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2012年7月20日 (金)

建築士定期講習

昔々、お日さんとお月さんと雷さんが旅をして・・・って、もうええか?(笑)

つまり、月日のたつのは早いもので、あれから三年、建築士の定期講習である。
120720cours
前回は2009年の7月22日、日食の日であり、トトが逝った日でもある。

昨日の事のようにも思えるし、ずいぶん昔のような気もする。

喜と楽は昨日のことのように、怒や哀は昔のことに、そんな風に思えたらいいなぁ・・・
って、そんなこと考えてる間にも講義は進んでいくのであった(^^;)

前回は、「アネハ、ヒューザー、シンドラー」のせいで、「講習」ならぬ「修身」みたいな内容だったが、今回は法改正や技術的な点も多々解説され、おベンキョーしてる気分には浸れた(笑)

講義終了後の試験も、前回は後から気付いた(笑)「目次の活用」で楽々。

途中の休憩時間でタバコを吸いに外へ出たときに、ちょうど一時間100㎜の大雨と、和歌山平野のあちこちに落ちる落雷には少々度肝を抜かれたことも記録しておこう。

次回は2015年、中門が落慶し、開創1200年の法会も終わった頃になる。

いったいぜんたい、どんな毎日を送っているのやら・・・

笑顔でこの日記を振り返られるように精進しましょう。

ちゃんちゃん

2012年4月 6日 (金)

3回目の海技免許更新

5年に一度の海技免許の更新である。
120406boat
前回は、関空マリーナまでW650で、前々回は岩出までCBで行き、あやうくテロリストと間違えられそうになったのだったが(笑)今回は橋本市民会館に軟弱にも車で行った。
だって、めっちゃ寒かったんやもーん{{{{(+_+)}}}}
しかも、4月になってるから全館暖房も切られているらしく、室内もメチャ寒!{{{{(+_+)}}}}
そのため、方々から集まってきたのであろう、普段温暖な世界に住む人たちには相当応えたらしく、あちこちから『寒いなぁ』『寒いねぇ』とのつぶやきが聞こえてきた。
そんな中、ダイエットのおかげで耐寒能力が増している私は、平気でぐっすり居眠りできたぜ~(。。 )\バキッ☆
いやその(^^;)

以前にも書いた通り、ダイエットして体脂肪が減ると、私は猫舌と猫カラダ?が治り、暑がりで寒がりという体質もかなりマシになるのだ(笑)
これは、脂肪が減った分、体の熱伝導率が良くなるからだ、と自分で勝手に決めつけている。
血流が良くなっているのかもしれないが、相変わらず血圧は低いままなので、時々アルコールも入れてやらないとダメなのであーる(。。 )\バキッ☆

閑話休題

前回、制度の変更で4級から2級へ昇格?したのだったが、今回は特に変更無し。
講義の内容も、ほとんどが「安全」について占められており、逆に事故、特にジェットスキーによるものが増えていることがうかがえる内容だった。
・・・居眠りしながらでも、一応、内容は把握してたんです~(^^;)

ヤバかったのが、視力検査(>_<)
片目ずつ検査されるわけだが、基準の0.6をクリアするのがやっとだった。
私は40才の誕生日にローガンズを自覚したが(^^;)、それは近距離のピントが合いにくくなったという程度で、銀行や郵便局に置いてある老眼鏡ではキツすぎるし、普段の生活や仕事は裸眼で過ごせる。
唯一、パソコンに向かう時だけ、非常に目つきが悪くなるので(笑)眼鏡を使っている。
しかし、0.6がギリギリとなると・・・
車の免許の更新は2年先だが、ついに「眼鏡等」が条件に付いてしまうのだろうか?
単車に乗るのに不便やろなぁ・・・

まぁそうなったらそうなったで、慣れるしかないのだろう。

MEDEIASのお昼の電池交換にさえ、もう、慣れてきてるし(笑)

こういう時、確たる芯を持てず、ふらりふらりと生きてるのは、柔軟性という意味では、便利なのかもね(^^;)

ちゃんちゃん

2009年9月11日 (金)

今度は管理建築士講習

7月に「定期講習」を受けたのだが、今日は「管理建築士講習」である。
要するに、7月のは「建築士」としての講習で、今回が「設計事務所の管理建築士」としての講習なのだ。
今回も、5時間の講義の後に1時間の考査がある。
このシステムに変わったのは、もちろん、アネハのせいであるorz
・・・と、いつまでも、アネハのせいにするのもしつこいと思うのだが、講師の方がもろに『アネハ建築士をはじめとする数々の不正のせいで・・・』と宣うのだから仕方がない(笑)

さて・・・今回は小道具をちゃんと用意していった。
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というのも、講義の後で行われる考査は、当日のテキストの閲覧「可」であり、つまりは、ウォーリーのごとく、設問に該当する箇所を「探す」のがもっぱらの作業となるのだが・・・
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↑前回(7月22日)は、シャーペンしか持って行かなかったので、マーキングもままならず、鬱陶しかったのである(^^;)
てなことで・・・5時間で210ページ、つまり1時間で42ページ、つまり、1ページあたり1分半ほどを、延々と「棒読み」(^^;)していく講師先生サマのお経のようなペースだと・・・たちまち眠り込んでしまうので(。。 )\バキッ☆ 「ある作業」に勤しむ事にしたのであーる。

その作業とは・・・
090911tc3
わはは~(笑)
私、普段は超ずぼらな反動か(笑)稀に、この手の偏執狂的な付箋貼りとライン引きに没頭してしまうのよ~(^^;)
しかも今日はペースが早いんで、せっせせっせと夢中で貼りまくりの引きまくりぃ~(笑)
で・・・
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5時間後には、新品のテキストがめでたくこうなった(笑)
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しかしこうなるともう付箋が多すぎて、かえってどこに何があるのか・・・orz
目的のための手段が目的になってしまい、かえって効果をなくす良い見本である(笑)
ミンシュ党の人事案みたいなもんか?(笑)
しかも・・・
090911tc5
今回のテキスト、親切にも簡易だが「索引」が付いていた・・・
って、5時間経つまで気ぃつかんかったんかい~(。。 )\バキッ☆

で、考査自体は、5時間の労苦が空しくなるほどの低レベル!
そらまぁ・・・管理建築士となると、その・・・かなりの高年齢の方もいらっしゃるだろうし、大抵そんな方々はエライさんでもあるわけで・・・(^^;)万が一、不合格で再考査・・・なんて事態は起こしたくないのはよくわかる・・・まぁ、大人の事情か?(^^;)

あ、でも、「設計検証」の意味を問うものや、「会計業務」と「資金業務」、あるいは「財務会計」と「管理会計」の違いを分からせるような良問もいくつかあったので、付箋貼りの甲斐もあったという事にしておこう(笑)

てなことで、この努力の成果、折に触れ読み返してスキルアップに繋げよう。
う~む、前向き!(笑)

ちゃんちゃん

2009年7月22日 (水)

建築士定期講習

トトの事が気がかりだが、受講の義務があるので仕方なく、和歌山市で開催された建築士の定期講習へ・・・
と、「仕方なく」などと書いたが、そもそも『建築士にとって、職業倫理とは、仕事を依頼した人たちのために誠実に常に最善の仕事をする心をもつこと、同時に建築士として社会を裏切らない心を待つことといえる』(当日のテキストより)気持ちを持って真摯に取り組むべきなのである・・・
ただ・・・その内容というか、実施の仕方は、木造住宅耐震診断士の項でも書いたが、『アネハ、ヒューザー、シンドラー』orzによる不正の影響がもろに出たものであった。090722co2
二百数十人が詰め込まれた和歌山ビッグ愛大ホール。
午前9:10~午後5:30まで、『定刻開催、定刻終了と定められています』との宣言通り、みっちり講義してピシっと試験を執り行うわけで、当然の事ながら、興味の有無に関わらず、日食の時間帯も当然ここに閉じ込められる運命・・・(ToT)
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さて、↑が本日配布されたテキスト。182ページのほぼ全てに「目を通す」講習の後、内容を把握したかどうかの試験が行われる。
ちなみに、私の受講票は、約1ヶ月に申し込んで受け取ったものの、大事に仕舞いすぎてどこかへいってしまい(。。 )\バキッ☆ ゆえに、当日の「再発行」なので写真が貼られてないが、本来は写真を3枚貼り付けて申し込まねばならないという、まるで受験なみの体制。
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しかも、講義中(もちろん試験中も)、何度も、身代わり防止という感じで、6人もの係が一人一人、顔写真をチェックして回るのである。

そんな大層なもんか・・・(。。 )\バキッ☆  と不謹慎な考えが浮かぶのも無理はない、以前の定期講習では、改訂された法律の再チェックが主で、所要時間も、だいたい1時間は早く終了するのが常だったのだ。
何?そんなええかげんなやり方をしてたから『アネハ、ヒューザー、シンドラー』みたいなヤツらが出るんやないの?って?
違う違う~
あんな組織的な犯罪を実行するようなヤツらは、どんな講習を受けたって無駄!
つーか、アネハはともかく、他のヤツらは設計事務所に属する建築士でないのだから、受講義務が無く、そもそも講習さえ受けてないはず。
『結局、俺ら、巻き添えやんけ~』ヽ(`Д´)ノってな気持ちも湧いてくる。
というのもこの講習、法の改正点や、新しい技術についてだけのものなら、こういう考えも浮かばず、一所懸命スキルアップに取り組めるのだが、実感として、試験も含めてその内容の七割以上が、やれ『倫理観を持て、悪い事はするな、罰則は強化されたぞ』的、警告のオンパレードだったのだ。

これではまるで「講習」ではなく「修身」やなぁ・・・(^^;)と何度思った事か(笑)
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↑そしてこれが講習5時間、試験1時間の苦労の跡(^^;)
試験自体、テキストの閲覧が「可」、つまり、182ページのどこかにある文言を探すのが主体なので、あちこちのページをめくりまくった結果、ひん曲がったのである(笑)
ちなみに、この試験の不合格者がどうなるのかの説明はなかった(聞き漏らしたのではない)

なんだかなぁ・・・
以前にも書いたような気がするけど、これが医者や弁護士や税理士なら、仮に悪い事をして逮捕者が出たとしても、業界全体を縛り付け直すような法改正が行われるような事には、ならんはずよねぇ・・・
まぁそれだけ「建築」という仕事が、社会に及ぼす影響が大きいって事なんやろけど、何か釈然とせんよなぁ・・・
それとも、ひょっとして監督官庁は『アネハ、ヒューザー、シンドラー』が単なる氷山の一角と知ってて、業界全体に警告を促してるんかなぁ・・・

てなことで、日食が気になりつつも(^^;)ほぼ、真面目に取り組んだ一日だった。

あと、書きたい事がいろいろあるが、トトの事が気になるので割愛。

帰ったら、衰弱が進み、もう動けなくなったトトを、娘が膝に載せてひたすら撫でていた。090722toto1
トトがこんなに大人しく膝に乗っているのはおそらく初めての事。
カメラを向けてもぶれずに撮れるのもおそらく初めて・・・

トトよ・・・今晩、逝くんかい?

トトを抱いた娘を、カミさんと私で囲み、じっと見守る夜だった・・・

2009年5月25日 (月)

「案内人」の免許証

本日、総本山金剛峯寺にて、「金剛峯寺境内案内許可証」の交付を受けた。
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というのも、本年の1月1日から以下のような規程が定められ、
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第三条にある通り、
金剛峯寺境内の案内をしようとする者(以下、「案内人」という。)は、
金剛峯寺総務部(以下「本山」という。)が、発行する金剛峯寺境内案内許可証(以下「免許証」という。)を取得しなければならない。

2 免許証は、総務部が行う試験に合格したものに交付する。

事になったので、先日、案内人試験を受験し、めでたく合格できたという次第(^-^)
(この日↑の日記を見ると、前後は単車に乗ってばかりで非常にお気楽な感じがするが、実は大変難しい試験で、前日まで必死こいて勉強し直したのは言うまでもない、マジ!)

ちなみに、ここでいう「金剛峯寺境内」とは、第二条で、
金剛峯寺境内(大門、壇上伽藍、霊宝館、大師教会、金剛峯寺、女人道、徳川家霊台、奥之院)に関する規定(以下「案内規定」という。)は、総本山金剛峯寺総務部(以下、「総務部」という。)が管理運営する。
と規程されているが、もともと、高野山とは、内八葉、外八葉の山々に囲まれた地域一帯を指す言葉であり「一山(いっさん)境内地」と称して、高野山全体が、「金剛峯寺(こんごうぶじ)」というお寺そのものであり、特定の山や、境内を指す言葉ではない。
それが上記のような文面になったのは、公共施設等との兼ね合いがあったのだろうと推測している(^^;)

とにもかくにも、今後は、この免許証がなければ、高野山内のどこも案内してはいけない、という厳しい掟なのである。

ちなみに、意外にも一番不勉強が目に付く、一部のバスガイドさん達にはぜひ勉強した上で受験していただきたいと切に願っている。

逆に、この試験に合格して免許証を交付されれば、一定の知識はあると認められ、各所を堂々と(?)案内できるという事でもある。
(↑今までは、こそこそと案内していたという意味ではない(笑))

ただし、知識と案内方の継続的スキルアップは必須であり、『免許証持ってるのにそんな事も知らんのか?』と言われないよう、精進しなければならないとプレッシャーも感じている。

ちなみに、別途で案内料金も定められている。
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私は今まで、案内に関して謝礼を受け取った事は無い、
ただし、『料金を取る、という事は案内に対しての責任を負う事である』と、素人が勝手に半可通な案内をする事を戒めた言葉にも、なるほど納得!なのである。
ボランティアだから、少々間違ってても・・・は許されないのだ。

これからどうするか、精進しつつ、悩んでいきたいと思う。

2009年5月16日 (土)

高野山学第2講と特別講義

今日は私の誕生日で、るんたの命日、
そういう日に、高野山学で「お釈迦さん」のお話を聴講できるというのは、何かの縁かもしれないm(_ _)m

講演は高野山大学の藤村隆淳学長様、タイトルは「釈尊の行状に見る慈悲行の実践」である。
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例によって超満員(^^;)
机が足らず、椅子だけで受講してる方もいた。
内容は・・・もちろん、釈迦族の尊者である「釈尊」の前世(ジャータカ)を含む生涯の解説を通して、「慈悲」とは何かを解き明かすもの。
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てなことで「慈」(metta)は「与楽」であり、「非」(karuna)は「抜苦」との事、そして、伝導開始の際に、『多くの人々の利益と安楽のために、遊行せよ』とおっしゃったそうで、上座部(小乗)仏教の始まりにもすでに、他者への慈悲行が主目的となっていた事が偲ばれ、大変ありがたく思えた。
う~ん、このあたり、イマイチうまく伝えられないのがもどかしい(^^;)
「愛」と同じく「慈悲」もまた、言葉にしにくい想い、なのかもしれない・・・

で・・・
午後からは、「特別講座」も聴講させていただいた。
これは、高野山学を通算8回以上聴講した人向けの、いわば第二段階(?)的講義で、より詳細な講義に触れる事ができるのである。
ちなみに私は、'07年に4回、'08年に4回と、2年がかりで参加資格を得たという次第(^^;)

てなことで、本日の特別講座は、ご存じ!\(^o^)/山陰加春夫高野山大学教授による『時代順にたどる高野山の歴史』(2)

本日が(2)なのは、実は前回、高野山学第1講の後に、(1)が開講されたのである。ただし、私は打ち合わせのために聴講できず、断腸の思いで高野山大学を後にしたのだった(ToT)
今日こそは聞き逃すまいぞぉ~職人さん達は仕事をしてくれてるが、午後の2時間を、俺の誕生日プレゼントにくれぇ~m(_ _)mってなもんなのである(^^;)

さて、以前にも書いたが、山陰先生のご見識に触れる度、私の中で、歴史が「単なる過去の出来事」から「ロマン」に変わっていくのだ(^-^)
もちろん、それは、ロマンという言葉が想像させるような抽象的なものではなく、文献に基づく具体的かつ正確な事実の検証ではあるのだが、先生の一言一言は、 なお、その時に生きた人々を単なる歴史上の人物としてではなく、生き生きと眼前に浮かぶがごとくに描写されるのである。
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今日もまさしくそうだった(^-^)
以下、先生の講義は年代順なのだが、↑に写ってる古地図の解説からダイジェストで載せよう。

この古地図(講義終了後撮影)、正保三年(1646年)に描かれたもので、以前にご紹介した正保二年(1645年)の高野山惣山之図とは、表記方が若干違っていて、寺名が非常に詳しく載せられているのが特徴だ。何しろ最盛期には1865ヶ寺を数えたというくらいだから、この江戸初期においてもかなりの数の寺院が描かれている。
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しかも、この地図、先生がわざわざ、学侶(がくりょ)行人(ぎょうにん)聖(ひじり)という、当時の主要な三派に色分されたという「凄い代物!」なのであるw(゜o゜)w
『その色分けの何が凄いの?』と思われる方も多いと思うが、密教哲学の研究・実践を本務にする「学侶」集団と、諸堂の管理や供花・点灯などの雑用に従事する「行人」集団、そして、「学侶」にも「行人」にも属さず、いわば半僧半俗のまま勧進にいそしむ「聖」集団の特定は、今となっては大変難しい作業なのである。
ちなみに、赤が「学侶」、オレンジが「行人」、黄色が「聖」で、所々に緑色の寺院や御堂があるのは、「客坊」として、公共的に使われていたものだそうだ。

つまり、江戸初期において、すでに、学侶、行人、聖、の三派は棲み分けができており、「客坊」を共有する交流もあった事がわかるのである。
『ほんで?それの何が凄いん?』
いやその・・・(^^;)
これ以上は、高野山学を受講してくれ~!としか言えんわ(^^;)

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さて、伽藍周辺と現在の金剛峯寺周辺の色分けは大変興味深い、
青で囲ったのが伽藍なのだが、回りはほとんど「学侶」派になっている。
逆に、行人派の興山寺と学侶派の青厳寺が並ぶ(現在は合体して金剛峯寺)あたりは、回りを行人派が囲んでいる。
実は、伽藍は「行人」派の管轄地であり(実務作業にあたる「修理」派という一団もいた)本山周辺は「学侶」派がメインだった事を考えると、周囲の勢力図は逆になっており、ここでも棲み分けができていた事が偲ばれるのである。
(もっともこれは、恵峯自身の感想であり、残念ながら山陰先生に質問できる時間がなかったので、果たして、バランスが取れていたのか、それとも、せめぎ合いの結果なのかはわからない、今度聞かせていただこうと思っている(^-^))
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伽藍部分をさらに拡大して見ると、大塔の大屋根に、高野山惣山之図では省略(?)されていた、現在の西塔と同様の軒を支える支柱が描かれているし、中門が二層形状だった事もわかる。非常に詳しい観察の元に作成されているのが見て取れるのだ(^-^)
ちなみに、わずか1年前に描かれた「高野山惣山之図」では、大塔が中心に描かれていた伽藍が、この古地図では、丹生都比売と高野明神を祀る御社の方が大きく取り扱われているのも興味深い。たしか18世紀の地図ではむしろ金堂がメインになっていたはずで、その時代によって「何を主体とするか」という信仰の変遷があらわれているのかも知れず、このあたりも今後山陰先生に質問してみたいところである。うう、書いててコーフンするなぁ(^^;)

てなことで、講義時間を少し戻して、↓は鎌倉初期の高野山のイメージ図である。

※わかりやすくするため、先生は「金剛峯寺」と板書されているが、もちろんこの当時は、伽藍=「高野山全体を指す言葉としての金剛峯寺」という意味である。

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そし当時はまだ、学侶、行人、聖、という三派よりは、伽藍を中心とする「本山」派と、後に根来寺で、新義真言宗の祖とされる覚鑁(かくばん)さんが起こした「大伝法院」派、そして、鎌倉三大将軍家の菩提寺として独立していた「金剛三昧院」派、という三派+聖という勢力に分けられていた事を示している。

ここからはまた恵峯の感想混じりになるが、高野山二世である真然大徳入滅後、一時衰退した高野山真言宗は、10世紀になって、「大師信仰」とともに「密厳浄土」として再生した事から、教義教学の違いも生まれ、そこへ浄土信仰が流入し・・・と誠にややこしい状況が数百年続く事になる。
もちろん、中心になるのはあくまで「真言」と「大師信仰」なのだが、何を重視するか?で、拝む対象も自ずと異なっていたようなのだ。

ただし、その動機や目的は様々でも、高野山に集まった人々の多様性そのものが魅力だとも山陰先生は説かれた。
全く仰るとおりで、だからこそ、それが現在の宗派不問、親鸞さんや法然さんの墓を始め、キリスト教の墓碑(レプリカだが)まであるという奥之院が出来上がったのだろう。
そしてそれは『クリスマスを祝い、正月は神社に初詣、葬式は仏式とは、節操が無い』と、揶揄されがちな日本人の、多神教的おおらかさの集約地として、日本の総菩提所とも言われる高野山の成立の要因でもあったと思われるのだ。

そういう大らかさを示す好例が、山陰先生をして『この話をし出したら止まらないくらいおもしろいんですよ』と言われる、「高野山往生伝」である。
これは、12世紀の人、如寂(にょじゃく: 藤原道質(ふじわらのすけなが))が、38人のお坊さん達の「往生の仕方」の調査書であり、かつ、浄土への往き方のテキストなのである。

しかし、テキストを見た最初の印象は・・・
『げっ、漢文・・・』orz (笑)
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ところがどっこい、山陰先生の読み下し解説を聞くにつけ、これがもうホント「おもしろい!」\(^o^)/

例えば、↑が、現在も高野山にある「小田原通り」の元になった、小田原「聖」教懐さんの「往生の仕方」

この人は、如寂さんの時代から約1世紀前の方だが、寛治2年(1088年)に白河上皇が高野山に行幸された時に、小袖綿衣30領を賜る聖人の一人に選ばれたくらいの大上人である。

さて、教懐さんは70歳を過ぎてから高野山に登山し、20数年を過ごした後、93歳で遷化されたのだが、日々、金剛界、胎蔵界の両界と、阿弥陀仏の修行、さらに大仏頂陀羅尼と、阿弥陀真言を念誦するのを欠かさず続けていたらしく、自分のため、他者のための修行は人々が計り知れないほどのものだったという。
そして、93歳となった、寛治7年(1093年)5月27日、「篤キ病ニアラズトイエドモ」死期を悟ったらしく、明け方から不動尊を数百体!模写してから開眼供養をしたという。さらに、午前10時(ということはわずか数時間で数百体の不動尊を~!w(゜o゜)w)から、大勢の僧侶を呼んで、念仏をあげたのだそうだ。
そのうち、教懐さんは、北枕で西(極楽浄土の方向)を向き、寂然として息が絶えたとの事。
この日の午後4時には奇雲がたなびき、室内が暗くなり、院内の僧の延実(えんじつ)と快暹(かいせん)は、それぞれ住坊で遥かに天の音楽を聞いたという。そこでそのことを他の人たちに告げたところ、ある人にははっきりと聞こえ、ある人はかすかな音として耳を傾けたのだという。
・・・さてここまでなら、まさしく「往生伝」なのだが(^^;)さらに続く話が興味深い。
というのも、如寂さんは、『このような瑞相というものは、往生の際にはしばしばあると言うが、だからといってその人が確かに浄土に往生したかどうかは分からない』と身も蓋もない事も(^^;)書いているのだ。
そしてその後、維範(ゆいはん)阿闍梨という方が逝去された夜、慶念上人という人が、無量の菩薩衆が維範阿闍梨を迎えにきた夢を見たのだが、雲に乗った菩薩衆の中に教懐上人もいたので、これは間違いなく往生されたいたのだという事がわかったとも書いているのである(^^;)

そして、さらに、そもそも教懐さんがなぜ僧侶となって高野山に登山したかのわけも書かれている。
父親が香川の役人で、罪人を厳しく詮議した時に、幼子であった教懐さんは、深く憐れみの心を示したのだが、ついに罪人は責め殺されてしまい、怨霊と化したのである。
そして、あろうことか、教懐さん以外の一族郎党がみな、とり殺されてしまったのだそうだ。
つまり、教懐さんは、その怨霊から逃れるため、僧となり高野山に逃げてきたという事になる。
如寂さんは、教懐さんの近所のある上人にインタビューまでしている。
それによると、『上人は、怨霊を恐れていたのです。この霊地(高野山)にまで、その怨霊は現れました。教懐さんはこれを「黒法」と呼んでいました、 しかし、護りによって、臨終の際には、正しく瞑想し、遂に往生できたのです。』

如寂さんは、教懐さんの項を次の言葉で結んでいる。
『誠知仏界興魔界一如無二矣』

(私は)仏界と魔界というものは、異なる現れ方をしながらも一体であって切り離せないものなのだなぁと知ったのである。(意訳:恵峯)

これはまさに、おとぎ話や~!おもろい~!
(と、他人様の往生を楽しんではいけないのだろうが・・・(^^;))
教懐さんと言えば、まさに枯れきった(^^;)お上人様、というイメージだったのだが、これほど生々しく(?)浄土への往生を願っていたというのも意外だし、またそれを調査した如寂さんの、何かもう人間味あふれる観察眼(?)に顔がほころぶのは私だけではあるまい(^-^)

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さらに、もう一つ、
↑これは、高野山金剛峯寺第27代座主の琳賢(りんけん)さんの「往生伝」

『久安6年(1150年)の8月中旬、にわかに軽い病を得て、弥勒の像を安置し、それに五色の絹糸を繋げて手に密印結び、口に名号を唱え、忽ち息絶えた。
親しい人も疎遠の人もやって来て、琳賢さんの往生に随喜し、むせび泣いた。』

・・・と、ここからがまた・・・(^^;)
・・・どうも如寂さんという人は、けっこうひねくれモンだったように思える(^^;)
というのも、以下、こう続くのである、

『阿弥陀の引接によって、極楽浄土に生まれ変わったのかどうかは分からない。
あるいは、弥勒菩薩のいらっしゃる都率天に生まれ変わったのかも知れない。』

え~!w(゜o゜)w
琳賢さんは、ちゃんと「弥勒」さんの浄土(都率天:兜率天)へ往生する儀式してるやーん!(^^;)
それをわざわざ、阿弥陀さんの浄土(極楽)へ逝ったかもしれんて、あんまりやー!(^^;)

最後の言葉がまた・・・

『人以難量者歟』

そんな事は、(他)人には量り難いものなのだ。

いやまぁそれはそうですけど・・・如寂さん・・・(^^;)
あんた、ホンマは、往生させたいないんかー!orz
と、思わずツッコミたくなるような気も・・・(^^;)

いやしかし、これが、12世紀に生きた方々の本音なのかもしれない。
末法元年とされてから約100年、「平安」時代とは名ばかりで、皇室による院政期が終わり、平家が隆盛を極めてすぐに滅び、源氏による武士政権が確立の兆しを見せるという、つまりは戦乱の世紀・・・
現世は来世への過渡期にすぎず、ひたすら浄土への往生を願ったのではなかろうか・・・
浄土へ往きたい、と願う気持ちそのものも我執ではないかとの批判も出来ようが、それにしても、この人間臭~い!ひたむきさは全然、嫌いじゃない(^^;)
つーか、私はこういう話が大好きや~(笑)

山陰先生、本日もまた、ありがとうございます~m(_ _)m

2009年4月12日 (日)

入学式に・・・

子供の大学の入学式に親が同伴する・・・なんてw(゜o゜)w
※ちなみに↓これは、
京大、阪大の入学式の模様を伝える4月2日のアサヒ新聞である。
090402ec1
3月の下旬、カミさんに『入学式はどうするの?私は一応行くつもりやけど』と聞かれた時、
私はこう答えた。
「そんなもん、自分の大学の入学式さえ出ぇへんだ俺によぉ聞くわ」(。。 )\バキッ☆

で、数日後、↑の記事を見て、「ふ~ん、今はそういう時代なんや~」と驚くとともに、記事全体が過保護を批判するようにも読み取れる構成だったので、なんでやろ?と「東大 入学式」でググってみたら、どうやらその原因になったのではないかと思われる記事がヒットした。

昨年、東大入学式のレポとして共同通信が配信した、
東大生に「親離れを」 入学式祝辞で安藤忠雄氏 がそれである。

つまり、東大の入学式は毎年家族からの出席希望が多く、大学側は会場の広さから新入生1人に対し関係者は2人までに制限しているにもかかわらず「3人以上で行きたい」といった問い合わせが数十件寄せられるといい、安藤氏の発言はこうした“過保護”な親子関係に苦言を呈した形、らしい。
また、この式辞に先立ち、小宮山宏学長も「新入生の幼いころを思い返し感慨もひとしおと思うが、入学式は親離れをして独立し、自らの道を切り開く旅立ちの日。温かく見守ってほしい」と父母らに呼び掛けた。との事。

おそらく、このニュースだけが原因ではあるまいが、どこの大学でも子供と一緒に親が入学式に参加する現象が増えていて、マスコミとしてはそれを過保護の象徴として報道したいのではあるまいか?
なるほどねぇ・・・
と、いったんは納得しかけたのだが、そこはそれ、生来の天の邪鬼がむくむくと頭をもたげるのも感じた(笑)
というのも、その記事を読んでから初めて(。。 )\バキッ☆
カミさんに「新入生1人につき、関係者2名とか決められてるらしいけど、武道館のチケットでも送ってくるんかなぁ?」と冗談交じりに聞いてみたところ・・・
T_090413ec1
なんとなんと、既に「入学式入場整理券」なるものが送られてきているというw(゜o゜)w
しかも、その整理券には、(父 母)と印刷されているではないか、

おいおい東大よ、ダイジョーブか?
3人以上で行きたい、なんていう数十件あるにしても全体から見ればレアケース(だと信じたい(^^;))は別として、自分とこで新入生1名について2名入れるチケットを送りつけておいて、『新入生の倍も保護者が来るのは過保護』であるかのように批判するのは、いわゆるマッチポンプちゃうのぉ?
ひょっとして2名で行かねばならない、と思いこむ真面目な保護者もいるかもよ?(^^;)
しかも、「保護者」と書けばいいものの、(父、母)限定?
これは孫かわいさに出しゃばりたいおじいちゃんおばあちゃん対策か?(笑)

ううむ・・・
自分としては、大学の入学式に親が参加する、というのは非常に面映ゆい事なのだが、それでもそれが「過保護の象徴」だと一方的に「苦言を呈される」のも片腹痛い、

学長の式辞だと『入学式を、親離れ、子離れの区切りに』というニュアンスも伝わってくるが、だいたい、親離れ子離れなんていうのは、大学の入学式なんて関係なく、むしろ義務教育の終了、あるいは、成人式をもって区切られるものではないのだろうか?

ううむ・・・

『で、行くの?行けへんの?』とカミさん、

「行くぞ~、行って、今年の学長と教授がどんな挨拶するか見極めたる~!こんな一方的な頭の固い式辞しか言えへんヤツらばっかりやったら、それこそ親の権限で大学辞めさせたるぅ~!」(笑)

てなことで、勝手に苦言を呈されてしまった昨年の保護者の仇討ちのつもりで(笑)私は東大入学式へ行く事にしたのである。

・・・とまぁ、これだけ長々と屁理屈を書けば、ミーハーで一度は武道館へ行ってみたかっただけ、という事はバレずにすむかも?(。。 )\バキッ☆

ちゃんちゃん

2009年3月13日 (金)

私も受かった(^^;)

↓URLが復活したようです(^-^)

ラ・パーチェさん閉鎖まであと24日。

ニュースには、残っている犬達が紹介されています

残りはあと16頭、
りく・くろ・チョッパー・大木くん・ベル・クロ・みき・隊長・アイ・ユウ・くう・ロン・どんべえ・よもぎ・もなか・親分

ここ数日、動きが見られないようですが、
4月5日までに、全ての犬達の里親さんが決まりますよう、
切に願っています。

さて・・・
090313pass
3月6日、100てんとったもんね~と書いた手前(^^;)
こいつが届かなかったらどうしようと思ってた合格通知が届いた\(^o^)/

「俺も受かったもんね~」とカミさんに報告したら、
『よかったね~』とにこやかに誉めてくれた。
しかし、そのにこやかさの80%くらいは、子供にまで負けず嫌いを発揮する私に対する、あきらかに「AHOちゃうの?」という気持ちが入っているのもよくわかった(笑)

しかしまぁ、レベルもラベルも、ものすごく違うけど(^^;)
とにかく親子で合格したんやから、まぁええやんね?(笑)

めでたしめでたし

2009年3月10日 (火)

おかげさまでm(_ _)m

息子、東京大学理科一類、合格しました~m(_ _)m
090310pass2
ありがとうございます~m(_ _)m

ちょっともう、なんちゅーか、すごい一日だったのと・・・
すでにベロベ浪漫なので(^^;)
詳細は後日に・・・m(_ _)m

森本先輩へ、
ばたばたした日々で、忘れてしまっていた気持ちを、
鮮やかに思い出させていただいた、お祝いの言葉、
ありがとうございます~m(_ _)m

レタックスが・・・

ラ・パーチェさん閉鎖まであと27日。

ニュースには、残っている犬達が紹介されています

残りはあと16頭、
りく・くろ・チョッパー・大木くん・ベル・クロ・みき・隊長・アイ・ユウ・くう・隊長・どんべえ・よもぎ・もなか・親分

4月5日までに、
全ての犬達の里親さんが決まりますよう、
切に願っています。

さて・・・
本日、いよいよ東京大学の合格発表日である。

合格者には本日中にレタックスが届き、そうでなければ数日後に文書で通知がくるとの事。

来るとしたら、何時に来るのか?

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