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2014年4月

2014年4月25日 (金)

高野の桜 2014

例年より若干遅めに咲き始めた高野の桜も今が盛り。

ここのところの気持ち良い青空の下、あちこちで撮った画像をご紹介。

まずは六時の鐘、
春は桜、秋は紅葉と季節を知らせてくれる。
140424_rokujinokane1

続いて本山前の枝垂れ桜。
140424_honzanmae

清浄心院さんの傘桜
140424_kasazakura2
あまりの満開っぷりに思わず境内へ・・・
広角で撮ってみた。
140424_kasazakura1

清浄心院さんは枝垂れ桜でも有名。
140424ss1

ぐっと近づいて・・・
140424ss2

そして中の橋入り口、
春の息吹の象徴のように日差しを受けて輝いていた。
140424_sakura1

中門でも、向かって左の対面桜はやや元気がなくちょっと心配だが、もう一本は真っ盛り。
140425chumon2

そして本日のお昼にお邪魔した蓮花院さんの中庭の桜、
花びらが風にはらはらと舞う風情を堪能m(_ _)m
140425r1

昨朝は3度で霜の降りた屋根が白かったが(^^;)

それでも高野の春である(^-^)

めでたしめでたし

2014年4月21日 (月)

中門空撮

素屋根の鉄骨がほぼ解体され、全容を現した中門。
140416_chumon7
金堂の正面はこんな感じに見える。
(1層目の塗装が済んでいないので、白黒画像)
140416chumon3

で、
140416_chumon4
素屋根解体用の高所作業車から中門を空撮してみた。
140416chumon2
ブームは18mまで伸びる。怖っ!(^^;)
めいっぱい伸ばして下を見ると・・・
140416_chumon5
怖っ!(^^;)

ぶにょんぶにょんと揺れるカゴから身を乗り出して{{{{(+_+)}}}}
撮った画像を何枚かご紹介。
140416_chumon6
正面から

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斜め上から

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斜め横から

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ぐっと近づいて「振れ隅」がわかるように

2014年4月20日 (日)

新顔当選

wbs和歌山放送ニュースより 

任期満了に伴う高野(こうや)町長選挙の投票がきょう(20日)行われ、即日開票の結果、新人の平野嘉也(ひらの・よしや)氏46歳が、再選を目指した現職の木瀬武治(きせ・たけじ)氏58歳を破って初めての当選を決めました。

高野町選挙管理委員会が午後9時52分に発表した開票結果は次の通りです。敬称は省略します。

当選 平野嘉也(ひらの・よしや) 無所属・新 1419票

木瀬武治(きせ・たけじ)  無所属・現 1090票

以上が高野町長選挙の開票結果でした。

初当選した平野氏は、高野町出身で、徳島文理大学を卒業後、当時の町立高野山病院、現在の高野山総合診療所で薬剤師として勤務し、薬局長などを歴任しました。

選挙戦では、診療所の入院設備再稼働などの医療環境の改革や、高野山の交通アクセスの見直しなどを訴えました。

当選後、平野氏は、高野町内の選挙事務所で支持者らを前にあいさつし、「この町に今一番必要なのは、医療の再生だと思い、出馬した。高野町の診療所の再生特別チームを作って医師の確保に動きたい。また、高野山開創1200年に向けてのおもてなしができるようにするには、町全体が、心の底から笑顔が出る町にしないといけない」と述べ、町政にあたる決意を表明しました。

一方、敗れた現職の木瀬氏は、来年(2015年)の高野山開創1200年に向けた駐車場整備などの環境整備や観光振興、定住促進、財政再建などを訴えましたが、及びませんでした。

投票率は4年前(2010年)の前回と比べて1・54ポイント低い84・83%、当日有権者数は3000人でした。

(※前回投票率 86・37% 2010年5月)

2014年4月14日 (月)

私が現職後援会を脱会した理由

以下、選挙運動とみなされる可能性もありますので、アドレスを冒頭に示します。

onoue@nifty.com

私が現職後援会を脱会した理由

現在、我が町は4月20日投開票の町長選挙の真っ最中です。
告示直前になって、現職の後援会を脱会し、新顔候補の応援を決意した理由を書きます。

特に、ブログに記す必要は無いと思っていましたが、新顔候補の応援をしていると、
『あんた現職の後援会員やったん違うの?』と尋ねられることもあり、
その度に理由を説明させていただいているのですが、
短時間では伝わらないニュアンスもあり、
ここに書いて読んでいただく方が誤解が生じる恐れも少ないと思ったわけです。

まず、私の立ち位置は・・・

4年前の町長選では、病気辞職した前町長(辞職した年に他界)の意思を継ぐ、とされていた現職の対立候補の応援をしました。
しかし、現職には『あなたが勝ったとしたら、応援します』とも約束していました。
遺恨を残さず、選挙の結果に従うということです。

そして、現職当選後は、積極的な応援こそしませんでしたが、
その施策には様々な疑問を持ちつつも、反対運動等を起こすことなく、
この4年間を過ごしてきました。
消極的応援、だったと思っています。

そして昨年、新顔候補が立候補の意思を表明した時、
その新顔候補が私の親しい後輩であったため、
世間では、いかにも、私も立候補を薦めていると思われました。
これについては、現職にも直接言いましたが、「必死で止めた」が真実です。

現職の施策に不満はありましたが、『応援する』との約束もありましたし、
何より、来年の開創1200年法会を直前にして、高野を二つに割るようなことには賛成できなかったからです。

ところが、新顔候補は、
『今も高野は一つ、とは言えません。一つにするために私は立候補したい』と宣言したのです。
この立候補には賛同者も多く、強い追い風も感じられました。

現職との約束と、後輩の気持ちとの板挟みで、私は大いに迷いました。

そして今年の某会の新年会で、現職と会った時に、私は言いました。

『世間では俺らが背中押してると言われてるけど、俺らは必死で止めたんやで、
 それでも出るっちゅーからしゃぁないやん。、
 俺は(新顔候補を)積極的に応援なんかせんから、町長は、横綱相撲するつもりで胸を貸したってよ』と。

新顔候補に入る票は、もちろん、新顔候補への期待もあるでしょうが、現町政に対する批判票も混ざることでしょう、
それをもって、今後の町政に生かしてくれれば、
これは詭弁に思われるかもしれませんが、間接的に現町政を応援することにもなるのでは、と思ったのです。

そして、3月、双方の後援会活動が活発になり、各陣営から配布されたチラシを見た時、私の気持ちは変わりました。

140401t

くしゃくしゃになってるのは、一読して怒りの余り丸めて捨てたものを拡げて撮ったものだからです。

現在の高野山の大きな問題の一つに、一昨年(つまり現職の在職中)に、
高野山病院が診療所になり、入院施設が無くなってしまったことがあります。
緊急医療についても、不備が多く、高野山で重篤な急病になったり大怪我をした場合、
そのまま救急車で橋本市等の病院へ、約1時間かけて運んでもらわねばなりません。
ドクターヘリもありますが、夜は飛べませんので、高野では『病気になるには、平日の昼間やないとあかんでぇ』というブラックジョークが飛び交うことになりました。

点滴を受けたご老人が、真夜中に徒歩で帰宅を余儀なくされた・・・というような話も聞いています。
うちで働いてくれている職人さんが、怪我の処置をしてもらい、翌日の朝、痛みを覚えたので再度来院した際、
『あなたの担当医が来るのは午後5時だから、その頃に来なさい』と、診察してもらえなかったというようなこともありました。

高野町は人口が4000人に満たない町ですが、年間の参詣、観光客は百数十万人、つまり、昼間人口で考えると、
4000+100万÷365≒約7000名、いえ、夏場などのハイシーズンでは、昼間約1万人の人がいる町でもあります。

このような町で、病気になったら?怪我をしたら?
誰しも不安を覚えます。

ところが、↑現職のチラシには、
『診療所化は、前町長(故人)時代に方針が決められたもので、さらにそれを主導したのは、当時の薬局長(これが今回の新顔候補)を含む病院スタッフである』と、読み取れる文が載せられています。

また、19床の病室を残した診療所の予定が、マンパワー不足のため2床の救急用(と言っても、簡易な点滴程度しかできません)病床となった。うんぬんともあります。

ここまで読み進んで、私はチラシをくしゃくしゃに丸めて捨てました。

確かに、診療所化しないと高野山病院の経営は破綻寸前、
との示唆は、前町長時代からあったものの、当時の薬局長他、病院スタッフから、
緊急あるいは入院対応のための様々な対案が提示されていたのも知っていました。
その対案を無視し、あっさりと診療所化を決定したのが、現職です。
それを、故人である前町長や、当時の病院スタッフ達に責任転嫁しようとする書きように猛烈に腹が立ったのです。
そして、『マンパワー不足』という言い訳。

仮に、私が請け負っている仕事で、工期に間に合わなかったり、瑕疵があった場合、
『マンパワー不足でした』という言い訳が通るでしょうか?

こんなずるく子供じみた言い訳を、チラシにして各戸に配布する現町政に対しては、
とてもじゃないが、反対運動を起こさないことによる消極的応援さえできません。

こういう施策は、必ずや、「町民のマンパワー不足」、も言い訳に使うようになるでしょう。

人口減少も、経済不況も、全て、マンパワー不足、で説明できてしまいますから。

将来、それもおそらく近い将来、
「高野が○○になったのは、マンパワー不足のせいです」というチラシが作られたとしても、
そのチラシを受け取る人が果たしてどれほど残っているのか・・・

私は、現職の人となりをよく知っているつもりです。
一言で言えば、ええおっさん、だと思っています。
いろんな意味で、現職自身がこのような屁理屈を思いついたり、配布したりするようなことは考えられません。
しかし、実際、このチラシは各戸に配布されました。
おそらくは勝つためには手段を厭わない取り巻きの差し金でしょう。

私は、現職の後援会に入会する際に、中継ぎをしていただいた町会議員の先生に電話しました。

『せっかく入会させていただきまして、現職を応援したい気持ちもあります。しかし、こんな文を考え、配布するような取り巻きがいる後援会では、とても行動を共にすることはできませんので、脱会させていただきます』と。

私は、今でも現職を応援したいのです、それが約束でしたから、
しかし、故人やかつての部下をかばうどころか、言い訳に使うような政権には、未来はありません。
それはすなわち、この政権下では、高野町民の未来も無いということです。

現職に言いたい。

新顔候補は直接争うんやから、まだわかるけど、なんで故人となった前町長まで的にしたんや。

俺はそれだけは許せんのや。

以上が、私が現職後援会を脱会した理由。です。

2014年4月 2日 (水)

S.I君へ

S.I君へ

今日、ついに、中門の屋根の足場丸太を取るとまでにこぎつけたよ。

140402_chumon_6

今日は、君の命日やったな。

もし、君がおったら、

みんなと同じように嬉々として足場丸太に取り付いてくれたことやと思う。

一緒にこの屋根に登りたかったな。

そやけど、いつかどこかできっと逢うやろ、

その時は、葺きたての檜皮がどんな高級な絨毯よりふかふかと柔らかいか、

それでいて、しっかりと雨や雪をはじき飛ばしてしまう撥水性も備えてることを、

語らせてくれよな、

そっちに酒というものがあるならば、

足かけ五年のいろんなことも、少々くどく語るかもしれんけど・・・

あ、そやけど、

こっちは登ってるわけやけど、

そっちは降りてくるんかな?

このあたりまで登ったら、ひょっとして、来てくれてたかもわからんな、

140402_chumon_5

不思議なことがいっぱいあった、

きっと、いろいろ助けてくれてたんやろな、

ありがとう おおきに

またな~

さぁ今日から

さぁ今日から、毎日ブログ書くぞぉ~!


・・・・(。。 )\バキッ☆

すんません、エイプリルフールにも間に合いませんでした~m(_ _)m

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