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2013年2月25日 (月)

またしてもヽ(`Д´)ノ

またしても ヽ(`Д´)ノ である。

修復された後で見学した記事を、以前に載せたのだが、再び牛馬童子像の首が破壊されたという。

記事中『人為的に壊されたものか、何らかの原因で自然に割れたものか現時点では判断しにくい』とのコメントが紹介されているが、画像で見る限り、とても「自然に割れたもの」とは思えない。
今のところ、故意に割ったような痕跡が見当たらない』のは、おそらく、ゴムハンマーのようなもので横から殴りつけ、首のあたりで折ろうとしたのではないかと想像できる。
ところが、ゴムハンマー?などで殴った場所で水平に折れてしまったので、そのまま放置したのではないだろうか?

不届きで罰当たりで愚かな行為だヽ(`Д´)ノ

これも以前に書いたことだが、

千年前の出来事を、二百年前の人が顕彰し、百年前の人々はそれを偲んだというのに、現代人がそれを壊してしまうとは情けない限りである。

おそらく、犯人、もしくは犯人達に、大方の常識ある人々の非難の咒が降りかかるだろうが、反省と更正の道を進めるよう願うしかない。

AGARA 紀伊民報 2013年2月25日更新 から転載m(_ _)m


「牛馬童子像」の首に亀裂 頭部と胴体が分離 熊野古道

 和歌山県田辺市中辺路町近露の世界遺産熊野古道箸折峠にある石像「牛馬童子像」(同市指定文化財)の首付近に亀裂が入り、頭部と胴体が分離した状態になっていることが分かった。2008年6月にも何者かに切断され、市はその年の10月に頭部を復元し取り付けていた。25日午前、田辺市教育委員会が現場を確認した。

 像は国道311号沿いの道の駅「熊野古道中辺路」から熊野古道を本宮町方面に約800メートル進んだところにある。高さ約60センチで1891年ごろに造られたとされる。

 現状、頭部は胴体の上に乗っているが、首付近の周囲に亀裂が入り、胴体部分とは完全に切り離された状態になっている。顔は頬や口の部分に亀裂が走っている。以前修復した箇所はそれより下の部分にある。

 25日朝、現場を確認した市教委文化振興課の職員は「前回切断された時には首の両側に切り込みの跡があり、首の後ろから叩いたような状態だったが、今回は今のところ、故意に割ったような痕跡が見当たらない。人為的に壊されたものか、何らかの原因で自然に割れたものか現時点では判断しにくい」と話した。

 中辺路町に事務局を置く語り部団体「漂探古道」副理事長の安江樹郎さん(69)も25日午前に現場を確認。「人為的なものかどうかは関係当局の調査を待ちたいが、とにかく驚いている。牛馬童子像を楽しむ来訪者と常日頃接しており、再びこのような出来事が起こるのは、案内する立場として非常につらい」と話した。

 田辺市の真砂充敏市長は「残念としか言いようがない。詳しい報告を受けて今後の対応策を検討していく」と話した。市長は前回の修復時に「この事件を契機に大切に保護されるよう協力をお願いしたい」と再発防止を訴えていた。

 前回の被害は、08年6月18日に何者かに頭部が切断されてなくなっているのが見つかり、関係者らが付近を探したが見つからなかった。そのため、市が和歌山市の県立博物館にある複製品の型枠から頭部を復元し、金具や接着剤で胴体に固定、修復した。その後、元の頭部は10年8月に同市鮎川のバス待合所で見つかり、市教委が保管している。田辺署は当時、器物損壊、文化財保護法違反で捜査した。

 牛馬童子像は熊野古道中辺路のシンボルで、箸折峠にある。作者不明。牛馬2頭にまたがった童子「花山法皇」の旅姿を再現したものとされ、そのおだやかな表情は人々に親しまれ、市内の各所にモニュメントが置かれたり、観光ポスターやガイドブックにもよく登場する。

【亀裂が入り、頭部が胴体と分離した牛馬童子像を調べる田辺市教委文化振興課の職員(25日、和歌山県田辺市中辺路町近露で)】 

(2013年02月25日更新)

2012年11月11日 (日)

国際シンポジウム in 高野山

本日は和歌山県文化財保護指導委員の研修二日目、
世界遺産条約40周年、日本が締約国となって20年を記念して開催された「国際シンポジウム in 高野山」に参加。
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テーマは「世界遺産の保全と継承
     ~素晴らしい世界遺産を次世代へ~」

13:10~  基調講演
アルフレッド・コンティ氏(イコモス副会長・イコモスCIIC委員)

13:45~  特別講演
村上保壽氏(総本山金剛峯寺執行・高野山真言宗教学部長)

14:25~ パネルディスカッション
<コーディネーター>
西村幸夫氏(日本イコモス国内委員会委員長 東京大学副学長)
<パネリスト>
アルフレッド・コンティ氏(イコモス副会長・イコモスCIIC委員)
ビクター・フェルナンデス・サリナ氏(イコモスCIIC委員長)
マイケル・ロメロ・テイラー氏(イコモスCIIC委員)
杉尾邦江氏(日本イコモス国内委員会理事・イコモスCIIC副委員長)
仁坂吉伸(和歌山県知事)


以下、タイムスケジュールに沿って、「私感」を記録する。
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というのも、特に外国の方のお話は、配布された無線により、同時通訳で聞いたのだが、学術用語が多かったせいか、イマイチ・・・その・・・私の理解力が足らない・・・のだと思うのだが・・・通訳が断片的で・・・わかりにくく(^^;)私が誤解して聞き取っている部分が多いと思われるからだ。

だって、外国の人は『私は日本人ですから』なんて、言わないっしょ~(^^;)

・・・というようなイジワルなツッコミはさておき、「確かにこういう意図の発言だった」と思われるものを、タイムスケジュールに沿って記録しておこう。

※重ねて書いておきますが、以下、あくまで、私が聞き取った範囲のしかも「略」です。
くれぐれも、そのまま『なるほど、そんな話やったんやな』とか思い込まないで下さいませm(_ _)m

13:10~ 
イコモス副会長でイコモスCIIC委員の、アルフレッド・コンティ氏による基調講演。
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アルゼンチンの方で、南米の世界遺産の事例を紹介しながら、世界遺産のマネジメントにおける地域社会の役割についての講演。

以下、私感。

冒頭の通訳『高野山に来て、人生初とも言える精神的なショックを受けた』

後述するアメリカの方も、同じようなことをおっしゃったが、今まで、なぜ、キリスト教圏の外国人が、わざわざ高野山に来るのだろう?という疑問の一端が解けたような気がした。

彼らは高野山に来て、これまた後述する、村上教学部長が説かれた「山川草木悉皆成仏」(←実際にはこの単語は使われておりません)が作り出す、曼荼羅の世界を体験するのではなかろうか?
私たち日本人が、当たり前のこととして見過ごしているものに、異邦人である彼らの方が敏感に気づくのでは無かろうか?

また、南米の世界遺産では、指定されると即、まわりにホテルが建ち並びレストランが開店され・・・と、観光地化する反面、置き去りにされるゾーンも多いとのこと。
さらに、伝統的な農地がホテルのプールになってしまったり、『静かに住んでいたいのに』という人々の嘆きも聞こえるとのこと。

アルフレッド・コンティ氏は、
「ローカルなコミュニティには役割がある」
「自然と調和してゆく義務がある」
「遺産は人類のためだけに存在するのではない」とも説いた。

世界遺産にも色々種類があり、大きく三つに分けると、「自然遺産」「文化遺産」「複合遺産」になるのだが、特に「自然遺産」は観光地化しやすいものだ。
これが「文化遺産」になると、信仰の対象になっているものが多いため、容易には破壊されにくいと思われがちだが、高野山を例にとっても、観光の人の増加に伴い、参詣の人の減少が起こっているし、世界遺産って、つくづく諸刃の剣やなぁ・・・

13:45~  
特別講演として、総本山金剛峯寺執行、(※司会者のお姉さん、「しっこう」ちゃうよ「しぎょうやで~(^^;)」と細かいツッコミはさておき)の村上保壽高野山真言宗教学部長による、「高野山と日本の精神文化」
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これがもう最高!
以前からのファンだから持ち上げるわけではなく、ご本人も『30分では無理』とおっしゃっていたくらいだが(^^;)
その短時間で、日本人の精神構造の土台を、非常にわかりやすくご解説下さったm(_ _)m

特に後半の「神仏習合」については、マジで、私のためにご解説下さったのであるm(_ _)m
これ、ホントよ~
というのも、昨日、村上部長は本日の御一行をご案内中、私は研修中で、偶然出会ったのだが、『尾上君、中門の説明してみ~』といきなり振られて大慌てw(゜o゜)w

「と、とても、村上部長の前で説明なんかできません」

『やりなさい』

「はい・・」

てなことで、工法等の説明までは良かったのだが、二層の楼門は神仏習合の象徴であり、高野山、というか、弘法大師空海が神仏習合の発祥。しかし、高野山では、本地垂迹説はとらず、神と仏は別々に拝むのです・・・みたいなことをしどろもどろに説明したのだった。

「こんなんでよろしかったでしょうか?」

村上部長、ちょっと渋い顔をしながら
『・・・まぁ・・・だいたい合ってるけどな』

うわぁ~、やってもた~(>_<)
絶対、どこか根本的に勘違いしてるわ~(。。 )\バキッ☆

で、もし機会があれば、ご教授願いたいと思っていたのだが、昨日の今日で、講演中、かなりの時間を割いて、神仏習合についてご解説下さったのであるm(_ _)m

そして講演終了後の休憩時間に、タバコを吸いに外へ出たところ(アルフレッドさんも吸ってたで~(^^;))、またまた偶然、村上部長が玄関近くにいらっしゃったので、

「ありがとうございました、さっきの神仏習合、私のためにご解説くださったんですね」と、なれなれしく(。。 )\バキッ☆ お礼を申し上げた(^^;)

『ふっ、聞きにきてるの見えたからなぁ~』

やっぱり!

なんというありがたいことだろうm(_ _)m
そして、数百人の観衆すべてに目を行き届かせながらお話されているのだと驚愕w(゜o゜)w

もちろんこれは、えこひいきでもなんでもなく、その話題で展開するのが、日本人の精神構造を解き明かすのにふさわしかったということだと思うが、それにしても、AHOな聴衆一人の浅学を補いつつも、テーマからは逸脱せず、きっちり時間通りに、与えられた命題をその命題以上に昇華させてしまう学識の深さに、尊敬の念がますますこみ上げたのであったm(_ _)m

で、その内容はというと・・・

つづく・・・かな?(^^;)

2012年11月10日 (土)

檜皮葺 その2

本日と明日は、高野山にて、和歌山県文化財保護指導委員研修会
中門現場も研修の場になってたから、研修を受ける身で、委員のみなさんにご説明するという妙な立場(^^;)
相変わらずの拙い説明だったが、そこはそれ、見識あふれる委員のみなさん、高野霊木の持つ力を感じ取っていただけたように思う。

続いて、これはもう心待ちにしていた、国宝、多宝塔の檜皮葺現場見学。
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実は以前にもお邪魔したことがあるのだが、その時は葺く直前の調査段階だった。
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↑'12年9月10日現在
中央あたりで屋根の色が変わっているのは、この上部にある屋根の雨落ちによるもの。
雨落ちより奥は、暴風雨以外では、雨を受けないため、保存状態も比較的良く、苔むして緑色になっているが、雨落ちより外側は常に雨を受けるため劣化が激しい。
また、雨の落下点は穿たれて溝のように凹んでいる。
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ただ、表皮以外は、比較的良好な状態だ。
こういう場合、通常の建物だと、表皮だけをめくり、檜皮を差し込み、部分補修を施す場合もあるのだが、国宝の場合は全葺き替えが原則。

ちなみに、下地はかなり新しく見える。
おそらく、約30年前の葺き替えの時に取り替えられたものであろう。
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では、さらに下地は・・・とのぞき込んだら、「明治40年」の修理の焼き印が見えた。
1907年だから、105年前である。
これも百年以上経過したとは思えないほど良好な状態で、日照条件や、周りの木の繁り方により、適度な環境が保たれていることが伺えた。
保全に力を注ぐ人々の力に加え、適度な環境があってこそ、800年の時を超えられるのだ(^-^)
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仕上げを待っている隅棟。

通常、檜皮は左から右へ葺いていくのだが、このような棟部分は葺き残しておき、最後に左右両方に檜皮を差し込んで完成となる。
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それに使われるのが、↑「生皮(なまかわ)」と呼ばれる、一番美しい檜皮。
蓑甲の仕上げなどにも使われるもので、下部が扇型になっていて、葺き尻が綺麗な曲線を描く。
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なんと美しい!

なお、檜皮の固定には、真竹を焙煎した竹釘が用いられる。
通常の平葺だと、その間隔は七分(2.1㎝)程度なのだが、隅は曲線を綺麗に出すために作業が細かくなるため、このように多くの竹釘が使われることになる。

う~む、眼福!

ありがとうございました~m(_ _)m

2012年2月18日 (土)

平成23年度世界遺産マスター全体説明会

本日はかつらぎ町はあじさいホールにて、平成23年度の世界遺産マスター全体説明会。
・・・で、
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吹雪の高野から下山したのだが・・・
下界でも雪が降ってるぅ~w(゜o゜)w
こ、怖いぃぃぃ~~~{{{{(+_+)}}}}
実は↑の画像は、道路に雪が無い場所で撮ったもので、あちこち道路に積雪しているところでは怖くてカメラを取り出す余裕無し!(^^;)
これが高野山とか他の雪国なら、慎重にはなるが恐怖はあまり感じない。
ところが、普段滅多に雪が降らない場所で出くわすと・・・
だ、大丈夫か~?
前後の車、4WDちゃう・・・よね?
スタッドレス・・・なんか履いてるはずないよね~?
で、
もらい事故がめっちゃ怖いぃ~~~{{{{(+_+)}}}}
おいおい、みんな、車間距離をもっと取らんかいな~

・・・って、言わんこっちゃない、信号待ちで、後のおばちゃん、パニクりながらずりずり滑って迫ってくるやんけ~!
・・・俺があらかじめ予想して前の車との間にたっぷり車間距離取っといた分、前進したからオカマ掘らんで助かったんやぞ~!
って、礼を言うような余裕は無いか?(笑)

てなことで、おっかなびっくり、回りはみんな敵~!状態で(笑)会場までたどり着きましたとさ。
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↑↓備忘録として、アジェンダを載せておこう
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あぁ早く、雪がびっしりで、とりあえずみんなが4WDかスタッドレス、もしくはそれなりの装備をしてる高野へ帰りたいぃ~~(^^;)

ちゃんちゃん

2012年2月 2日 (木)

和歌山県文化財保護指導委員研修会

何を隠そう(^^;)
私は和歌山県文化財保護指導委員をおおせつかっているのである。
『えぇ~むしろ破壊の方が得意ちゃうのぉ?』って?
ちっちっちぃ~
マジメに、ホント、マジメに取り組んでいるんです~!
だから今日も、遅れないように高野山を出発したんです~
で、開始25分前には到着してました。
駐車場まではね~(>_<)
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ところが・・・
今日に限って平日の真っ昼間というのに、ホテルの駐車場が満つくりん~
仕方がないので隣の立体駐車場へ入れようとしたのだが・・・・
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こちらもおそろしく一杯で、結局40分待ちましたとさ・・・orz

県庁に一番近いホテルが11階建で、貧弱な駐車設備しかないのが和歌山たる所以なのか?、はたまた平日の昼間にこんなに多くの車が駐車されてるってのは和歌山の活力の発揮なのか?
できれば後者であってほしいと思いつつ・・・ザ・ピースをゆっくり吸っておりましたとさ(笑)
            ・
            ・
            ・
てなことで・・・
約20分遅刻で会場に入ったら、最前列の席しか空いてなくて(^^;)恐縮しながら着席。
マジメに取り組むには良い席かもと思ったくらいだから、やはり今日はマジなのである。うん。

てなことで、まずは第一部、「世界遺産の人為的被害について」
基本的には、故意より無知が原因と思われるものがほとんどで、もっと啓発していく必要性を感じた。
中でも↓みたいに、重大な犯罪事実がはっきりしたケースでも「起訴猶予」になってしまうパターンもある(`へ´)
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私自身も仕事柄、「あまり意味を感じられない保全」に出くわす事はままある。
しかし、古いモノは取り替えてしまうと元に戻せないのも事実。
文化の破壊者にならぬよう、他山の石としたい。

↓これも全国的なニュースになった、牛馬童子の首が破壊され持ち去られた事件の画像。
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幸い持ち去られてから2年2ヶ月後に近くのバス停で発見されたのだが、すでに修復されており、再分離は不可能との事で頭部だけ保管される事になったという残念な結末になったもの。
これにはもう、なにをか言わんや・・・orz
コレクション?狂信?悪戯・・・・?
仏像系盗難には、狂信が付きものだから、何か願い事があったのかもしれないが、それが叶って返したのか、はたまた、罰が当たって怖くなったのか、それとも良心の呵責に耐えかねたのか・・・
いずれにせよ、以前にも書いたように、千年前の出来事を、二百年前の人が顕彰し、百年前の人々はそれを偲んだというのに、現代人がそれを壊してしまうとは情けない限りである。
これはもう教訓にするようなレベルではないので、再びこのような事が起こらぬよう、祈るしかない。

続いて第二部、昨年九月の「台風12号による文化財の被害状況について」
多大な被害をそれぞれ克明にご説明いただいたものの中のいくつかを紹介しよう。
まずは、速玉大社。
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上記した通り、七月には社叢が勝手に伐採され、九月には台風被害、と御難続きであった。
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↑土石流被害の直後画像。
内陣は無事で、ご神体には影響がなかったのが不幸中の幸い。
↓道が寸断されたので、大きな重機が境内まで到着できなかったが、ミニユンボやボランティア達の努力の結果、岩石はたちまち取り除かれたのだそうだ。
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この熱意溢れる復旧作業は文化財保護の観点というより、やはり信仰心によるものだろう、頭が下がるm(_ _)m

↓これは熊野古道のうち、湯川王子と猪鼻王子との間にある三越(みこし)峠の惨状。
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赤の点線で示されているのが元の古道で、72mにわたって崩落してしまっている。
すでに仮復旧は施され斜面も含めた復元が検討されているが、元のたたずまいを少しでもとりもどしてもらいたいものである。
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↑このように、復旧作業が予定されているものもあれば・・・
↓那智大社のように・・・
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かなりな被害が出たにもかかわらず・・・
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瀧と原始林そのものがご神体のため、『植林や構造物等の人の手が入ることはのぞましくない』として、『自然の復旧を目指して様子を観測する』という決断もある。
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熊野の神々は自然神、あるがままを拝んできた人々ならではの決定だとも思うが、それにしても痛々しい。
しかし自然の力は偉大だ、人工のものと違い、元に戻せないとしても、数十年、数百年を経れば、新たな景観を獲得するかもしれない。それに期待したい。
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↑続いて発表された、各地の保護委員からの報告書一覧。
実は私も十何件の調査を行っているのだが、これほどきめ細やかな報告はした事が無かったので少々恥ずかしかった(^^;)
だってね、「建物で修理が必要」って報告すると、何かいかにも「仕事ちょうだい~」って言うてるみたいやんかぁ~って、公私混同(。。 )\バキッ☆
他の保護委員さん達の熱意に触れ、これからは、逐一、どんなに細かい事でも報告しようと誓うのであった(^^;)
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最後は、各文化財の指定変更や解除の説明。
「解除」と聞くと、ちょっと物騒だが、今回の場合は、劣化による解除ではなく、県指定から国指定の文化財への指定変更、いわば格が上がったため県指定が解除された物件の報告だった(^-^)

以上、約4時間の充実したお勉強。
ありがとうございました~m(_ _)m

活かします~!

てなことで、二日目の実地見学へつづく・・・
前に、夜の散歩編、に(^^;)につづく~

2011年8月20日 (土)

'11 高野山学 その5

平成23年度の高野山学 その5
山口文章先生による、 「古絵図にみる高野山の歴史」
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難しい話を優しく読み解いて下さる先生の解説に、あいかわらずの盛況。
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勉強になりましたm(_ _)m

・・・解説が手抜き~って?(^^;)

直接参加して下さいませ~m(_ _)m

ちゃんちゃん

2011年7月16日 (土)

'11高野山学 その4

なんと・・・

四回目にして・・・今年初めて参加する高野山学・・・(。。 )\バキッ☆

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2011年2月 6日 (日)

世界遺産マスター更新講習&全体説明会

今日は真面目にお勉強だ。
というのも、'07年の9月に、第二期世界遺産マスターに認定され、今年の3月で三年の期間が終了する事になってたのだが、設置要項が変更されたため、本日の更新講習を受講すれば、あと三年の延長が認められるというのである。
これは、まだまだいろいろと奉仕しましょう、という呼びかけだと思い、午後から行われる一期生から五期生までの全体説明会の前の講習に参加したのである。
スケジュールは以下の通り、

世界遺産マスター更新講習会
1  9:30~10:10 世界遺産概論
2 10:20~11:00 世界遺産の本質
3 11:10~11:50 世界遺産の保全
4 11:50~12:00 事務連絡

世界遺産マスター全体説明会
1 13:00~13:30 観光振興課からの説明・活動計画等・自己紹介
2 13:30~14:10 事例報告①高野マスターの清掃活動
3 14:20~15:00 事例報告②高野地域での外国人対応から 
4 15:00~15:30 意見交換

てな具合に、内容も時間もぎっしり~!

しかし、建築士講習と違って(。。 )\バキッ☆
身の入れ方が違うから(^^;)ばっちりばちばち、知識も更新できたm(_ _)m

以下、勝手にここへ載せても怒らないであろう(^^;)亀ちゃんの事例発表の一部をご紹介する。
「亀ちゃん、君があんなに長い時間喋るのを、俺は初めて聞いたよ(^^;) そやけどスゴイや
ん!こんどまちけんで同じ講義をやったって~m(_ _)m」
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↑一期から五期まで、四十名近くの高野山マスターが参加。
※熊野マスターは前日、本宮にて開催
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↑高野地域での社会的文化的影響
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↑亀ちゃんは海外在住が長く、英語にも堪能で、高野山における外国人宿泊客の動向についても詳しく解説してくれた。
今や、宿泊客の一割強が外国の人なのであるw(゜o゜)w
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↑これまた亀ちゃん持参の、ミシュランの旅行ガイド。
有名なレストランガイドが赤色が基調の装丁になってて、ギド・ルージュ(le Guide Rouge=Red Guidele)と呼ばれるのに対し、こちらは緑が基調なので、ギド・ベール(Guide Vert=Green Guide)と呼ばれるのだそうだ。
う~ん、初めて見た(笑)

昨年、このギド・ベールで、日本の37箇所が紹介され、そのうち、8箇所だけが三つ星を獲得した中に、高野山が入っていたのがニュースになった時は、正直、「うわぁ、まぁた、わけもわからんと、『とりあえず行っとけ~』っていう日帰り客で混雑ばかりが起こって、肝心要の『ゆっくり歩いて感得する』が疎外されるんちゃうのぉ~」という心配が先だった。
今もその心配はあるし、巷で、『高野山、どう?』『う~ん、何か俗化されてて車が一杯だった~』ってな会話が交わされている事も事実だ。
しかし、今日、亀ちゃんの解説を聞いていて、「まず、興味を持ってもらう」のが最初の一歩だとも思った。
後は、受入側のモンダイだ。
どんな短時間でも、高野山に来たら、『何かが違った、何かを感じた』そういうマチにしていかねばならない。それが、世界遺産の保全、という事でもある。

・・・とまぁ、柄にもなく(^^;)一所懸命、考えてたのでアリマシタ。

亀ちゃん、おおきに!

ちゃんちゃん

2010年12月14日 (火)

三反帆で熊野川 その4

12月11日、昼島が次第に近づいてきた。
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これもまた美しい柱状節理である。
この形状は頂上まで続いており、そこで非常に特徴的な様相を見せるらしい、楽しみだ。
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昼島のてっぺんに、一羽のアオサギがいた。
私の目から見ると、橋本から高野の寺院まで飛んで来て、池の鯉を食べちゃう害鳥?に見える。
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次の瞬間、『そんな事知るかいな、俺はただ精一杯生きてるだけやで~』ってな感じで飛び立っていった。
・・・って、あくまで私の妄想である(^^;)
たぶん雄やろね?(^^;)

てなことで、午後三時、昼島に上陸。
頂上に登ってみた。
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大きさの比較のため、人物にも登場してもらったが、大きな岩のゴツゴツが碁盤の目のようになっているのがわかるだろうか?
ここは、熊野の神と天照大神が碁を打ったとされる神の島なのである。

踏みつけにしたり、バシャバシャ写真を撮ってごめんなさいm(_ _)m

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岩と岩の間には、盛りは過ぎているが、可憐なキイイトラッキョウの花が顔をのぞかせていた。
※黄色の糸辣韮に非ず(^^;)紀伊の糸辣韮である。
つーか、説明されて、何で紫やのに黄色なの?と、カンチガイしたのは私だけ?(。。 )\バキッ☆

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島から熊野川を見下ろすと、川原が広がり気持ちがいい。しかし、これは水量が減ってしまった証でもある。
同じような状況の紀ノ川を思い出し、少し寂しい気持ちになる。
ただ、この水を減らしてしまったのは我々だという事も確かだ。

なんだかちょっと申し訳ないような気持ちになりつつも、特別サービスで三反帆の画像を撮らせてもらえる事になり、先ほどまでの反省?はどこへやら(。。 )\バキッ☆
島に残って画像に納めた。
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風を受け、水面を滑るように進む三反帆。
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島に近づいてくる様子。
正面から見ると、なんだか宝船ちっくだった(^-^)
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さて、ぼちぼち本日の川旅もお開き。
今度は先頭に乗せてもらって、日本の里百選にも選ばれている浅里の里に向かう。

ちなみに、浅里は三重県の南牟婁郡紀宝町にある、熊野川が和歌山県と三重県の県境になっているので、私は今日、川の中で、あるときは和歌山、ある時は三重県にいたというわけだ。
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またふり返って熊野川を見てみた。
なんだか今日はよくふり返る日だ(^^;)
名残惜しいという気持ちもあるが、目に焼き付けておきたいという気持ちの方が強かった。

こういう体験は滅多にできるものではないし、今度熊野に来る事があっても、たぶん単車で川沿いを走る方を選んでしまうような・・・(^^;)

しかし、また、きっといつかは、ね(^-^)

熊野川体感塾さん、すばらしい体感、ありがとうございましたm(_ _)m

そして何より、熊野の川と、そこにおわす神々に感謝!m(_ _)m

めでたしめでたし

2010年12月13日 (月)

三反帆で熊野川 その3

12月11日、熊野川は「宣旨(せんじ)帰り」から、三反帆の帆を上げ出発~
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しかし・・・
天気晴朗、かつ、波低し・・・orz
ほぼ無風状態でしばらくは流れにまかせて進む事になった。
風よ吹け~(^^;)
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・・・と、みなの願いを熊野の神々が聞き届けてくれたのか、突如、山風が\(^o^)/
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先ほどまでの船外機のエンジン音は消え、風により加速された船底を、かすかに水がタプタプと叩く音だけの世界になった。
三反帆は思ったより早く、人のかけ足以上の速度で進んでいく。
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↑水面に指を突っ込んでみた。これは風無しで流れだけの時。
↓これが、風で加速された時、勢いの違いがわかっていただけるだろうか?
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水面も、風を受けざわめいていた。
101211z6
釣鐘石(つりがねいし)が見えてきた。
101211z7
上部にある岩が落ちると「この世が滅ぶ」と言い伝えられているらしい{{{{(+_+)}}}}
名前の由来は、もちろん全体の形からなのだが、
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なんとなんと、ちゃんと撞木を撞いたような跡まであるw(゜o゜)w
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てなことで、釣鐘石を通り過ぎ、ふり返るとそこはまさに幽玄の世界。
そして前方には・・・
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このあたりで一番の急流、通称「まな板の瀬」に突入~!
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波頭が砕け、けっこうな飛沫が舞う。
しかし、三反帆は、浅瀬でも大丈夫なように、平たく作られていて、このかなりの急流でも非常に安定感があった。
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そして、次の上陸地点である昼島が見えてきた。

※↑画像は、川岸から撮ったものです、こんな感じで川にぽっかり浮かんだように見えます。

つづく

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