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2010年10月

2010年10月31日 (日)

徳島の味 

土成(どなり)という地にも行った。
iPhoneで事前に検索すると、「たらいうどん」というのが名物らしい。
これは食べずにはおられんやろ~!(笑)
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てなことで、文字通り、「盥」に入った釜揚げうどんだった。

私は私自身同様、ふたふたのへろへろ~な感じに炊き込まれた、どちらかと言えば、くたくたの鍋焼きうどんが好きなので、四国の本場の讃岐うどんの「ぶっかけ」とかよりは、こちらの方が性に合っているのかもしれない。
ただし、この「たらいうどん」には確かなコシがあるので、私自身などよりは、はるかにしっかりしているのも確かだ。
味もくっきりとしていて、付け汁がまた美味しかった。
↑画像は4人前だそうだが、通常のうどん的には6人前以上あったのではないかと思われた。
R318沿いにはこの「たらいうどん」の店が十数店あるらしく、それぞれ競い合っているようだ。
また来て、食べ比べてみたい。

さて、夜、
ナビの周辺施設の中から、名前だけで選んだのがここ。
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ほんとは向かい側の「酒蔵」ってとこに行きたかったのだが、営業時間が午後3時までで、とっくに閉まってた(>_<)
ただまぁ、同じ系列だろうし、「蔵」と名乗るからには、さぞかし名酒が・・・
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喫煙できるかどうか聞くと、非常に雰囲気がいいボックス席に案内された。
期待もいや増すというものだ(^-^)
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川面に対岸の灯りが美しく映えるのが、窓から眺められ、さらに期待感がこみ上げてくる。
そして・・・
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ほほぉ恵峯さん、いきなり焼酎ロックですか~?
・・・って違いまんがなぁ~
ここ、基本的に喫茶店でね、これは、お冷やなのぉ~
つまり・・・
ノンアルコールの店だったのだ・・・orz
器がそれっぽいのが実に悲しい(笑)
しかし、今さら退店するわけにもいかず・・・(^^;)
ほんでもって、旅先で運転しなくて良いからといって、毎食飲まんでもええやろ~という事で、ハンバーグカレーを夕食とした(笑)
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しかし、やっぱり、ちょこっと物足りないので・・・(。。 )\バキッ☆

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こんなとこで、
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お上品にワインをば・・・(笑)
つーか、ここも、シングルモルトなんぞを・・・と目論んで入ったのだが、ビールとワインしかない店だったのだった・・・orz
と、徳島がちょっとわからなくなった・・・(^^;)

※徳島にはシングルモルトが無い、という意味ではありません。

あとはおまけ、
ワインでベロベ浪漫寸前になったので、酔いにまかせてゲージツ作品を撮ろうとしたらしく、こんなのが写ってたので載せておく。(って、覚えてないんかい!(。。 )\バキッ☆ )
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↑ワインの向こうにあるランのアップ、ピンぼけが多く十数枚あった(笑)
↓たぶん壁の濃淡が気に入ったので撮った画像・・・だろう(笑)
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ちゃんちゃん

四国の御大師さん

四国は、言わずと知れた御大師さんのふるさと。八十八箇所霊場はもとより、そこかしこに篤き信仰が見受けられる。
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で、高野山の民として、日頃は不信心な癖に(。。 )\バキッ☆ 御大師さんなら高野山!みたいな勝手な自負もあるわけなのだが、四国へ来ると、御大師さんへの庶民の思慕が隅々まで行き渡っているのが感じられ、ありがたくもあり、ちょっと恥ずかしくもなるのである。
これは、高野山においては、教義教学的な要素が強い事も関係していると思う。
僧を通してではなく、庶民から直接御大師さんへ向けられる崇敬の量?が、四国では圧倒的なのだ。
そしてもう一つ、
四国は、御大師さんが生まれ育って自ら修行された場所。
高野山は、もちろん修行もされただろうが、むしろ後進の指導にあたられ、さらには入定された地。

だから四国には「修行(中の)大師」像が多いのだ。

つまり、高野山では永遠の禅定に入っていらっしゃる御大師さんが、四国では今なお修行されているというイメージか・・・

まるで、タイムスリップして、若い頃の御大師さんにお会いできたような気分だった。

南無大師遍照金剛

2010年10月30日 (土)

徳島の夜

徳島の夜。
仕事で来てる事もあり、おとなしめ?(^^;)に過ごす。
しかし、アレだけは食べたい。
徳島と香川の違いはあれど、この時期ならあるはずなのだ。
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ベロベ浪漫以前(^^;)だったので、勘もちゃんと働いたらしく(^^;)
当たりを付けた一軒目で見つける事ができた。
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そう、ウマヅラハギ、である。
昨年、急逝されたピーマンさんが、四国へ出向く度に、自ら調理して食べさせてくれたあのキモの味。
もう、二度と味わえないのだが、晩秋の四国の味として、私の記憶に強く残っている。

ピーマンさん、今年も四国にやって来ました。
ピーマンさんを偲びつつ、いただきますm(_ _)m
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そして肝心のキモは・・・
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ピーマンさん特製のキモよりはちょっと甘みに欠けたけど、十分美味しいものだった。
というよりおそらくは、私の記憶の中で、ピーマンさんのキモが今でも甘みを増し続けているのだろう。
あの時のキモはこんなもんやなかった、もっともっと甘かった。と・・・

懐かしいなぁ、寂しいなぁ・・・

そんな徳島の夜だった。

徳島行き

四国は徳島にて、工場見学。
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・・・これだけでは、何のこっちゃわからん?(^^;)
特許関連の製品なので、詳細な画像を載せられないのであるm(_ _)m
いわゆる「突板(つきいた)」つまり、木を薄くスライスしたもので、化粧合板の表面に貼られるものだ。
通常は↑画像くらいの厚み、つまり、0.2~0.6㎜なのだが、この工場では特許技術により、0.07㎜まで削る事ができる。
さらに、和紙で裏打ちする事により、「折り曲げ可能な木のシート」の製品開発が可能になるのだ。
しかも、幅の狭い木であっても、いったん集成材に加工しておいて幅を広げる事も可能。
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つまり、↑のような小材でも、↓幅広(現在は62㎝まで)のシートに仕上げられるのである。
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これにより、多くは使い途もなく放置されがちな間伐材が生き返るのだ。
しかも、接着作業は、障害者や老人に付託できるようなシステムを構築しているという。

すばらしい!

名刺やノートはもとより、折り紙もできるし、先頃は、このシートで作った服でファッションショーも開かれたという。
不燃シートで裏打ちしたものは、木のクロス、として壁紙(もちろん不燃認定)の代わりに使える。
用途は無限、しかもこれこそ、正真正銘の「エコ」

工場の所在地がまた素敵なところだ。
吉野川ICのほど近くなのだが、少し走れば・・・
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代表者のお宅がある場所まで約20分、眼下にはこんな光景が臨める。

東北に続き、初めて来たのに懐かしい、という場所に巡り会えた(^-^)
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次回はぜひ、単車で来たいものである(^-^)

2010年10月29日 (金)

会長の時間

今さら、の話だが(^^;)
この七月から、某クラブの会長職を仰せつかっている。
当地のクラブの例会は毎週金曜日、午後12時半~午後1時半まで、花菱さんの4階で開催される。
昼食会を兼ねた例会中、各メンバーの卓話と呼ばれる約30分のスピーチがメインなのだが、冒頭、約5分、「会長の時間」というのが設定されている。
一年間、毎週、つまり、約50回、時候や世相を盛り込み、クラブの活動に合わせ・・・何よりも、ちょっと気の利いた話、が求められる。

(>_<)

しかも、その話を聞く人達は、ほとんどが会長職経験者、つまり、「自分も同じような話をした事がある」人達ばかりなのである。

(ToT)

何を話せばええのーん!
ネタ、かぶりまくりやーん!

なのであるorz

そして、7月から4ヶ月、やっと三分の一が終了、行事等が入ったら短い挨拶で済むので助かる(^^;)のだが、16回の「会長の時間」が終わった。

つ、疲れた・・・orz

てなことで、日本だけでも、34地区2309クラブの会長達が、毎週毎週頭をひねっていることだろう(^^;)

もちろん、中には、感動的な話を毎回楽々とされている達人もいらっしゃる事だろうけど・・・

私の場合は、新聞やネットでネタを探し回る毎日なのだが、ベテランのメンバーに「お話する」値うちがあると思われるネタへの遭遇率は低い(>_<)
いや、遭遇率は高いのだが、「きっと、だれかが以前に話しているであろう」と思われるため、採用率が低い、というべきか(^^;)
しかも、そればかりが気になるため(^^;)このブログへの書き込みが手抜きチックになってきているのも事実である(。。 )\バキッ☆

そんな中、本日はズバリのネタが見つかった\(^o^)/
先週の「100年の森」の整備作業にちなんで、あれこれ探していたら、このクラブの創立者である、ポール・ハリスの最後のメッセージを見つける事ができたのだ。

以下、原稿から抜粋sて紹介。

・・・先週はロータリー百年の森の整備作業を執り行いましたところ、クラブメンバーはもとより、地区からも社会奉仕委員長をはじめとして、高野山高校インターアクト様他、多くのご協力をいただき、無事終了致しました。ありがとうございました。植樹されてから6年余りたったわけですが、当初、ボサばかりが目立った小山が、今年は一部は剪定が必要なくらい、森らしくなってきました。
それにちなみ、ポール・ハリスの言葉をご紹介させていただきます。
ポール・ハリスは、1947年、昭和22年1月27日、に79歳で亡くなられたのですが、2月号のロータリアン誌に、ロータリアンヘの最終メッセージが載せられました。『 ロータリアンは私によく尋ねます。「あなたがロータリーを創始したとき、このようなものになると思いましたか?」。いいえ、1905 年には、6,000 のクラブと30万人の会員を擁する世界的運動になろうとは予想していませんでした。
早春のころ、あまり大きくなりそうにない若木を植えるとき、人はいつの日かそれが、亭々 たる大木に育つであろうと確信できるでしょうか。それは雨と太陽、神の摂理の微笑を待たなければならないのではないでしょうか。若葉が初めてもえいずるのを見るとき、そのときこそ、人は大いなる木陰で夢見ることができるのです。』現在では、200以上の国と地域に33000近くのクラブを擁し、会員数は120万人以上と言われていますが、ロータリーの原点は、やはりI serve.です。一人一人が常に初心を忘れず、若木を植え育てる気持ちを持ち続け、皆の一致団結をもたらし、大いなる木陰を実現させましょう。

実際に喋った時は、神の摂理、そして仏の加護、と勝手に付け加えさせていただいた(^^;)

どうぞ、ロータリーの友情に免じてご勘弁をm(_ _)m

ちゃんちゃん

2010年10月28日 (木)

年輪の下に

木に教えられる事はほんとに多い。
今日も製材に立ち会ってたのだが、
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↑から、一寸五分、つまり4.5㎝ほどの巾で製材すると・・・
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節がたくさん現れた。
つまり・・・
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↑木表はこうなのだが、
↓木裏はこう、
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わずか、数㎝の間に、節が隠されているのだ。
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ただしこれは単なる自然現象ではなく、人の技と木の生命活動の結果。
人が枝打ちを施し、木がその跡を覆ったのである。
この木の一寸五分は約30年。
節はもう少し下にあると思われるので10数年で枝打ちの跡を覆いつくしたのだろう。
↓木表側、木目が乱れているのが、このすぐ下に節が内包されているしるし。
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通常、枝打ちから数年、2~3㎝成長すると節は隠れるとされている。
この木の場合、節が大きかったのでもう少しかかったと思われる。
当然、木表をどんどん削っていけば、何年で節が隠れたかわかるわけだが、それは学者先生の仕事であって、私の仕事は無節の木表を活かす事(^-^)

今日、一つの命の、成長アルバムを見せてもらった。

何度も書いた事だが、木にしてみれば迷惑な話(^^;)
それを十二分に承知しつつ・・・

感謝と敬意を捧げたい。

ええもん見せていただき、元気が出ました。

ありがとうm(_ _)m

2010年10月27日 (水)

さらに厳しい寒さ

本日葬儀、今朝は4℃・・・
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昨日よりも寒さが厳しい。
空は快晴だというのに。

上綱さんは、もう寒くないのだなぁなどと考えてみる。
お役目を果たし、阿字のふるさとに還られたのだ。
私はまだ、生かされている。今日のところは、
まだまだ果たさねばならぬ役目があるのだろう。

生かされている命を生かせるよう、精進します。

出棺を見送りながらそう思った。

南無大師遍照金剛

2010年10月26日 (火)

いかにも霜降

今季初、フロントガラスが寒さのために曇った。
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露の侯は終わり、霜の季節になったのだ。

訃報で折れた心には、一際寒さが滲みる日である。


2010年10月25日 (月)

訃報

西禅院のご住職にして、前高野町長、後藤太栄上綱様が逝去されました。
謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

通夜は明日(26日)午後7時から
告別式は明後日(27日)午後1時から
いずれも、西禅院にて行われる予定と聞いております。

志半ばで、病を得、町長職を辞任された後も、高野町の未来を憂い、病床から何度も若い人向けにメールを発信されていらっしゃいました。

その遺志を継ぐべく、高野町の未来のためになる事に取り組んでいく事がご供養になると考えています。

阿字の子が 阿字のふるさと立ちいでて また 立ち帰る 阿字のふるさと

南無大師遍照金剛

2010年10月24日 (日)

ドームの響き 星への誘(いざな)い

さて、何でしょう?
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そう、高野町文化祭が近づき、例のドームが体育館内に屹立したのである。
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今回、カミさんがコラボで演奏させてもらう事になり、今夜、新投影機のテストが行われるというので、お邪魔したのだ。
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ドーム内に、ボールディンライヤーやハープを持ち込み、色々と試演させてもらった。
結果、なんとドームがスピーカーの役割を果たすらしく、中で聞くより外に漏れる音色の方がまろやかになる事が判明。
客寄せ?にも使えるという次第(^-^)
そして、
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新投影機の初投影が行われた。
元々は天井に投影する平面投影機らしいが、それに15㎜の魚眼レンズを取り付ける事で、全天を立体的にドーム内に投影しようという趣向なのだが、さて・・・
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おぉ~!
すばらしい!
旧型投影機だと、主な星座の星がポイントとして示されるだけだったが、新型の場合は、満天の星がそのまま表現されている。
あまりに表現されすぎて、見分けが付きにくいくらいだ(^^;)
そして・・・
何かとても懐かしい・・・
ああ、そうだ、これは、ミャンマーのチャイティーヨパゴタ(ゴールデンロック)で見た星空ではないか。
澄み切った空気のおかげで、星が見えすぎるくらい見えたあの夜の光景。
つまり、近代文明以前、世界中の人々が当たり前のように見ていた光景なのだ。
それから色々な投影テストが行われた。
こちらも3年前よりは進化したデジカメと撮影術?(^^;)で撮ってみた。
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日周画像なんかも撮れて満足まんぞ~(^-^)

文化祭が楽しみである(^-^)

ちゃんちゃん

2010年10月23日 (土)

100年の森

大門から内子谷方面へ約2kmほど進むと、ロータリー100年の森がある。
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'03年、国際ロータリークラブの100周年を記念し、この時点では高野山はまだ世界遺産登録されてなかった事に合わせ、豊かな森林資源の育成を目指して 植林されたところだ。

それから毎年、草刈りや道普請などを行っている。
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↑道普請前
↓道普請後
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モニュメントの回りに植えられた、ロータリークラブ創設者であるポール・ハリス縁の月桂樹も、今夏、急激に伸びたので、横に葉が繁るよう剪定した。
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↑剪定前
↓剪定後
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この日の参加者は、大阪南部と和歌山、つまりロータリー2640地区のメンバーが23名。
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ロータリーの森自体は、数ヘクタールと、「森」と呼ぶにはごく小さい規模だ。
しかし、この「森」が有るのと無いのでは、大きな違いだ。

1947年、2月、ポール・ハリスの残した最終メッセージにはこうある。

『ロータリアンは私によく尋ねます。「あなたがロータリーを創始したとき、このようなものになると思いましたか?」。いいえ、1905 年には、6,000 のクラブと300,000 人の会員(※1947年時点、ちなみに、2010年時点では200カ国、33000クラブ、会員約120万人)を擁する世界的運動になろうとは予想していませんでした。早春のころ、あまり大きくなりそうにない若木を植えるとき、人はいつの日かそれが、亭々たる大木に育つであろうと確信できるでしょうか。それは雨と太陽、神の摂理の微笑を待たなければならないのではないでしょうか。若葉が初めてもえいでる のを見るとき、そのときこそ、人は大いなる木陰で夢見ることができるのです。』

当初、看板ばかりが目に付き、とても「森」には見えなかったものだが、本日、月桂樹などは剪定の必要があるほど伸びてきたのを目にし、ポール・ハリスの言葉を借りるなら、雨と太陽、そして神(と仏(^^;))の摂理の微笑を感じた次第である。

私達の奉仕もまたごく小さなものであり、いつかここに木陰ができたとして、その頃にはもうこの世にはいないだろうが、誰かがここで憩いの一時を過ごしてくれればいいなぁとも思えた。

ありがとうございます。

2010年10月22日 (金)

CBで

銀のサプリ(CHD用)が切れたので、動物病院へ行かねばならない。
・・・帰りはもう寒いやろなぁ・・・
と、一瞬躊躇したのだが、暑い寒いで迷ってたらいつ乗るねーん!と気力をふるいおこし(笑)
CBで出発。
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いつもの事ながら、走り出したとたん、涼しいというより冷たい風が、めっちゃ快感!(笑)
今まで何度も何度も経験した事だが、やはり走り出さねばわからない事だった。
ただ、乗ればいいだけの話なのにねぇ・・・(^^;)
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てなことで、余計な道も走り回り(笑)
久しぶりの花坂缶コーヒータイム(^-^)

今年はずっと、忙殺を乗らない言い訳にしてきたが、果たしてそれは誰に対する言い訳だったのか?
自分が乗りたい。
ただそれだけで良かったのだなぁ・・・
そして、
乗れば気持ちええ~(笑)
何でこんな簡単かつ、何度も経験した事がわからなくなっていたのだろう?

風の冷たさとは逆に、縮こまっていた心が溶けていくようだった。

めでたしめでたし

2010年10月21日 (木)

ひとひらの

軽トラの荷台に、ひとひらの落ち葉が、
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荷台には人工芝を敷いてあるので、おもしろい対比になっていた。

何の落ち葉かわからないが(^^;)
クロロフィルが抜けて、カロチノイドだがカロテノイドが現れ黄色くなってるところと、アントシアンだがアントシアニンだかが形成されて紅くなってるところと、虫に食べられたところと・・・
って、理屈はどうでもいい~!
とにもかくにも、この葉っぱ、自分の役目を終えて木から離れたわけだ。
さらに、私に秋の深まりを教えてくれ、この後私が土に還すから、また新たなる命のための養分となる。

こういう何気ない命の巡りに気づけた時は、自然に感謝の念が湧いてくる。

落ち葉に元気を貰った(^-^)

・・・って、よほど元気をなくしていたのだろうか?(^^;)

ちゃんちゃん

2010年10月20日 (水)

今日も・・・

今日も、別のお寺の先師忌である。
偶然だが、二日続けて、というのは、私としては初めて。
本日の先師様は、23回忌である。
私が高野山で仕事に従事しだした頃、大変可愛がっていただいた上綱様だ。
22年前・・・
実際は、23年前に倒れられ、一年あまりの闘病の末、身罷られたのであった。
ご子息お二人は、今では立派に宗門を興隆されている。
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ふるまいの画像しか無いのが恐縮だが、ご供養の間は、ひたすら読経に集中していたのである。

上綱さんとお話したのが、本当に昨日の事のように思い出される。

まさに光陰矢のごとし、

ただただ、お世話になりました、ありがとうございます。との思いが浮かぶ。

南無大師遍照金剛

2010年10月19日 (火)

先師忌のふるまい

先師忌、
文字通り、先の師匠の忌日。つまりはそのお寺の先代さんの法事である。
詳しくは・・・って、あまり詳しくはないけれど(^^;)以前に書いたブログはこちら
今日の場合、今は亡き先代上綱さんの17回忌、御遺徳を偲びつつ、
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↑のような料理をいただいてきたm(_ _)m

典型的な高野山の精進料理のふるまいバージョンの一つなので、ちょこっと解説。
(あくまでメニューの一つであり、これに決まっている、という事ではない、高野山の料理人の腕の見せ所なのである。)

まず、本膳では、
「生盛」、として、とろこんにゃく三式盛り、おきゅうと菊花、トマト固め、コンニャク梅肉和。
「中猪口、もしくは中茶碗」として、栗と枝豆白和え
「平椀」は後からあたたかいものが出るので、ここでは写ってないが、百合根大根、そば茶、菊花、しめじあんかけ。
「漬物」は奈良漬け、大根菜、しば漬け、
そして二の膳は・・・
「鍋」は紙鍋で、松茸、しめじ、椎茸、白菜、三つ葉、もみじ麩、豆腐、栗麩、
続いて「小鉢」には、今日は、納豆、山芋、おくら和が入っていた。
「皿」には、ごぼうと山芋のかば焼き、焼き松茸、が秋を表しつつ鎮座。
「八寸」には銀杏串、いちょうさつま芋、栗、もみじ麩、ピーナツ豆腐トマト射込み、小芋煮から揚げという具合。
さらに、「追椀」として、酒粕汁。
そして、宴もたけなわの頃、
もはや故人を偲ぶより、故人にお世話になった事の披露大会に以降した頃・・・
「追椀」として、酒粕汁が出る。
さらに、大物の「大平(おおびら)」として、大根おろしと三つ葉、そばが出た。
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この大平が出る頃合いは、ぼちぼちお開きが近づき、帰り支度をお願いしますよ~という告知にもなっている。

てなことで、デザート的な三の膳に移って、
「油物」として、みょうが大葉巻、長芋、松茸、
「果物」として、メロンとぶどう、
「ご飯」は、あらかじめ出生飯を行っておいた椀に栗ご飯をいただく。
これに付随する「二の汁」は赤だし仕立の豆腐としめじであった。

久しぶりに、美味しい精進料理を堪能させていただいた。
もちろん、半分ずつ食べ、残りは作法通り家族に持ち帰ったのは言うまでもない(^-^)

上綱さん、16年を経て、いまだにお世話いただいた事は忘れておりません。
今日も、ありがたくふるまいをいただきました。

感謝でございます。

2010年10月18日 (月)

まちけん発表会

毎月第一、第三月曜は、元喫茶「樹林」にてまちづくり研究会。
本日は、一夏、高野山へ泊まり込んで調査にあけくれた和大の院生お二人の、研究「予備」発表会。
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高野山の歴史、私も少々かじってはいるが、明治、大正から昭和初期にかけては、古地図とか、記録があまり無く、実は江戸時代よりもわかりにくい世界。
そこに果敢にアタックしたお二人の研究成果の中間発表を見せていただいた。
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↑は、大正年間から昭和初期にかけて、つまり、1934(昭和9)年の、御遠忌1100年法会にむけて、町並みの大整備が行われた様子を再現したもの。
当時、現在では「学校通り」と呼ばれる地域には、○○とか△△とか□□があり、それでは、あまりに○□△なので、××谷と◇◇谷を新設し、寺院や店舗を移設したのである。

この研究、高野山の近代だけではなく、一次産業から二次、三次産業へと移りゆく日本の世相を解き明かしていく作業でもある。

お二人は現在も資料を蒐集中、
来年三月の完成が楽しみである(^-^)

ふぁいと~!

ちゃんちゃん

2010年10月17日 (日)

IM4組

IM4組開催。
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非常に充実したセッションとなった。

今日も詳しく書いてる時間が・・・(。。 )\バキッ☆

みなさん、ご参会、ありがとうございましたm(_ _)m

めでたしめでたし

2010年10月16日 (土)

IM4組準備

明日のIM4組に備えて、事前準備。
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何のこっちゃわからん?(^^;)
詳しく説明してる時間が無いのでどうぞスルーしてちょうだいm(_ _)m

ブログというより、ほとんどtwitterやね(^^;)

とにもかくにも、クサカ議長に感謝!

ちゃんちゃん

2010年10月15日 (金)

偉大なる恒例行事

毎年10月15日の夜は、秋祭りの前夜祭。
青年団による神輿渡御である。
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私達おっさん連中は、神輿の移動用トラックの運転で参加協力。
これも恒例、である。
で、レポを・・・と思って昨年のブログを見てみたら・・・
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銀が待ってて・・・
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亭長さんがヨッパーで、
(※囲んでる総裁さんとまんさく社長は全く飲まない、
ちなみに総裁さんは1ヶ月で15kg減量w(゜o゜)wという偉業を達成したばかりか、
この夜、NHK近畿で、高野位牌についての語りが放映されたのであった)

・・・で、この後、
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我が家での休憩お接待で、
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銀は繋がれ(^^;)た後、
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亭長さんがかまってくれて(笑)
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一緒に御神輿を挙げて(笑)
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なおも、夜のマチを練り歩く・・・

とまぁ、毎年毎年、ほぼ同じ展開!(笑)

だが・・・
青年団員は年々減少・・・
高野山大学学友会のみなさんがフォローしてくれているとはいえ、
大学生の数そのものも減少傾向・・・

この祭り、いつまで続けていけるのやら・・・

おそらくはこの時期、
日本中どこでも同じような心配に覆われているのではないだろうか?

しかしそれでも、若者達の声は元気にマチに響く。

こちらも体力の続く限り(^^;)
お手伝いしたいと思う。

日本の元気の源って、たぶん、こんなところにあるんちゃうかな?

コッカイとかいうとこで、ここんとこ毎日繰り広げられてる下賤なマツリゴトとはずいぶん違うね(^-^)

ちゃんちゃん

2010年10月14日 (木)

銀の主張

午前10時前後、お昼、そして午後3時前後、
お父さんは、木屋でみんなとお話してるでしょ~
ボクもまぜて~~~!
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と、必死こいて吠える。
吠えても無駄とわからせるために、無視するのだが。
そうすると、吠えるのをこれまた必死でガマンしているのが遠目に見て取れる・・・(^^;)
で、おもむろに出してやると・・・
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これ以上はないくらい、尻尾を高々と上げて、その辺をうろうろ(笑)
で、決まった場所にオシッコをひっかけた後は、さっさと門扉の中に入っていく。

まぁ・・・ええか(笑)

ちゃんちゃん

2010年10月13日 (水)

おめでとうございます

一昨昨日に続き、本日も・・・
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華燭の典にお招きいただいたm(_ _)m
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テーブルが32卓!
350人超の大宴会w(゜o゜)w
午前11時半開始だったのだが、全員が席に着くのに30分かかった(^^;)
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新郎新婦の入場の先導をされた笛の奏者さん。
低音から超高音まで、まさに完璧!
しかも歩きながらなのだから恐れ入ったm(_ _)m
そして・・・
仲人さんの挨拶、新郎側主賓の挨拶、新婦側主賓の挨拶と続き、乾杯が午後1時(^^;)
その後、バイオリンの生演奏あり、オペラのアリアありと、盛りだくさんな内容。

ちなみに、お開きは午後5時だった(^^;)

末永い幸せに相応しい、長~い披露宴ですな(^-^)

おめでとうございます~\(^o^)/

めでたしめでたし

2010年10月12日 (火)

たくましいわ(笑)

山の生き物に、何もしてやれないと、とりあえず「ごめんね」したのが8日の土曜日

その後、月曜の朝には、こんな感じで掘り返した跡が拡大していた。
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真ん中辺りを拡大するとこんな感じ、
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根っ子にも噛んだ跡が残っている。
ジネンジョでも掘り当てたのだろうか?
ところで、匂いも残っているだろうに、銀はまったく無反応。
これは意外だった。
ゴトヒキさんには吠えるくせに(笑)
そして・・・
今朝方、旅行に出る母を送るために、午前5時過ぎにこの場所の前にある車庫に行ったのだが・・・

バサバサっという音がして、黒い塊が山の方へ駆け上がって・・・というよりは、ほとんど飛び上がってというような勢いで姿を消した。
まだ薄暗がりで、はっきりとは見えなかったが、小ぶりのイノシシであった。

怖ぁ~{{{{(+_+)}}}}

あ、向こうの方が怖がってるか?(^^;)

で、明るくなってから、見てみると・・・
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「ごめんね」と思ったのが、AHOらしくなるくらいの荒らしようである(^^;)

いやいや、これが彼ら(彼女ら?)の生きる道。

これくらいなら共存できるよね。

それにしても、実にたくましいものである。

ちゃんちゃん

2010年10月11日 (月)

吉野山へ

ひ、ひ、ひ、ひ、ひぃ~のひさしぶりぃ~の単車行(^^;)
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仕事&世界遺産関係の打合せ、という理由がちょっとアレだが(^^;)単車で走れるって事自体がうれしいじゃぁあーりませんか、ね(^-^)
てなことで、某製材所に寄ってから吉野へGO~!

いやぁもう爽快~!\(^o^)/

なんでこんなに気持ちええのに忙殺中で気力不足とは言えいっこも乗れへんだんやろAHOやでほんま~あぁ元気が湧いてくるぅ~!

・・・というようなセリフをヘルメットの中で繰り返しつぶやきながら走った(笑)

ホイアンを思い出す、体中から毒素が抜けていくような、これはもうほとんど解脱感?(^^;)
つくづく単純なものである。
しかしその単純な事が普段はわからない。
なるほどなぁ、やってみんとわからんのよなぁ~
・・・というセリフも何度つぶやいた事か(笑)

てなことで、やってきました吉野山のふもと、
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鳥居の下は生活道路、ここから先も、数多い古刹の横に、民家や土産物屋さんが、(失礼ながらm(_ _)m)無秩序に混在する町並みが山の上まで延々と続く、しかし、聖と俗が混じり合いつつも、その価値が減じられていないのが吉野山の特長でもある。
つまり、出家者ではなく、在家者のための修行の場、という色合いが濃いのである。

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さて、打合せ場所に行く前に、まずは、吉野神宮にお参り。
ここだけは、山の中間部という事もあって、閑静かつ壮麗な佇まいを見せている。
1889(明治22)年に、明治天皇の勅命によって創建されたもので、祭神は南朝(吉野朝)の開祖、後醍醐天皇である。
なぜ、明治になってからかというと、それまでは、息子の後村上天皇が、同じ吉野山にある吉水院というお寺に後醍醐天皇の像を造って奉安した事から、代々仏教により供養されてきたのだが、明治になって神仏分離令が発せられた事と、南北朝のうち、後醍醐天皇が開祖である「南朝」こそが正統であるとされた事から、吉水寺は廃寺となり、吉水神社に改称された上で、後醍醐天皇も神として祀る事になったのだ。
そしてさらに、神格と威光を高めるため、新たに「吉野神社」として社を創建し、吉水神社にあった像を遷座した後、大正になって「吉野神宮」に改称されたのである。

後醍醐天皇が行った、建武の新政(中興)という、親政(天皇自らが政治を行う事)こそが、明治維新の原点とされた事で、大きく顕彰する必要があったのだろう。

高野山の住人としては、南北朝のどちらかと言えば、やはり南朝に思い入れが深く、ここを素通りするわけにはいかないのだ。

てなことで、吉野神宮を後にして、さらに吉野山を登り、金峯山寺の玄関である黒門をくぐると・・・
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「銅鳥居」がそびえ立っている。
ちなみに「かねのとりい」と読む。
鳥居の向こうには社ではなく、民家が見えているが、これをつや消しと嘆くか、いかにも吉野山らしいと思うかはそれぞれだろう。
私としては、石(コンクリート?)の鳥居、木の鳥居に続き、銅の鳥居で、どんどん浄化されていく気分(^^;)


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そして、打合せの前に時間をとっていただき、特別ご開帳中の国宝蔵王堂の秘仏、蔵王権現(過去・現在・未来を象徴するとされる三体の権現像)も拝観させていただく事が出来たm(_ _)m

秘仏ゆえ、詳しくは書かないが、その迫力たるや、まさに厳しい修験道の象徴そのもの。
なお、平城遷都千三百年記念という事で、3年ぶりの特別ご開帳は12月9日まで、興味のある方は必見!である。
桜の季節ではないので、渋滞もなく、吉野山一帯をゆっくり見物もでき満足まんぞ~(^-^))

その後、打合せもなんとか無事終了し、私にしては珍しく、土産物まで買い込んで(笑)帰りは夕日を眺めながらのツーリング。

ああ、ありがたい一日だった。

めでたしめでたし

2010年10月10日 (日)

おめでとうございます

'10年10月10日、実に覚えやすいおめでたい日。
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まさに華燭の典が挙行された。

おめでとうございます。

末永くお幸せに(^-^)

めでたしめでたし

2010年10月 9日 (土)

ごめんね

なんのこっちゃよぉわからん画像を一枚・・・
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近所のシュウカイドウが踏み荒らされているのである。

現在、カモシカによるもの、という説と、イノシシによるもの、という説と、
普通のシカによるもの、という説が飛び交っている。

今まで、この辺りまで、カモシカやイノシシやシカが現れた事はなかった。

(もう少し、山の中に入ると、けっこう頻繁に出没しているらしい)

それだけ、山に食べ物が少ないのだろう。
はたまた、猟をする人が老齢化したため、数が増えての事なのかもしれない。

何とか、冬を乗り切ってほしいものだが・・・

共存となるとなかなか難しい。

エサを撒いておくわけにもいかないし・・・

誠に無責任な言葉だが、「がんばって」としか言えない。

ごめんね

2010年10月 8日 (金)

ほんとの「平和」につながりますように

何とも戦闘的な平和賞、である。

メンツを重んじる中国人にとって、初めて、中国在住の中国人がノーベル賞を受賞するのは、歓迎したいところだろうが、選ばれた人が、「国家転覆扇動罪」で獄中にある民主活動家とは・・・
これほど皮肉な話もあるまい。
事前に、平和賞の選定機関である、ノルウェー・ノーベル委員会に対し、「受賞拒否」のプレッシャーまでかけていたそうだが、元ノルウェー首相であるヤーグラン委員長は『もし、我々が皆、経済など自己の利害から沈黙してしまうようであれば、国際社会に受け入れられてきた(人権の)基準を下げてしまうことになる』と語ったそうだ。

もし、日本のセージ屋で、こんな事を言うヒトがいれば、私は一生支持する。

中国と距離を隔てたヨーロッパの住人だからここまで言えるのだ、という言い訳もあるだろうが、それでもやっぱり、毅然とした態度は示すべきだと思う。
でないと奴隷の道へ一直線だからだ。

私はHPの冒頭に、『中国人は一握りの砂、にぎりしめてないとバラバラになってしまう』と、あきらめたように語った新疆ウイグル自治区出身者の言葉を紹介しているが、まさにその通りのインタビュー記事があったので、載せておく。

しかし、以下の記事では、非常に冷静に国政について分析している市民の声も紹介されており、いくら共産党政府が検閲しようとも、情報が広がりつつある事もわかる。
また、たとえ外国の記者に対してでも、けっこう共産党に批判的な発言をする人がいる事にも驚いた。
だからこそ、共産党政府はやっきになって締めつけるわけだが、そうなればなるほど、反共の力も、また増していくだろう。
その先に何があるか、想像し難い、というか想像するのはちょっと怖いが、今回の「平和賞」が、真の平和のきっかけになるよう、願ってやまない。

時事ドットコム より

平和賞受賞、市民は当惑=「当然」の声も-北京

 【北京時事】中国の民主活動家、劉暁波氏のノーベル平和賞受賞決定について、北京市内では8 日、「よく知らないし、自分には関係ない」(女性33歳)「コメントできない」(男性50代)などと当惑した反応も目立った。
 自営業の男性 (56)は劉氏が投獄されている事情について「詳しく知らないが、政府に反対したということは、政府にも過ちがあったのではないか」と推定。「この国は反 対意見を鎮圧しないと分裂してしまう」とした上で、「反対する人がもっと増えてほしい。受賞は当然だ」と語った。
 外資系企業に勤める30代男性 は「中国政府に対する最大の侮辱。共産党のメンツがつぶされたことは興味深い」とした上で、「反対意見が許されない体制は健全ではない」と話した。
  北京大学を卒業したという男性も「劉氏は中国政府の情報封鎖に反対の声を上げている人物だ」と評価し、授与に賛意を表明。「政府が情報を封鎖しても、いず れ分かる。隠すことで政府に対する不満が募るだけだ」と政府のやり方に疑問を呈した。
 一方、中国作家協会の責任者は「おかしい。劉氏が平和に対 してどんな貢献をしたのか。中国の法律を犯した人物じゃないか」といぶかった。(2010/10/08-20:57)

2010年10月 7日 (木)

命の記録

これは一つの命の記録。
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ここから下はこんな感じ、
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↑の黄楕円が囲む部分はこんな感じ、
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つまり、表面に付いた傷がいったん内部に取り込まれ、また外部に露出しているのだ。
こういう、内部に表皮が取り込まれた状態を「入り皮(いりかわ)」と呼ぶ。

原因は・・・
この場合、雷、なのである。

おそらくは数十年前、雷に打たれたものの、かすり傷?で済んだため、じわじわと傷口を樹皮で包んでいった結果なのだ。
ゆっくりと、だが着実に刻まれた命の記録。

ここまでして生き抜いた命を、苅ってしまった人間の業を感じつつ・・・
9月16日にも書いた通り、第二の生を全うしてもらうべく、精進を誓うのであった。


2010年10月 6日 (水)

久々のGood NEWS!

今朝方、マイミクさんのつぶやきで知った。
http://bit.ly/bZeW9Y

***引用ここから***

「はやぶさ」に微粒子、地球外物質の可能性

読 売新聞 10月6日(水)3時13分配信

 6月に地球に帰還した小惑星探査機「はやぶさ」の試料容器から、地球外物質の可能性がある微粒子数十個が見つかったことが、5日わかった。

 宇宙航空研究開発機構が電子顕微鏡で調べたところ、大きさ0・001ミリ・メートル前後の粒子の中に、これまでに容器内から見つかっている地球のちりや アルミ粉などとは、成分の特徴が異なるものがあったという。

 はやぶさは小惑星イトカワに着陸した際、試料採取装置がうまく作動しなかった。これまで0・01ミリ・メートル程度まで見える光学顕微鏡で分析してきた が、試料容器内に地球外物質とみられるものは発見できなかった。そこで、特殊なヘラを使って微粒子を集め、電子顕微鏡で粒子の形状と成分などを確かめる作 業を続けていた。

最終更新:10月6日(水)3時13分

読売新聞

***引用ここまで***

6月に、無事、地球まで機関し、そして燃え尽きた「はやぶさ」について、感動と共にブログに書いたのだが、正直言って、試料の採取は難しいと思っていた。
ところが、またまた、「はやぶさ」はやってくれていたといのがわかり、頭が下がる思いがする。
「はやぶさ」の手柄というよりは、予算の少ない中、がんばっていらっしゃるスタッフの努力の成果なのだが、そういう人々の情熱の象徴が「はやぶさ」なのだと思う。

目には見えない微少な粒だというが、なんと大きい成果なのだろう。

はやぶさ、と、それを支えるスタッフのみなさん、夢をありがとうございますm(_ _)m

2010年10月 5日 (火)

目的と手段が・・・

もうぼちぼち・・・と思いつつ、軒先を見上げてw(゜o゜)w
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な、なんじゃこりゃぁ~!(笑)
乱暴に電気のコードを押し込んだようにも見えるが、実はムカゴの蔓草である。
それにしても、なんでこんな暴走モードに・・・(^^;)
やはり猛暑の影響だろうか?
てなことで、ムカゴについては、三年前と、二年前にも書いてる通り、秋の味覚のお楽しみなのだが、今年は・・・
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蔓はただただ伸びる事だけに生命力を使ったらしく、実が極端に少な~い(ToT)
き、君らの目的はなんやねーん?
実を成らし、子孫を繁栄させる事ちゃうのぉ~?
勢力拡大ばっかりに力を使い果たして、肝心の実ぃが少ないなんて?
まるっきり今の・・・(^^;)
いかんいかん、もう愚痴はこぼさないと決めたのだった(笑)

しかし、なんぼ賢い植物とて、やはり気温には狂わされてしまうのだろうか?
それともこれって来年への布石?
はたまた、なんぼ実ぃ成らしても、食べられてしまうから?(^^;)

謎やぁ~???

ちゃんちゃん

2010年10月 4日 (月)

もうすぐ明神さん奉迎

10月は、明神さんの奉送迎の月である。
高野明神さんを、二人の院家さんが、それぞれ精義と竪義となり、一年間お祀りするという、高野山で最も大事な儀式の一つだ。

詳しくはここに。

一年間で交代するから、迎える方は奉迎、送る方は奉送、という事になる。

なお、旧暦の9月3日が、奉送迎の日と決まっていて、今年は10月の10日。

それに先立ち、今年の竪精のお二人が、縁者にふるまいをして下さったm(_ _)m
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オール精進料理、しかも大変美味しい精進料理。

ありがたく頂戴しつつ、無魔成満をお祈りさせていただいた。

南無大明神

2010年10月 3日 (日)

Happy Birthday!

本日は、長女の誕生日。
朝から夫婦喧嘩になりかけたのを、ちゃんと諭してくれるくらいに成長してくれた(^^;)
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ケーキは昼間に、家族一同合意の下、食べちゃった(。。 )\バキッ☆ ので、カミさん特製のラザニアにロウソクを立ててお祝いした(笑)
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そして・・・
↑が本日のメインイベント~!
さて、何でしょう?
カミさんが見つけてきたお買い得品である。
さて、その全貌は・・・
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アイリッシュハープであった。
ちなみに、これ自体は娘へのプレゼントではなく、カミさんが欲しかったのである(笑)
で、私に半分出せと言う、いや、決して『出せ』ではなく、『出してくれるぅ?』だったが(^^;)この場合、命令形だろうが疑問形だろうが、結果は同じなのである・・・

おまけに、誕生日当日に届くように指定したので、午後から特訓して合奏を娘にプレゼントしようと言うのだ。
これは、はっきりと「命令」だった(笑)

・・・よ、喜んで!(^^;)

てなことで・・・
恥ずかしながら・・・(^^;)
一部の方には『恵峯さん、そんな事してるヒマあるのぉ?』なのだがm(_ _)m
一瞬、ね、ちょこっとだけ、練習して・・・(^^;)
・・・って、演奏を聴いてもらえば、ホントにちょっとしか練習してないのがわかるはずだ(笑)
もちろん、奏法など知らない(^^;)
だからほんとに我流というか、左右の人差し指だけでポロンポロンとやってるだけだ。
しかし・・・
これがけっこう、というか、かなり楽しい(^-^)

こっ恥ずかしいが、記念に動画も載せておく。
あ、息子にも携帯動画で送っておいた(笑)
誠にAHOな夫婦ではあるが、
今日の日に感謝を込めて(^-^)

めでたしめでたし

2010年10月 2日 (土)

銀の耳

犬の嗅覚は、匂いの種類にもよるが、ヒトの2000倍(ニンニク臭)から1億倍!(酸臭)w(゜o゜)wをかぎ分けられるという。
嘘や~!(^^;)
銀におやつの塩抜きのメザシを投げてやると、時々、受け損なってあさっての方向に落ちてしまう事があるんやけど、即、見失うとるで~(笑)
くんくんと探す素振りは見せるけど、すぐに諦めよるし・・・orz
これがジャーキーだと発見率は多少高まるけど、とてもヒトの○○倍などというレベルは感じられんよ~
ま、別にそれで困る事は無いし、「そこにあるやん」と指さしてやると、すぐに見つけるのが、かえっておもしろいんやけど(笑)
で、逆に感心するのが、「聴覚」
これについては、犬が65~50,000Hz、ヒトが16~20,000Hzと、可聴範囲が異なるだけらしいのだが、やっぱり立ち耳はダテじゃないようで、無茶苦茶反応が良い。
例えば車の排気音、銀ぶらの最中など、普通の自動車だと無視するのだが、バス、それも定期バスの音には超敏感に反応し、じぃ~っと見つめている。
なぜかというと、お兄ちゃん(銀からして、つまり息子)が乗ってるのでは?と思ってるらしいのだ。
高校時代、バスに乗って帰ってきた息子を見て以来、銀にとってバスは「お兄ちゃん」が帰って来る時に乗ってくる物であり、今や年に数回しか帰ってこない息子を、銀なりに待ち続けているのだと思う。
ま、飼い主の勝手な思い込みですがね(笑)

で、本日も一つ感心したのが、
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3時ちょっと前に自宅へ戻り、おやつをやろうとした瞬間、ピクっと母屋の方に反応したのである。
「なに、何?どしたん?」と声をかけようとしたら、母屋の時計が鳴り出したのであった。
「へぇ~銀、お前、鳴る前からわかってたん?」
銀は答えず、ただただじっと、時計の音を・・・
って、電池が切れかけて妙な音になってるやーん!
なるほど、それで毎日聞いてるはずの音なのに、特に反応したんやね~
ちなみに、この時計、鳴り始める前に、わずかにジィ~っと前触れの音が出るのだが、その音もきっと間延びしていたに違いない。
可聴範囲で言うと、低音の聞き分けは苦手なはずだが、やっぱりヒトより優秀な耳をしてるんやね~(^-^)

ちゃんちゃん

あ、画像撮るのに夢中で、おやつやるの忘れてた(。。 )\バキッ☆

ほれ、銀、
あ、また、牙にあたって飛んでった、
もう見失うとるがな~(笑)

ちゃんちゃん

2010年10月 1日 (金)

本日も名人芸

本日も枯木伐採の立ち会い。
と言っても、またまたただただ見てるだけ~(^^;)
特に今日は、レッカーが入れない場所だったので・・・
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まずは、隣の木にワイヤーの支点を造り、チルホール(手動式の牽引機)で張力を掛けておく。
ある意味、これが一番大事な作業だ。
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↑これは中継地点、特殊なシャックルを使って、ワイヤーの角度と張力を調整する。
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蜘蛛よ、すまん、どこかへ逃げてくれm(_ _)m
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特注のスパイク登場~!
名人の足に合わせて作ってもらったそうな。
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↑装着すると、こんな感じ。
ただし、このスパイク、枯木なので、樹皮に傷がついても良いという判断で使っているとの事。
スパイクが使えない場合は、昔ながらの「足縄」(ロープで小さい輪を作り、両足を入れて、樹皮に押しつけ、摩擦力で木に留まる方法)を使う。
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そして、「手縄」
これがね、もう、なんちゅーか、スゴイ!
樹木の向こう側に出た小枝、名人からは見えてないはずなのに、ひょいっと越えてしまうのだw(゜o゜)w
上る前、名人はいろんな角度から木を見上げていたが、ポイントを見極めていたのだろう。
こちらはもう、魔法みたいな技に見とれるだけである。
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そして、チェーンソーの出番。
あらかじめロープで縛って地上に置いていたものをたぐり寄せ、倒したい方に少し切り込みをいれる。
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そして、切り込みを入れた反対側の少し下側をどんどん切っていくと・・・
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バキバキッという音とともに、ちゃんと倒したい方に木が傾いた。
この後、最初に書いた隣の木を支点に地上に降ろすのである。

なお、以上は全て、名人の技があってこそ成り立つ作業である事をお断りしておく。

ヒトは、愚にもつかない政治などというたわけたモノも作り出してしまったが、こんなすばらしい技術も生み出しているのである。

技の世界にほれぼれすると共に、AHOな世界に目を奪われ、愚痴る愚かさを教えてもらった。

名人、ありがとうございます~m(_ _)m

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