージだが、
実は高野山での止宿は30年以上に及び、当時すでに反目しあっていた、「本山派」と、後に根来に移る事になる「伝法院派」の両派を束ねる事ができた実力者だそうで、修験道の先達としても活躍したという記録が残っている。大会堂の横に立つ三昧堂(さんまいどう)にて修行されたと言われていて、三昧堂の前にあるのが「西行桜」(能の西行桜は京都が舞台、これは袈裟掛桜とも呼ばれている)080206ga4hudodo なお、大会堂は鳥羽法皇の皇女で五辻(いつつじ)斎院頌子(うたこ)内親王の寄進によるもの。
国宝 不動堂 
元は五の室にあったのが、ちょっとナサケナイ(^^;)理由で現在地へ移設されたもの。西行さんと同時期に活躍した行勝上人が、これも鳥羽法皇の娘である、八條女院(はちじょうにょいん)暲子(あきこ)内親王の寄進により建立したもの。
080206ga5koyasiro 「高野四郎」の鐘楼堂
(日本で4番目に大きい鐘)
もとは「高野二郎」だったのが、知恩院と方広寺(現存せず)に抜かれたので改名・・・(^^;)
ちょうど、5時となり、清浄な音が伽藍境内にこだまして・・・
その後は音のない世界(^-^)

080206ga6daito 金剛界と胎蔵界の二つの悟りの世界を、立体的に表した多宝塔である大塔、そして手前に写ってるのがお大師さんの住まわれていた建物を再現した御影堂
四国八十八カ所で言うところの大師堂である。


080206ga8sankonomatu お大師さんが、『修行の地へ届け』と、唐の海岸から投げた「三鈷」がここに届き、それ以来、葉が三本になったという伝説を持つ「三鈷の松」(背景は高野山の本堂である「金堂」)
葉っぱも寒そう~(^^;)
080206ga7miedo御影堂をもう一枚、
高野山で一番美しいと評される屋根に、白い雪が乗った様はまさに優美の極地。

080206ga9rokkaku六角経蔵、
これは鳥羽法皇の皇后であった、美福門院(びふくもんいん)が「紺紙金泥一切経」を納めるために寄進したもの。
(美福門院:不動堂を寄進した八條女院暲子の母、歴史上、保元の乱の原因とも言われ、九尾の狐、玉藻前のモデルとされるほど悪評が高いが、実際は優しい人だったという)
一緒に紀州の荒川(現在、桃の生産地として有名)も寄進されたので、「紺紙金泥一切経」は荒川経とも呼ばれる関係で、この経蔵の通称も荒川経蔵である。
当時、絶大なる権威を誇った鳥羽法皇の皇后や娘達の寄進は莫大なもので、それだけ、高野山に対する信仰が篤かったとも言える。
明治の廃仏毀釈さえなかったら・・・ねぇ・・・(^^;)
修行の地として女人禁制だった高野山を支えたのが、実は女性であったわけで、美福門院は、高野山に初めて葬られた女性でもある。
080206garan2 左:山王院 右:御社
伽藍の一番奥に神社があるのは、この地の産土神である丹生都比売姫と高野明神をお祀りするためで、左の山王院では竪精(りっせい)論議が行われる。
080206garansannouin山王院にも灯りがともった。


080206garan1miyasiro御社、
清浄なたたずまい、
木々の枝さえも神々しい。


080206garan3saito西塔、
天保5年(1834)に再建されたもので、軒の支柱に古建築の面影が残る。
華やかな大塔に比べると白木のままで地味な外観だが、その分、見ていると心が落ち着くような気がする。


080206garan5joyato西塔前の常夜燈にもほんわりと灯りが・・・

迷いの道を歩く自分に一つの光明が差した気が・・・
と、神妙な気持ちになる(^^;)




080206garan4daito

さて、そろそろ帰ろう。

ふと見ると、雪の重みで垂れ下がった木々の枝達が、こちらの頭をやさしく撫でてくれるような気持ちにさせてくれる。

おだやかな冬のひととき、
ありがとうございます~m(_ _)m

2008年2月 5日 (火)

かいぐりかいぐり

先日、ゆえさんのコメントにあった『かいぐりかいぐり』という言葉、妙に気に入ってしまった(^-^)
これ、オノマトペ(擬音語)だと思ってたら、「掻き繰る」の「イ音便」(おんびん)だった。

※音便:発音上の便宜からもとの音とは違った音に変わる現象。以下の4種類。
「掻きて→掻いて」などの変化が「イ音便」
「早く→早う」などの変化は「ウ音便」
「飛びて→飛んで」などの変化は「撥音便」
「知りて→知って」などの変化は「促音便」

本来は、左右の手を胸のあたりでぐるぐるまわす動作(♪かいぐりかいぐり とっとのめ~♪ってやつですな(^-^))の事らしいのだが、犬をイヂりまわしてるのを非常にうまく表す言葉だと思う。
そういう意味では、私的オノマトペ、と言えるかもしれない。

と理屈は置いといて・・・
5日、給料日の今日、思う存分、銀を「かいぐりかいぐり~」(笑)
080205gin3 マズルをひっつかまれても耐える練習~(^^;)

080205gin2 エイリアンのものまね~(笑)





080205gin1 がぶりぃ~!w(゜o゜)w
に見えるけど、
この状態でも絶対牙を当てようとはせず、
カプカプはむはむ~とじゃれついてくるだけ。

この驚くべき自制心には感心するしかない。


080205gin4 しかし、いつも以上に、
しつこく「かいぐりかいぐり」するので、
本犬も若干とまどっているようだ(^^;)
銀、すまんなぁ~
今晩はけっこう酔うてるもんでね~ (。。 )\バキッ☆
080205gin5 と、抗議の視線が・・・(^^;)
ごめーんm(_ _)m

てなことで、銀のツボをコチョコチョ・・・(^-^)

080205gin6 たちまちこの通り~(^-^)

ちなみに枕は今日もwii・fitのボードだ~(笑)

銀、遊んでくれてありがと~
おやすみぃ~(^-^)

ちゃんちゃん

2008年2月 4日 (月)

立春

本日は節分の翌日、つまり二十四節気の「立春」
というより、今日が立春だからその前日である昨日が「節分」だった、というべきか、
ちなみに、節分は文字通り「季節を分ける日」であり、本来は、立春、立夏、立秋、立冬の前日はすべて「節分」なのだが、現在では、節分と言えば、立春の前日の事を指すのが一般的となっている。
てなことで、今日からは春だ!(^^;)
080204yuki1 ←こんなんでも・・・ね(笑)
いやしかし、この雪はおそらく東からの風に舞っているのに違いないのだ(^^;)
何しろ、紀元前の中国、黄河の中下流域の気候を元にして決められた二十四節気を、日本の風土に合うよう改訂されてきた「七十二候」では、
ちゃんと、「東風凍(こおり)を解く」(東風:とうふう、こち、はるかぜ)となっているではないか、
菅原道真さんだって「東風吹かば 匂ひおこせよ梅の花 あるじなしとて 春を忘るな」と、詠っているしね、
ただまぁこの句は九州・太宰府で詠まれたものだが・・・(^^;)
とにかく、いよいよ春が始まるのだー!って多少無理矢理?(笑)
まぁそれだけ山の民は春を待ちこがれているという事なのだ(^-^)

ああ、はよ、春よ来いぃ~~~!

ちゃんちゃん

2008年2月 3日 (日)

銀の恵方参り(^^;)

日曜日の朝、軽く家の前で銀ぶら、
ところが、普段ならうるさいくらいじゃれついてくるのに、突然消失!
隣家へ遊びに行ったのかと思ったが、足跡がついてない。
「ど、どこ行ったん?」と少々慌て、
「銀、ぎぃーん!ハウスぅ~!」と呼んでみたら・・・
突然、ばさばさっと屋根から雪が落ちてきたので、ふと見上げてみると・・・
080203gin1よぉく見ていただきたい・・・

ありえへーん!w(゜o゜)w
ちなみに、それっぽく見える部分もあるが、
これは心霊写真ではない(笑)

何?わからない?

080203gin11 黄○部分にご注目~!

ちなみにカミさんにこの画像を見せたら、
最初わけがわからず、
『何?白いモグラが上向いてるとこ?』と曰った(笑)
(確かに見ようによっては、口吻の長い、目玉のデカい、モグラの心霊写真?に見えないこともない(笑))
080203gin2で、拡大すると・・・
わぁ~っお!w(゜o゜)w
な、な、なんでそんなとこにおるねーん!
つーか、どこから登ったん????????

080203gin3で、本犬も私に呼ばれて顔をのぞかせてみたものの、
ちょっと困っているようで(^^;)
飛び降りるわけにもいかず、ぼぉ~っと佇んでいる(笑)
「う、動くなよ、な、銀、落ちたらあかんぞぉ~」と声をかける。
大きな声を出すと、飛び降りる(落ちる?)かもしれないし、小さな声では役にたたず、どないしたらええねーんと、ちょっとパニック{{{{(+_+)}}}}
080203gin4 で、おそらく裏山から屋根に飛び移ったのだろうと思い、裏山銀ぶらコースまで回り込んで呼んでみたら、
バシャ、どさどさ、ベキベキッ!ばっさばっさ・・・ってな異音を発しつつ、
ちゃんと降りてきた(^^;)
よ、良かった~!
しかし何故?
鳥でも追いかけたんか?
節分に合わせて、歳徳神(としとくじん)さんに挨拶に行ったんか?(^^;)
そういや、銀の登ってるところは、うちから見て南南東のちょっと右、つまり「丙(ひのえ)」の方角だ。
これ、運気上昇って事かな?
まぁ、ケガもしなくて万々歳?
ブログのネタもできたしね(笑)

ちゃんちゃん

以下、ややこしくて長~い蛇足(^^;)
太巻きを売るためのCMで『今年の恵方は南南東』ってな表記がされているが、これはわかりやすくするためか略しすぎていて、本来なら、今年は「戊(つちのえ)」ゆえ、恵方は「丙」つまり、南南東+7.5度右、である。
南南東とか、東北東、という表記は全方位を16分割して言う時の表記方であり、恵方を求める時の方位は24分割で行うので、誤差が生じるのだ。
つまり、南南東は、東と南の間(90度)を4分割した東から3つ目、つまり、東からは67.5度であり、丙は6分割したうちの5つ目だから、75度となり、7.5度ずれているという具合。
ついでに、恵方は歳徳神というその年の幸運を司る方位神がいる方位を指すのだが、24分割したうちの4方位を順番に巡っていて、甲(きのえ)と己(つちのと)の年は 甲の方角
乙(きのと)と庚(かのえ)の年は庚の方角、丙(ひのえ)辛(かのと)戊(つちのえ)癸(みずのと)の年は 丙の方角、丁(ひのと)と壬(みずのえ)の年は壬(みずのえ)の方角になる。
ややこしい?(^^;)
これはそれぞれ、東北東+7.5度右、西南西+7.5度、南南東+7.5度右、北北西+7.5度に位置する事になる。
頭が煮えそう?(笑)
てなことで、超簡単に書くと、その年の恵方は、西暦年の末尾が4か9なら甲の方角(つまり東北東からちょっと右)で、
0か5なら庚の方角(西南西からちょっと右)
1か3か6か8なら丙の方角(南南東からちょっと右)
2か7なら壬の方角(北北西からちょっと右)という事である。

2008年2月 2日 (土)

さて・・・

080202k41 雪の現場に到着、

さて、何でしょう?

080202k42 正解は、浴槽~!

これ、材質がちょっと変わっていて・・・
信楽焼、なのだ。
色合いがもうなんちゅーか、例のタヌキの○○○○と一緒(笑)
あれを引き延ばして作ったんか?ってな感じ(^^;)

しかし、ただの信楽焼ではなく、酸化チタンとエココートで処理されていて、カビもつかず、セルフクリーニングの作用もあるという。
寒さにも強いというふれこみで、北海道の露店風呂での使用実績もあるらしい。
これに湯が張られ、浴槽自体もぬくもったら、さぞあたたかいやろねぇ(^-^)

ちなみに、信楽焼のタヌキって、今のような形で作られるようになったのは昭和の始め頃で、商売の縁起物として広まったのは戦後になってかららしい。
そして、昭和26年、昭和天皇が信楽に行幸、タヌキの旗行列でお迎えしたところ、なんと昭和天皇、幼少の頃にタヌキの置物を集められていたそうで、なつかしさのあまり、
「をさなどき あつめしからになつかしも 信楽焼のたぬきを見れば」と短歌を詠まれ、これが報道されてから全国的に流行したとの事。

何にでも歴史ってのがあるんですなぁ・・・

2008年2月 1日 (金)

バンクする喜び

今日は、福山で開催される第2回世界遺産フォーラムに参加する予定だったのだが、諸事情により断念して、残念で、無念~・・・(ToT)
ちなみに諸事情とは、午前中に仕事の打ち合わせが2件、午後からは某クラブの例会と理事会、
ホントは単車で福山へ行って一泊して四国へ・・・と目論んでいたのだが・・・(^^;)
で・・・用件が全部済んだのが午後2時半、
と、携帯のアラームが鳴り出した。
「な、何?まだ何か用事があったん?」w(゜o゜)w とスケジュールを見てみると、なんと今日は歯医者の予約日でもあったのだった~!
忘れとった~(。。 )\バキッ☆
いやぁしかし、忘れていた場合を見越して1時間半前にアラームをセットしておいた自分、
エライエライ~!(笑)
てなことで、しばし悩む、
車で行くか単車で行くか、を、
行きはともかく、帰りの凍結を考えると、車が無難だ。
トリッカーで行くとおそらく花坂以降は乾燥路?ゆえ、スタッドレスが減ってしまう(^^;)
ん?
乾燥路・・・
うし!単車や~!(笑)
帰りはまぁ・・・何とか・・・なるやろ(^^;)

てなことで、いそいそと準備してCRMで出発~
家の前の凍結路面は押して歩き、大門まではおっかなびっくり、花坂過ぎまでははやる気持ちを抑えて抑えて・・・
そして・・・
080201crm2 うははははははははは~\(^o^)/
久しぶりの青空の下の乾燥路面じゃぁ~!
コーナーでバンクできるぅ~\(^o^)/
予約時間も迫ってるけど、ちょっとUターンして一枚!(笑)
雪道を走るのもおもろいけど、やっぱりこれが本来やで~
久しぶりや~この感じぃ~
てなことで、喜色満面でコーナリングにいそしむ。

何しろ久しぶりだし、もともと理屈っぽいので、まずはキャンバースラストがどうとか、やっぱりスリップアングルをいかに稼ぐかやでぇ~とかが頭の中をぐるぐる駆け回る・・・
でもまぁ、こんな時はえてして「もっと速く」という思いが先に立ち、単車と一体になれずにかえってギクシャクしてしまいがちだ。
しかし、やがて・・・至福の時がやって来た。
それは・・・いわば、自分という矛盾多き存在が、単車と一体になる事で、重力と遠心力と摩擦力が作り出す純粋な物理体系へ溶け込む瞬間であり、意識は醒めて集中しているものの、体は世界中へ拡散していくような開放感に包まれ、自分が世界の一部であり、同時に世界が自分の中にあるという事が快感と一緒に実感できる時。
・・・って、やっぱり理屈っぽい?(^^;)
しかし、大げさではなく、これこそ曼荼羅、だと私は思っている(^-^)
それは、瞬間でもあるし永遠でもあり、寒くも暑くもなく、増えず減らず、生ぜず滅せず・・・って、般若心経やーん!(笑)
まぁ、常にこんな気分でいられたら、言う事はないのだけれど、それだとたぶん解脱してしまうかもしれない(^^;)

ええなぁ~単車は~ええよなぁ~ありがたいなぁ~ほんま~・・・
以下、ありとあらゆる賛辞を唱えつつ走った(笑)

久しぶりに乾燥路を走れただけで、「さとり」にも似た気分になれるとは、実に単純なものである(笑)

てなことで、ご機嫌で歯医者さんへ到着、そこからはしばし、あまりご機嫌でない時間を過ごし(>_<) 今度は夕闇迫る帰路につく。
080201crm4 紀ノ川に沿うように雲が流れていく、
ええなぁ~
今日は何を見てもええよなぁ~(笑)


そして、とっぷりと暮れた花坂で一人缶コミ(^-^)
080201crm5hanasaka これもええ~
久しぶりやぁ~
しかし・・・
全然寒いないなぁ~(笑)

080201crm6daimonさて花坂から上は、黒く湿った(凍った?)場所を避けつつ、
なんとか大門へ到着、
-2.9℃・・・
やっぱりちっとも寒くな~い(笑)

満足まんぞ~(^-^)
080201crm7home

そしてさらに慎重に・・・帰宅、
ここで初めて・・・寒っ!(笑)
また、しずしずと手押しで入庫して、
CRMにありがとさーん!

福山へ行ってるみんなは今頃、中国道くらいかな?
私は一人、遊ばしてもらいました、
おおきにぃ~

ちゃんちゃん

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