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2008年7月

2008年7月31日 (木)

これは塗った方がええ~!

今までさんざん「塗るのもったいない」と書いて、せっかく一所懸命仕事してくれてる塗装屋さんを嘆かせてきたのだが・・・(^^;)
080731t0 今回は違う(笑)
まずは、塗装屋さんに先立ち、左官屋さんによる壁の補修~

懸案であった、虫籠窓(むしこまど)
実はこれ、昭和の改装の時にお店の看板を移動させたのに伴い、2階中央にあったものを正面から見て左へ移したもので、通常は奧に建具が入っているのだが、移した場所は押し入れの壁、つまりこれ、もともとがダミーなのである。
今回の改修でもともとの元?の中央に戻す?という案も出たのだが、それでは現在の看板との釣り合いが取れなくなるのと、昭和の歴史も残したいとの事で、そのまま補修する事になった。
080712s7 ただし、現状だと、虫籠窓の下部が庇に飲み込まれる形となっており、若干バランスが悪いので、下部の段を少々盛り上げて下地補修を行った。

←2階の庇を撤去した時の現況。
虫籠窓の下部が以前の庇の屋根に飲み込まれているのがよくわかる。


 
080731t1 土壁の下地は、ありがたい事に、いまだ粘りがあったので、そのまま残す事にし、剥落防止の措置をした上に、漆喰仕上げの下地補修。
乾かしている間にいよいよ塗装屋さん登場~

二度と火災(もらい火)に遭いたくない、そういう思いが込められているのだろう、2階の屋根裏はすべて当時の亜鉛鉄板で覆われている。
これこそこそ残すべき明治の心情、という事で、錆を落とし塗装のみを施す。(軒先のみは後日修復予定)
昭和の改修ではすべて白色に塗られていた(シャッターも付いたので、モダンな感じに仕上げた?)のだが、今回は折衷案として、垂木は古色にて塗装する。
「これは塗った方がええよね~」と塗装屋さんも嬉しそう(笑)
080731t2 軒裏塗装が終わる頃、下地も乾いたので、いよいよ仕上げ~

左官屋さんも細かい仕事には燃えるらしく(^-^)柳葉鏝で丁寧に・・・


080731t3  
じっと見てると、パティシエを連想してしまい、漆喰が甘く美味しそうに見えてくる(笑)

080730toraya壁が仕上がったら今度は例の亜鉛メッキ鋼板で葺いた庇を塗り塗り~

ここで一つ、総裁さんに謝らねばならない。
彼は一所懸命、「明治」を再現すべく、化学薬品を使わずに岩絵の具と膠と胡粉だけで看板を仕上げてくれたのだったが・・・
すまん、ごめん、許して~m(_ _)m
この庇の塗料は、「明治」仕様のコールタールではなく、アクリル系塗料を使わせてもらったのである。
何故か?
○明治時代と現代を比べると、平均気温が若干上昇しているため、コールタールが夏場に溶ける可能性がある。
○樋を廃した庇ゆえ、溶けたコールタールが落下する可能性がある。
○コールタールが日常的なものだった時代、人々は上記2点を考慮しつつ軒下を歩いたものだったが、現代人にそれを求めるのは無理。
○多くの人々が通る軒下、コールタールによる汚損事故を考えると・・・{{{{(+_+)}}}}
てなことで、諸処の事情を勘案し、間違っても溶解したり飛沫が落下しない塗料にあいなったわけ。
総裁さん、申し訳ない~m(_ _)m

てなことで・・・一方的に謝ったから了承してくれるやろうと解釈しつつ・・・(。。 )\バキッ☆
改装前後の画像を並べてみた。
080731t5_3 080731t4



 


ええやろ?な、ええやろぉ~?と、
自画自賛しているのだがどうか?(^-^)
アクリル系塗料定着のため、塗装屋さんが3分艶で塗装してくれたので、塗りたての段階ではコールタールより艶が出てしまっているが(時間経過で艶消しに移行する)その分、斜めに葺いた屋根が綺麗に見え、真っ白に仕上がった虫籠窓が、かすかに映り込んで奥行が感じられる。

これはやっぱり塗った方が良かった~!
塗装屋さんと左官屋さんに感謝~m(_ _)m

てなことで、いよいよ次は看板である(^-^)

2008年7月30日 (水)

水に棲むものへ、そして

080730nb1 アサヒの和歌山版(だけ?)に連載されている『食べられる水族館』に、懐かしい魚が載っていた。

ノーザンバラムンディ、
以前、同級生が飼っていたもので、名前を覚えるのに苦労した事すら懐かしい思い出だ。(って、この記事を見るまで、あれはノーザンバラ「マ」ンディだったと思いこんでいたのはナイショだ(。。 )\バキッ☆)

この友人、当時は他にもたくさんの熱帯魚やら水草を飼育していて、マメな性格ゆえ、部屋中に並べた水槽には水垢一つなく、いつもピカピカ、遊びに行くといつも水族館気分に浸らせてくれたものだった。

で、出色がこのノーザンバラムンディ、性格が荒いため他の魚と一緒に飼えない事もあり、専用の水槽の中で大きな体を時々くねらせつつ悠々と泳いでいた。

ちなみに私は、小さい頃から、ずぼらな性格が災いし、水に棲むものを飼っては死なせ飼っては死なせ・・・の繰り返し・・・(。。 )\バキッ☆
家には小さい池があるので、金魚すくいですくってきた金魚なんかはそこへ放り込むだけ、特にエサをやったりしなくても水苔でなんとか生きてはいるのだが、冬に池全体が凍り付いたりして・・・orz
ミドリガメ、というのもしばらく飼った。けっこうちゃんと世話をして餌もやってたのだが、ある日ひっくり返ったまま昇天していた・・・(ToT)
その事件をきっかけに、子供心に「俺って生き物飼うの向いてないわ」と悟り(^^;)しばらくは何も飼わなかったような・・・って、シーモンキーにも一時ハマっとったなぁ・・・いつまでたっても大きくならないので池に・・・(。。 )\バキッ☆
そしてモリアオガエル。これは小学校の5年生だったと思う。
その頃、すでに特別天然記念物に指定されてて飼ってはいけない事になってたような気もするが、うちの小さい池に卵が産み付けられ、そのままでは池の中にいる金魚に食べられてしまうと思ったので、「これは助けたらなあかん」と網ですくって、かつてミドリガメやシーモンキーが昇天していった(って、お前が死なせたんやろが~!)水槽にレスキューしたのであった。
そして、その夏、母が私と兄を富士登山に連れて行ってくれた。
棟梁は当時(今もだが(笑))仕事仕事で、親子で出かけるなどという事は全く無く、母がせめて夏休みを利用してと企画してくれたのだった。
ちなみにうちの母は小学校の教員をしていたのだが、小さい頃、私は真剣に、「日曜日というのは子供と先生だけが休む日だ」と思いこんでいた(笑)
つまり、世の成人男性は一年中休み無しで働き続けるもの、という認識であり、ついでに言うと、毎晩酒を飲むもの、でもあった。(げっ、書いてて自分も同じ道を歩いてる気もする(^^;))
さて、富士登山に出発する寸前、数十匹のオタマジャクシはすでに足が生えだし、一匹だけは前足も生えてきていた。
たしか3泊4日だったの思うのだが、出発する前に餌も多めにやり、帰ってきたらちっこいカエルになってるかな~と楽しみにしつつ出発したのを覚えている。
富士山では高山病にかかり、ふらふらになった事しか覚えてない(笑)
そして、帰宅後、真っ先に水槽を見た。
私の予想では、黒いオタマジャクシの中で、一匹だけ緑のカエルがいるはずだった。
ところが・・・見当たらない・・・
水槽にはフタもしていたので、たとえ手足が全部揃ったとしても脱出するはずはない。そして・・・なおもしげしげと探していた私の目に飛び込んできたのは・・・
完全なカエルの・・・
骨格標本だった・・・
ちょうど、足をたたんですわった状態の完全なる骨格標本がゆらぁりゆらりと漂っていた・・・
よく、膝から力が抜けるというが、本当にその場にしゃがみ込んでしまい、頭の中を「殺してしもたぁ、殺してしもたぁ・・・」と自分の声がこだました。
ううう・・・餌が足りなかったのだろうか?
はたまた習性に起因するものなのか?
足が生え尻尾が消失した個体は他のオタマジャクシより極端に小さくなる。それゆえ、襲われ食べられてしまったのだろうか?
しかし、やはり、木を入れるとか石で高台を作るとか、成体になったカエルの避難場所を作っておかなかった私のせいであるm(_ _)m
この時のショックはかなり私の性格を変えたと思う。マジで(^^;)
何より、「骨」に対して、非常に特殊な感情を持つようになり、後年では「骨」という漢字そのものにも少しばかり不吉な印象を持つようになっていったのだ。
それが証拠に、'01年型ホンダのCBSP、惜別に至った一因には、フレームが赤いゆえ「赤骨」と呼ばれた事がかなり影響しているのである・・・
(ただ、この「骨恐怖症」については、今年の3月にマルが大往生した時に、一緒に恐怖症も昇天する出来事があったので、一気に治ってしまった。この事についてはいずれ別に書きたいと思う)
ともあれ、仲間(って、人間的な見方やけどね)を食べた他のオタマジャクシは見るのもつらく、池に入れるわけにもいかないので、そのまま近所の大きな池に入れた(つーか捨てた)そしてそれ以来、「今度こそ生き物は絶対飼わない」と決めたのであった。
「俺には無理!」
・・・
そしてそれから、家で飼ってたチャボとかは別にして、生き物、特に水に棲むものとは縁のない生活が続いた。金魚すくいはしたけれど、金魚は持ち帰らなくなった。
あ、中学校の時、ヤマカガシを3ヶ月くらい引き出しで飼ってた事はある(^^;)しかし生餌を捕らえてきてやっても全然食べず、「これは飼ってるとは言わんよなぁ、閉じこめてるだけやもんなぁ」と気付き、飢え死にしてしまう前に解放したのであった。
(しかし、ヘビって何も食べなくても全然弱りませんなぁ(^^;))
で、大学生の時、シロ(雑種の犬♀)をもらい受けた時から犬とのつきあいが始まるわけだ。
水に棲むもの、についても、結婚してから、カミさんという「ちゃんと世話する人」(^^;)が登場してくれたおかげで、コッピーとかレッドスネールとか比較的世話のかからないものが身のまわりにいるようになった。
で、コッピーが寿命を迎え、レッドスネールがすっかり黒い普通のタニシになってしまった頃、フェレットのナルがやってきたのである。

閑話休題(って、長い閑話やったな~(笑))

てなことで、ノーザンバラムンディ、
子供の時は一匹のカエルの死にさえ、トラウマが残るような繊細な私だったが、長じるにつれ、30代では、自分たちが開催した祭で金魚すくいも企画し、残った金魚は同級生宅に届け、例のノーザンバラムンディの・・・その・・・あの・・・生き餌として提供するようなおっさんになってしまっていた(。。 )\バキッ☆
いやその・・・これも生を無駄にしないという・・・その・・・(。。 )\バキッ☆

で、今朝、「食べられる水族館」ゆえ、料理として写真が載っているが、これが強烈な思い出を呼び起こしたのである(^^;)

実は、同級生のノーザンバラムンディも・・・(^^;)

もう、数年間のある日、その同級生に会った時、
「そういや、あのノーザンバラ(マ)ンディ、もう1m越えたくらい?」と聞いたところ・・・

『・・・煮えてもた』orz

どうやら、サーモスタットが故障して水温が果てしなく上がり・・・

・・・今さらだが、冥福を祈りたい・・・

しかし、あれ、食べられるとは今朝まで知らなかった・・・

ちゃんちゃん
・・・と書いていいのだろうか?(。。 )\バキッ☆

あ、肝心な事を書き忘れていた。

ちゃんと生き物を飼う、という事ができなかった私、るんたも死なせてしまった。
しかし、ナルはなんとか寿命を全うさせる事ができ、今、トトにハク、そして銀の事を一所懸命見ているつもりだ。
誠に勝手だが、今まで私が死なせてしまった生き物たちよ、どうぞ許してほしい。
そして、私の血となり肉となってくれた生き物たちよ、ありがとう、
過剰に食べ過ぎている事を反省しつつ、これからも命をいただきます。

いつか私が土に還る時、改めて感謝を捧げつつこの世を去れますように・・・

2008年7月29日 (火)

「高野山の名宝」展

080729rei2霊宝館にて開催中~

第29回高野山大宝蔵展「高野山の名宝」

期間:2008年7月19日(土)~9月15日(月)・・・である。

数々の名宝に加え、ひさしぶりに「八大童子」が揃い踏みするというので、楽しみにしていたのだが、なかなか見に行く時間がとれず、本日、やっと仕事のついでに(。。 )\バキッ☆ちょっと寄らせていただいた。
てなことで、館内は撮影禁止なので、以下、孔雀明王像と八大童子像についての感想のみ記す。

○孔雀明王像 快慶作
これはホンマに800年前のものなのか?w(゜o゜)w
さすがに孔雀全面に施された金箔は艶を失ってはいるが、それがかえって往時の燦然たる輝きを彷彿させ、この像の尊厳を増しているように思えた。
毒蛇を食す孔雀の性が信仰の対象となり、魔を封じ、災厄や苦痛を取り除く象徴とされ、仏教の波及と共に人間の煩悩を祓う功徳を持つ明王として信仰を集めた孔雀明王。
しかしその表情は忿怒相ではなく、明王と呼ぶにはあまりにも穏やか。(でも、目だけはちょっと恐い(^^;))
柔和な中に一点の厳しさを込める造形はいかにも快慶作という感じ。

○八大童子象 運慶、快慶、その他作
(以下の感想は、私の完全なる私見であり、作者については諸説が有る事をお断りしておく)
さて・・・
これはもう・・・圧巻!
ただしもともとの並び方、つまり、矜羯羅童子(こんがらどうじ)指徳童子(しとくどうじ)制多伽童子(せいたかどうじ)恵光童子(えこうどうじ)烏倶婆誐童子(うぐばがどうじ)恵喜童子(えきどうじ)清浄比丘(しょうじょうびく)阿耨達童子(あのくたどうじ)ではなく、
おそらくは作者別を意識しての展示となっているらしく、矜羯羅童子・制多伽童子(運慶作)恵光童子・清浄比丘(快慶作?)恵喜童子・烏倶婆誐童子(運慶の息子の湛慶作?)・指徳童子・阿耨達童子(鎌倉後期の補作)の順になっていた。
こうなると、信仰心で拝顔するというより、各作者の個性というか特徴を見たくなるのが悪い癖(^^;)
何度も行ったり来たりしながら、運慶さん作にはやはりスーパーリアリズムの力強さを、快慶さん作にはリリシズムのような優しさを、湛慶さん作には親父(運慶)へのチャレンジ精神というか、童子として昇華させる前の人間臭さのようなものを、そして補作には、顔の表情をわざと淡白に作ってる事から、オリジナルへの憧憬と畏怖のようなものを感じた。

さてさて八大童子像、何度見ても、毎回違った印象を受ける。
そういう意味で本日は、烏倶婆誐童子が大変印象的だった。
忿怒相の作り込みが鮮やかで、仏でもあり人間でもある中間的存在としての「童子」が、800年の時を超え、今にも動き出しそうにも思えたのである。

てなことで、短時間ではあったが、不思議ゾーン満喫で帰ってきた。

今回の展示は9月の15日までと、ロングラン、
ぜひまた来たい、次もきっと違う印象を受けるだろう(^-^)

ありがたい事であるm(_ _)m

2008年7月28日 (月)

銀の仕事

080728gin3 銀の仕事、その1

隣家の竹藪からやってくる笹の剪定(笑)


080728gin2 ガフガフ、ガシュッ!っと、
ちょうど頭の高さの笹を囓るので、
けっこう綺麗に剪定されていく(笑)

そして・・・ムシャムシャムシャ・・・
そう、剪定した笹の葉自体がこの仕事の報酬なのである(^-^)

そしてもう一つ、
080728gin1 カミさんが鉢植えで置いている観賞用のハーブ類には、決して手を、いや、口を出さない事。

さぞ、囓りたいだろうに(^^;)
銀の横目が
『ボク、ちゃんとガマンしてるよぉ~』と語っている(笑)

エライエライ~(^-^)

だがしかし、彼が最もその遂行に忠実な仕事がもう一つある。
・・・UNKだ。

決して叱らず、褒めてしつける。
これを繰り返したおかげで、彼は所定の場所にUNKをすると、お父さんもお母さんも大変喜んでくれ、褒めてもらえる事を学習した。
こちらとしては、場所をはずさない事を褒めているのだが、彼はどうやら、UNKをする事自体を褒めてもらってると思っているようだ。

だから・・・
一所懸命、する!
何度も褒めてもらいたいから、小分けにして一日数回、する!
そして、し終わったら・・・
それが室外であった場合は誇らしげに短く吠えて知らせる!
室内の場合は吠えず、お父さんかお母さんに息づかいも荒く近寄り、『ハァッハァッハァッハァッ』と嬉しそうにアピールする事で知らせる。
それが夜中であったとしても、断固、知らせる!
なぜならそれが彼の仕事だからだ。

てなことで、彼は、近くに私かカミさんが居ない時はよほどの事が無い限り、しない。
『したよ~』と、知らせられないからだ。

基本的には、朝食の後、昼の休憩で私が家にいる時、そして夕食の後、によくする。
この時はたいてい銀は室外にいるから、私からすると、朝、家を出る時、昼、家を出る時、そして、夕食後には必ず銀が吠え、UNKとご対面する事になる。
銀ぶら後は家に入れるのだが、夜中にもする事があり、この時は『ハァッハァッハァッハァッ』だ(^^;)

つまりだいたい一日4回くらいのご対面という事になる。
大事な健康のバロメーターだから、毎回じっくり観察してから処理する。

タイミングがずれて、こちらがカレーを食べてる最中なんかに『ハァッハァッハァッハァッ』となる事もあり、これはちょっとつらい(ToT)

このところ、お腹の調子が良く、ほどよい固さのを少しずつ出せるようになったようで、上記した通り、何度も褒めてもらいたいらしく回数が増えてきている(^^;)

銀よ、お腹の調子が良いのは嬉しいんやけど、
できれば一日分をまとめて一回か二回、ってのを覚えてくれんかなぁ・・・(^^;)

ちゃんちゃん

2008年7月27日 (日)

気ぃすんだ(^^;)

080727hp 相変わらず、奇妙な訳に戸惑いつつ(^^;)
どーんと飛ばしてラストだけ・・・という誘惑にも耐えつつ・・・(^^;)

最後まで読んだ。

ワーナーブラザーズの意向がかなり影響しているようで、前作、前々作以上に映像化を意識した構成となっており、逆にこちらの想像力はあまりかきたてられないのだが、今までちりばめられてきた数々の謎が、あまり破綻せずにちゃんと収束していくという、良くも悪くも・・・予定調和?の世界を最後まで見届けられて、気ぃすんだ(^^;)という感じ。(納得した。の意)

今年の11月に、前作(不死鳥の騎士団)の映画が公開され、これの映画化は二部作で、最終話の公開は2011年の11月だそうだ。
おそらく、DVDで見る事になるだろうから、早くとも2012年・・・
私は運が良ければ52歳になっているはず。
見たい、とはたして思えるだろうか?(^^;)
・・・たぶん、思うやろな(笑)

今よりコドモ化しているはずだから・・・(笑)

てなことで、気長に待ちますぅ~

ちゃんちゃん

2008年7月26日 (土)

祝!

080726joto1 祝!上棟式~\(^o^)/

めでたい~!
そして・・・暑いぃぃぃ~(^^;)
今夏初めて、30℃以上ある所へ来たぞ~
ほとんど海外旅行気分~(。。 )\バキッ☆
080726joto2 餅投げ~\(^o^)/

笑顔~\(^o^)/

最高~!\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/

めでたしめでたし

2008年7月25日 (金)

にわかににかわに その2

18153772_408362016

これが既存の看板にわずかに残っていた岩絵の具、
鉱物を細かく砕き膠で定着させたものだ。

この色合いと、製作された年代を考えると、おそらくは「藍銅鉱(アズライト)」、ひょっとしたら精製して絵の具として使えるのは数%ゆえ、金と同価とも言われるラピスラズリかもしれない。

以下、総裁さんの日記から画像と文を一部引用させていただき、再現の苦労を偲んでみる。
080724gunjo0
総裁さん手持ちの水干絵の具、
合う色は・・・残念ながら無かった、そうだ。


080724gunjo1しかし、幸いながら、このお店に「群青」が商品として残されていた。
何年前のものかわからないが、1g50円と記されている。
しかも、50gほど使用済みという事は、看板に使われた岩絵の具である可能性大!

080724gunjo2 この細かさ~!w(゜o゜)w
というか、細かい、という表現だとまだツブツブ感あるが、これはほとんどベビーパウダーの世界。
岩絵の具は鉱物ゆえ、砕けば砕くほど細かくなるわけで、その粒の大きさにより5番~13番、そして最も最も細かいものは「白(びゃく)」と呼ばれるそうだが、まさにこれが「白」なのだろう。
080724gunjo3画像はすでに岩絵の具が完成した時のものだが、下部に写ってるのが、当初、総裁さんが『どの配合にしまひょ?』と作ってくれた見本色。
実はいったん、耐候性を考えてアクリル系の定着剤を混合する案もあり、いろいろ混合率を変えて色見本を作ってくれたのであった。
拝見して私が一言、「ん?いや、こんなに見本はいらんよ、元通りの色にさえしてくれたらええんやでぇ~」(。。 )\バキッ☆
『それが一番難しいんじゃ~!』という総裁さんの心の叫びはあえて無視(^^;)
ま、これがいわば星一徹の心境?(。。 )\バキッ☆

18153772_136693132 この看板の字を揮毫されたのは、金剛峯寺第四〇三世座主の堀田真快御前という事はわかっていた。
総裁さんは、まず看板を丁寧に洗い、じっくり観察、この字自体とそれを彫り、絵の具を載せた職人さんの技と対峙し、どれほど丁寧に仕上げられたものかという事を思い知ったとの事。
そして・・・
彼の日記からそのまま引用してみると、
『その後看板を綺麗に洗い、水分を時間をかけて飛ばしていくうちに、先代の職人の技があちらこちらに現れ始めました。 そして、それをじっくり眺めながら金堂の修復の事を思い出し、本当にアクリル塗料なんて使っていいのか?と考え始めるようになりました。。。 アクリル塗料は膠を使った顔料より比べ物にならないくらい耐久性は良い代わり、次の修復では除去するのにかなり苦労することは明白なのです。 アクリル塗料を使った場合、私が生きている間は修復する必要がないでしょう。って事は、私が生きている間にはクレームが出ることは多分ないって事なのですが・・・
しかしながら、いずれ私の息子や孫の代が私に変わって修復する事になるのです。そのときに、アクリル塗料なんて使っていたら・・・?
アクリル塗料は瓶から出して、そのまま塗ればそれでOK。
ある程度の経験があれば作業自体も簡単でしかも短期で仕上がります。

膠を用いる場合は、下地から上塗りまで、かなりの工程が必要になるのと、塗料自体作るのが非常に難しいのです。
ましてや、屋外に掲げられる看板を塗るとなると、それぞれの配合がかなりシビアで、こればかりは職人の経験とカンしかないのです。』

彼からの『耐候性は劣るけどやっぱり膠だけで仕上げてもええ?』という提案に、私はこう答えた。
「そやから、元通りにしてくれたらええんやって」(。。 )\バキッ☆

18153772_320043882 そして彼はその「シビア」な作業に取り組んでくれたのである。

以下、秘伝ゆえ、詳しくは公開はできないのだが、
膠、濾しまくり~

18153772_1167732947胡粉、擦りまくり~
続いて、濾した膠水を入れ、
練りまくり~


18153772_1570535090 団子状になった胡粉、
ここからより白くなるよう、
秘伝中の秘伝である、
あく抜きまくり~

18153772_2253457895そして、一回目の胡粉塗布、
この後色合いを見極めながら、
膠と胡粉の配合を変えつつ、
数回の下塗り。

080724gunjo6 そしていよいよ、
これまた膠と合わせた「群青」を入れていく。
70℃以上でないと、表面に膜が張ってしまうので、
湯煎しながら日本画用の和筆を二本同時に使い、
塗るというよりは、一筆一筆、群青を乗せていくという感じ。
この時ばかりは、話しかけるとマジでブチ切れるので、おとなしく見学したのは言うまでもない(^^;)
080724gunjo4 そして、作業開始から1週間、ついに完成~\(^o^)/
実はこれ、最初の袋に入っていた「群青」よりもっと深みのある、まさに紺碧!ってな青に仕上がっているのだが、かなりホワイトバランスを調整して撮影しても、色が再現できていないのが残念(ToT)
なぜ、もとより青くなるかと言うと、鉱物は細かくすればするほど拡散反射光が増えるため、どんどん白っぽくなる傾向があるため、彼は膠との配合を工夫する事で、より深い青味を作りだしたのである。そしてそれは、まさに元通りの看板の色でもある。
・・・マジ、ちょっと感動したm(_ _)m
080724gunjo3しかも、アクリル系定着剤と混ぜた色と比べてみると・・・
おお!これも画像ではなかなかわからないのだが、化学薬品が混ざったものは、素人目でもそれとわかるほど、黒ずんで見えるのである。
・・・マジ、かなり感動したm(_ _)m

そして、感心している私に彼が『手ぇ綺麗に拭いて、油飛ばしたら、ちょっとだけやったら触ってもええよ』
080724gunjo5 「ホンマにええのぉ~?」と言いつつ出来上がった表面に触れてみた。

と、
「ええぇ~っ!」w(゜o゜)w
マジ、叫びましたがな~!( ̄□ ̄;)
何というか、その・・・これこそ、画像では全く表現できない不思議な感触。
よく、手触りの良い事を「ビロードのような」と言うが、この塗膜の表面は、そのビロードを何倍も何十倍も何百倍もなめらかにし、なおかつ、ツルツルではない状態とでも言おうか、つまり、極小のツブツブが、膠によって一粒一粒均一に立っている状態なのである。
・・・マジ、無茶苦茶感動したm(_ _)m

「お前・・・スゴイな」

彼は満足そうに笑っておりました。

ちゃんちゃん

2008年7月24日 (木)

にわかににかわに その1

「高野」と名の付く商品で有名なものが今でも二つある。
すなわち「高野豆腐」と「高野槙」だ。
高野豆腐はいわずと知れた「凍り豆腐」の一般名で、かつては高野山の厳寒期を利用してさかんに作られていた(人々の交流が盛んになった江戸時代に一番流通していたのでこの名で代表的に呼ばれるようになったのだろう)が、日清・日露戦争当時の軍用保存食として需要のピークを迎えた後は、長野県において始められた、年間を通じて安定した供給ができる機械式冷凍乾燥製造に押され次第に衰退し、今では高野山では作られておらず、高野の豆腐と言えばむしろ「胡麻豆腐」の方が有名になっている。
一方の高野槙(商品名というより、樹種名だが)は、高野山及びその信徒在住地では仏前に供える「槙花」として「生花」の代わりに供えられるので今でも需要は多く、高野山には、たくさんの「槙店」がある。

いずれにせよ、紀州の山中の小さなマチの名前が、いまも全国的に知られているというのは、やはりお大師さんのおかげ、であろう。

さて、実は「高野」と冠された商品で、上記二つに優るとも劣らない隆盛を極めたものがある。いや、あった、と書くべきか・・・

一つは、先日からご紹介した古い写真に写っている「高野目薬」
080724megusuri 明治、大正、昭和と、未舗装の道がほとんどで、眼病も多かった関西圏において、実効性と御利益への期待、そして手軽な高野山土産として爆発的な売れ行きだったという。
(目薬は現在より、もっと日常的な薬だったのだ)
その後、眼病自体の減少や、大手メーカーの目薬に押され、今では製造されていないのが残念。
080724megusuri2 ちなみにこれが「高野目薬」の小瓶。
(とらやさんからいただきましたm(_ _)m)
この可憐かつ清潔そうな青色を見るだけで、ローガンズが快復するような気がする(^^;)
この瓶だけでもお土産として復活してはどうかと思うくらいだ。

 

そして、もう一つ、今も細々と(失礼m(_ _)m)作り続けられているのが「高野位牌」
奥の院にて」等で書いた通り、
56億7千万年後に降臨する弥勒菩薩をお大師さんと一緒に待ち続けるため、高野山へ分骨する「骨のぼり(骨のぼせ)」という全国的な習慣のもと、以前は、位牌は高野山で作るもの、だったのである。

しかし、今や、わざわざ高野山へ分骨する人も少なくなり、(というか、核家族化が進んだ結果、そういう習慣そのものが受け継がれなくなっている)高野位牌は、まさに風前の灯火・・・

080712kanban その高野位牌の最後の職人?が、看板の復元を依頼した彼、つまり、総裁さんなのである。
本来、高野位牌の職人と言えば、木地を作る物、漆を施す者、字を彫る者、金箔を押す者と、工程ごとに専門職がいたわけだが、彼のお爺さんはその全てを習得されていたという伝説の職人さんであり、彼もまた全工程のマスターを目指し、研鑽を積んでいるのである。

ただし、「ついに」でも書いたが、この依頼をした時に、彼は『明治時代に、っちゅーと、膠か・・・』と、非常に渋い顔をしていたのであった(^^;)

それもそのはず、膠は蒸気により溶解するものであり(バイオリンなどの楽器では、分解修理が必須なので、わざと膠が使われているくらいだ)、本来なら室外に常設する看板などには向かない接着剤なのである。

しかし、こちらは、彼に任せればなんとかなるであろうと、いたってのんきなもの(^^;)

「たのんどくでぇ~」(。。 )\バキッ☆

つづく

2008年7月23日 (水)

とたんの苦しみ その2

てなことで、今日はいよいよ葺き方の話、
というのも、このトタンを普通に平葺(一文字葺)するだけなら、「材料が高くついた~」(ToT)という愚痴だけで終わってしまうのだが。実は葺き方こそがモンダイなのだ。
080722r1 先日載せた「大正の頃の屋根」を拡大してみると、うっすらと写っているのだが、ここの屋根、一文字葺だが斜めに葺かれていたのがわかる。

080722mon

それもそのはず、このお店の家紋が「松皮菱」
で、←の2階屋根の桟鼻の巴(瓦棒葺の先端の化粧)も、ちゃんと打ち出しで形成された松皮菱になっている。
(って、これも修理対象で現在製作中、銅板なら成形しやすいのだが、トタンで作らねばならないため、一つ一つ手作りしてもらっている(ToT))080722udatu

どうやら当時のご当主は徹底する性格だったらしく(^^;)、これまた補修中の「うだつ」の文様も松皮菱を模したものになっている。

てなことで、おそらくは屋根も正方形の鋼板を斜めの網目状に葺いていく「菱葺」を採用したかったのでは?と想像されるのだが、どっこい高野の気象がそれを許さなかったのであろう。つまり、冬期の気象条件が厳しいため、「菱葺」だと水切れが悪く凍結→毛細管現象発生→雨漏り、に繋がりやすいのである。
そのため、2階屋根は瓦棒葺とし、庇にはせめて斜めだけでも取り入れたい、という事で、一文字斜め葺としていたのではないだろうか?080722r4 (恵峯妄想)

てなことで、葺き始め~
角に45°でトタンを置き、位置決め、

080722r5

吊り子で固定し、鼻先の仕舞施工。
そして・・・

080722r6

葺きあがるとこんな感じ~
トタンの銀色に、溶けた亜鉛が冷えた時に結晶化してできるスパングル(花紋)が浮かび上がり、これはこれでけっこう綺麗(^-^)080722r81

だがしかし・・・
その後延々と・・・

080722r83 平葺(つまり屋根に平行に葺く方法)なら、両端だけを細工し、その後は接続だけしていけばいいのだが、斜め葺きゆえ、一段ごとに屋根の45°に合わせて細工していかねばならない・・・(^^;)
最初から単純に先端を45°に切っておけばいいのでは?と思われるかも知れないが、各継ぎ手が綺麗に揃うためには、一段ごとに微調整が必要なのである。
080722r7
てなことで、「とたんの苦しみ」は「トタンの苦しみ」で「塗炭の苦しみ」?(^^;)

って・・・屋根屋さんが泣いてました~(^^;)
通常の3倍以上の手間がかかるとの事。
お疲れ様です~m(_ _)m

ただし、その分、出来上がりの見栄えはええよ~(^-^)

ちゃんちゃん

2008年7月22日 (火)

とたんの苦しみ その1

080722r0

さて、何でしょう?

答は、屋根の平葺(一文字葺)用の材料。
ただし、屋根用の材料としては、最近ではちょっと珍しいと言える、亜鉛メッキ鋼板、つまり「トタン」なのである。
なぜ、他にもっと耐候性のある材料がたくさんあるのに、わざわざ「トタン」なのかというと、『建築当時の材料を』というご指定だからなのだ(ToT)
しかも、調子こいて製法にもこだわってしまい、電気メッキではなく、ドブ付け(溶融メッキ)で作ってもらったので、亜鉛が分厚く乗ってる分、けっこう高くついてしまった(ToT)

ちなみに、一般的には電気メッキで亜鉛を薄くメッキした「トタン」にポリエステル樹脂系の塗装を施して耐候性を増したものがいわゆる「カラー鉄板」で、亜鉛メッキにアルミニウムを混ぜてさらに耐候性を増したものが、最近流行の「ガルバリウム鋼板」である。

なお、「トタン」は昨日の話題のタバコと同じくポルトガル語が語源らしい、「コップ」や「カッパ」や「ミイラ」や「金平糖」や「おんぶ」と一緒ですな。

よく似た材質に「ブリキ」があるが、これは鉄に、亜鉛ではなく、「錫(スズ)」をメッキしたもので、どちらも本体の鉄の防錆が目的だが、亜鉛の場合は鉄より錆びやすい性質を利用していて、自らが先に錆びる事によって被膜を形成し結果的に鉄を錆から守るという「犠牲防食(ぎせいぼうしょく)であり、錫の方は鉄より錆びにくいので、直接的な防錆効果が比較的高いと言える。
ただし、ブリキの方は錫のメッキ表面が傷ついたりするとそこから果てしなく錆が広がる傾向が強く、一部が錆びても、周囲に亜鉛がある限り鉄まで錆が及ばないという点で屋根材料にはトタンの方が適しているのだ。
ちなみに昔のおもちゃや、現在の缶詰がブリキ製なのは、トタンを形成する亜鉛が、一定摂取量を超えると人体に有毒なためである。
以上、ウンチ君、おしまい(^^;)

で、ちょっと忙殺気味なので、続きは明日~(。。 )\バキッ☆

ちゃんちゃん

2008年7月21日 (月)

チャージ

今日も仕事だぜ~!(>_<)
でも一服の時間に「チャージ」しに行ったんだよーん。
そう、
ついに高野山にもtaspoにチャージできる自販機が現れたんだってばぁ~!(^^;)
自宅からは高野山で一番遠い?(^^;)所にある自販機だが、噂に聞いたからには行かずにおられよか~(笑)
080721taspo1 てなことで、取り出しましたるは、「千枚の葉」の財布。
taspoを札押さえのフラップ兼用のポケットに入れているのは大正解で、、このまま取り出さなくても認証される(^-^)v

てなことで、さっそく、チャージボタンを押しtaspoをかざして、千円札を投入・・・
残高表示、出た~!
う~ん、これがこの(世間で言うところの)3連休中唯一の娯楽とはナサケナ~イ(ToT)
しかし、やっぱり、おもろい~(笑)
てなことで、利権の匂いがぷんぷんするとか書いておきながら、調子こいて3000円チャージしちまったぜ~(^^;)

次にいよいよ、チャージしたお金でタバコを買ってみた。
今度は、taspoかざす→残高表示→そのまま購入、なので、けっこう便利。
でも、便利と感じる自分自身が、すでに利権に巻き込まれたみたいでちょっと悔しい(笑)
そして・・・
ちょっと待てよ、今のところ高野山でチャージできる自販機がこれだけって事は、ひょっとしてここでしか使えんのちゃうのぉ~?
という事にやっと思い至った・・・orz

げげげっ!
3000円チャージしたからには、ずっとここへ買いに来うなあかんのぉ?( ̄□ ̄;)
そんなぁ~(>_<)
ってなことで、残額2700円のtaspoを持って、他の自販機巡り~(。。 )\バキッ☆

・・・チャージできません、電子マネーは使えません、現金のみの取り扱いになります・・・

orz

ふっ、ええもんええもーん、それやったら、とりあえず、このチャージは買いだめで使い切っといて、家の近所の自販機にピデルが付くのを待ったらええだけやーん!
で、また一番遠くの自販機まで戻って、taspoをかざして、えい、えい、えーい!(笑)
まとめ買いが出来ないので、いちいちtaspoをかざさねばならぬのが鬱陶しいぞぉ~(笑)

しかし・・・
080721taspo3なんと、3個買った時点でロングピース売り切れ~orz




080721taspo2 むなしく表示される残額・・・(ToT)

今日は自販機を置いているお店もお休みなので、そのまま帰るしかない・・・(ToT)
それとも、ピデルが使える自販機を探して下山するかだ・・・orz


頭にあの詩がこだまする・・・

山のあなたの空遠く

「幸(さいはひ)」住むと人のいふ。

噫(ああ)、われひとと尋(と)めゆきて、

涙さしぐみ、かへりきぬ。

山のあなたになほ遠く

「幸(さいはひ)」住むと人のいふ。

山のあなた
カール・ブッセ 上田敏訳 『海潮音』より

まぁ・・・こんな感じか?(^^;)

峠の向こうの店遠く、
ピデルで買えると人のいふ。
嗚呼、われ、三箱でとめられて、
taspoだけ握ってかへりきぬ。
峠の向こうのなほ遠く、
ピデルで買えると人のいふ。

峠のピデル 
カイトー・オマッセ 恵峯厄 『最低ぃおんのん』より

2008年7月20日 (日)

3連休って何?(ToT)

2008年7月19日 (土)

ゼロ!と呼んでくれ~その2

『構想を変えるならそれなりの説明をして下さい』
そらそうですわなぁ・・・(^^;)
まぁ先生も怒っているわけではなく、整合性のある説明が必要と、当然の事をおっしゃっているわけだ。
う~んドースル?
理屈は合ってるはず、
しかし、それを証明する証拠が・・・
と・・・
日頃の行いが効いたのか?(^^;)
いやいや、やはりお大師さんのおかげ!m(_ _)m
うちの職人さんが大発見~!\(^o^)/
0807torayaudegi4←先日のシャッター撤去の時の画像にも写ってた。

0807torayaudegi1拡大するとこれ、

これ、これ、これはぁ~
元の庇の腕木や~ん!w(゜o゜)w

シャッターを取り付け庇を付け直した工事の時に、付け桁の一部に元の腕木を再利用していたのであーる!

0807torayaudegi3って、この時点で、すでに腕木の胴付(どうつき:この場合は桁と接する面と面との内側の距離のこと)を1尺8寸と決定し、施工してたりなんかして・・・(。。 )\バキッ☆
いやそのあの・・・(^^;)
これだけ考えて決めた事に間違いはないんじゃ~!
酔うてない時は、俺もまともなはずなんじゃ~!(^^;)

そして・・・見よ!
0807torayaudegi2 おそるおそる測った昔の腕木の長さ・・・

ピタリ!1尺8寸!
\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/
しかも・・・
0807torayaudegi33 元の腕木の端部、胴付で切断した断面にかすかに残る仕口の跡~!

やっぱり組子になってるぅ~\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/


今日だけ、今日だけでええから、
俺をゼロと呼んでくれ~!(笑)

てなことで、先生も納得!(^-^)v

ちゃんちゃん

2008年7月18日 (金)

ゼロ!と呼んでくれ~その1

さぁて、いよいよ庇の復元である。0807torayakizon
←が既存の状態。
シャッターを付けるために庇が約50センチ上に付け直されている。

0807toraya4町からもらった構想図では、シャッターを撤去して庇をそのまま50㎝下げる、となっていた。

しかし、出が1.2mもの庇をそのまま下げて、雨樋を付けるとすると、樋の下端は地上から2mくらいの所まで下がってしまうのでちょっと現実的な案とは言い難い・・・
さぁてドースル?としばし悩む・・・
で・・・明治の佇まいに戻す、というコンセプトに従い、当時の写真を見てみた。
そんなもんがあるのぉ?って、あるんですな~これが(^-^)
0807ng2しかも、あの「ナショナルジオグラフィック」に載ってるのであーるw(゜o゜)w
'02年2月号、「日本の百年」という特集の一つで、明治44年に撮影されたものらしい。

ナショジオさん、エラ~イ!
最高~\(^o^)/ って誉めとくから、
勝手に載せてるけど(^^;)
著作権違反とかナントカで怒らんといてね~m(_ _)m

0807toraya_2そしてもう一枚、
これは、このお店の方が大事にとっておられた写真。
残念ながら撮影年が特定できないのだが、当時の当主さんの年齢や、2階の庇に電線が取り付けられている事からして、大正中期ではないかと推定される。この頃、すでにマスコットの虎の彫刻が置かれているのもこれでわかる。
当時、このお店は、看板にもある通り「順榮湯」という婦人薬や「高野目薬」そして「丸薬だらにすけ」等を製薬しており、その屋号が「松永春生堂」、そして一般の薬の販売店としては「虎善」と名乗られていたそうだが、通称は「とらや」さんで通っていたそうで、昭和になってからは屋号を「虎屋薬局」に改名されたとの事。
今回の改装で、一時は「松永春生堂」の看板も取り付けるか?という案も出たのだが、いかんせん、薬事法の規定で、既に届け出てある「虎屋薬局」しか使えないorz
ということで、明治の佇まい、と言っても完全に元に戻すわけではなく、明治、大正、昭和、そして平成と連綿と続くお店の歴史を盛り込んだ改装になるのである。
さてさて、上の2枚の写真から、庇の出は今も残るうだつから多少出ているのみで、最初は木、続いて鉄板で葺着直されているのがわかる。
果たして何㎝、いや、何尺の庇だったのか?

当時の人に成りきって考えてみよう。

現在よりはるかに積雪が多い当時に、ごく薄い板葺きの庇。
雨樋は取り付けられてはいない。
これはつまり、雪や雨は2階の屋根で受け、庇は化粧として、また看板を載せるためのものと考えた方が良い。
となると、2階の雨樋の下端から滴る水滴は庇に落ちず、そのまま落下していたと考えられる。もちろん、雪や氷柱も庇を直撃しないように考慮されていたはず。

となると、2階の雨樋下端からの垂線ギリギリが庇の出だったのではないか?
庇というものは、特にそれがお店の庇なら、許される条件の中で最大に出したいと思うのは今も昔も変わらないはずだ。
0807torayaudegi0_2 略図を書いてみた。
一番下で庇を支えているのが「腕木(うでぎ)」である。
これの長さで軒の出が決まる。

0807toraya1これが高野山でよく見受けられる腕木と桁の組み方なのだが、
略図の方では、腕木と桁をほとんど同じ高さになるよう組み合わせる様式にした。
明治、大正時代の写真でも、腕木が全然見えていないし、庇の下部に看板を取り付けている事から、少しでも高さを稼ごうとしたのが想像されるので、おそらく、略図で示したような組み方だったのでは?と推定したのである。
そして施主さんと相談し、納得していただいた上で、
0807toraya3 実際に腕木と桁を作製。

しかし、この時点でも若干の不安はあった。
構想図を勝手に変更したという事については、こちらの推定の方が良いと思ったのでそんなに気にはならなかったのだが(。。 )\バキッ☆
「ほんまにこれでええんか?」
「自分勝手な理屈で間違うた事しとるんと違うのか?」
そういう不安があったのである。

そこへおまけに・・・
最初の構想図を描いた先生から、
『構想を変えるならそれなりの説明をして下さい』との電話が・・・(^^;)

恵峯、ピーンチ!(^^;)

つづく

2008年7月17日 (木)

笑顔のお中元(^-^)

愛犬バビの『犬の視線日記』さんに画像を送ったら、こんなええ感じ~に仕上げてくれた。
それもそのはず、バビちゃんのお兄ちゃんのFake~さんはウェブでもCGでもなんでもござれのデザイナーなのである。
しかも・・・私とは高校の同級生(笑)
先日、ひょんな事で再会し、どちらも犬関係のブログを開設しているという事で、お互い、「他にすることないんかいな~!」とツッコミあったという次第(笑)
しかし、高校時代と同じ髪の長さ(肩まで)でおまけに金髪なのにはホント驚きましたがな~(笑)
あ、でも、彼は私と違って細身の童顔、とても50前のおっさんには見えないことだけは、ここでお断りしておく(^^;)

てなことで・・・

るんたの笑顔のお中元~
脱走直後に縁の下に潜り込みウィンクしてるヤツ

bb088144

銀の笑顔のお中元~
動物病院で『笑うほど健康!』と診断された直後のヤツ

bb088145
bb088145 posted by (C)Fake~

Fake~さん おおきに~m(_ _)m

2008年7月16日 (水)

換毛終了?

今日は銀の換毛備忘録、
6月中旬から換毛が始まり、みるみる間にフワフワ~のふかふか~になった(^^;)
朝昼晩のブラッシングはなかなか大変だが、その分手触りは非常に良い。
うっしっし~(って誰に言うてるの?俺(笑))

なぜ夏場にこうもふかふかになるのか不思議だったが、どうやら生え方自体は冬期より密集していなくて、風通しがよくなっているようなのだ。ただしその分、膨張したように見える。
一石五輪塔」の後半部分でも書いたが、今日はもうちょっと詳しく冬期との比較画像を撮っておこう。
てなことで・・・
080716gin1 まずは今年の3月の末、
ゲリピー明けでちょっと元気がない時だった。

体重はたしか14.7kg。

銀はボーダーコリーにしては小柄な方だから、
足腰への負担も考えるとこれがベストくらい。


080716gin22これが本日の銀、
耳が半立ちなのは、これから何をされるのか、
本能的に感じてビビっているせいかもしれない(笑)

体重は14.3kg

画像で見ると、やはり3月の方がスマートに見えるが、体重はむしろ今日の方が軽く、やはり毛で膨らんでいるのがよくわかる。

080716gin3 「おらおらぁ~もうちょっと胸の毛ぇ見せてみぃ~」
『やぁめぇてぇ~』

と、イヂめているわけではない(^^;)
胸のふかふか感を画像に納めようとして、耳の下を掻いてやったら、
気持ちがいいのか大あくびをしたところなのである。


次に全身、特に一番暑苦しそうなお腹を撮ろう(笑)

「バーン!」
080716gin4・・・ こてんっ(笑)

私は犬に芸を仕込むという事が好みではないし、そもそもそんな根気に全く欠けているわけだが(。。 )\バキッ☆これだけはやらせたかったのだ(^^;)
そう、
「手を挙げろ」でチンチンし、「バーン」で倒れる。というヤツだ。
ただし、チンチンは後ろ足に負担がかかるので、仕込むのは中止し、「バーン」は家に入れる時に足を拭くのに便利だから教え込んだのである(笑)
080716gin7

「バーン」の声がかかると、あきらめたような顔でおとなしくしている。

080716gin5

で、「ヨシッ!」のかけ声とともに、家に入れると思ったのか、即、立ち上がって超笑顔(笑)

すまんのぉ~

実はこれから・・・

080716gin6 尻尾を持ち上げても、ア○ルが見えない・・・(^^;)
ゲリピーの際はとっても困る茂り方・・・(>_<)
両足の付け根の所に白い毛が混じってるもんで、
キレイにしてるのにそこだけ汚れているように見える・・・(ToT)
そんな君の特徴を撮るのだ~(笑)

って・・・
『お父さん、せっかくご機嫌でおやつの笹の葉食べてるのに、それ何してんのぉ!』(`へ´)
って感じ?(笑)

ごめんね~

2008年7月15日 (火)

罪滅ぼし?(^^;)

080715yarrah 先月で10枚分貯まった「ヤラーのサービスカード」のプレゼントが届いた。

今月の注文分とで3袋。一袋が7.5kgだから20kg以上の保管をどうしようかと思っていたのだが、フローリーパッツさんのご好意で、今月分を注文する前に、プレゼント分、つまり2袋だけを送って下さるとの事で、ありがたく頂戴した。
これなら保管も楽というものだが、せっかくのご好意を生かすべく、以前に考えていた通り、一袋だけ銀用にいただき、もう一袋はBCRNにお裾分けする事にした。
ちょうど反省しきりの出来事があったばかりだから(^^;)、罪滅ぼし?の意味も込め、保護犬を預かって下さるというBCRNのメンバーさんのお宅へ本日発送(^-^)

少しだが、お役にたてるのなら嬉しい事だ。
実は毎月、何かしらの支援をと心がけているのだが、それは結局自分を幸せな気持ちにさせてくれる事なのだなぁと改めて感じる。

それにしても・・・書いてる気分が昨日とは全然違うなぁ・・・(。。 )\バキッ☆

願わくば、毎日、こんな気分を記していきたいものである。

って、ホンマ、自分次第なんよねぇ・・・(^^;)

ちゃんちゃん

2008年7月14日 (月)

再びの再び?(。。 )\バキッ☆

070718zippo5_1 これが今回無くしたZIPPO・・・(ToT)
表(向かって左にヒンジが来る方が表らしい)はターコイズが付いたインデアンフェザー
070718zippo2裏が、Club-RTと恵峯の刻印。

このZIPPOについてのいきさつは ZIPPO再びをご参照願いたい。

さて・・・
何で無くしたかというと、悪いのはベロベ浪漫である(。。 )\バキッ☆
例によって飲んだくれたあげく、高野口まで総裁さんに迎えに来てもらったのだが・・・
迷惑をかけてはいけないと、かなり、ホント、かなりセーブしたつもりだったのだが・・・
車に乗せてもらった時点では正気を保っていたはずと思っていたのだが・・・
翌朝は、「昨日はそんなに酔うてなかったよなぁ」と思いつつ目覚めたのだが・・・

ライターを無くした事に気付き、総裁さんに電話してみて詳細を聞いたところ・・・

「迎えに来て~」と自分で呼んでおいて、数時間待たせた・・・らしい(。。 )\バキッ☆
本人はセーブしたつもりでも、迎えに来てもらえるという油断があったのが、結局、やっぱり、いつものベロベ浪漫だった・・・らしい(。。 )\バキッ☆
車中、ぐらついて倒れ込んでくる私を押さえねばならぬので、ほとんど片手運転で帰った・・・らしい(。。 )\バキッ☆

サイテーッ!(。。 )\バキッ☆
亭長さんよりサイテーッ!(^^;)

しかも、家について車から降ろそうとしたら、抱えてたバッグの中身を全部ばらばらと落としたらしい・・・(。。 )\バキッ☆
総裁さんが拾い集めて渡してくれたらしいのだが、
「いや、もう、すまんかった、これだけは受け取っといてくれんか」と、受け取りを拒否したらしい・・・(。。 )\バキッ☆
どうやら、お礼を渡したつもりになってたようだ・・・(。。 )\バキッ☆

仕方がないので総裁さんが玄関まで荷物を運んでくれたとの事。

そうか~何でこんなとこにと思ってたけど、玄関に財布やらなんやらが置いてあったのはそういうわけか・・・(。。 )\バキッ☆

サイテー!(。。 )\バキッ☆
もうホンマ、亭長さんよりサイテーッ!(^^;)

総裁さん、ホンマ、すんませーんm(_ _)m
よぉ連れて帰ってくれました、ありがと~m(_ _)m

考えてみれば、こういう亭長さんよりサイテーなヤツなのに、ライターを無くしたくらいで済んで良かったのだ。

しかし・・・
あのZIPPO・・・
以前、20年近く愛用していたZIPPOを無くして以来、イマイチしっくり来るZIPPOに巡り会えずにいたのが、ここ数年の間にすっかり馴染んで、こいつこそは一生モノと思い、ベロベ浪漫になりそうな時には持っていかないようにして大事にしてきたのに・・・
ううう・・・(ToT)

しかし一体どこで無くしたんやろ?
行った店は2軒だけ(^^;)
とりあえず、電話してみるか?

てなことで、それぞれのお店に電話して聞いてみたのだが、見当たりませんとの事(ToT)
そらそうや、確か2軒目を出た時にもタバコを吸ったはずで、その時にZIPPOが無ければなんぼベロベ浪漫でも気付くはず?
いや・・・気付かんかなぁ・・・
嗚呼、自分で自分の行動が信じられないというナサケナサよ・・・(。。 )\バキッ☆

おお、そうや、こういう時は無くした前後の行動を思い返してみればいいのだ。
って・・・
なーんも覚えてない~(。。 )\バキッ☆
てなことで、総裁さんにまた電話、
「あのね、俺、車の中でタバコ吸うてた?」
『それがね、火の点いてないタバコをずっと咥えとったんよ~』
「やっぱりそうか~、ほな、車に乗せてもらう前に落としたんかなぁ?」
『あ、そうそう、車へ乗る時、いなり寿司を食べながら乗ってきたよ』
「なんでそんなもん食べるねんな?」
『そんな事、俺に聞いても知らんがな~』
「そらそうやなぁ・・・」
『近くにコンビニがあったからそこで買うたんちゃうの?』
「なるほどぉ~」
って、自分の行動を他人様に説明してもらうナサケナサよ・・・(。。 )\バキッ☆

ということは・・・
コンビニで落とした可能性も考えられるのではないか?

電話して・・・って、
どこのコンビニぃ~???(。。 )\バキッ☆

こうなったらもう行くしかないね(^^;)
あの近所のコンビニをしらみつぶしに・・・(^^;)

ってな事で、午後6時過ぎ、CBで出発したのだった。
行く道、色々考えた。
48にもなって、正体無くすまで酒を飲み、迎えに来てくれた人に迷惑かけて、おまけにライター一個を探しに単車で走ってる自分・・・

嗚呼嗚呼、ナサケナ~イ!

もう自分で自分がイヤになってきた~
反省じゃー、反省、ハンセイ、ハンセ~~~イ!!
酒もタバコもちゃんと自分を律しきれる人のもんなんじゃー!
AHOぉ~!!!

うん、そうや、反省したついでにタバコをやめよ、
こんな状態で吸うても旨いないもんな、
うん、うん、これってええ機会なんよ、
ぼちぼちタバコもやめて、酒もホンマに控え目にせぇよって事なんや~

よっしゃー、タバコやめるぞぉ~!
酒も・・・ちょっとだけにしとくぞぉ~!(。。 )\バキッ☆

で、一軒目のコンビニに到着した時には、すっかり、あのZIPPOは無くなるべくして無くなったものであり、もう出てこない方がいいとさえ思っていたのだった。

ただまぁ、せっかく来たのだから尋ねるだけは尋ねてみよう(^^;)
で、店員さんにライターの落とし物があったかどうか聞いてみたが届いていないとの返事。

よっしゃよっしゃ、もうええ、な、やっぱりこれは運命や、
他のコンビニへ行くなんて未練がましい事はやめて、もう帰ろ、
タバコはやめ~!って全然吸う気も起きんやん、な、
と、何だかさっぱりした気分で、銀のフードの段取りをカミさんにメールしようとして携帯を取り出したら・・・
ありゃ?
着信履歴が・・・
080714zippotel この画像は後から撮ったもの、
6時18分、つまり、CBで高野を出た直後に総裁さんから電話が入っている。
ひょっとして・・・(^^;)
で、かけてみると・・・
『あったよ~』
「ど、どこにぃ~?」
『ドアのポケットの隙間にはさまってた、娘ちゃんが見つけたよ~』
小学校3年生の娘ちゃんがドアに手をかけて乗り込む時に偶然見つけてくれたらしい。
「今、タバコやめる決心したとこやのにぃ~」
『そんな事言うても知らんがな~いらんの?これ?』
「欲すぃ~欲すぃ~すぐもどるがな~」(。。 )\バキッ☆
てなことで、娘ちゃんにお礼のお土産をコンビニで買って帰った(^^;)

何のことはない、もうちょっとだけ出発を遅らせていたら、自分を罵りながら走らなくても良かったのだ(^^;)
いや・・・やっぱり、これは必要な時間だったのだろう。
反省を忘れ、暴飲し、タバコぷかぷか・・・
ちっとは自制を覚えろという思し召しに違いないのだ・・・m(_ _)m

てなことで・・・
080714zippo1 戻ってきた・・・(^^;)

申し訳ない気持ちを込めて磨いてみた(^^;)

080714zippo2 いやぁすっかり忘れていたけど、
これってグロス仕上げやったんやねぇ~(^^;)
長いことくすんだまま使ってから、てっきりマット仕上げやと思いこんでたわ~(。。 )\バキッ☆

てなことでとりあえず一服・・・(。。 )\バキッ☆
申し訳ないが・・・旨い・・・(。。 )\バキッ☆(。。 )\バキッ☆
う~む、それにしても、あの決心はいったい何だったのだろう?(。。 )\バキッ☆

やっぱり、反省が必要なようだ・・・

全方位に向かって、ごめんなさーいm(_ _)m

許してぇ~、って、どうせこんなヤツなんよ、俺・・・(。。 )\バキッ☆

ちゃんちゃん

2008年7月13日 (日)

御最勝講

080713m1監事を務められている高野山高校の野球部が一回戦を突破したので喜んでいる図・・・ではない(^^;)

本日は旧暦の6月11日、つまり、昨日に続いての「御最勝講」なのである。

御最勝講については、金剛峯寺の年中行事弊ブログの記事をご参照願いたい。


080713mi2午後6時過ぎ、行列は伽藍山王院を目指して出発。


080713mi3

ちょっと笑いすぎ?(^^;)
いやしかし、本日までの修行の日々を思えば、心晴れ晴れ、笑顔もこぼれるというものだろう。
おめでとうございます!

080713mi4

異国の方も神妙な顔付きで見送られていた。

東洋の島国の山の中で800年以上続く儀式、
とくとご覧じろ(^-^)


つーことで、私も祝杯(。。 )\バキッ☆

で・・・ZIPPO無くした・・・orz
いや~ん、俺だけバチあたったぁ~(ToT)

ちゃんちゃん

2008年7月12日 (土)

ついに

0807toraya

何が「ついに」かと言うと・・・

先日来、このお店の「明治の佇まい復元」作業に取り組ませていただいて来たわけだが、

0807toraya2最大のポイントがこのシャッター。

昭和の中期前後からアルミサッシと共に大流行したもので、機能的には大変便利なもの。
特に高野山では、冬期に車が跳ね上げた泥雪で建具等が汚損される事を防げるため、それまでの建具をサッシやシャッターに変更するお店が多かったのだ。
凍結路ゆえの事故でも、シャッターが盾になってお店が護られるという点も大きい。
私自身も、高野山に戻ってきてからいくつもシャッター工事をさせていただいてきた。
ただし、その場合、色調を合わせたり、シャッターボックスを目立たなくしたりと、できるだけ違和感の無い仕上がりになるよう努力してきたつもりである。
080712ex1 080712ex2 080712ex3080712ex4_2  080712ex5
これは、過去にシャッター工事をした事に対する言い訳ではない。
高野山は観光のマチ、とは言え、来る人のためだけのマチではない、住む人がある程度以上の苦労を背負わされるのは本末転倒だと思うからだ。

080712s1しかし、今の時代が要求する「景観」とか「趣」とか「佇まい」等のキーワードで観る時、やはり、マチの連続性を崩す存在になってしまうのも事実・・・
これが「三丁目の夕日」に描かれた時代の東京なら、シャッターもまた「その時代を懐かしむためのアイテム」として容認されるだろうにねぇ・・・

ともあれ、今回は、町の補助を得て、「明治の佇まいに戻す」というコンセプトなので、シャッターは問答無用で除去対象・・・(^^;)
ちなみにこのお店のシャッター工事は以前に別の業者さんが施工したもので、約50㎝のシャッターボックスを庇の下に組み入れるため、かなり苦労された跡が伺える。
そして、人通りの多いこの地において、いかにシャッターとボックスを取り外すか、が、この工事の最大の難所だったのである。080712s2
で、結局、人力で一つ一つ外したわけ(笑)
画像、シャッターのスラットを取り外した状態。
出入口の高さを確保しつつ、シャッターボックスを取り付けるため、庇を上部に移動させたのがよくわかる。
そのため、虫籠窓の下部が庇の屋根の内部に取り込まれてしまい、中途半端な印象になっていたのだ。080712s3

シャッターボックスと芯棒も人力で撤去(^^;)
これだけで、ずいぶん印象が変わる。
やはり、金属製品、しかも色調が違うものが有るのと無いのとでは大きな違いになるのだなぁ。
080712kanban 看板も一時取り外し、総裁さんに、ほとんど剥げてしまった瑠璃の復元を依頼。
『明治時代に、っちゅーと、膠か・・・』と、水溶性の接着剤しかなかった当時を想定して、総裁さん渋い顔(笑)
「ま、君ならなんとかしてくれるやろ、な、頼んだでぇ~」とこちらは気楽なもの(。。 )\バキッ☆

080712s4 さて、いよいよ、本日のメインイベント(^^;)
補強用の鉄骨の撤去である。
広い間口を確保しつつ、シャッターの重量を支えるため、こういうトラスに組んだ鉄骨を木の柱に載せる方法も、「昭和の佇まい」としては、貴重なものとも言える。
080712s5 これは力業?(^^;)
当初は載せたまま切断して人力で降ろそうと思っていたのだが、フォークリフトの協力を得られる事になったので、助かった(^^;)


080712s6 このまま100年ほど保存しておけば、立派な文化財だと思うのだが・・・(^^;)
切断して処分するより仕方がない・・・
数十年の間、お店を護ってくれた部材ちゃん達、お疲れ様でしたm(_ _)m

080712s7
てなことで、すっきりしたお店の前面、
虫籠窓もしばらくぶりに全容を現した(^-^)

今度は下部に写ってる従来の高さに庇を付け直すのである。

どんな軒化粧にするかはまた別のお楽しみ(^-^)


080712s8二度の火災を受けたからだろう、
屋根の垂木もうだつもすべて鉄板で被覆されている。

この形になるまでに、施主さんと職人がああでもないこうでもないと色々相談されてたであろう様子が目に浮かぶようだ・・・




080712s9 シャッター撤去後、
予想通り、今までシャッターボックスが横一直線に通っていたので幅広が強調され、お店の背が低く見えていたのが、いきなり嵩上げしたように見えだした(^-^)

080712s99

庇はまだ無いが、雨戸を閉めるとこんな感じ、

ちなみにこの雨戸、いくら明治の佇まいに、と言っても、シャッターより大幅に開け閉めの苦労が増えないように、色々と工夫してある(^-^)
それについてはまた、おいおいと・・・
ちゃんちゃん

2008年7月11日 (金)

いつの間に

080711jog1 さて何でしょう?
って、佑真のJOGのバッテリーを外した所。

最近、天候不良が多く、二週間ほど乗らなかったらバッテリーが上がってしまったとの事。
警報機だけは乗らない間もしっかり作動しているもんだからバッテリーへの負担が大きいのだ。
しかも、イモビも付いているので、盗難予防のため、バッテリーが上がると(直結のために切断されたりした状態になると)自動的にスターター回路も遮断される仕組みになっていて、キックスタートもできなくなる。
つまりこれ、出先でバッテリー上がりを起こすと難儀な事になる仕組みでもあるのだ。

この冬にも一度バッテリーが上がった事があり、その時も私がガレージ西へ持って行って充電してもらったはず。
過保護かなぁ?(^^;)
さて、今回、ドースルか?
自主性を重んじるため、しばらくの間はこちらからは話題を出さずにいたのだが、本人はいたってのんびりしたもので、充電を依頼するわけでもなし、毎朝『送って下さい』と頼むのみ。
バスで行けばいいようなものだが、「昔と今と・・・」でも書いた通り、高野山のバス運賃の高さを考えると、車で送迎した方がはるかに安上がりなのである。

で、今朝、ついに辛抱しきれなくなった私の方から切り出した。
「あのね、過保護になったらあかんから言わんかったけどね、君がどうしても昼間にガレージ西へ行く時間が無くて、『お願いします』と言うのなら、お父さんが代わりに充電してきたってもええんやで」
過保護やなぁ(^^;)
佑真は一言『お願いします』
調子のええやっちゃ(笑)
てなことで、3時の休憩にガレージ西まで押し歩きで持っていく事に、
ただ、うちからガレージ西へは、最初の50mくらいからは下り坂なので、そんなに苦でもない。
で、冒頭の画像になるのだが・・・
080711jog2 あれぇ~w(゜o゜)w

080711jog4 あれれれぇ~w(゜o゜)w

 
 

080711jog3 あれれれれれぇ~って、
もうええか(笑)
 


一瞬、昨年の11月に初転倒してタッチアップした所が剥げたのかと思ったが、確かあれは左側・・・
「まぁたコケよったんかいー!」(笑)
しかし、前回はコケた日に即、報告したのに、今回はそんな話は全く無し。
グリップエンドのキズがすでに錆びている所を見ると、けっこう前のコケみたいだ。
またキズの方向性が一定してなくて、どうも走りゴケしたというよりは立ちゴケした感じ、しかし、立ちゴケにしてはキズが広範囲で大きいし・・・
どないなってんのぉ???
佑真にメールで聞こうかとも思ったが、昼間は電源切ってるから無駄やし・・・
う~ん・・・
怪我はしていないようだったから、ひょっとして本人ではなく誰かに貸した結果?
単車の貸し借りだけは御法度!なのが我が家のルールなので、言い出せなかったのか?
駐車中にコカされた?
いや、それなら本人も報告するはず・・・
謎や~
ひょっとして、悪~いヤツに無理矢理借られた結果、言い出せずにもじもじしてたのかもしれないなどと妄想も広がる・・・(^^;)
しかし、それなら、私に平気で充電を頼むはずもなく・・・

まぁ今晩帰ってきたら聞いてみよ、

で・・・次に起こった気持ちと言えば・・・
「な、直したいぃ~」(笑)

しかし、前回、勝手に直しちゃった時は、過保護かもなぁ?と少々反省したのだった。
今回は自分でタッチアップさせるべきか・・・
しかししかし、佑真の事だから、気にせずほぉっておくという可能性大、
グリップが錆びても気にしてないのがその証拠(笑)

やっぱり、直しとこっと(笑)
080711jog5しかし、きっちり直すと、まぁた『お父さんは甘いねぇ~』とカミさんや娘に言われるし、自分でも過保護やなぁと思ってしまうので・・・

テキトーに直す事にした(。。 )\バキッ☆
バリ取りなんか、手持ちの「CHRGE」のヤスリで十分じゃ~(笑)
てなことで、例によって、まんさく社長にタッチアップ剤を分けてもらい・・・
080711jog7 ちょちょいのちょい~

080711jog6 グリップエンドもちょこちょこ~




080711jog41まふりゃカバーも、
缶スプでそのままシュッシュ~
と、思ったが・・・
一応、マスキングもどきだけはした(笑)

080711jog8 てなことで、所要時間約10分、
遠目じゃわからんやろ~?(笑)

まんさく社長が夕方まで充電を続けてくれると言うので、歩いて帰った。

過保護かなぁやっぱり(^^;)
ほんでもって、自分が高校生の頃は、自分の単車を親父になんか触らせもしなかったけどなぁ・・・
時代が変わったのか、我が家の親子関係が変わったのか・・・

まぁ・・・ええか(笑)

ちなみに、帰宅後、佑真に聞いてみたら、
『コケかけたので止まったんやけど、バランス崩して原チャリだけコケた』
「怪我せぇへんだん?」
『原チャリほって逃げたもん』
「な、なるほど、それはまぁ、単車のキズは大きくなるけど、一番正しいコケ方やな・・・」(^^;)
「・・・・ほんで、何でコケた事を言えへんだん?」
『う~ん、別に・・・ちゃんと動いたし』
「な、なるほどねぇ・・・」

帰り際、まんさく社長が言っていた事を思い出した。
『自転車でも単車でも、昔はただの足、ゲタ代わりやったのが、僕らが若い頃は、ものすごく貴重な宝物みたいな対象になった時期があって、今、また、単なるゲタ代わりみたいになって、傷なんかあんまり気にしないんでしょうね・・・』

なるほどねぇ・・・

あ、でも、佑真自身、モノを粗末に扱う性格、というわけでもない。つーか、むしろ、誰の子ぉ?と思うくらい、モノを大切にする性格とも言える。カミさんに似たのか?(^^;)
おそらく、原チャリも大切には思っているのだろう。しかしそれは「動く」という性能に向けられたものであり、見てくれは関係ないと言う事か・・・

そういえば、私も、大事にする対象ってごくごく限られてるもんなぁ・・・(^^;)

なるほどねぇ・・・

ちゃんちゃん

2008年7月10日 (木)

塗るの超もったいない(^^;)

080710sdd1明治の土、そして埋めるのもったいないでご紹介したお店の建具が出来上がった。

080710sdd2 框は檜、腰板は欅、
なんて美しいんだ~
って、一昨日のショック?が残ってるから、「美しい」はやめて「麗しい」にしとこか?(笑)
実際、この木理は色気さえ漂わせている・・・
ちなみに、左にちらりと写っているのはこのお店の名物の「虎」
これについてはまた後日書くつもり、
さて・・・
この美しい・・・いや、麗しい建具に、ちょっと悲しい化粧を施さねばならない・・・
080710sdd3 ううう・・・
そうなのだ、
明治の佇まいを再現するために、古色で塗らねばならぬのだ・・・

ううう、超もったいない・・・(ToT)
ダメもとで、「明治23年築を再現するんなら、新築当時の色って事であきませんやろか?」と文化財の担当者に上申してみたのだが・・・やっぱり却下・・・orz
最終的には、現存するシャッターも撤去し、昔ながらの木製雨戸にするため、全体のバランスとして古色が基本なのであった。
080710sdd4 まぁ・・・塗り上がればまた違う良さも出てくるのだが・・・ね、(^^;)

って、塗ってくれてる方には申し訳ない話m(_ _)m


080710sh1 で・・・
これまた框は檜、化粧板は杉の木製雨戸、
手前が既存の建具で、この上にシャッターがある、
それを約90㎝セットバックして、軒化粧を見せる仕様にし、雨戸を入れるというわけ。



080710sh2 やっぱり塗るのよね・・・(^^;)

って、ホント、塗ってくれてる方には申し訳ないm(_ _)m

ちなみに、この方が、このブログにも再々登場していただいている名人、廣美塗装さんである。


080710sh3 次々に仕上がっていく雨戸、
不思議なもので、綺麗に塗り上がった戸を見ると、落ち着きが増してええなぁという感じになってくる(^-^)

てなことで、いよいよシャッター撤去作業に突入~!

つづく

2008年7月 9日 (水)

ここが運命の分かれ道

0807073c2 「ええか、ここが運命の分かれ道やぞぉ」

と、画像を示しつつケンジ君に説教を垂れる私(^^;)

・・・話は数日前にさかのぼる、
080707c 7月の1日に書いた「傑作!って言うてちょうだい~自販機」(^^;)なのだが、ここまで来ると、前面の色とキャッチを何とかしたいのが人情。

そこで、クロス貼りの名人?ケンジ君を焚きつけたのだった。

「なぁケンジ、お前、こんな角の丸ぅなったモンには、とてもダイノックシートなんかよぉ貼らんやろ?イッヒッヒィ~」(笑)
『そ、そんな事ないですよ、貼れます、貼って見せます!』
よしよし、ひっかかりよった~( ̄ー ̄)ニヤリッ

ちなみに「ダイノックシート」とは、耐候性のある硬質塩ビのタックシールの商品名で、メーカーによっては、「ベルビアン」とか「リアテック」とか「バロア」とか「ルミディア」等、色々な呼称がある。
平たく言えば、模様の付いた粘着シートであり、糊も強烈なので、クロスのようにずらしながら貼ったりできず、一発勝負になるので扱いが難しいのである。

「ほんまに貼れるんかぁ?」となおもしつこい私(。。 )\バキッ☆
『見とって下さい!』
で・・・
0807072c1 おお~!
やるや~ん!
拍手~!パチパチ~!!
「早かったなぁ~」
『そらもう、早よせな、ブログに何て書かれるかわかりませんもん』
「おぉ~ブログも役にたっとるんやな~(笑)」
「ほんで、0.02ミリのシールはどないしたん?」
『亭長さんが取ってええとおっしゃったんで、剥がしました』
「そうか、まぁあの色は強烈やもんなぁ・・・」(^^;)
「故障と苦情のシールもか?」
『文句言われるのイヤやから取っとけって言うてました』
「そ、そうか・・・(^^;)」
『どうします?残った上半分も貼りましょか?』
「いや、そこまでやったら、もはや自販機という事がわからんようになるからやめとこ~」(笑)

しかし・・・
↑最初の画像のネガポジ反転箇所のガタガタが気になった。
「なぁ、ケンジ、昔から、大工とスズメは隅で泣く、って言うほど、出隅と入隅の仕上げが難しいのはよぉわかるけど、俺はどうしてもここが許せんのやけどな」
『ぼ、僕も気にはなっていたんですが・・・』
「ほな、直さんかーい!」
『すいませーん』
「あのな、これ見た人で、この手の化粧に興味持ったら、やっぱりここが気になるはずや、な、ほんで、『こんな事ができるんやったら、うちも頼もか?』って思うか、『ここまでやっても、最後はイマイチやなぁ・・・やめとこ』って思うか、えらい違いやろ?」
『そ、そうです』
「貼ってくれ、貼りました、だけやったらあかんのよ、ちょっとした事やけど、これもお前とこの仕事の看板やで、自分が納得できるかどうか、商売が広がるか閉じるか、ここが運命の分かれ道やぞ~」
『貼り直します!』
「そやからお前はAHOやねん、貼り直さんでも、○○を××して△△してみたらどうよ?」
『や、やってみます~』
てなことで・・・
080709c よぉ~し、これならまぁ許せるレベルかな?

「どや、気持ちええやろ?」
『はい、勉強になりました』
「まぁた余所で『尾上さんに無茶言われてえらい目に遭いましたわ』って言いふらすんやろ?」
『そんな事はしません、したこともありませーん』
・・・って、それこそ大嘘なのはちゃんと知っとるわ!(笑)
だいたいこの男は、頭を下げながら舌を出すタイプなので、少々強めに説教しても全然オッケーなのである(笑)

てなことで、からくり薬局の自販機、バージョンアップしましたんで、みなさん、高野山のお土産にぜひどうぞ~(^-^)

しかし、相手がケンジと言えども、
若いモンに説教垂れるって気持ちええわぁ~(。。 )\バキッ☆
この調子で自分にも説教垂れて、生活態度を改善したら、今まで踏み外した運命の分かれ道もなんとか・・・(^^;)

ちゃんちゃん

2008年7月 8日 (火)

ダイジョーブか?

080708sd1_2 昼、佑真宛にある封書が届いていた。
昨年くらいからちょいちょい来る、聞いたこともない大学(^^;)の勧誘パンフレットだろうか?
それにしても、極端なまでに個人情報保護が叫ばれるこのご時世なのに、どこから住所氏名を盗み出しているのだろう?
しかも・・・
名前間違うとるしー!orz
佑真の「佑」は示偏と違て、人偏じゃBOKE~っ!
どこのAHO大学かと思ってひっくり返してみると・・・
080708sd2 なんと自衛隊やーん!w(゜o゜)w

いやしくも「省」にまで昇格した国家機関のくせに、こんな杜撰な事でダイジョーブかぁ?

しかも、どういう範囲で出してるのか知らんけど、18歳全員が対象なら、確か佑真の年の子は120万人以上おるはずやから、膨大な経費を使ってる事にもなる。
部隊の移動に高速道路も使えない状況だというのに、ダイジョーブか?
ちなみに私の高校、大学時代なんかだと、自衛隊の勧誘と言えば、電車の中と決まっていた(笑)
平日の昼間に一人で電車に乗ってると、決まって笑みを浮かべつつ寄ってくるおっちゃんがいて、
『君、いい体格してるなぁ、自衛隊入らへん?』
「あのぉ、以前にもお断りしたはずですが・・・」
『そうやった?う~ん、惜しいなぁ~』と、全身をなめ回すように見るのである。
今なら間違いなく、違う意味で通報されるかもしれない(笑)
まぁ、社会全体の自衛隊に対する反発は今よりキツかったが、全体にのどかな時代だったのだろう・・・

閑話休題

てなことで、今どきの勧誘はどんなのだろうかと、中身を確かめたいところだが、佑真本人が帰宅して開封し、見せてくれると言うまでは待つしかない(このあたりのルール、私はちゃんと守るのであーる)
てなことで、そのまま開封できない封書を見てるのも手持ちぶさたなので、カミさんに振ってみた(笑)
「こんなもん来とるで、しかも名前間違うとるし」
と・・・
カミさんがぶりぶり怒り出した。
『個人情報保護、個人情報保護って、銀のブリーダーも特定できないくらい不便な世の中にしといて、自分達の勧誘にだけは好き放題使うのはおかしい、しかも名前を間違えて送ってくるって事は、二重に個人を大事に思ってない証拠よ!』
なるほど、さすがまかり間違えば、銃後の母となる身は思いが深い。
「ほな、抗議しましょか?」
『すぐ抗議して、ホンマは私がしたいけど、こういうのはお父さんの方が得意でしょ』

はいはい~(笑)
てなことでさっそく、自衛隊和歌山地方協力本部 橋本地域事務所へいそいそと電話~(笑)

「もしもし、自衛隊ですか?」
『は、はい、さようです』
非常に気弱げなおっちゃんが出た(^^;)
「まず、始めに、私は自衛隊反対派ではありません、国防は大事だと思っています、だからこそ問いたい!」と、少々わけのわからない前フリ(笑)
『は、はい、何でしょう・・・』とかなり警戒気味、当たり前か?(笑)
「本日、うちの高三の息子に自衛隊勧誘の封書が届きました、これ、どこから住所氏名を入手されたのですか?」
『あ、これはですね、あの、その、出生地と出生年、それに住所、氏名の4つに関しては名簿を市町村から頂戴できる事になっているのです』
「誰が許可したんですか、それ?」
『いえ、その、そこまでは・・・と、とにかく、法的に違反しているという事では・・・その・・・』
「まぁ、あからさまな違反じゃないという事ですね、はい、わかりました」
『ありがとうございます』
「それならですね、なぜ、名前を間違えるのですか、国の仕事の一環として行われた作業で個人名を間違えるなどというのは許されるのですか!」
『うわぁ~すみません、申し訳ありません、私のミスです』
「は?」
『市町村から戴いた名簿を私が入力しているのですが、間違えてしまったようです、すみません』
「そ、そうですか、入力から電話の対応まで、お一人で大変ですねぇ・・・」と、
勢い込んで電話した割に、腰砕け・・・(笑)

その後、息子が自衛隊へ興味を示すかどうかは本人次第なので、とりあえず、正しい住所氏名を告げ、訂正だけを申し入れて電話を切った。

その前にちょっとだけ、黒い恵峯が登場し、
「こっちの名前?そんなもん、市町村の名簿とお宅が出した宛名を一つ一つ照合したらわかる事やろ、他にも間違うとるかもしれんしのぉ~」と言いかけたのだが(^^;)
横でカミさんが聞いてるし、あんまりゴネてもと思い、黒い恵峯は退場させたのである(笑)

てなことで、ガツンと言うつもりが、何だか孤軍奮闘してるおっちゃんが可哀想になってしまったのだが、こうなると、中身もぜひ見てみたくなるのが人情というもの、
ああ、塾なんかサボって早く佑真が帰ってこんかな~(。。 )\バキッ☆

で、結局、いつもの最終電車(高野山駅着午後10時48分)になるとメールが来たので迎えに行くのに持っていき(笑)
「なぁなぁ、見てええ?ええやろ~?」・・・子供である。
『はいはいどうぞ見て下さい、僕、興味無いし』・・・大人である。
で、コドモの私は、いそいそと開封(笑)
ダイジョーブか?俺?(^^;)

さて・・・
080708sd8通り一遍と言えば通り一遍なパンフである・・・
だがしかし・・・
ローガンズなれど、いや、ローガンズだからか?(^^;)
えらい小っちゃい字ぃで何か書いてあるのを発見、
「注目~!」の所をご覧いただきたい。
080708sd99 一円玉の字と比べてみていただきたい、

ちなみに、文字が読みにくいのは私のウデのせいでも、画像処理のせいでもなく、もともと半分くらい潰れて印刷されているのであって、それくらいこの文字自体が小さいということなのだ。
「平和を、仕事にする。」
自衛隊の存在意義をそのまま表す、素直な良いキャッチだと思う、
なぜ?こんなにも小さく?(^^;)
もっと堂々と、誇り高く大きく書けばいいのでは?と思うのは私だけではあるまい。 
この文言を小さくしか書けない、という事が今の自衛隊の存在を象徴しているようにも思う。
ダイジョーブか?
080708sd5上記パンフの裏面、
これもちょっと気になる。
右半分、「知識・技術を身につけたい方へ!」として、医学系や航空系の資格取得を宣伝している。
これまた、私の学生時代などは、『大型免許が欲しかったらとりあえず自衛隊へ』と宣伝していたのを思い出す。
入隊したからには、国に、人民に、身と心を捧げ尽くせ、などとは言わない。
だがしかし、資格取得を前面にするよりは、もう少し、誇りを持って従事できる仕事だ。という事を強調できないものだろうか?
080708sd7応募ハガキ表面
初任給は159500円+諸手当だそうだ。
学生でも108300円もらえ、年2回の賞与もあるらしい。
週休2日だし、年次休暇も24日あり、食事・一部の被服日・寝具は、支給又は貸与される。
これで「やり甲斐」をもっと強調でき、社会が是認すれば、応募者は殺到するのではないだろうか?

080708sd6 ハガキ裏面
※個人情報の修正が必要な場合・・・以下略、は表面の連絡先までご連絡ください。とある。
なるほど、では私は、橋本地域事務所ではなく、和歌山地方協力本部へ電話すべきだったのだ(笑)
まぁええか(笑)
気弱げなおっちゃんが素直にミスを認めてくれたので、こちらも声を荒げる必要がなかったのだから(笑)
で、これだけかと思ってたら、最後にもう一枚入っていた。
これがある意味最高~!
080708sd3  まず、「今年度18歳になられる皆様へ」とあり、
和歌山県のご協力を得て(住所氏名を入手し)、県内すべての対象者に送付している事を断っている。
何のことはない、先に読めば、おっちゃんと話をする事もなかったかもしれない(笑)
しかし、この文だけだと、和歌山県の総務課かどこかへ抗議の電話をしたかもしれんなぁ・・・
で、内容も非常に吟味され、ソフトな語り口で『自衛隊は、意外に普通な人達が普通に勤務している』ところだと説く。
自衛隊は、男女差別もなく『様々な職に合った人を求めて』いるのだそうだ。
うん、なかなか好感が持てる文章である(^-^)

そして結びの文、
私たち自衛官は、この職業を選択したことに誤りはなかったと、いつも胸を張っております。
ホンマか?ホンマやろな~?ホンマやってちょーだいね~!
ホントにそう思いながら読み進めた、
そして・・・
こんな気持ちを受け継いで、自衛隊の門を叩いてくれる方が一人でも多く集まって来られましたら・・・
うんうん、ホンマやねぇ~(^-^)

存外の喜びです

はぁ?

存外の喜びです

存外の喜びです

存外の喜びです

って、存外ぃ~???orz

ここまで熱心に語っておいて、
結局、若者が集まってきたら「存外」なん?

思ってもいない事なーん?
予想とは違う事なーん?

18歳が対象なら、幸せです、とか、親も読む事考えたら、幸甚です、とか、冥利に尽きますとか、他にナンボでも言葉があるやろ~???

なんで「存外」?(^^;)

わざと?
ハナから期待してないの?
ダイジョーブか~自衛隊~?(^^;)

しかも、結びに・・・
どうか、皆様の若さ溢れる力を、この美しい国を護るためにお貸し下さい。

アベちゃん残ってるし・・・orz

去年の文面、そのまま使たんか?
ホントにホントに、ダイジョーブかぁ~???(^^;)

全部、わざとなら、それはそれでスゴイんやけどねぇ(笑)

ちゃんちゃん

2008年7月 7日 (月)

一石五輪塔

0807074matiken月曜の夕刻は「まちけん」(高野山まちづくり研究会)の日である。

高野山のまちづくりだけに限らず、いろいろなテーマについて、みんなで学んでいる。

本日のゲストは高野山大学の木下先生。
その研究テーマは・・・
0807074matiken2  「高野山の一石五輪塔について」

木下先生は学生時代から約30年にわたり、高野山に無数に点在する一石五輪塔を一つずつ調べ続けていらっしゃるそうで、その調査数は4000基にもおよぶそうなw(゜o゜)w
一つ一つ丁寧に苔を落とし、銘が彫られていれば拓本を取っていくわけで、その労力に感嘆すると共に、こういう地道な研究が高野山の歴史の一つ一つを紐解いていくのだなぁと心から敬服した次第であるm(_ _)m

そしてその研究は今も続いており、本日は今までの調査結果を講義していただいたわけだ。

以下、木下先生の研究テーマの詳細を勝手に発表するわけにはいかないので、少しだけご紹介する。
○一石五輪塔とは、鎌倉から室町、江戸初期にかけての、個人の墓標、あるいは供養塔である。
○銘が確認できた最古のものは1431年の緑泥片岩製
○室町中期から江戸初期にかけて、次第に大型化し、材質も緑泥片岩から砂岩に移行する傾向が見られる
○底部の形状により、埋込式、枘(ほぞ)式、安置式などに分類できる。
○九度山周辺に大規模な石工集団があり、当初はそこで加工し、高野山に納めていたと推定される。
○一般庶民により多く普及していたと考えられるが、地方豪族のものも散見される。
0807074matiken3 ←その例
この1480年製の一石五輪塔に刻まれている水野貞守の「やしゃ孫」が、徳川家康の実母である「於大の方」になる。


○他にも奥州(陸奥国)・予州(伊予国)・三川(三河国)・越中等、全国各地の銘が刻まれたものも発見されている。

てなことで・・・
ここからは私の妄想だが、
中世以降、浄土思想が広まるに連れ、高野聖の地方勧進の成果なのか、高野山へ供養塔を建立するのが大流行したのではないだろうか?
そして江戸時代に入ってからはあまり作られなくなったのだが、これは、幕府により檀家制度が強制的に導入された結果、個人供養の一石五輪塔ではなく、家単位で供養する大きな墓石に変化していったからだと思われる。
他にも、まちけんメンバー一同、思い思いに自分の推論を発表し、なかなか白熱したのであった(^-^)
まちけんのテーマは毎回ばらばらのようだが、根底は一つであり、さまざまに学んできた事柄が一つの事象に対して繋がり、話題が盛り上がる快感?みたいなものも感じた。
むろん、あくまで素人集団なので、学識的に正しいかどうか、は別の問題(笑)

ともあれ、高野山ではあまりにポピュラーな存在ゆえ、今まで見過ごしてきた一石五輪塔が、これからは輝いて見えるような気がした。

木下先生、ありがとうございましたm(_ _)m

0807075gin1 てなことで、午後8時前に帰宅すると、銀が拗ねていた(^^;)

今日の高野山はむし暑かったのでバテたのかもしれない。
と言っても、気温自体は20数度なのだが(笑)
お腹をコンクリートにピタっと付けてこちらを睨んでいる(笑)
0807076gin2
「銀、暑いんか~?」と声をかけると、
『これ、見てちょうだいよ、お父さん』と言わんばかりに前足を強調?
w(゜o゜)w
もともとフサフサ系なのに加え、換毛の最盛期を迎えているらしく、すごい茂りよう~(^^;)
080314gin7 ←ちなみに、今年の3月、銀とシマウマの頃がこんな感じ。

・・・トリミングに連れて行くべきなんやろか?
それとも、適当にジャキジャキしてやった方がいいのだろうか?
はたまた、木下先生を見習って、一櫛、一櫛、丁寧に・・・

ちゃんちゃん

2008年7月 6日 (日)

BRUちゃん三昧

080706b1

今日はBRUちゃんでヒミツ基地へ出かけ、K-Sと入れ替えようと思っていた。
しかし・・・
内子谷で、しばし快音にシビれた後(^^;)、Uターンしようとして、またもやウィンカーが点かないのに気付いたのであった(>_<)

080706b2_2GWに橋本でバッテリーをあげてしまい、一時不調になったのをまんさく社長に修理してもらったのだが、やはり接触がイマイチなのだろうか?

てなことで、予定を変更、ガレージ西へ向かう。

で・・・
スィッチボックスを再度、分解・組立してもらったのだが、復活せず・・・orz
ディーラーへも問い合わせてみたが、初めて聞く症例との事で、即効的な対応策は得られず、まんさく社長が配線図を見ながらチェックし始めてくれた。080706b3

てなことで、私も何かせんと悪いような気がして(^^;)
以前から気になっていた、ヘッドライトレンズの曇り取りをする事にした。
欧州系の車やバイクに共通して言える事だが、メーター内やヘッドライト内部に結露が発生しやすく、BRUちゃんも曇っては消え曇っては消えを繰り返した結果、ちょっと白っぽくなってしまっていたのである。
あ、曇ってる画像を撮るの忘れた(。。 )\バキッ☆080706b4

てなことで、ヘッドライトばらばら状態、
こんな面倒な事は、もう二度としない気がしたので(^^;)最初で最後とばかりに、丁寧に丁寧に磨きあげ、曇り止めをつけて拭き上げておいた(^-^)

080706b5

おお!
何て綺麗なんだ~!とちょっと感動(笑)

で、肝心のウィンカーはと言うと、何度も分解しているうちにスィッチボックス内の小さい玉が行方不明になって、磁石で探し回ったけど、見つからず、通りかかかったキャップさんに分けてもらったりしたのだが(キャップさんありがとうございましたm(_ _)m)結局、点いたり点かなかったり状態・・・orz
どうやら、機械式リレーではなく、電子式のようで、前回、バッテリーが上がった時にバグったのかもしれないという結論になった。

え、ええもん、ええも~ん、
今日はたまたま下界も気温が低そうやったから、BRUちゃんで下山しようと思ったけど、
ほんまやったら、ウィンカーなんか要らん龍神しか走れへんもんねーだ(^^;)と、酸っぱいブドウ作戦(笑)

080706b6

そうこうしてるうちに、空が綺麗に焼け出して、なるほど、今日はBRUちゃんだけに捧げる日であったのだと納得。

浮気するのも大概にしとけ、という事であろう。
(もちろん、単車に限って、の話である、マジ!(^^;))

てなことで、ウィンカーの件は、まんさく社長が機械式リレーを組み込んで何とかしてくれるであろう、うん!・・・と、あくまで他力本願(。。 )\バキッ☆

しばらくの間、山内走行は手信号なのであーる(笑)

ちゃんちゃん

2008年7月 5日 (土)

お通夜の帰り

カミさんと一緒にお通夜に行ってきた。
高校の同級生の女の子で、共通の友人だった。
かなり難しい病で、もう何年も療養生活を送っていると聞いてはいたのだが、こんなに早く逝ってしまうとは思ってもいなかった。
お見舞いに行けないままになってしまった。

遺影は、とても明るい表情だった。
棺の中の顔も、とてもおだやかだった。
旦那さんがまた、とても優しそうな方だった。
彼女が病を得た後、それを承知で結婚したのだという。
決して同情などではなく、病も関係ない、
魂のふれあいがあったのだと思う。

彼女は幸せに暮らし、その人生を全うしたのだ。
そう思えた。

三々五々集まってきた同級生達といろいろ話した。
みんな50前のおっさんとおばはんだが、こうやって集まると高校時代の顔に戻っていた。
異口同音に、『長く生きるとか短く生きるとか関係ないよね』
そう、
みんな、自分の人生を生かされ、
そして一所懸命、生きているのだ。

私も私の人生を全うしよう。

080705d1_2てなことで、帰宅後、
佑真を駅まで迎えに行った帰り、
ついに灯が入った看板の画像を撮ってみた。

080705d2

暗闇にぽつりと浮かぶ「薬」の字、
仕事をさせていただいた身として、
想像していた以上の印象に、満足感を覚える、
そして同時に、 ちょっと感傷的な自分として、
「薬」が彼女の生の助けになっていた事を願う・・・080705d3
もう一枚、
ここの「薬」も、
多くの人の助けになりますように・・・

生と死・・・
看板を見ながら、また少し、考えだした・・・
と・・・
080705d4 突然、暗闇に鴉天狗もかくやと思われる高笑いが・・・w(゜o゜)w

親に似たのか(^^;)、宵っ張りな座敷童達だった(^^;)

ちょっとチビりかけたがな・・・orz

午後11時になろうかというのに、3人とも元気丸出し(^^;)
その明るい笑い声を聞いているうちに、とても癒されていく自分がいた。

なるほど、八大童子の解説にあった通り、
『童子とは聖と俗を介する、聖なる力を持つ』のだなぁ、
なんだか、助けてもらったような気になって、
子供達にお礼を言って帰った。


彼女のご冥福と、ご家族の心が癒される事を祈る。

2008年7月 4日 (金)

塗るのもったいない(^^;)

080704konkonsan1

お寺さんから『はよ直してくれんから、崩れてしもたやないか~』と電話がw(゜o゜)w
行ってみたら・・・
「さて何でしょう?」状態・・・(。。 )\バキッ☆
実は昨年から『早めに直してな』と、
ご注文いただいていたのだが、つい・・・(。。 )\バキッ☆
「すんませーん、すぐに~」と平謝りm(_ _)m

てなことで・・・080704konkonsan2
当初は元通り、鳥居さんだけを赤く、他の囲繞は白木の無地として復元するため、耐候性のある檜葉(ヒバ)を使用した。

しかし、この明神さん、お稲荷さんでもあるので、ご住職と相談の結果、全部赤に塗る事になった。

080704konkonsan4 それなら槙の生き節有りでもよかったかも?(^^;)
いやいや、何しろ明神さん、塗ろうが塗ろまいが、やはり無地の白木こそがふさわしいのであーる。
てなことで・・・

080704konkonsan5

塗装屋さんも、『塗るの、もったいないなぁ』(^^;)と言いつつ・・・
まず、中子板も下地処理、



080704konkonsan6

そして鳥居、
ちなみにこういう風に、柱の上端にまず「島木(しまぎ)」があり、その上に笠木(かさぎ)乗る形式を「明神鳥居」と呼ぶ、
で、柱の上端と島木の間に台輪(だいわ)と呼ばれる輪っかが入ると、「稲荷鳥居」になるのだが、この場合は明神さんとしての形式が優先されているようだ。
080704konkonsan8 ←ちょっと図解、

さて、ではなぜ、稲荷さんだと赤く塗るのか?

諸説あるが、まず、稲荷神は農耕の神であり、元は宇迦之御魂神(うかのみたま)あるいは、御饌津神(みけつのかみ)であり、天野大社でおなじみの大気都比売神(おおげつひめ)でもある。(他にも呼称は多い)
農耕の恵方は南、つまり朱雀(すざく)であり、赤が支配色となる、これは血の色でもあり、再生のシンボルにもなっているところから、古来から魔除けの色としても使われてきた。
縄文時代では酸化鉄から赤を作っていたが、紫外線により劣化しやすく、朱砂、すなわち辰砂(硫化水銀)を使えばその色は長く赤を留めるため、弥生時代からはもっぱら辰砂が珍重されてきたのである。
ちなみに、稲荷神のお使いが「狐」なのは、御饌津神(みけつのかみ)の「みけつ」から派生したものらしく、古来、狐の事を「けつ」と呼んだ事から、「みけつのかみ」=「三狐の神」と解釈したからだと言う。
なお、もともと生産性や経済性を持つ「農業」が厳しい山規によって禁じられてきた(つまり、修行の邪魔)高野山だが、お稲荷さんの社は多く見受けられる。
(ここから恵峯妄想)
これは、同じく狐を眷属とする、荼吉尼天(だきにてん:インドの農耕女神)を辰狐王菩薩(しんこおうぼさつ)として祀る真言密教の影響があると思っている。
つまり、農耕神というよりは、災厄除け、特に赤が表すもう一つの特性(つまり火)から、火事除けの神として祀ってきたのではないだろうか?

てなことで、なるべく早く完成させて囲いに行きますから、
ご住職もコンコンさんも、怒らんといて下さい~m(_ _)m

2008年7月 3日 (木)

埋めるのもったいない(^^;)

080703thr1

もったいない、嗚呼もったいない、もったいない・・・(^^;)
現在、「明治の土」などで書かせていただいたお店を、100年前の姿に戻すミッションを遂行中なのだが、困ったのがお店の「敷居」
現在ならステンレスで・・・というのが一般的だが、100年前にはなかった素材(似たような合金は既に存在したが実用化されたのは大正時代から)なので、却下!
いっその事、木で・・・と言いたい所だが、度重なる公共道路工事のため店の敷地より歩道の方が高くなっていて、土中の水分により乾燥と湿潤にさらされる事になり腐食が心配だ。
ちなみに、これが完全に水中に没している状態なら木は腐らない。木を分解する木材腐朽菌が活動できないからだ。今でも遺跡の土中などから、大昔の土中の木杭や木簡などが発見されるのはそのためで、完全に水浸しなら木は何年でも元の状態を保つのである。また、乾燥している状態でも腐朽菌は活動しないので腐らない。結局、濡れたり乾いたり、という状態が一番木にとってよくないのである。よく木製看板などの足下が腐って倒れたりしても土中の部分は意外にしっかりしているのはそのためなのだ。
と、ウンチ君はこれくらいにして・・・
コンクリート(これは明治時代にもあった)製にするかどうかも検討したのだが、いかにも色気?がない。
で、相談したのが、石屋さん、
「巾は8寸で長さが2間(けん)をちょっと超えるんですが・・・」と恐る恐る聞いてみた。
この場合、厚みはそれほど問題ではなく、長さが問題なのだ。
巾8寸というのはまぁ通常よく使うサイズなので、途中で継ぐ仕様にすれば、そんなに難しい材料ではない。ただし、お店の玄関で、4枚の引き違い戸用の敷居にあちこち継ぎ目が出来てしまう・・・
それは避けたい。
しかし、2間以内ならともかく、ここのお店は間口が広いので、標準サイズである3636㎜を少しだけ超えている。
そんな材料はこの世に存在しない、という事ではない、探せばあるだろうが、そうなると値段が問題になってくる・・・
と・・・
『それやったら、ちょうどええのがあるよ~』\(^o^)/

これも日頃の行いか?(^^;)

てなことで、まさしくあつらえたかのような石が登場した。
080703thr2

巾は8寸(24㎝)、厚みが4寸(12㎝)、
そして長さが12尺2寸5分(3712㎜)

で、冒頭の、もったいない、嗚呼もったいない・・・になるわけだ(^^;)
何がもったいないかというと・・・
敷居であるからして、厚みの4寸分が、ほぼ全部埋まってしまうのよ~って当たり前(^^;)
でもね~
これが埋まってしまうと、きっと薄い石やと思われるよぉ~
ほんなら、二つ割にでもして、もっと薄うしたら?って?
それがなかなかそうはいかんのよ~
長さが2間以上ある石って、これくらいの厚みが無いと経年変化で割れる恐れがあるのよね~080703thr3
てなことで、新旧敷居の比較画像
ちなみに、旧敷居は明治時代のものではなく、昭和中期にお店を拡幅した時のものである。
(どっちにしても長い事お疲れさんでしたm(_ _)m)

さて、先日まで丁寧に床板を貼り、古色塗装をした床が、敷居が入ったとたんに土足仕様となって踏まれるのがちと寂しいが、お客さんに踏んでもらってこその床板とも言える。
きっと塗ったばかりの古色塗装以上の、ええ色に変わっていくだろう(^-^)

敷居の厚みも、犬走りの施工が終わるまでは楽しませてもらおう。

ちゃんちゃん

2008年7月 2日 (水)

らくがき

080703raku2高野山の奥の院、
三本杉のちょっと手前に「楽書塚」がある。

「落」書塚ではない、
「楽」書塚である。

080703raku1_2「楽書塚」を中心に、
他にもたくさんの碑が並んでいる。

これは、'68年(昭和43年)に、柳家金語楼さんが建立したものだ。
柳家金語楼さん、と言っても、今や知らない人の方が多いかもしれないが、私が子供の頃は最もよく知られた落語家だった。

080703raku7一番右にある協賛の碑(この場合はほぼ100%のスポンサードだろう)
丸善石油(現、コスモ石油)とある。

ちょうどこの頃は、丸善石油が設立した関西石油の堺精油所の操業が開始された時期で、あるいは記念事業の一つだったのかもしれない。
それにしても洒落た企業メセナだと思う。

さて・・・
楽書塚の趣旨だが、080703raku3 『お願い』として、二つの文が綴られている。

『らくがきは即ち良久加幾で好いこと
 長く更に活力を増すもの 
 また落餓鬼であるから
 自分の胸より怪しからぬ思いを去ってしまうもの』

『楽しく落がきの出来る場所を作りました   
大切な場所にむやみに落がきを仕ないで
  此(この)場所で思い出の落がきをして下さい』
後の文が柳家金語楼さんのもので、先の文を書いた人のお名前は・・・
達筆すぎて読めないm(_ _)m

だがしかし、何という名文だろうか、落書きと言えば、先日来、やれイタリアで、ニュージーランドでと、世界中に恥をさらし、そこへ格好のネタとばかりに飛びついたマスコミの影響もあって、某野球部の監督などはその任を解かれるという、落書きに至った事情から考えるとやや過剰とも思える制裁を受けたりし、さらにイタリアからは厳しすぎる処置、などと逆に不思議がられもしているわけだが、40年前にはこんな思いを込めて奥の院に碑を建立しようとする人と、それに協賛する企業があったのだ。
080703raku4 そして、これが落書き用の碑、
おそらく世界で一つ?
今も様々な落書き、いや、楽書きがしるし続けられている。


080703raku5柳家金語楼さんと交友が深かった、花菱アチャコさんの句碑も建っている。

『笑われて 浮き世をおくる 顔にで来』





080703raku6

この碑は、「花菱アチャコ偲ぶ会」として、'92年に建立されたものらしい。

三木のり平さんだったか、『芸人は笑わせるもの、笑われてはいけない』という言葉があるが、花菱アチャコさんだからこそ、「笑われて」笑顔で浮き世をおくれたのだろう。

史跡や公共物に「落書き」するのはごく簡単な事、
だがしかし、そこに記された「恥」は、書いた者自身を、嘲笑の笑いで軽蔑し続ける。

どうせなら、笑顔を呼ぶ「楽書き」、「良久加幾」、「落餓鬼」を、場所を選んでしるしてみたい・・・って、そうそう落書き公認の場所はあるまい。

てなことで・・・

楽書きを したくなったら 高野山(^-^)

ちゃんちゃん

2008年7月 1日 (火)

傑作!って言うてちょうだい~

からくり薬局」(^^;)の完成まであと一歩となった。
080701c2

今日取り付けさせていただいたのは、
弊社からのプレゼントである。

なぜプレゼントかと言うと、
○もちろん、何かを感謝の意を込めてさし上げたかった。
のが一番なのだが、
○これにこんな凝った事をしても、とても請求できない(^^;)
という理由の方が大きい(笑)
080701c1
さぁ、みんな見てくれぇ~!
高野のマチに調和する、
その優美な佇まいを~!


杉皮葺き、竹化粧、
・・・やり過ぎ?(笑)


080701c4屋根もちゃんと反らしましたがな~




080701c3 あえて本繁垂木(ほんしげだるき)にはせず、
疎垂木(まばらだるき)にしたのは、
重々しい雰囲気と、ゴテゴテした印象を避けるため、

この、「あえて一歩手前で止める」という自制心こそが、
この販売機で売っている商品にはふさわしいのではないだろうか?(^^;)

てなことで・・・
もう、おわかりとは思うが、
何の販売機かというと・・・
080701c5
記念に一つ、使うアテもないのに、
私も買い求めたのであった・・・(^^;)


ちゃんちゃん

※ちなみに・・・以前からの画像をご記憶の方は、飲料の自販機が撤去された事にお気付きの事だと思う。
高野の町並を考慮して施主さんが撤去を決めたのである。
この「販売機」についても、一時は撤去案も出たのだが、24時間営業のコンビニ(午後11時まで)の無い高野山では、これを撤去してしまうと、困る人がたくさんいる(^^;)との事で、それならば、なるべく町並にとけ込むようにと、こういう仕上げになったのである。

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