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2009年9月

2009年9月30日 (水)

「骨のぼり」について その4

9月26日 「骨のぼり」について その4

さて、出発は午前8時、
で、黒い傘をさしたかというと、この辺ではそういう事はしないらしい。
助かったのは遺骨を持つ義兄であった(^^;)
何しろ朝から晴れやかな青空が広がり暑いくらいで、この中を黒い傘をさして歩くのはちと辛いだろう(^^;)
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家を出た先の辻で、線香と蝋燭をつけ、ご近所のみなさんが見送って下さったm(_ _)m
この先は、なるべく「高野に向かって登る」のが決まりとの事で、下り坂を避けて進む道順もご指示いただいたm(_ _)m
確かこの時、一行はふり返らずに進まなければならないはずなので、辻で見送っていただいているみなさんに礼も出来ず、お茶湯をご用意くださっているお家へ向かった。
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お茶湯の仕方、というのもうろ覚えだった(。。 )\バキッ☆
いやしかし、弁解がましいが(^^;)焼香ならともかく、お茶湯というのものは「骨のぼり」に付随する作法であり、高野山に向かう道中のお宅ならまだしも、高野山内では位牌屋さんで行われるくらいで、総裁さん曰く『親でも亡くならないと体験せんのちゃうの?』ってなものなのである(^^;)

ちなみに、この場合、遺骨にお茶湯をして下さるのは、道中にあるお宅の家の方であり、我々「骨のぼり」一行は、↑の画像に写ってる義兄の如く、ただひたすらお礼を申し上げるのみである。
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次のお宅では猫ちゃんが出てきて、何やら神妙に見守ってくれた(^-^)
これまたありがたい事である、白髭さんのお使いかもしれない。
さて、いよいよ、このお宅の近くまであらかじめカミさんが運んできた車に乗り込み、高野山へ向かうのであった。
ここからのルートは私が決める事になった。
高野山道路を行くか、細川道を行くか、それとも作水のスーパー林道か・・・
(玉川線(R371)は現在通行止)
ご近所さんの話では、草鞋とおにぎりのお供えも、特にしなくてもよいとの事だったので(少々物足りない(^^;))それなら、なるべく昔風の道をと思い、作水を選んだ。
       ・
       ・
       ・
スーパー林道、息子は慣れたものだが、義兄は初めて通る道だったらしくその狭さに驚いていた(^^;)
昔は・・・と言っても、高野山道路の開通が私の生まれた年(1960年)で、それまでは玉川線があったとはいうものの、車自体が普及していなかったので、参詣者はほぼ全員、徒歩で登ったのである。
作水の途中、神谷の在所を通るが、ここはもう少し下の「河根(かね)」や、高野山道路沿いの「高野下」と並び、登山途中の宿泊地として、あるいは下山の後の精進落としの場として、昭和の初期までは大いに栄えた所である。
余談だが、この作水スーパー林道、高野山への最短ルートであり、十数年前まではすれ違いができる場所が数カ所しかなく、「数百mは楽々バックが出来る人」専用の道だった。しかしそれでも「まともに運転できる人」しか通らなかったので、譲り合いもその場所ごとで、どちらが下がるか暗黙の了解が成立しておりスムーズ、つまり非常に快適な道だったのだ。それが今では、あちこちで道幅が広げられたがゆえに「わしゃ、前進しかできんから、あんた下がってよ」的、左巻きのねじ回し(ドライバー、ね(笑))が急増し、渋滞がしばしば起こっているのが残念である。

閑話休題
しかし今日は土曜日なので、平日に多い左巻きのねじまわし達も少なく、心穏やかに運転できたせいか(^^;)昔はみんなこの道を、遺骨を抱いてひたすら登っていったのだなぁと、これまで数千回以上は通っているにもかかわらず、一度も抱かなかった感慨も湧いた。
そして、そうなると、いつもそこだけ、ピンポイントでしか見ていなかった日本最後の仇討ちの場所も、まるでそこまで歩いてきた人々の背中が見えるような気がしたり、この「道」はやはり、現世と来世を繋ぐ道でもあるのだなぁなどと殊勝な心持ちにもなったりした。
それはまるで、初めて高野山へ行くような気持ちでもあった。

そして、いよいよ高野山へ到着。

ここからは、私も知っている手順だ(^^;)

まず、位牌屋さんに行くのである。

つづく

2009年9月29日 (火)

「骨のぼり」について その3

以下は、私の「骨のぼり」ドキュメントである。
はたして、こういうものをブログの話題にしてよいものかどうか、少々迷ったのだが、実際に「骨のぼり」を体験した事で、私自身も家族も非常に感銘を受けると共に、ずいぶん癒されたのは事実であり、やはり書き留めておきたいと思う。

さて、義父が亡くなったのは、23日の朝だった。
ここ数年、肺気腫で入退院を繰り返してはいたものの、毎回一月ほど養生すると退院できていたのだが、今年の4月からの入院は長引き、とうとう9月の初旬からは食べ物を受け付けなくなってしまい、点滴だけの状態で過ごしていたのだった。
病状は比較的安定しており、さほど苦しそうな按配ではなかったが、やはり衰弱が進むのを見るのは家族としても辛く、その死についてはあらかじめ覚悟もできていたし、「苦しまずに逝けた」事については、感謝の念さえ起こるものだったのである。

通夜、葬儀については、ご近所の皆さんと葬儀社の方々の献身的なお世話をいただき、ご参列いただいた皆様のご厚情により、大変立派な見送りができた事を、お礼申し上げたいm(_ _)m

そして「骨のぼり」である。
義父の地元でも、葬儀(火葬)の翌日、高野山へ「骨のぼり」するのが慣例らしく、義兄(カミさんの姉婿)と私、そして私の息子の3人で登る事になった。

以下、あらかじめお断りしておきたいのだが、多少、ギャグ?らしきものが入る(。。 )\バキッ☆
こういう記録で、そういう書き方をしてもいいものかどうか、またまた少々迷うところなのだが(^^;)まじめくさって書くのも気が滅入るので、不謹慎ではあるがご勘弁願いたいm(_ _)m

義兄はごく真面目で優秀な人であり、出身はかつらぎ町だから、「骨のぼり」にも詳しいと思っていたのだが、ここのお家も幸いな事に数十年間、身内の不幸がなかったので「骨のぼり」未体験者だという。
そこで期待されたのが私(^^;)
何しろ高野山の住人だ、「骨のぼり」などはお茶の子さいさいであろうから、義兄が未体験でも恵峯を付けておけばどうにかなるだろうと、親戚一同が思っていたらしい。
いやその・・・(^^;)
そらね、高野山で住んでれば「骨のぼり」は日常茶飯で見かけてはおりますよ、
でもね、それはあくまで見てるだけ~、で、実際に自分がやった事は無い!のであります。
だって、私も身内の葬式って20ン年ぶりやし・・・orz

と、腰が引けたのは事実だが、初めて見る親戚も多い中、『ちゃんと務まるかどうか自信がおません』などとは言えない雰囲気・・・(^^;)
まぁ、手順は師匠筋に聞けばなんとかなるだろうし、何より義父の供養のために自分自身が登りたいとも思い、謹んで引き受けたのであった。

で、早速、師匠に失礼ながら電話で聞いてみた。
『あのぉ、骨のぼりをせなならんようになったんですが、行く者が全員未体験なんで、手順を教えて下さいませm(_ _)m』
その返事が・・・
「おまえ、AHOちゃうか、こっちは受け入れ側の手順は完璧やで、な、そやけど、登る側の手順なんか、その土地ごとで違うんやから、わかるわけないやろ」
orz
ど、どないしたらええのーん?(ToT)

・・・確か、晴れてても黒い傘さしっぱなしで、途中の水場では草鞋とおにぎり供えて、着いたら高野の犬にも、おにぎりを食べてもらうとかなんとか・・・

まぁ、傘はあるやろし、途中の水場も高野山道路で実際に見かけた事があるから何とかわかるし、高野の犬って・・・近頃、野良犬は見かけんから・・・銀にでも食べさせるか?(^^;)
うぅむ、こんなええ加減でええんやろか?と一瞬は思ったが、考えてみると身内は皆そういうレベルでもあるし(^^;)一つ一つの手順をおろそかにせず、人に聞きながらでも丁寧にすれば、この手の行事には、なかなかうるさかった義父も納得してくれるのではないか?
・・・と、勝手に思うことにして(。。 )\バキッ☆
幸い、出発時の手順は、ご近所のみなさんが親切にいろいろ教えて下さり、お茶湯も数軒で用意して下さるという事で、誠にありがたい話m(_ _)m

そして26日の午前8時、いよいよ出発となったのである。

つづく

2009年9月28日 (月)

「骨のぼり」について その2

骨のぼり、の原点は、やはり山上他界信仰、だと思われる。
「死を弔う」という概念がいつ頃から発生したのか定かではないが、「死」を恐れる気持ちというのは、おそらく人間特有のものであり、その恐怖から逃れるため、当初は亡くなった場所そのもので殯(もがり)を行っていたらしい。
それは、腐敗し白骨化していくのを見守る「儀式」だったそうで、生きている人、から、違う何か、への変化を集団で見届ける事でもあったという。
そして、その「違う何かへの変化」は自然崇拝の発展と相まって、魂の行き場所としての他界信仰を発生させ、山上(山岳)他界だけではなく、黄泉の国に代表される地中他界とか、ニライカナイなどの海上他界が創造されてきた。
これは、日本特有の信仰ではなく、世界中にあるそれこそ自然な流れの結果だ。

つまり、「骨のぼり」に類する行為は高野山が成立する以前から行われていたわけで、関西圏では他に熊野地方の妙法山阿弥陀寺への「髪あげ」や伊勢半島での朝熊山金剛証寺への「岳参り」(塔婆供養)などがよく知られている。
あるいは、「骨のぼり」の目的地としての霊的な場所だったからこそ、弘法大師・空海は修行の地として高野山を選んだのかもしれない。
ただし、弘法大師・空海自身は、「葬送の地」としての機能よりも、「修行の地」としての機能を主とした事は言うまでもない。
それが、「天下の総菩提所」と言われるほど、「葬送の地」として名をはせるに到ったのは、やはり、鎌倉以降の「浄土思想」の普及のせいだろうと思われる。

これについては、高野山側の「事情」も影響している。
というのも、弘法大師・空海入定後、甥(と言われている)真然大徳が二世として大塔を完成させる等の活躍を見せたものの、完成された教学と、そのあまりにも偉大なカリスマ性ゆえに、後継者の飛躍発展があまり見られず(この点、教義解釈の幅があったがゆえに、多くの鎌倉仏教の母体となった親鸞聖人の天台宗とは好対照)
延喜19年(919年)に、京都の東寺長者・観賢に金剛峯寺座主を兼任されるに及び、次第に高野山としての独自勢力が衰えだしたところへ、正歴5年(994年)、高野山全山が大火により焼失し、復興もままならぬ状態が続き、ついに長保3年(1001年)~長和5年(1016年)の16年間はほぼ無人となり、奥之院御廟なども苔むしてしまっていたと言われている。

さて、その荒廃した高野山の復興に先鞭をつけたのが祈親上人(定誉・持経上人とも呼ばれる)である。
祈親上人は、奥の院を弘法大師・空海が入定し続ける清浄な地とし、燈明(料)の勧進を行う事で、修行者のための地という本来の性格に、「弘法大師自身への信仰」をも根付かせたのである。
また、その信仰を日本中に喧伝したのが、「高野聖」と呼ばれる半僧半俗の人々であった。
ちなみに、その時に灯された明かりの一つが「貧女の一燈」として今も奥の院に灯し続けられている。
その後、大師信仰は、浄土思想と結びつき、弘法大師を仲介として、阿弥陀如来の極楽浄土、あるいは弥勒菩薩の兜率天への往生を願う人々の信仰を集める事となり、やがて数十万基にも及ぶ奥の院の墓石群が成立していく。

勧進運動の初期の成功例を挙げると、治安3年(1023年)仁海の勧誘によって、当時の最高実力者である藤原道長の登山が実現し、その三年後(万寿3年(1026年))には道長の娘であり、後一条天皇(第68代)・後朱雀天皇(第69代)の生母(つまり国母)である、上東門院(藤原彰子)の納髪が行われる事になる。
これが、文献上確認できる、最初の「骨のぼり」と言われている。

もっとも、この時点では上東門院は存命しており、納められた「髪」も、落飾(仏門に入る事、坊主頭ではなく、髪を短く切り髷を結わない状態にする事)した時のものであったらしく、本来の意味での「納骨」とは言えないかもしれない。
続いて、文献上確認されているのは、天仁元年(1108年)の上東門院の玄孫(やしゃご)にあたる堀河天皇の「納髪」である。
堀河天皇は白河天皇の子で、先日書いた覚法法親王の兄にあたる。
ただし、この時納められた髪も元服の時のものであり「遺髪」ではないのだが、崩御をきっかけに納められたという事で、「納骨信仰」の嚆矢とされている。

そして、仁平3年(1153年)、覚法法親王が薨去し、嵯峨野での火葬の後に、高野山に納骨されたわけだが、これこそが文献上確認でき、手順通り?の最初の「納骨」であろう。

ちなみに、それまで「殯」を行い、死体が白骨化していくのを長期間見守っていたのを、「火葬」によって一気に骨にしてしまうという方法も、仏教によって初めてもたらされたものである。これは、葬送の方法の一大転機になると共に、仏式の葬儀が急速に普及していく原動力にもなった。(死穢を恐れる日本人としては、火による浄化は受け入れやすかったに違いない)

その後は、美福門院(永暦元年(1160年))や俊寛僧都(治承3年(1179年))、平重盛(養和元年(1181年))など、当代の実力者達の納髪、納爪、そして納骨が続き、高野山への「骨のぼり」が定着していくのである。

つづく

2009年9月27日 (日)

「骨のぼり」について その1

みなさま、このたびの義父の葬送に際しましては、様々なご配慮やご厚情を賜り、厚くお礼申し上げます。

昨日、骨のぼりも済ませ、今夕帰宅致しました。

「骨のぼり」は関西圏以外の方には馴染みのない言葉かもしれませんが、高野山へ分骨、あるいは遺髪などを納める習慣の事で、「骨のぼせ」とも言います。

私自身、付き添いはした事があるものの、それは全て高野山内での事であり、最初から最後までというのは、今回が初めての体験でして、非常に感銘を受けました。

その体験を明日から書いてみようと思います。

今日のところは、ひとまずこれにて・・・

2009年9月26日 (土)

ありがとうございました

通夜、葬儀とも、無事に終え、本日は骨のぼり、でした。
皆様のご厚情に感謝申し上げます。

ありがとうございました。

2009年9月23日 (水)

ご報告

本日、朝、
義父の城野容尚(じょうの よしひさ)が、肺炎にて永眠致しました。
81歳でした。

生前のご交誼に深謝申し上げますとともに、以下に葬儀日程をご報告致します。

通夜 24日(木)
午後7時から

葬儀 25日(金)
午後1時半から
出棺 午後2時半

喪主:城野恵美子(妻)

場所:メモリアルホール花平 (市脇)
電話 0736−32−4444

カミさんの父親です。
ブログで告知というのも恐縮なのですが、いろいろとお問い合わせも戴いておりますので、ご報告致します。

なお、数ヶ月に及ぶ闘病でしたが、安らかに逝きましたし、家族も覚悟はできておりましたので、どうぞお気遣いなくお願い申し上げます。

2009年9月22日 (火)

社内LAN(笑)

ついに、社内LANが完成した(笑)
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以前から、2階の事務所のパソコンの前では大きな図面が広げられず、積算する時は、別の部屋でやっていたのだが、そうなるとノートパソコンを使う事になり、できあがった書類を印刷するためにはNASへ繋がってるルーターのある場所まで戻らねばならない。
以前なら、図面を広げた部屋では手書きでメモしておき、パソコンの前で清書していたのだが、ノートパソコンがあるがゆえに省力化はできる、しかし、かえって移動は増える・・・orzという、便利だが不便だかわからないアンビバレンツ(笑)な状態だったのである。

まぁ、大きな図面を広げて積算・・・という仕事そのものが激減しているので(ToT)だらだらと過ごしていたわけでもあるが、今回、仕事場をちょっと改装した(夏枯れで仕事が少なかったからというのが真相(ToT))ついでに、社内LAN(笑)の構築をもくろんだのであーる。
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とまぁ、大げさに書いたもののやった事はこれだけ↑(笑)
2階の事務所のルーターまでケーブルを約15mほど・・・(笑)
めっさ原始的~(笑)
何ぃ?無線LANん~?
超重要機密書類に溢れたわがパソコンを無線などで繋げるとお思いか?(笑)
つーか、そんな事が自分で出来るくらいなら、とっくにやっとるちゅーねん(。。 )\バキッ☆

てなことで、おそるおそる繋いでみたのだが、これがけっこう行けますがな~(^-^)v
ケーブルが長い分、多少反応が鈍いのはご愛敬(笑)
図面を見ながら積算し、2階の事務所のプリンターもちゃんと使える。
印字された書類は・・・やっぱり2階まで取りに行く必要があるが(笑)それはまぁ完成品で提出するだけ状態なので、良しとしよう(^-^)

いやぁこれほど便利になるなら、もっと早くやっとけば良かったなぁ(笑)

めでたしめでたし

2009年9月21日 (月)

大人買い(笑)

9月20日(日)の日記。

久しぶりの大人買い、である(笑)
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マイミクさんの日記からオークションへ飛んで・・・即決!(笑)
このコミック、なんと連載25年を越えてるのだそうだw(゜o゜)w
実は、掲載雑誌は創刊時から9年前まで読んでたし、単行本も時々買ってたので、70巻前後までは内容もうすぼんやりながら覚えている・・・はず(^^;)
それが、値段に釣られた(笑)という事もあるが、なぜ今さらフルセットでゲットする気になったかと言うと・・・
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↑家のあちこちに点在している(。。 )\バキッ☆ 単行本を見る度に時々でてくるこれ、
『このエピソードは単行本第○集第○話の○○○○に収録されています』
これまたうすぼんやりとだが、「あぁ、あの話ね・・・」というイメージは浮かぶのだが、内容が気になって仕方がない時があるのだ(笑)
これ、ネットの世界で「リンク」のありがたみにどっぷり浸っているせいもある(^^;)

それともう一つ、作画担当のセンセイ、食べ物の絵は抜群に上手だと思うのだが、人物、特に女性の描き分けはイマイチ・・・(^^;)
てなことで、ばらばらに読んでて、以前のエピソードの人物が登場すると、「こ、これ誰やったっけ?」状態でめちゃめちゃ隔靴掻痒感!(笑)

てなことで今回、まとめ読みして人物関係をはっきりさせようではないかと・・・(笑)
ただ、102巻でもうすぐ103巻目も出るらしいので、読んだ尻から忘れていくような気も・・・(^^;)

まぁぼちぼち行きまひょか~

ちなみに、連休を使って全部読む、というわけではない。ずっと仕事だからである(笑)

ちゃんちゃん

2009年9月20日 (日)

高野山学 体験講座 覚法法親王ゆかりの寺院を訪ねる その3

てなことで、やっと、「覚法法親王ゆかりの寺院」編である(^^;)

しかし・・・
最初の櫻池院さんは・・・遅刻したので未訪問・・・(。。 )\バキッ☆

急ぎ駆けつけたところ、櫻池院さんを出てきたご一行に出くわして笑われ(^^;)そこから金曜日のその1に載せた山越えで五の室谷に至り、光台院さんへ向かったのであった。

さて、光台院さんについては、何度か書かせていただいた事があり、今は亡き上綱さんには大変かわいがっていただいたエピソードもある。
本堂でお参りさせていただいた後、山陰先生のご解説を拝聴。
このお寺は、覚法法親王が勝蓮花院の他に開基した寺院の一つであり、いわば仁和寺の飛び地として、明治の廃仏毀釈で皇室が仏教から切り離されるまで、高野山にあって高野山ではない境内地として「高野御室(こうやおむろ)」と呼ばれてきた。
これは、高野山においては珍しい事ではなく、他にも石清水八幡宮の境内地であるとか、南都六宗のそれとかが散見できるのである。
また、この一種の治外法権ともいうべきゾーンニングは、歴史のうねりの中で、度々政治的用途に利用されてもきている。
まず、一番有名なのが、関白秀次の胴塚がある事。
秀次は、秀吉の甥であり、養子となって関白職を継いだものの、秀頼誕生により疎まれ、文禄四年(1595年)ついに高野山へ追放、切腹処分となった。
その首は京都に運ばれ、首実検の後、三条河原でさらし首となり、一族郎党もその首の前で処刑されるという悲惨な最期を迎えたわけだが、胴の方は「高野山であって高野山でない」ここ光台院に葬られたのである。

この前後の経緯を見てみると、天正十三年(1585年)に秀吉の根来寺焼き討ちがあり、続いて高野山攻めとなった時、高野山側から応其上人が平和交渉にあたり、逆に秀吉から、復興援助を得、『これからは高野の応其と思うな、応其の高野と思え』という台詞まで引き出し、その結果、「青厳寺(剃髪寺:生母・大政所の追善菩提のために建立)」と「興山寺(応其上人の自坊として)」が建立されている。
この二つの寺が明治の廃仏毀釈の時点で合体したのが、現在の金剛峯寺である。
つまり、秀吉にとって、高野山および応其上人は、宗教的にも政治的にも重要な拠点であり、諦めていた実子誕生により、邪魔になった秀次を追放し、抹殺した後も、首塚は畜生塚として蔑んだものの、胴塚に対しては一定の菩提を弔おうとしたのではないだろうか?
高野山側でも、秀次の嘆願をしたらしいが、助命まではできず、治外法権である光台院さんに祀る事で、ぎりぎり?宗教的救助をもくろんだのではないだろうか?
他にも、このお寺では、織田秀信も祀られている。
信長の孫であり、本能寺の変の後、清洲会議の時に秀吉が3歳児であった秀信を我が手に抱き、『織田家の頭領である』と宣言し、後見人としてその実権を掌握した時の、あの三法師である。
秀信は織田家を継いだものの、その後は豊臣家の家臣として過ごし、関ヶ原の戦いで西軍について破れ、福島正則らの助命嘆願により高野山へ追放処分、ただしその後、高野山からも追放処分となった年に没したという。
高野山への追放、高野山からの追放、と政治的に翻弄された後で、高野山に碑が祀られた詳細はよくわからない。
しかしなんだか、豊臣家がらみのややこしい事(^^;)は、全部光台院さんが引き受けているような印象を受けるのである。
この点については、もう少し調べてみようと思っている。

さて、今度は無量光院さんへ、
ここでも本堂でお参りさせていただき、様々なお話を拝聴した。
資料としていただいた、「高野山名所圖會」から由緒を引用してみる。
※ただし、漢字が多くてややこしいので、私が勝手に新字体にして読み下すけど、間違ってたらm(_ _)m

『白河院第四皇子覚法親王(ママ)の草創にして、院号』は親王護持を本尊とするが故に、爾云なるべし(しかいうなるべし:これにほかならない、の意) 亦(また)、親王所往の時竹院とも称す・・・(中略)・・・中興(ちゅうこう)印融(いんゆう)法印(いんゆうほういん)は武陽の人(兵庫出身?)、諸国に遊学して事教の蘊奥(おんおう)を究め・・・(中略)・・・清胤(せいいん)法印は越後の人、上杉謙信之に私事して落髪入道す・・・(中略)・・・玄仙(法印)は甲陽竹田氏の親属にして・・・(中略)・・・信玄は仝法印に帰依し・・・』

って、わけわからん?(^^;)
つまり、無量光院さんもまた、覚法法親王の建立であり、中興の祖は印融さんで、清胤さんの時には上杉謙信が弟子となり、玄仙さんの時には武田信玄が帰依しているという、ウルトラスーパーデラックスな系譜なのである。w(゜o゜)w

さて・・・
中世以降、高野山は、政治的意図に翻弄もされたが、阿弥陀さんと弥勒さんへ御大師さんが橋渡しをしてくれるという、当時の浄土思想と現世利益の両方が一度に叶う場所であり、まさに『一度参詣高野山無始罪障道中滅』(高野山に一度でも徒歩でお参りすれば、果てしない過去からの罪も、道中で全て消滅する)という宗教的価値を発揮し続けたのである。しかも、敵対する者の両方から、なのだ。
高野山であって高野山でない境内地、と私は書いたが、それはあくまで、統治的な意味であり、霊的な意味では、やはり全域が高野山、という認識だったと思われる。
敵も味方も、現世及び死後の安穏を祈る気持ちに代わりはあるまい。
それを同じ場所で祈る事を、節操がないと取るか、多様性への寛容と取るかは、実際に感得した人次第であろう。

大変、有意義な体験学習、ありがとうございましたm(_ _)m

2009年9月19日 (土)

高野山学 体験講座 覚法法親王ゆかりの寺院を訪ねる その2

さて、昨日のつづき、
『御室御所高野山御参籠日記』をもとにした山陰先生のご解説により、覚法法親王の高野山での主な活動を見てみると・・・

○まず、皇室とそれに連なる人々のための大がかりな法会をしばしば行っている。
生母師子(もろこ)が亡くなった翌年には百日間の阿弥陀護摩を焚いているし、甥の鳥羽上皇のためにも同じく百日間、毎日千基の泥塔(清らかな土で作る小型の塔)を造立し供養している。また、自身のためにも二十一日間の逆修善を営んだりもしている。

※恵峯感想:この頃、皇室と真言密教は「鎮護国家」というキーワードで結びついている。
そして、皇室=国家という概念もあり、皇室が安泰という事はすなわち、民はもちろん、山川草木にいたる全てが安泰、という事だから、自分や親、親戚について修善する事はすなわち国のため、なのである。(このあたり、非常に誤解されやすい(^^;))

○参籠中は年中行事ともいうべき恒例の仏事が欠かさず行われている
七月七日には亡父白河上皇の「御忌日(ごきにち)」法要(すなわち年忌)同月十五日には、両親のための盂蘭盆講が、そして、久安五年は毎月十四日に亡母のための「御月忌(ごがっき)」も営んでいる。

※恵峯感想:先祖供養、という概念も見て取れるし、阿弥陀護摩を焚いている点や、盂蘭盆講が営まれているところから、この頃すでに浄土思想もあった事がわかる。

○高野山上の自坊である「勝蓮花院(しょうれんげいん)」の本尊(阿弥陀如来?)、堂塔(塔・高野堂・護摩堂)、および財政基盤(阿波国勝浦荘)を整備し、かつ、それらの堂塔に供僧(くぞう)を任命している。

※恵峯感想:いわゆるインフラ整備であろう。恒久的に高野山に鎮護国家の装置としての勝蓮花院を存続させようとしたのだろう。
ちなみに、この勝蓮花院跡が現在の覚法法親王の御陵である。

○参籠中は、高野山奥の院、金剛峯寺御影堂・金堂などの修理や仏具の調備などにも取り組んでいる。

※恵峯感想:高野山のスポンサーとして大盤振る舞いを続けていたようである。

○諸仏事の際には、必ず仏前に多大の供物を供え、出仕した僧侶達にも手厚い布施を施している。

※上記と同じ、おそらく高野山の僧侶達は覚法法親王の参籠を心待ちにしていたに違いない。

○上記仏事に際しては、金剛峯寺方の僧侶だけを重用するのではなく、大伝法院方や聖方の聖人たちにも配慮して出仕させている。

※この三方の説明はちとややこしいのだが、空海以来の才、と称えられた覚鑁(かくばん)さんが、浄土教の教えも取り入れて一種の宗教改革を断行し、ために命を狙われ根来寺逃れたのが1140年。
覚法法親王が参籠したのは覚鑁さんの没後だが、覚鑁さんが鳥羽上皇をスポンサーにして開いた、大伝法院の一派はその後も高野山で活動していた。
そして、その頃すでに、半僧半俗の「高野聖」たちも活動していたのがよくわかる話である。
ややもすれば対立しがちな三派に対して、平等ではないものの、おおきな援助をしていたわけで、これもひとえに自らの修善の無事成満を願ってのものであろう。
そしてその目的も、一族(ひいては国全体)の現世安穏と後世善処であり。この時点ですでに、阿弥陀如来の極楽浄土と、弥勒菩薩の兜率天という概念が成立していたのもよくわかる。

さて、ではなぜ、覚法法親王が修善を営む場所として高野山を選んだのか?
これまた山陰先生の明快な解説を引用させていただくと・・・

『中右記(ちゅうゆうき)』(右大臣藤原宗忠の日記)嘉承三年(1108年)正月十三日条には、堀河天皇(覚法法親王の異母兄)の遺髪を高野山に収まるべき根拠として、「件の所(=高野山)は清浄の地なり。(弘法)大師入定して久しく慈尊(弥勒菩薩)出世の三会の暁を期するの所なり」という著者の件がが載せられている。この見解と同じく、高野山が清浄の地であり、かつ、弘法大師の入定の所であるが故に、法親王は、高野山という場所を選んだのではないであろうか。
『参籠日記』によれば、法親王は、参籠中、奥の院や御影堂に頻繁に参拝していることがわかる。このことは、法親王が、弘法大師に助力(阿弥陀如来や弥勒菩薩への執り成し)を仰ぎながら、前述したような所願を成就しようとしていたことをしめしていよう。

てなことで、つづきはまた明日~(^^;)

 

2009年9月18日 (金)

高野山学 体験講座 覚法法親王ゆかりの寺院を訪ねる その1

本日、「覚法法親王ゆかりの寺院を訪ねる」をテーマに、高野山学の体験講座が開催され、途中から(^^;)参加(。。 )\バキッ☆
いやその・・・
別の会議に出てたら、事務局のN氏がわざわざ電話でお知らせ下さり、恐縮しつつあわててかけつけたという次第m(_ _)m
てなことで、残念ながら、櫻池院さんの見学が出来なかったが、その後の山道ルートを辿っての覚法法親王御陵見学や、光台院さん、無量光院さんは拝観する事ができ、ご存じ、山陰加春夫高野山大学教授の名解説を堪能!\(^o^)/
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この山道ルート、場所的には親王院さんと総持院さんの間から山へ上がるコースで、数百メートル歩くと覚法法親王御陵に着く。
この道を歩くのはめちゃんこ久しぶりだ、子供の頃以来?(^^;)
というのも、この当たりは地理的に五の室谷からの方が近く、他にも行人方の東照宮の跡地である、通称テニスコートと呼ばれる広場もあり、子供の頃は基地を作りに来たり、山雀を捕りに来たりと、よく遊んだ場所なのである。
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その頃に比べると、非常に整備され、歩きやすくなった分、自分たちだけが知っている秘境のような印象は薄らいでいた(^^;)
逆に御陵の方は、昔はなんだか怖~いイメージしかなかったのだが(^^;)今や高野山史のキーパーソンとしてむしろ親近感を感じた。

さて、覚法法親王(1091~1153)は、白河上皇の第四皇子にして、京都仁和寺の第四代門跡である。
「法親王」(ほっしんのう、ほうしんのうとも)という呼称は、男子皇族が出家後に親王宣下を受けた時からの呼称で、逆に親王宣下を受けてから出家した場合は「入道親王」と呼ばれる。
他にも、「法師親王」とか、「禅師親王」という呼び方もあったらしいが、覚法法親王の兄にあたる、白河上皇第二皇子の覚行が出家後に親王宣下を受け、「覚行法親王」と呼ばれてからは、この呼称で定着したらしい。
平安時代の初期から、仏教の普及に伴い、相続争いを避けるため、また、皇室の費用削減の意味でも、皇族からの出家者が増え、その受け皿としての寺院もさかんに建立されたそうだが、平安時代後期に登場した、覚法法親王は、高野山と非常に縁の深い方であり、甥にあたる鳥羽天皇を授戒させ、その子である覚性(親王宣下後出家、つまり)入道親王の師となり、仁和寺の第五代門跡を継がせている。

さて、この覚法法親王と覚性入道親王については、『御室御所高野山御参籠日記』という記録が伝存しており、覚法法親王が久安三年~同六年(1147~1150年)の4年間だけでも五度に渡る高野参籠を果たした様子や、覚性入道親王が久安四年~同五年(1148~1149年)にかけて、連続二百五十二日間に及び参籠と遂げた詳細を知ることができるのである。

それによると・・・(と、あまりに漢字が多いので(^^;)明日へつづく~)

※上記の高野山への登山回数は、あくまで日記から読み取れる回数であり、それ以前に少なくとも4回は、白河・鳥羽両院のお供などで登山している事が他の記録で判明しています。

 

2009年9月17日 (木)

告別式

ピーマンさんの告別式のご連絡をいただいた。

通   夜: 9月19日(土) 19:00~
告別式: 9月20日(日) 12:30~
出   棺: 9月20日(日) 14:00~

未だに信じられない気持ちだが、この日程を受け入れるしかない・・・

所用があり参列がかなわないので、弔電でお悔やみを送らせていただいた。

ピーマンさん、安らかに・・・

2009年9月16日 (水)

Cybernetic Organism

Cybernetic Organisim すなわち、CYBORG・・・

生物に、生物本来の器官同様、特に意識しないでも機能が調節、制御される機械装置を移植した結合体。を指す。
※以下、グロいので拡大注意、生々しいので白黒にしてます(^^;)
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今日、私はサイボーグになった。

まぁ、これまでも、歯は被せだらけだし、二箇所で断裂したアキレス腱にはビニール?の芯が入ってるから、すでにサイボーグだった、とも言えるのだが・・・

本日、つっちーが装着してくれたのは、「形状記憶合金」

歯の被せも、アキレス腱の芯になってるビニール?も、ただ装着されているだけ、なので↑の「特に意識しないでも機能が調節、制御される」という点において、ちと弱い?
しかしこれが、「形状記憶合金」となると、何か、自動的に調節、制御されるっぽいやん(^^;)

特に「合金」という文字が、ガンダム世代の少し前、そう、「マジンガーZ」世代の私の心をくすぐるのだ。

子供の頃「超合金Z」は、「タキオン粒子」と並んで、私にとっては「未来」の象徴だったのだ(^^;)

もちろん「形状記憶合金」≠「超合金Z」なのだが、この場合「合金」という語感だけで十分!(笑)
さらに「形状記憶合金」そのものも、子供の頃にはなかった「科学技術の結晶」という印象で、「私的未来の道具」の匂いがぷんぷん(笑)

さて、ではなぜ、超合金Z・・・ではない(^^;)形状記憶合金を装着する事になったかというと・・・
歯肉炎から歯が浮いた状態となり、歯の噛み合わせを修正してもらい、その後は丁寧なブラッシングを心がけて約2週間、おかげさまで数ヶ月続いていた疼痛もほぼおさまったのだが、食事の際、右側をかばって左側ばかりで噛んでいたためか、左の下顎、一番奥の臼歯がぐらぐらになってるらしいのだ(ToT)
実はこの歯も小学校6年生の時(1972年(^^;))に「黄金バットみたいにしてほしい」というAHOな理由で金冠を被せてもらったもの。実に40年近くがんばってくれたわけである。

で、つっちー曰く『歯も金冠自体もしっかりしてますから、二番目の臼歯と形状記憶合金で繋いで固定します』と、ここで初めて「形状記憶合金」登場~!
通常ならここで「ほぉーっ」と感心し、口をぽかんと開けるところだが、すでに口は全開状態だったので「・・・のぉほぉ~」と意味不明な音を発したのみ(笑)

その後、37年目の金冠と、その手前の何とか健康を保ってた自前の歯の一部に溝を掘る旨告げられたのだが、AHOな「元SF少年」は、「合金、合ぉ金ん~、形状記憶合ぉ金~!どこが形状記憶するの~ん?取れたとたんに丸まって飲み込んでも大丈夫なようにかな~?って、歯の表面と胃の中って体温、変わらんやろーっ」(。。 )\バキッ☆・・・と、もう心の中は大はしゃぎ(笑)
いつもなら「削られる恐怖」にビビるところだが、術後の説明が待ち遠しくて(笑)「は、はよ削って、装着してくれぇ~」とワクワク(笑)

てなことで術式(^^;)は・・・
装着後、待ちかねてつっちーに解説してもらい、ハゲシく納得し(笑)帰宅してから、いそいそと鏡を見つつAHO面で撮影したマクロ画像で解説(笑)
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つまり、↑緑で示した、ミュラー・リヤー錯視の「長く見える方」みたいな形をした、形状記憶合金を熱して柔らかくしてから、ハサミ状の先端をたたんで溝に納めると、温度が落ち着くとともに、元の状態に戻ろうとするため、溝の中にがっちり固定されるという按配。
一種のアンカーとも言えよう。

・・・って、これ、ひょっとして常識?(^^;)
私、一人で、はしゃいどっただけ?

・・・でもまぁいいではありませんか(笑)
口中に、長さ約5㎜、太さ約1㎜の極小サイズながら、「形状記憶合金」が37年前の金冠が被った奥歯を固定してくれてるという事実が、私に小さな勇気を与えてくれるのである(笑)
うん、大げさ!(笑)
でも、ええの、これで思いっきり噛んだるね~ん(笑)
・・・と、手前の臼歯と共倒れになる可能性は考えず、このところ落ち込み気味だったおっさんは、ちょっと元気が出たのであった。

2009年9月15日 (火)

星守る犬

昨日の訃報を引きずりつつ、書く。

先週、義父の見舞の帰りに、これまた久しぶりに書店に寄ったら『犬好きな方はご遠慮下さい』というキャプションと共に売られていた。
このところ話題になってるのは知ってたが、アマゾンで幾多の書評を見る限り、買う気は起こらなかった本だった。
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しかし、買ってしまった。
いわゆる「泣ける」本や映画は読まないし見ない事にしている。
動物モノは特にだ。
小学校の頃、『ゲンのいた谷』という本を読んで号泣して以来、避けてきたのである。
(ゲンは動物、というより、壁に描かれた怪獣なのだが)

特に、「けなげにひたすら待つ」というシチュエーションが駄目だ。
想像するだに・・・

そして、著者である村上たかし氏のコミックは、たしか「ナマケモノが見てた」しか読んだ事がないのだが、稚拙(失礼m(_ _)m)とも思える描写がかえってリアルであり、動物の喜劇はともかく、悲劇はキツすぎるとも思っていた。

しかも表紙が・・・
似ても似つかないのに、るんたを思い出させる・・・

るんたはもっと男前やった、うん、これはるんたとは関係ない犬の話、スルーやスルー、
と、自分に言い聞かせながら・・・
買ってしまった。
そしてすぐ、読んでしまった。

悲惨な話である。
主人公のおっさんは、仕事も家族も健康も失い、流されるままに彷徨うのみで、やがて自滅していく。

犬は・・・ひたすら待っている。
主人との「さんぽ」を。

あかん・・・これ書いとっても、もうあかん・・・

このおっさんと自分が重なる。
あがくのをやめたら、たちまち同じ運命を辿りそうな気がする。
そして・・・
そうはなりたくない、しかしどこかで、そうなってもいい、というか、そうなったら楽かも?と思う自分もいるのだ。

犬は・・・
どんな飼い主にも従うだろう、心から愛し、いつも「さんぽ」を楽しみにするだろう。

それが悲しい。

そしてどこかで、そんな犬に救われている自分がいる。

わぁ、めっちゃ寂しいおっさんや~ん、私(^^;)

現時点では、仕事あり、家族有り、健康・・・歯がちょっとだけ・・・に、感謝!

2009年9月14日 (月)

訃報

午後1時過ぎ、四国のピーマンさんの訃報が届いた・・・
愕然・・・などという言葉さえ出ない、きっと何かの間違いだろうとしか思えなかった・・・

渡米中に、くも膜下出血で倒れられたのだそうだ。

私が知る単車乗りの中でも、ずば抜けて健康そうな方だった。
それがなぜ?

快活で博識、いつも前向きな頼れる先輩。
渡米にしたって、毎年数回の恒例行事であり、英語はペラペラ、仕事と趣味を見事に両立されていたのだ。
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2004/1/6 四国にて

ピーマンさんとは、Club-RTを通じて知己を得て以来だから、10年近く色々とお世話になった。
↑の画像も、K1200RSにピーマンさんのマフラーシステムである「SPECTRUM POWER」を装着にお邪魔した時の画像だ。

その他にも、マフラーシステムは、ロックスター、CB1300、K1200S。オーリンズは、GS、Ape、W650等々・・・タイヤやオイルも交換の時期になると↑の宴を第二目的に、しばしば四国まで行って交換していただいていた。

寒い時期に行くと、自ら、市場で選んだカワハギウマヅラハギを捌いて、キモを食べさせてくださった。
手間暇をかけて持てなしてくださる、そのお人柄がこめられた旨味を、今も覚えている。

私の他にも、同じような歓待を受けた人は多いだろう。
日本全国に「ピーマンの秘密基地」の名は轟いていた。
仕事にも趣味にも妥協の無い方だった。
いろいろな話をした。電話で1時間以上、という時もあった。
電話が苦手な私が思わず長電話してしまう、数少ない人の一人だった。
「なんでハンドルが【ピーマン】なんですか?」と聞いたら、
『中身が空っぽだからですよ』と笑ってらしたけど、その何でも吸収してしまう空間は途方もなく大きかったのだ。

仕事でも趣味でも、偉大な先輩。
しかし、楽しい単車乗りの仲間。

ご家族の嘆きはいかばかりか・・・

ピーマンさん、今はただ、遠くからご冥福を祈る事しかできません。

最後に、
電話でも、メールでも、掲示板の書き込みでも、いつものピーマンさんの決め台詞をコピペさせていただきます。

『では、また。ピーマンでした。』

きっと、ですよ、ピーマンさん。

2009年9月13日 (日)

何年ぶり?

このところ、入院している義父への見舞を続けている。
もともと肺が弱く、具合は、はっきり言ってあまりよくない。
カミさんも付き添いで泊まり込んだりと、不規則な毎日だ。
息子はテスト終了で秋休み中、ヨット部の合宿を切り上げさせてもらい帰ってきたので、今日は朝から家族で見舞った。
幸い、今日は調子が良く、逆に大勢に囲まれてると休めないとの看護師さんのアドバイスに従い、午後3時過ぎに退散。
急変の可能性もあるので、そのまま帰宅する事にしたのだが、久しぶりに家族4人で映画でも見るか?という事になりレンタルビデオ屋さんにだけ寄った。
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何年ぶり?(^^;)
というのも、以前、友人が高野山内で!(w(゜o゜)wもんでしょ~)レンタルビデオショップをやってた時はけっこう・・・借りてたような・・・というか、意味もなくちょいちょい立ち寄ってた(^^;)のである。
しかし、ビデオからDVDの時代になった頃から、娘がWOWWOWやCSで録画してくれるようになり、非常に便利にはなったのだが『お父さん、無駄遣いしすぎ!死ぬほど見たいんなら何度も見られるようにDVDを買いなさい。そうでなければ放送されるまで待ちなさい』と説教される始末(^^;)
てなことで、もう何年も「借りて見る」という事がなかったのだ。

で、本日、娘の方から、明日もお見舞に来るんやったら一泊二日で何か借りたら?との提案が出て、ほくほくと久しぶりに見て回ったのだが・・・

き、決められへ~ん・・・orz
あまりにも多すぎて、絞れないのである(笑)
で、うろうろしてるうちに、海外ドラマのコーナーに行き当たり、「そういえば、BONESの第一話って、完全に忘れてるから・・・」と、選ぼうとしてたら、また娘に『家に録画があるわ!』と叱られた(ToT)

で、最終的にたどりついたのだが、BALLADの原作となった「クレヨンしんちゃんの戦国大合戦」(笑)
これについては、「どれくらい飲んだのか」事件の時に、公開が危ぶまれるニュースも流れ、ちょっと興味があったのである(笑)
しかし・・・4ヶ月ちょっと前の出来事なのに、世間は綺麗さっぱり忘れてしまっているのが、おもしろくもあり不気味でもある(^^;)
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で・・・
クレヨンしんちゃんのコーナーでは↑のような巧みなプロモも行われており・・・
数本あるはずのDVDは↓全部貸し出し中~(ToT)
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こうなると、是が非でも見たくなったのだが(笑)仕方がない、
てなことで、これまた娘情報により、「戦国大合戦」より評価が高いという噂の「オトナ帝国の逆襲」を借りる事にした(笑)

てなことで、帰宅、夕食後、4人で「クレヨンしんちゃん」を見た(笑)

2001年、つまり21世紀初頭に作られたとは思えないほど、「21世紀の暗さ」を見事に捉えていて、その対比となる「万博」の持っていた雰囲気は「20世紀少年」よりもリアルに描かれていた。

さて、レンタル会員にもなったので、お見舞の帰りとかでしばらくは通うかも?

2009年9月12日 (土)

霧の大門

朝靄に霧、は高野山の名物の一つ。
まぁ・・・もうすぐ、霰とか霙も・・・だが(^^;)

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午後3時過ぎ、現場から屋外へ出たら、それまで晴れてたのに、急に霧がかかりだしたのでそのまま大門へ走った。

だいたい霧というものは、ゆっくりと音もなく、気がついたらあたりがぼぉ~っと白くかすんでいる・・・というイメージだが、高野山の霧はそうはいかない(笑)
特に大門は、谷から霧がものすごい勢いで「吹き上げ」てきて、たちまちあたりが真っ白け~になるのである(笑)

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てなことで、その様子を動画に・・・とか思ってたら瞬く間にこんな感じに・・・(^^;)

今度は、晴れていくときを見てみたいものだ。

2009年9月11日 (金)

今度は管理建築士講習

7月に「定期講習」を受けたのだが、今日は「管理建築士講習」である。
要するに、7月のは「建築士」としての講習で、今回が「設計事務所の管理建築士」としての講習なのだ。
今回も、5時間の講義の後に1時間の考査がある。
このシステムに変わったのは、もちろん、アネハのせいであるorz
・・・と、いつまでも、アネハのせいにするのもしつこいと思うのだが、講師の方がもろに『アネハ建築士をはじめとする数々の不正のせいで・・・』と宣うのだから仕方がない(笑)

さて・・・今回は小道具をちゃんと用意していった。
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というのも、講義の後で行われる考査は、当日のテキストの閲覧「可」であり、つまりは、ウォーリーのごとく、設問に該当する箇所を「探す」のがもっぱらの作業となるのだが・・・
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↑前回(7月22日)は、シャーペンしか持って行かなかったので、マーキングもままならず、鬱陶しかったのである(^^;)
てなことで・・・5時間で210ページ、つまり1時間で42ページ、つまり、1ページあたり1分半ほどを、延々と「棒読み」(^^;)していく講師先生サマのお経のようなペースだと・・・たちまち眠り込んでしまうので(。。 )\バキッ☆ 「ある作業」に勤しむ事にしたのであーる。

その作業とは・・・
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わはは~(笑)
私、普段は超ずぼらな反動か(笑)稀に、この手の偏執狂的な付箋貼りとライン引きに没頭してしまうのよ~(^^;)
しかも今日はペースが早いんで、せっせせっせと夢中で貼りまくりの引きまくりぃ~(笑)
で・・・
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5時間後には、新品のテキストがめでたくこうなった(笑)
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しかしこうなるともう付箋が多すぎて、かえってどこに何があるのか・・・orz
目的のための手段が目的になってしまい、かえって効果をなくす良い見本である(笑)
ミンシュ党の人事案みたいなもんか?(笑)
しかも・・・
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今回のテキスト、親切にも簡易だが「索引」が付いていた・・・
って、5時間経つまで気ぃつかんかったんかい~(。。 )\バキッ☆

で、考査自体は、5時間の労苦が空しくなるほどの低レベル!
そらまぁ・・・管理建築士となると、その・・・かなりの高年齢の方もいらっしゃるだろうし、大抵そんな方々はエライさんでもあるわけで・・・(^^;)万が一、不合格で再考査・・・なんて事態は起こしたくないのはよくわかる・・・まぁ、大人の事情か?(^^;)

あ、でも、「設計検証」の意味を問うものや、「会計業務」と「資金業務」、あるいは「財務会計」と「管理会計」の違いを分からせるような良問もいくつかあったので、付箋貼りの甲斐もあったという事にしておこう(笑)

てなことで、この努力の成果、折に触れ読み返してスキルアップに繋げよう。
う~む、前向き!(笑)

ちゃんちゃん

2009年9月10日 (木)

ついに一桁台{{{{(+_+)}}}}

夜明け前に目が覚めた。
銀が顔をペロペロしにくるにはだいぶ早い。
夕べは飲んでないので、喉が渇いたからではない(^^;)

・・・寒かった・・・のだ{{{{(+_+)}}}}

すでに8月の末頃から、タオルケットに代えて掛け布団は導入済みだったが、それではとても防げない冷気だった。

思わず「さ、寒ぅ~」と、つぶやいたとたん、銀が飛んできたので(笑)これ幸いと銀で暖をとった(。。 )\バキッ☆
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案の定、最低気温は今季初の一桁だった(笑)
(画像は本日午後6時撮影)

すっかり秋、というよりは、もうそこに冬が来ている。
・・・走っとかんとなぁ・・・(^^;)

いつ行こか・・・?と、特定小集団に向かってつぶやいてみる(笑)

日中は快晴。だが、Apeで走る時は作業服の前を閉じないと涼しすぎる・・・
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雲も、すっかり遠くなった。

鬼貫の句をばちょっとパクって・・・(^^;)

「しじじみと 立ちて見にけり けふの 空」

ちゃんちゃん

2009年9月 9日 (水)

後遺症(笑)

どうも昨日から、キーボードの【む】というより【」】キーのタッチがしぶい。
昼前にはとうとう、かなり力を入れないと入力できなくなってしまった(>_<)
で、昼休みに、カバーキャップをめくって調べてみたら・・・
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比較のために【「】キーのカバーもめくってみたところやはり、【」】キーのパンタグラフ?の接点(赤○部分)が外れてしまい、何やら臨戦態勢のミサイル発射口みたいな雰囲気(^^;)
しかし、なぜ?
てなことで、キーボード交換の恐怖と戦いつつ(^^;)分解~
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犯人発見!(笑)
シャーペンの芯が紛れ込んで、動きをしぶくしたあげく、何かのはずみで梃子のような力が働き、接点が外れてしまったのであろう。
メンブレン方式でゴムがへたり、キーが押しにくくなった経験はあるが、こんなのは初めてだw(゜o゜)w
そして・・・
犯行の原因も察しがついた(^^;)
それは私だ、つーか、漢字アプリのせいや~!(笑)
というのも昨日の夕方、とにかく555問まではがんばろ~と、ひたすら早打ちにいそしんでいたわけだが(笑)300問を超えたあたりから、ミスタッチがめっちゃ増えたのである。
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↑こんな感じ(^^;)
(って、わざわざ再現して、画像をキャプチャーするあたり、マメやね~(笑))
つまり、右手の小指でEnterキーを押しているはずなのに、何故か【」】まで入力されてしまう事がしばしば。
これ、さすがに疲れてきたので、小指がちゃんと上がらず、Enterキーの手前にある【」】キーに触れてしまうのだと思っていた。
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↑こんな感じ?
と、ここで・・・「Enter」の文字がほとんど消えているのに、画像を撮ってて初めて気づいた(笑)
きっと、普段からスライド気味に打っているのだろう。

で、昨日は、それこそもう必死こいて、むやみに早く打とうとしていたから、【」】キーにも普段以上の変な振動が伝わり、そのため、いつからか知らないが侵入していたシャーペンの芯に余計な仕事をさせたのであろう。
うむ、原因がわかって良かった(笑)
さて・・・
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極細のピンを折らぬよう、慎重に再組立した。
その繊細、かつ、一つ一つに意味があるのだろうと思われる各所の形状は、安物のキーボード一つ取ってみても、多くの人の労苦の結晶である事をまざまざと証明していた。

どこのどなたはんか知りまへんが、お世話になってます~m(_ _)m

で・・・
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組み込みのも勝手がわからず、けっこう苦労した。
これ、はたして機械化されているのだろうか?
それとも、某国でパートのおばちゃん達が、せっせせっせと組み込んでいるのだろうか?

どこのどなたはんか知りませんが、お疲れ様です~m(_ _)m

てなことで、キーボードもキータッチもめでたく復活\(^o^)/

普段、当たり前のように使ってる道具に込められた人知、みたいなものを感じた。
嗚呼、それを、乱暴なタッチで壊しかけたなんて・・・しかも、遊びで・・・(^^;)

おおきに、すんません、そしてまた、これからもよろしくです~m(_ _)m

ちゃんちゃん

2009年9月 8日 (火)

突き抜けた?(笑)

3時の一服にチャレンジ、
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なんと、300問超え~!(^-^)v

つーか、290問前後?から、10~15問目レベルの漢字が出だして、ループしだしたような按配。
これを果てしなく繰り返していくと、ン万問に到達できるのであろうか?
やっぱり、途中でおしっこチビるわ!(笑)
てなことで、20分以上経過し、集中力も途切れてきた時に、ちょうど電話が鳴り出し、
おまけに↓
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が、出題され、なんだか「抜殻」(笑)に見えたもんで、ここで終了する事にした(笑)
そういやこいつにも「「枸橘」ちゃうんか~っ!」って二回ほど躓かされたよなぁ・・・

しかし、ここまで来ると、もうなんか・・・嬉しいような・・・ちょっと拍子抜けした気分(^^;)
私、すぐ調子こくのが悪い癖なのだが(^^;)
「もっと、こう、なんちゅーか、見るだけで鳥肌が立つような(笑)字ぃは無いんかいな~」とかね・・・(。。 )\バキッ☆
(実際、「嚔」が出た時には、ちょっとビビったもんだった(笑))

あ、でも、1週間前にやり始めた頃は、30問の壁がとてつもなく厚く、何度もうちひしがれた(ToT)のだった。なんとかここまで来られた事を素直に喜ぼう(^-^)
ずいぶん、楽しませてもらったしね。
さて、この1週間の記録をちょっとふり返ってみよう(笑)

9月1日 開始 29問 
まさにやっとこさ・・・であった。 

9月3日 31問 37問
確か2日はやってない?諦めてた?(笑)
で、3日にやってみたら、偶然?31問目まで行けたので再度やる気になったような覚えが・・・
で、この日は37問までが限界。

9月6日 45問
この日は日曜日だったので、2時間以上やってた(笑)
初の40問超えで、ちょっと希望が見えた感じ?当て字も好きになってきた頃だ(笑)
しかし、読み方の見当もつかない字が続出で、なかなか前進できず。

9月7日 51問 110問
昨日の朝、ちょっと早起きしたもんで、やってみたら初の50問超え\(^o^)/
そして、ややベロベ浪漫状態?にて初の100問超え~!(笑)
しかし、そのピークは短く(笑)本日はここまで。

9月8日 117問 144問 331問
昼休みに117問 そして、144問まで、当然、昼ご飯抜き!(笑)
そして、午後3時から再チャレンジして、331問~!\(^o^)/
今まで苦しめられた漢字達が、馴染みになって、逆に助けてくれてるような気がしたぜ~(笑)

さて、この先はどうなるか?
このゲーム、当初は回答時間が10秒だったのが、今は15秒になっている。
四字熟語なども出るので、タイピングが追いつかないというようなクレームに対応したものだろう。
また、若干ながら、漢字の入れ替えも行われているようだ。
となると、今後、新しい漢字がどんどん投入される可能性もあるだろうから、もうちょっと時間に余裕がある夜中(笑)にでも再チャレンジしてみるか?

てなことで以下に、復習のため、一度ならず二度三度と苦杯を舐めさせられた強者達!を列記しておく。(もちろん、私の個人的感想だ)
読み方も一応、反転で見られるようにしておく。
あ、携帯からは読みが見られないかも?すんまへ~んm(_ _)m
「野木瓜」(むべ
「海鷂魚」(えい
「竹麦魚」(ほうぼう
「花櫚」(かりん 花梨やんねぇ・・・
「竹柏」(なぎ
「権萃」(ごんずい 魚ちゃいます~
「繁縷」(はこべ そんな難しい字使わんでも・・・ねぇ
「蘿蔔」(すずしろ こいつに何回やられた事か・・・(ToT)
「川殻」(はとむぎ って、何でやねーん!どない考えてもおかしいやろ~
「胡葱」(あさつき これも浅葱やろ、普通は~
「鼓豆虫」(みずすまし って、水馬と水黽に続いて出たらややこしいんじゃ~
「胡頽子」(ぐみ 茱萸は茱萸でええの!
「羸馬」(るいば 弱った馬の事らしい 「るい」がなかなか出てこない
「稲粟」(とうぞく 稲のたばを担いで逃げる盗賊、と覚えましょ~
「禾穎」(かえい これはもう、ひたすら覚えるしかない
「虎魚」(おこぜ 漢字が二つで読み仮名三つ
「蝦虎魚」(はぜ 漢字が三つで読み仮名二つ
「酸模」(すかんぽ す、すかんぽ・・・orz
「豊稔」(ほうじん ほうねん、ちゃいますねんて~
「満天星」(どうだん これ、ドウダンツツジが正解のはず
「石蚕」(いさご トビケラの幼虫ね
「草石蚕」(ちょろぎ くさいさご、ちゃいます~
「杜鵑、時鳥、子規、不如帰、杜宇、蜀魂、田鵑」(笑)これ、全~部 ほととぎす(笑)まぁややこしい漢字が出たら、ほととぎす と書けば当たるかもよ~?、ただし、啄木鳥だけは、きつつき、でええんやで~(笑)
「鹸草」(あしたば 鹸だけだと あく
「裲襠」(うちかけ りょうとう でもええはずなんやけどねぇ
「魚狗」(かわせみ 魚でも狗でもない鳥(笑) 他に翡翠も川蝉も出る
「萵苣」(ちしゃ ちいしゃいのに巨が入ってるとはこれいかに?
「甘蔗」(さとうきび かんしょ、でさつまいもと思ったら違った(ToT)
「羊蹄」(ぎしぎし 擬音まで漢字かい!と思ったら草の名前だった
「海扇」(ほたてがい まぁ・・・これは言い得て妙か?
「鳶尾」(いちはつ 誰が何と言おうと いちはつ、らしい(^^;)
「尤める」(とがめる もっともとがめる、と覚えましょ~
「戚える」(うれえる 親戚に悪いヤツがおるんですな(笑)
「薺」(なずな って、蘿蔔といい、七草難しすぎ!
「饗」(あえ 宴会で、あえあえ~(。。 )\バキッ☆
「嚔」(くしゃみ って、お前ホンマに一つの字ぃか?(^^;)
「紗」(うすぎぬ そらまぁそうやろけど・・・
「鐙」(あぶみ なぜか鎧に見えてしまうのよ~
てなことで、思い出したら随時追加予定、

ちゃんちゃん
・・・とか言いながら・・・(^^;)
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夜まで待てずに、やっちゃった~(笑)
ネットでの噂通り、341問目?を過ぎたあたりで、完全に最初に戻ったみたいだった。
てなことで、とりあえず555問で本日はお仕舞い~!
おっと、最後に、今まで散々ネットで見ては羨ましかった(^^;)嘯きをば・・・

「ふっ、まぁ、後はナンボでも続けられるけどね~」(。。 )\バキッ☆

めでたしめでたし

2009年9月 7日 (月)

ベロベ浪漫最強?(^^;)

今日は久々の一日二編(笑)
相も変わらず漢字の話題(^^;)
しかし、午後10時過ぎ、なぜか一回目のチャレンジで、今朝方(笑)記録した51問から110問へ一気に躍進したので記録しておく。
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なんでや?(^^;)

当初、常人にはとても超えられそうには思えなかった30問の壁や、世界中の花と動物の名前を覚えなければいけないのか?とさえ思った40問の壁、
そして・・・
「弥散」と違って偶然ではとても読めない「約翰(ヨハネ)」が降臨したりする50問の壁(笑)と違い、60問~110問までは、「あれ、前に出たよ」「つーか、読めるし」ってな漢字が続いたからである。
100問目を超える時は、「こ、ここからはきっと、魑魅魍魎的な見た事も聞いた事もない漢字が襲いかかってくるんやろなぁ」とちょっとビビっていたのだが、そうでもなかった(^^;)
漢字って、読めるようになりさえすれば、とたんに「普通の字」になってしまうので、「以前はとても読めなかった」という感覚が急速に失われるものだが、感覚的に、60問~110問までに出た漢字の3分の1くらいは、以前でも読めた字、そして3分の1が、一回痛い目に遭って覚えた字、そして残りの3分の1くらいが、何度も痛い目に遭った字という印象だった。
その「何度も痛い目に遭った字」が今夜はすいすい読める。
不思議だ。
例えば、「野木瓜(むべ)」「竹麦魚(ほうぼう)」「竹柏(なぎ)」「鳶尾(いちはつ)」「羸馬(るいば)」等々・・・
こいつら、当て字にも程がある~!(笑)
羸馬だけは当て字ではないが、「羸」という字自体、もはや(日本語としての)漢字の域を超えているではないかいな~!(^^;)
しかし、今夜は読めてしまった。
何というか・・・漢字が偏と旁で構成された「記号」というより、一つの絵のようなモノに見え、そこから、「印象としての意味が浮かび」、自然に「読み方」が出てくる・・・そんな不思議な感覚が訪れたのである。
うまく言えないが、「熱」という字を見ると、実際に熱そうに思え、「労」なら、いたわりの感情が湧いてくる・・・といった具合。
不思議な感覚だった。

計算問題を数多くこなすと、「数勘(すうかん)」のようなものが出来て、計算があってるかどうか、「なんとなくわかる」ようになるという。
漢字の場合も「漢勘?」みたいなものができあがるのだろうか?
・・・ってな事も考えながら、手だけは機械的に正答を入力していったわけだが・・・
(って、100問程度でここまで陶酔できる自分が好きやなぁ~(笑))
そのうち、ふと気づいたのは、私は今「微酔い」である。という事だった(。。 )\バキッ☆
そう、今日は「まちけん」の日だったのだが、フリートークだったので、話しながらビールを約1Lばかし・・・(。。 )\バキッ☆
で、帰宅してチャレンジした一回目で、あれよあれよの110問とあいなったのである。
なるほど~!(笑)
少量のアルコールが大脳新皮質を刺激し、右脳と左脳がバランス良くリンクした結果、偏と旁から醸し出されるその漢字の意味を、情感として受け取りつつ、海馬の奥底に沈んだ「読み」が指先から迸り続ける状態なのだー!(笑)
う~ん、ベロベ浪漫最強?(。。 )\バキッ☆

しかし・・・
やはり、悲しいかなヨッパーの限界はすぐにやってきた(笑)
「この調子なら、今晩中に1000問くらい行くんちゃうの~」と調子こいた矢先、
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「はいはい、えんせい、ね~って、×?」
うわぁ~!これたしか、俺、一回で読めたヤツのはず・・・
「れんせい・・・×」
「えんそう・・・×」
「ねぎあお・・・×」
「まさか、あすふぁると・・・×」って、それは瀝青!(。。 )\バキッ☆
「れ・・・れきせい・・・×」
ってなことで、あえなく時間切れ、
正解は「そうせい」であった。
うぅぅうぅうう~、ホンマ確か、初見で読めたはずなんよねぇ・・・

てなことで、ベロベ浪漫のピークはいつもすぐに終了するのであった・・・orz

ちゃんちゃん


明日オープン!高野蕎麦処「天宏」

明日からオープンする、高野蕎麦処「天宏」さんの試食会である。

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古民家を改装させていただいたのだが、その苦労はさておき・・・(^^;)
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楠の一枚板。
なかなか雰囲気のあるテーブルに仕上がってるっしょ~(^-^)v
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同じく楠製の洗面カウンター
・・・と、造りばかりを自画自賛していてもしょうがない(^^;)
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「天宏」のスタッフさん達が磨き上げた清潔な佇まい。
お疲れさんでした~m(_ _)m
てなことで・・・
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当分の間、メニューはこれだけ、
しかし、その分、練りに練り、凝りに凝っているのである(^-^)
では、早速・・・
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自家打ち十割蕎麦~
鮫皮のおろしが雰囲気を盛り上げる~(^-^)
風味を生かすため、あえて葱は使わず、薬味は辛み大根のみ。
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こちらは、十割蕎麦にとろろ掛け~
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そして、毎日二十食限定の三七手打ち蕎麦~!
そのまんま出てくる山葵が泣かせるぅ~(^-^)
蕎麦音痴の私にもわかる美味しさ!
ちなみに、蕎麦っ喰いの人の感想では、十割蕎麦の腰に感心!との事。
ぜひ、食べ比べていただきたい。
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試食会なもんで(^^;)調子に乗って(。。 )\バキッ☆
鴨汁きのこもお願い~m(_ _)m
熱々の汁に、十割蕎麦をさっとつけ、ずるずる~っと啜る快感!
これも旨いぃ~~~!
ぜひ、寒くなったら鴨南蛮もメニューに加えていただきたい~!

・・・てなことで「天宏」さん、しばらくは、地味ぃ~にこつこつ商いしたいとの事なので、簡単な場所の案内だけ載せておく。
大門から東へ約500m、最初の信号のある交差点(GSの角)を右折、30mほど進んでさらに右折(つまり、GSの真裏)
ジモピー的には、スナック満さんの隣、と書いた方がわかりやすいかな(^-^)

みなさん、どうぞご贔屓に~m(_ _)m

めでたしめでたし

2009年9月 6日 (日)

当て字が楽しくなってきた(笑)

快晴の日曜日というのに・・・
銀ぶらしただけで、後は事務作業と・・・漢字アプリ!(笑)
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本日は、約2時間以上熱中(笑)
やっとこ45問までクリアした。
ちなみに、今日の1位の人は7777問!w(゜o゜)w
1問に対し、2秒で回答したとしても、次の問題が出るのに2秒程度かかるから、1問4秒として・・・7777×4÷60秒÷60分=8.6411時間・・・って、おしっこチビれへんのぉ~(^^;)
何やら、画像データをテキスト化して読み仮名をふる裏技などもあるそうだが、それにしても凄い!
また、数百問目からは同じ問題の繰り返しになる、というような噂もネットには飛び交っているが、それにしても道は遥かに遠いなぁ・・・(笑)

しかし昨日まで、蕃紅花だの紫丁香花に、「おまえら普段はカタカナやろがーっ!」と突っ込んでいたのだが(^^;)今日は日曜日という事もあって、ちょっと余裕もあり、なぜ当て字に腹が立つか考える事もできた。
それは要するに、一回で覚えにくい、という事に尽きる(笑)

昨日も書いたが「僑る」なら、一回意味を押さえれば間違う事はなくなる。
ところが、当て字の場合、覚えるしか無く、ようやく蕃紅花を「さふらん」と認識したとたん、「蕃爪樹」などという、もはやおちょくってるとしか思えないヤツが立ち塞がるのであーるorz
ただ、こういうヤツは強烈な印象を残すから、二回目以降に登場すると、「おぅおぅ、今度はひっかかれへんぞ~ぱぱいあちゃん!」とむしろ歓迎状態(笑)

しかししかし、30問台の後半になると、「川殻(はとむぎ)」だの「繁縷(はこべ)」だの、二回目以降も、「あぁこれ前にも出た、出たけど・・・忘れた~(ToT)」という強者がぞろぞろ出てくる。
そこへ「胡頽子(ぐみ)」だの「海鷂魚(えい)」だの、それぞれ本来は「茱萸」、「鱏」として流通?している漢字群が止めを刺しに来るという具合(ToT)
だいたい、漢字が三つやのに、読み仮名が二つってどうよ?そないようけ漢字使わんでも表せるんちゃうのぉ~?
てなことで、本日、「おおっ!ついに50問突破か?」というかすかな期待を打ち砕いてくれたのが・・・
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ぐわぁ~!
何やねん君はぁ~!
悔しいぃぃいぃいいぃい~(ToT)

ただまぁ、40問を突破したのが「紅娘」
最初、花の名前?かと思ったのだが、さすがに2時間以上も変梃な漢字群とつきあってると、頭の中に回路が出来るらしく(笑)紅い娘?red?girl?・・・lady?lady・・・bug?ってな発想が浮かび、破れかぶれで「てんとうむし」と入れたら、これがまさかの正解!(笑)
で、41問目が「獅子女」と出たので、「ほうほう、40問目からは連想クイズかいな~」と、たぶんこれちゃうのぉ?と「すふぃんくす」と入れたらやはり正解!(笑)
おおぉ~行けるやーんと、喜んだのも束の間、続いて出たのが「弥撒」
これは・・・さっぱりわからん~!(ToT)
で、困った時は音読みや~(笑)で「みさん」と入れたら×で反応無し、仕方がないのでBackSpaceキーで消そうとしたら、いきなり正解の○マークが!w(゜o゜)w
「みさ」だったのである(笑)
で、「みさん」の「ん」を消した時点で、自動的に正解!になったというわけ(笑)
儲かった~(笑)これは主の恵みや~(^^;)
で、その後は、過去に痛い目に会ったものの一発で覚えられた強烈な「沈菜(きむち)」(笑)そして、お馴染みの「辣韮(らっきょう)」、「田鵑(ほととぎす)」・・・

で、おおっ!ひょっとしてこれからは繰り返しになるんちゃうのぉ~?と期待したのを、↑の「狗母魚」が打ち砕いたのであーる(笑)

しかしまぁ、近年、パソコン系ゲームでこれほど意地になったものは無いくらいおもしろい(笑)
今回、ムカつかされた「狗母魚」だって、次回は助けてくれるだろう(笑)

数千問には及ばずとも、もうちょっとやってみよ~(^-^)

ちゃんちゃん

2009年9月 5日 (土)

漢字が頭から離れない(笑)

昨日書いた、某SNSの漢字アプリが頭から離れない(笑)

その出来の悪さにショックを受けた。のが一番だろう。
もっと読める。つーか、世の中に流通?(笑)してる漢字はほとんど読める。という根拠の無い自負が見事に打ち砕かれたわけである。
実際、日常生活には苦労しない程度の漢字は知っていると思う。漢書や古文を除いて読書に不自由した事もあまりない。
というか・・・「俺の読めん字はよほど特殊な字!」として、無視してきたのだろう(。。 )\バキッ☆

漢字と言えば、中学生の頃、国語のテストで「欠伸」が出て、読めなかった。
その頃、今よりも「俺に読めん字は無い!」と思い込んでいた糞餓鬼だったので(^^;)ものすごくショックを受けたものだった。
ただ、そのテスト、最後の方に(欠伸=あくび)と注釈があったのだが、私はそれに気付かず(笑)最後まで気になって気になって他の問題に集中できなかったのを、よく覚えている。
この件があってから、「意識的に漢字を覚える」ようになった。
読めない字に出会うと・・・楽しい!(笑)
その頃は単純にそう思えた。
もともと本を読むのは好きだったのも手伝い、高校時代くらいには現在の漢字力?は身についたように思う。
まぁそれから、どんどん忘れっぱなしなわけだが・・・(^^;)

で、社会人になってから、「漢検」の存在を知り、一度はチャレンジしてみようと、対策本を買った事もある。
だが・・・
そこに登場する数々の漢字群は・・・「こんなもん読めんでもええわ!」(笑)と思われるものがほとんどだったと記憶している。
特に、花の名前、国の名前、外国人の名前・・・
カタカナで十分!(笑)
当たり前の話だが、それはテストのための教本であり、ちっともおもしろくなかったのである。

では今回、同じような(テストのための)漢字に日々チャレンジしているのはなぜだろう?
ゲームとして楽しんでいるから?
それもある。
しかし、25問目当たりから登場する、難読漢字のいくつかには、中学生の頃のような「出会いのおもしろさ」も感じてしまうのである。

まず、なるほど~!と思ったのが「僑る」だった。
「驕る」ではないし・・・で、間違えた。
読みを見て、なんでやねーん!と思いつつ、ふと、「華僑」の「僑」なんやと気づき、なるほど、華人が宿るとこなんや~と納得!
さらに、漢和辞典で「僑」を調べてみると「仮住まい」の意、とある。
なるほどなるほど~!
おもろい!

とまぁ、これまた中学生の頃のような新鮮な知識欲の発露に喜んだりしている(笑)

しかし、間違えた漢字全部におもしろさを感じるわけではない。
あいかわらず、花の名前については、「そんなもん知らんでも死ねへんわ~!」である(笑)
やはり私は、当て字ではなく、日常生活に直結した漢字か、その漢字自身が本来持っている意味が込められた熟語に、おもしろさを感じるようである。
ただ、樹木の名前を読めなかった時は、職業意識が働いて、「すみません読めませんごめんなさい」と独りごちている(笑)
しかしね、「黄櫨」で「はぜのき」はあんまりやとも思うよ、はぜは「櫨」やろ?
だから私は「ん?き・はぜ、か?違う?こうはぜ?違う?ひっかけで、こうりょ?違う・・・」ってな事をやってるうちに時間切れになって、「はぜのき」が出て「AHOかーいっ!」(笑)
ほな「椙」は「すぎのき」 か?ちゃうやろ~!(`へ´)
しかしまぁ、こういう問題に出くわすと、例の漢検親子の顔が浮かんだりして別の意味でおもしろいとも言える(笑)
きっと、ああでもない、こうでもない、って事で一所懸命問題を作ってた時期もあったんやろにねぇ・・・と(^^;)

さてさて、本日はなんとか37問まで到達した。

あらかじめ難読漢字を勉強してから取り組む方が効率的なのだろうが、あいかわらず、やみくもにトライアンドエラーを続けている(笑)
だって、その方がおもしろいんやもーん!(笑)

ちゃんちゃん

2009年9月 4日 (金)

毬は鞠やろ~っ!

現在、某SNSの漢字アプリに嵌っている最中(笑)090904kanji

しかし・・・

30問ちょっとがやっとの身では、突っ込む資格などないとは思うのだが・・・

当て字大杉!orz

普通、「若布」を「稚海藻」とは書かんでしょ~
私「翡翠」は読めるんや、な、それで気分良うおるんやから、わざわざ「魚狗」も出さんでええやんか~
「蘇軾」??? それ誰ですかぁ~orz
「金縷梅」も「金雀児」も、読めるもんね~って気分にさせてくれる、「八千花」にしたって、なるほどねぇと思える、そやけど「蕃紅花」とか「紫丁香花」とか、お前らいっつもカタカナやろ~(^^;)
「牽牛花」に「覆盆子」?なんでわざわざ正体を隠すねんな~(ToT)

てなことで、毎回25問目あたりから、動物や植物の生まれて初めて見る漢字続出で、今まで漢字に対して些か持っていた自信を、打ち砕かれっぱなしぃ~(笑)

「水馬」で油断したら「水黽」が出て却って混乱させられるし、いったいぜんたい「ホトトギス」には何通りの書き方があるねんな~orz
杜鵑、時鳥、子規、不如帰、杜宇、蜀魂、田鵑・・・

てなことでこのところ、脹脛をば引き攣らせながら暇を見つけてはチャレンジしてるのであーる(笑)

ちゃんちゃん

2009年9月 3日 (木)

開催中~!

今年も東京は青山で「高野山カフェ」開催中です~

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2009年9月 2日 (水)

怖ぁ~!(>_<)

↓以下、画像拡大注意(^^;)
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昨夜、久しぶりに焼酎ロックを・・・(^^;)
先週の金曜日、つっちーとこで歯の噛み合わせを修正してもらってから、おかげさまで、下顎の痛みはすっかりなくなり、右上顎が知覚過敏で時々痛む程度になった。
やはり名医であるm(_ _)m
てなことで、また炎症を起こさぬよう、ここ数日はアルコールを控えめにしていたのだが、喉元過ぎれば何とやら・・・で、つい・・・(。。 )\バキッ☆

で、すでに高野山はビールにはそぐわぬ涼しさになっているのだが、しかし熱燗にはまだ早すぎる・・・
てなことで、泡盛が無いので焼酎をロックで試してみたらこれがなかなか・・・(^-^)
どうやら沖縄で、それまでは苦手だった、「焼酎系+氷」でも旨さを感じる事ができる回路が開いたようだ(笑)

で・・・飲み過ぎた(。。 )\バキッ☆
そのまんま寝てしまった・・・
銀を入れるのを忘れて・・・(。。 )\バキッ☆

これが・・・
早朝の私を恐怖のどん底にたたき込む事になった。
銀、すまーんm(_ _)m

・・・
飲み過ぎた、と言ってもベロベ浪漫ではなかったらしい。
これが幸いした。
ふっと、首筋に違和感を感じたのである。
瞬間、十数年前の出来事ではあるが、強烈な体験がよみがえった。
あの時は、車庫で車を降りたとたん首筋に何かが落ちてきたのでなにげに振り払ったのだが、その直後、昏倒しそうなほどの激痛に襲われたのだった。
「何かに刺された」のだけはわかったが、何に刺されたのかは周りを見渡しても見つけられなかったのでいまだにわからない。
というのも、痛む首筋にすぐに「びらん」ができ、それにちょっと触れただけで約1㎝×約3㎝くらいの範囲の皮膚がめくれて取れてしまい、ずきずきと痛むという、重度のやけど、あるいは強酸性の薬品をかけられたような症状だったのである。
蜂にさされてもこういう具合にはならないし、チャドクガなどの毛虫系だともっと広範囲にぶつぶつが出来るはずだし、よくわからないのである。
確か2週間くらいで完治したのだが、快方への経過は火傷の時とほぼ同じだったように記憶している。ただし、火傷の時より常に痛かった(ToT)

以上、長々と書いたが、首筋に違和感があった瞬間、前記の体験がまざまざとよみがえり、ふりはらいつつ「またか?」とビビっていた。
時刻は午前5時過ぎ、まだ暗い。
ライターの火で振り払ったあたりを見てみると・・・
今度は犯人がもごもごしているのを発見。
じたばたするのを割り箸(ね、こんな時にも便利でしょ~(^-^)v)ではさみ、フィルムケースに閉じ込めたのが↑の百足である。
(ここ数日、漢字アプリに嵌まっているので、漢字で書いてみた(笑)、ムカデである、ちなみに、英語ではcentipedeと言うらしいが、もともとラテン後の、centi(百)pede(脚)が由来との事、みんな考える事は同じなんやなぁとちょっと感心(笑))

で、時間的に前後するが、捕まえた百足を暢気に撮影してたかというと、その前にどたばたがあったのである。
ようよう捕まえて安心したとたん、首筋に痛いようなかゆいようなもぞもぞした感じが・・・
ぐわぁ~やっぱり刺されとるぅ~(>_<)
そこで、私の取った行動が大変興味深い。
寝てるカミさんをわざわざ起こして見てもらったのである(笑)
鏡、っちゅーもんを知らんのか~!
たぶんこれは自分の上位自我と化しているカミさんに対する保護要請なのだろう(笑)
平たく言えば「お母ちゃ~ん、助けて~!」である(笑)
『わぁ何かちっちゃいけどプクっと腫れてるよ』
「げっっげぇ~」とつぶやきながら、カミさんの顔を見た事で少し落ち着き、やっと鏡で点検する事に思い至ったわけである(^^;)
つまり・・・パニクってたのだ(笑)
で、鏡で見てみると、前回のような糜爛はなく、蚊に刺されたより小さな膨らみ(笑)
やれやれ助かった、
てなことで、こういう時は、まず、ポイズンリムーバーで毒を吸い出し、ステロイド系の軟膏を・・・やったっけと、思いつつ・・・
ポイズンリムーバーなんてどこへ仕舞ったか忘れてしもたわ~(。。 )\バキッ☆
ステロイド系の軟膏なんてそもそもうちにないがな~orz
仕方がない、キンカン塗っとこ~(笑)
とまぁ、飲んで寝込んでた割には、恐怖というセンサーのおかげで、すばやく振り払えた事に感謝しつつ・・・
熱心にブログ用画像を撮る私だった(笑)
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↑約1時間後、窒息したのか大人しくなったので蓋を開けておそるおそる撮影(^^;)
変な感想だが、色合いが、よくある百足のおもちゃそっくりだと思う(笑)
というのも、実は私、こんな「大きく」て、おもちゃそっくりの濃い色合いの百足を見たのは生まれて初めてだったのである。
へ?これで大きいと思うの?と、比較的平地、もしくは暑い地域に住んでる方々は思われるだろう。
高野山にはこんな大きな百足はおれへんのぉ~!(ToT)
なにしろゴキブリもよぉ住まんとこなんやからね~orz

ちなみにカミさんの実家は橋本市の農業ゾーンにあるのだが、手のひらサイズ!{{{{(+_+)}}}}がうようよいるらしいので、こんなのは『ああ、百足やね』で済まされてしまうorz
何しろ、実家では枕元にハサミを常備して寝ていたらしい。
『あ、出た』チョキン!てなもんなのだという・・・{{{{(+_+)}}}}
わぁ~!
今まで知らんと泊まっとったがなぁ~俺もうよぉ行かんわ~(ToT)

で・・・
本当の恐怖はこの後訪れた・・・

午前6時過ぎ、捕獲から約1時間、フィルムケースの中の百足はぴくりともしない、窒息したのか仮死状態になったのかわからないが、とりあえず全長の画像は押さえておきたい(^^;)

てなことで、おもむろにケースから床に出したとたん・・・

今度はもぞもぞ・・・どころではなかったw(゜o゜)w
加速装置オーンっ!ってな感じで、体節をくねらせつつ、ものすごい勢いでダッシュしたのである。
・・・私に向かって、

「きゃぁぁぁぁぁあぁぁあ~!」

実際、悲鳴を上げてしまいましたがな(ToT)
こいつがつい1時間前、私の首筋を這い回っとったんや~{{{{(+_+)}}}}
念入りに撮影しようと思い、さっきの割り箸を近くに置いてなかったら・・・チビっとったでホンマ(^^;)

てなことで、再びフィルムケースに閉じ込め、こんな恐怖を二度も味わわされたのだから、なんちゅーか、もう考えられる全ての手段を順番に使って、なぶり殺しにしてやr・・・(。。 )\バキッ☆

いやその・・・
「お大師さんも、毒蛇と毒虫は殺生戒にあらずって言うてはった」、というのがこんな時の高野の人間の決まり文句なんじゃ~(^^;)

で、朝の段取りの時、職人さんにも恐怖の一端を味わってもらおうと(^^;)みんなに見せた。

高野山の職人さん曰く『おぉ~デッカい~、高野にもこんなんおるんやぁ~』
ね、やっぱり(笑)
山外から来てる職人さん曰く『うちらの方では手の平くらいのが・・・』
嗚呼、やっぱり(ToT)

そして、人一倍信仰心の厚いヤツがポツリと・・・
『百足って、毘沙門さんのお使いや、言いますよね』
げげ~!そんな事言うたら・・・殺されへんやんけ~(。。 )\バキッ☆

さらに・・・
仕事の関係で、たまたま朝から来ていたKENJIの野郎が・・・
『百足って、つがいで住んでる言いますから、もう一匹出るんちゃいます?』

ホンマ、イヤなヤツやなぁ~っ!ヽ(`Д´)ノ
それは迷信じゃーっ!

・・・しかし、ムカデに集団生活する性質はないものの、1匹でも現れたという事は、我が家周辺が、棲息可能な環境になっているという事でもあろう・・・orz

・・・てなことで・・・
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時に凄く迷信深い私は(^^;)毘沙門さんのお使い(百足から呼び方昇格!(笑))さんに、「ヨメはんかダンナか知らんけど呼びつけてね、くれぐれも、もう家には来んように、それよりこのあたりで平和に暮らしてちょーだい」とお願いしつつ、山に逃がした(^^;)
今度は、私の方へはダッシュせず、普通の速度?で草陰へ消えて行ったからきっと、願いは聞いてくれたはず、と思おう(^^;)

ちなみに、キンカンが効いたのか、はたまた軽く刺されただけだったのか、午前8時にはすっかり腫れが消えていたので、殺意?も消えたのかもしれない(^^;)

それにしても、銀がいたらどうなっていたのだろう?
①お使いさん、が警戒して出てこない。
あ、今までもそうやったのかも?(^^;)

②銀が退治する。
おお、名犬やーん!
それをネタにブログが書けるぅ~(笑)

③銀、無視、私が同じ目に遭う
い、一番考えられるパターン・・・(^^;)
しかしその場合でも、
「こぉの役立たずぅ~」というタイトルでブログは書ける~(笑)

④銀、果敢にアタックして鼻がミミズ腫れ・・・
そんなん、イヤぁ~(ToT)
つくづく襲われたのが自分で良かったぁ~と、いぬばか発揮!(笑)

ちゃんちゃん

2009年9月 1日 (火)

芳しすぎる双葉!

2年半前、「栴檀の双葉」で紹介した総裁さんちのtaito君。
彼はその1年後、紙粘土で作ったお茶碗に漆を施す、という偉業も成し遂げたのだが、皮肉な事にあまりに出来が良すぎたため、工作展に出品しても、『お父さんに手伝うてもろたんやろ?』と思われる事が多かった・・・

しかし今、中1になった彼は、ついに、『お父さんに・・・』と言われない作品を創り出すにいたったのである。
↓こんなもん、総裁さんが逆立ちして手伝うても絶対描けんわーっ!w(゜o゜)w

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↑ちなみにこの画像は、総裁さんのブログから流用している。
「せっかくやのに、もうちょっとちゃんと撮ったれよ~」と、私が文句を言ったくらいで(^^;)、ホワイトバランスも調整してないし、何より、微妙にゆがんでいるのが残念!

↓これも、総裁さんブログからの流用だが、こちらの方が作品の本質が良く出ている。
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実は、総裁さんのブログでは、この写真がトップであり、一見した私は、失礼ながら、「げげっ、taitoのヤツ、夏休みの締め切り間際になったんで、何ぞのポスターにカーボンでも敷いて、輪郭だけ写しとるんちゃうの?」と思ったくらいだったのだ。(。。 )\バキッ☆

ちなみにtaito君は3月生まれだから、中1と言えど、未だ12歳!である。

さぁ、みんな驚け~っ!(笑)

てなことで、この絵が誕生したのには、少々わけがある。

以下、総裁さんのブログから引用する。

色々なテーマのポスターコンクールに学校から応募するらしいのだが
各々が自分にあったテーマのコンクールを選べるらしい。


"火の用心””薬物乱用”"交通安全”etc・・・

で、彼が選んだコンクールは。。。
”原子力ポスターコンクール”であった。。。。(汗;;;

何故?どうして???
そんなヘビーなテーマを???
と、彼に聞いて見ると・・・

”誰も選ばなかったから。。。”

という、なんとも言いがたく、そして彼らしい理由であった。

十日ほど前、総裁さんの工房に行くと、親子二人が一所懸命『原子力でできること』について、ああでもないこうでもないと話していたのがそれだったのだ(笑)
で、私は、『taito、原子力鉛筆削りの絵でどうや?鉛筆ちょっと突っ込んだら、もう一瞬で最後まで削れてまうとか?(笑)』
「そんなんあかん」taito君は真面目だから真面目に答える。
『ほな、原子力ポット、ってどう?これまた一瞬で沸騰して、蒸発~!(笑)』
「意味ないやん」 いやもうおっしゃる通り~(。。 )\バキッ☆

てなことで、一体全体どんな絵になるのか、気にはなっていたのである(^^;)

総裁さんはブログで「彼らしい」と書いている、しかし、この後、私からすると「あの親子らしい」(笑)と思ったエピソード、というより事件が一つ起こった。

悩んだ末にtaito君が『お父さん、僕、そもそも原子力って何かよくわからんわっ 』と大笑いして告げたのだそうだ。

よし、それなら解らせてやろうではないか!!と総裁さんはある事を決めた。

普通なら・・・いや、私なら(^^;) 図鑑なり、辞典なりを見せつつ、解説しただろう。

この親子は・・・
広島へ行ったのである。しかも単車の二人乗り、しかもしかも・・・日帰りで!
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「ホンマあの親子らしいわ」(笑)←バカにしている(笑)ではない、微笑である。

そして・・・
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↓総裁さんのブログから

慰霊碑の前で写真を撮る大勢の観光客を見て彼がこう言った・・・

”お父さん、皆、写真はたくさん撮ってるけどそれっきり。。。”
”あまり手を合わせる人はいないねっ。。。”

息子の成長に心から感謝した。。。


ええ親子や~ん!!!

ただ・・・一つだけ問題がある・・・(^^;)

彼が選んだテーマのポスターを募集しているのは・・・
(財)日本原子力文化振興財団」(^^;)

テーマは・・・
①くらしをささえる原子力発電
“原子力”にはエネルギーがつまっています。このエネルギーを使ってどんなくらしがしたいですか。


・・・ええと、だから、原子力鉛筆削りでしょ、ほんでもって原子力ポット・・・(。。 )\バキッ☆

②放射線を使ってできること
私たちの身の回りには放射線を使って行われていることがたくさんあります。どんなことができるか調べてみましょう。


・・・おお!これならわかる、歯のレントゲーン(笑)

③電気のごみについて考えよう
原子力発電は二酸化炭素を出しませんが放射性廃棄物という電気のごみがでます。原子力と環境について考えてみましょう。


・・・いやそのあなた、気持ちはわかるけど(^^;)放射性廃棄物は単なる「ごみ」ちゃうやろ~(^^;)

④自由テーマ
その他、原子力や放射線について考えたことを
自由な発想で描いてみましょう。


おお!taito喜べ!これやったら、ばっちりテーマに合うとるやん!(笑)
後は、審査員に、taitoのテーマを認めてくれる太っ腹な人がおるかどうかや~(^^;)

あ、しかし・・・
この際、コンクールで認められるかどうかなんて関係ないわな(^-^)

taito、よぉやった!おまえはスゴイ!
総裁さん、よぉ育てたのぉ~、あんたもエライ!

私はめちゃめちゃ嬉しい(^-^)

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