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2009年6月 8日 (月)

まちけん

久々のまちけん(高野山まちづくり研究会)レポ。
090608matiken
7月の11日(土)の午後、大学連携和歌山主催で開催される「和歌山県・持続可能な観光まちづくりフォーラムin高野山」についてのあれこれ。
主旨は、
「世界遺産登録以来、和歌山県内の観光地が、あらためて世界的な関心を集めることになりました。今回フォーラムを開催する高野町は、紀伊半島の入り口にあたり、真言密教の根本道場として各地から参詣の皆様を受け入れてきました。今回のフォーラムでは、高野町の現状を確認しながら、今後の町の歩むべき道を現場から考えてみたいと思います。」
テーマは、
「いま、持続可能な地域が日本を変える~未来への挑戦を「高野山」から考える~」
会場は、
高野山大学、本館2階、201号教室 ※事前申し込み不要。先着200名+α
で、プログラムは・・・
の、ブレインストーミングなのである。
もちろん、ここで出た企画がそのまま通るわけではないが、ブレインストーミングの手法通り、「質より量」の「突飛なアイデア」を「決して批判せず」に「自由に組み合わせ」て、わいわいがやがや。
会場(元、樹林)の灯りに誘われ、ふらりと立ち寄るゲストもいて、和気藹々(^-^)
当然、話はあっちこっちへ飛ぶ(笑)
それがおもしろい(^-^)
ちょうど同時期に開催されている「happy maker」とのコラボ案も出た。

アイデアを出した分、地雷を踏む可能性もあるわけだが(^^;)有意義なフォーラムになりそうな予感である(^-^)

2008年5月29日 (木)

ちょっと宣伝(^^;)

080529wh第2・4木曜日に新聞折込される地域の情報紙いまじんさんに、告知が載ったのでついでに宣伝しておく(^^;)

伊都から世界へ平和を発信
~世界遺産と共に~

をテーマに、講演会が開催される運びとなり、私もおしゃべりする事になったのである。
主催するのは(社)伊都青年会議所いわゆるJCである。
企画が持ち上がった段階で相談を受けた時は、担当者に対し、普段から「明るく豊かなマチづくり」を標榜して活動しているJCが、世界遺産絡みの企画をすると、いかにも経済的な効果を期待してるみたいなイベントと誤解されやすい点を指摘させていただいた。

曰く「君ら、世界遺産饅頭とか紀伊山系の霊場煎餅とか売る気ぃと違うやろな?」(。。 )\バキッ☆

担当者は『そういうのをしたくないから、相談に来たんです』と非常に真剣。

「それなら熊野地方に比べて浸透しているとは言えない当地での世界遺産の意義を、みんなで勉強してみようやん」と、こちらもつい真面目に答えてしまったのだった(^^;)

以来、数ヶ月、彼らはよく勉強し(たんやろな?ホンマに?(^^;))当地の世界遺産の持つ意義が、世界中に800数十ある世界遺産の中でも、唯一といえる価値を持っている事に気付いてくれたのである。

すなわち、「異なる宗教が隣接して存在したのにもかかわらず、戦わず共存共栄を選んだ所」

これは、正真正銘、「紀伊山系の霊場と参詣道」だけの特色なのである。
(↑他の世界遺産は全て異教徒同士の争いの場、という意味ではない、
 詳しくは世界遺産講座Ⅰをご参照いただきたい)

そしてそれは今回の講演会のテーマにもなり、異教徒同士でも1200年の長きにわたり、平和に暮らしてきた例があるのだというメッセージを世界へ発信しようという事になったのだ。

手前味噌ではあるが、大変有意義な企画だと思う。

てなことで、何やら事前申込が必要で、それも締め切りは6月の3日、つまり来週の火曜日って、もうちょっとはよから宣伝せんかいな~(^^;)

まぁ超微力な私はどうでも良いのだが、幸い、当地の世界遺産の第一人者である、辻林世界遺産センター長が多忙なスケジュールを縫うようにしてお越しいただける事になったので、貴重な話の数々を間近で聞き、また色々と質問できる光栄に浴した私が、実は一番楽しみにしているという次第。

どうですみなさん、決して退屈はさせませんぜ~(^-^)

2008年5月24日 (土)

まちけんレポ

080524ma1_2前佐賀市長の木下敏之氏をゲストに、
まちけん(高野山まちづくり研究会)が開催された。

080524ma2_2木下氏は 自民党が圧倒的力を持つ保守王国にて、行財政改革に積極的に取り組んでいた方なのだが、二期目の半ばに市町村合併に伴う首長選が行われた際、改革による利権消滅や待遇に不満を持つ勢力が、自民党と社民党に共同推薦させ、政策論争をほとんどしないまま怪文書だけが一方的に出されるという、いかにも・・・な選挙戦の結果、志半ばで惜敗されたのである。
080524ma3_2 一つのデータがある、
日経の行政改革ランキングによると、就任前に全国350位だったのが、
わずか6年余で全国10位に躍進したのだ。
この改革のスピードについていけない、いや、ついていきたくない勢力が、やがてそのマチを食いつぶしてしまうのは自明の理なのに・・・
ともあれ、木下氏の行財政改革についてのレクチャーを少し紹介しておく、
080524ma5_2 そもそも「行政改革とは何か?」
地域によって内容は大きく異なるが、長期的な目標を達成するために、行政と住民が一体となって必死の努力とチャレンジが不可欠なのは言うまでもない。
もちろん、守旧派も同じような美辞麗句を並べるのは常道だが、その目標の立て方で、守旧派と改革派で一番違う認識が「人口」である。
080524ma6_4非常によくわかる一つの実例、
旧計画はあくまで「これからも人口は増える」という前提、
市(木下市長)提案は、「減少傾向」が前提、
そしてせめぎあいの影響が残る最終案・・・
事業費と年間維持管理費がほぼ提案通りに納まっているのが涙ぐましい。
080524ma7_2 木下氏の正直な自己分析、
080524ma8_2官僚出身だけに、ずばりと
『国は地方を助けようなんて思ってませんよ』
とおっしゃった言葉には鬼気迫るものがあった。


080524ma9_2 一つの結論、

痛感したのは、自治体の規模こそ違うが、
問題点は我がマチと全く同じ、という事だ。

ただし、私たちは'05年2月13日、「合併しない」という選択をした。
守旧派の不平不満はくすぶり続けているが、改革の効果もあきらかである。
これからどうなっていくのか、住民の一人としてできるだけの事をしていきたいと思う。

以上、遅くまでおつきあいいただいた木下氏に心より感謝を、
ただし、佐賀市について、その詳細を知らないので、木下氏シンパみたいな発言はこれ以上しない。
同じ地方のマチに住む者として、エールを送りたい。

2008年3月 5日 (水)

RCとJC

本日は五條RCさんの50周年記念式典へ会長のお供で出席。
映像で紹介された、50年にわたって連綿と続けられてきた活動に感慨を覚える。
驚いた事に、チャーターメンバー(創立時の会員)もいらっしゃり、矍鑠、という言葉が失礼なくらい、活き活きしたご様子で、しかも飄々とさわやかな挨拶をされた。
私はRCに関しては義理掛け(^^;)で入会させられているような身なので、この式典への出席自体が何だか遠い世界の出来事のようにも思えたのだが、何にせよ、自分のやってきた50年の活動を、ああいう風に、さらりと語れる方の挨拶を聞かせていただけたのは収穫であった。
080305rc 午後からの祝宴には「ジクール・アンサンブル」さんが出演。
二胡と楊琴とチェロでのコンサート、
この手の会場音響によくあるパターンで中低音重視の上、二胡をメインに拾うセッティングで楊琴の音が響かなかったのがちょっと残念。
選曲も、おっさん(おじいさん?(^^;))向けなので、チェロの聞かせどころが少なく気の毒だったが、リラックスさせていただける時間だった(^-^)
できれば生音で聞いてみたいとも思った。
080305rc1 てなことで、禁煙+烏龍茶で祝宴を乗り切り(^^;)午後3時に終了後、いったん帰山して仕事を済ませ、午後8時からはJCへ、
6月の公開例会で開催される、世界遺産についてのパネルディスカッションの打ち合わせなのだ。
午後8時に始まる委員会へ出席、というのは卒業以来初めて、つまり8年ぶり?
移転した事務局へ行くのも初めてである。
で・・・
予想通り、テーマを私に丸投げし、事務局へ呼びつけるのにも成功した事で安心し、まったく事前学習して来なかった「委員長」に説教を垂れまくり~(笑)
こちらも、たぶん間違いなく勉強してこないだろうと予想できていたので(笑)
行きの道中、
「さぁ、事前に自分で勉強してきた事をまず聞かせてくれ」
「何?何もしてこなかったぁ?」
「委員会が始まる時に委員と同じ知識でスタートするのなら委員長なんか不要やん」
「俺がここへ来さえすれば、万事オッケーとか思ってたんか?」
「依存心、がいかに人間をダメにするかよぉわかったやろ?」等々・・・
嫌味なセリフを一杯考えながら向かったのであった(笑)
ああ、いやぁなOBやなぁ~(笑)
080305jc しかしね、いくら説教されても、反省するふりをしながら、口元だけは笑ってるという、こういう「ヤツ」やもんねぇ・・・

って、私の書きように、ハゲシ~く同意するメンバーも多いと思うよ(笑)

てなことで、午前中の式典で「さらりと語れる」方を見習おうと思ったのに、真逆の嫌味ぃ~な語りになってしまったが(^^;)
私も現役の時にはさんざんOBに言われたんやから、君らも聞いとき~!(笑)

ちゃんちゃん

2007年3月 4日 (日)

鞆の浦の問題

「鞆の浦」と聞いて、
あぁあそこ、とピンと来る方は少ないかも知れない。
私もそうだった。
しかし、次の画像なら見覚えのある人も多いのではないか? 070304sazaesan1

そう、こここそ、
江戸時代に、朝鮮通信使が「日東第一形勝」と賛美した、
現在では日本で唯一、
昔ながらの港湾五施設が残る風光明媚な港なのである。
港湾五施設とは、↑にも描かれている灯台としての「常夜燈」
石段になっている船着き場の「雁木(がんぎ)」・「船番所」・「波止」
そして「焚場(たでば・たてば)」を指す、
焚場とは、木造船の底に船虫が付いたりしたのを、
船底を焼いて乾燥させる場所で、同時に船の修理等も行われた「ドッグ」であり、
瀬戸内海の真ん中に位置し、ちょうど潮の流れが逆転する地でもある鞆の浦は、
干満の差も大きく、焚場としての最適地でもあり、
瀬戸内海を運航するあらゆる船が集まる「潮待ちの港」として大いに栄えたのである。

まちなみにも大きな特徴がある、
昔ながらの大きな蔵や古い商家が立ち並び、
070304tomomatinami 070304tomomatinami2








それを縦横無尽に路地が繋いでいる。
070304rigo

この道の狭さこそが鞆の浦のもう一つの特徴であり、
それが現在の「大きな問題」にもつながっている。

つまり、行政側が無理矢理、この昔ながらの景観のど真ん中へ、
橋をかけようと計画しているのだ。
その計画通りに橋が架けられると、このような事になる・・・ 070304kakyou1

あまりにも無惨だ、と思う、
ただし、住む人の利便性の問題もあり、
おそらくは「利権」の影響もあって、
賛否は入り乱れているのだ。

そんな中、本日は、
鞆の浦のまちなみ保存を目指して活動している、
「鞆まちづくり工房」の代表、松居さんに案内していただいた。

松居さん達「反対派」の人々は、ただただ反対するだけではなく、
「山側に通過用トンネルを、」という代替案を提案している。
地に足がついた活動なのである。
070304keikaku


鞆の浦の問題については、とてもこのブログで書ききれるものではない、
ぜひ↓のページをご参照いただき、この問題を一緒に考えていただきたい。
カンパやエイドなど、私達にも参加できる要素もたくさんある。

「鞆まちづくり工房」
http://www.vesta.dti.ne.jp/~npo-tomo/top/top.html

「鞆の浦情報交換ページ」
http://tomo.mook.to/

人々の営みがこの美しい港のマチを造りあげた。
そして今、行政主体でそのマチの価値が壊されようとしている。
チラシにもあるとおり、「開発か保存か」でなく、
利便性と環境が調和するまちづくりの達成を願ってやまない。

研修ツー二日目 鞆の浦へ

さてさて、本日もありがたい事に天気は上々~(^-^)
ロックスターもどうやら本調子になり、
3馬鹿トリオは本日の研修目的地、
広島県の鞆の浦を目指し、GO~

・・・この時点では、
次に襲い来る危機の原因も発生していなかったのであった(^^;)
(って、また何かあったんかーい!(笑))

さて、昨日とは逆に松山自動車道を北東進、
しまなみ海道に入る前に、給油すればいいものを、
「来島海峡にSAがあるから、
 給油してちょっと景色でも眺めようぜ~」と言ったのは私だ。
そして、来島海峡SA到着、
ここで、K1200Sの走行距離も600kmあまり、
慣らしといっても、7000回転まで使えるのがありがたい、
6速だとCBのリミッターの方が先に働く(笑)ので、
二人にはペースを落としてもらう必要もなく、
フツーに走ってこられた。
当初、予想していたより、パニアの容量がデカいのもありがたい、
070304sp1
可変式になってて、
最大が←
070304sp2 ここから膝でぐりぐり押してやると(笑)
コンパクトに縮まる。
ただし中のモノはぐちゃぐちゃだ(^^;)

ちなみに、この状態で走ってると、
『フタがちゃんと閉まってませんよ』と注意されるのがちと痛い(笑)
で、来島海峡SAは・・・
070304kurusimap
確かに絶景(^-^)
070304kurusima



今日は時間的にも「ほぼ」予定通りに進んでるので、
↑3馬鹿トリオで記念撮影~

しかし、なぜか三人共、
若干浮かない顔に見えるのにはわけがある、
来島海峡SA、「SA」って名前のくせに・・・
ガソスタが無いの・・・(ToT)

私は今まで、「SA」と名が付けば、
ガソスタがあると思いこんでいたのだが、
帰宅してから調べてみると、SAとPAには明確な規定が無いらしい・・・
ややこしいやろー!(`ヘ´)
って、後悔してももう遅い、
どうやらあと50数㎞、つまり、ガス欠寸前の恐怖を味わいながら、
走らねばならぬのだ~orz
で、浮かない顔になってるわけ(笑)

まぁしかし、たぶんダイジョーブやろ(笑)
という、全く根拠のない思いこみだけを糧に、
いよいよ、久しぶりの「しまなみ海道」へGOぉ~~~(^^;)

070304mansakusyatyo まんさく社長とロックスター
こちらは航続距離に余裕があるので、
がんがん行っている。

070304sousaisan
総裁さんとCB
がんがん走ってるように見えて、
実はガソリンを気にしているのだ(笑)

燃費が良いよう、ペースを落とせばいいのだが、
それができないのが3馬鹿トリオ(笑)
070304hutari
一刻も早くガソスタへ~っと、
ひた走るのでありました(笑)

で、結局、
なつかしの(^^;)尾道市内までガソスタを発見できず、
走行220kmあまりでやっとこ給油した時には、心底ホッとした(^^;)
ちなみにこの時の燃費は14.8KM/L、
この3台の中では優秀だ(笑)
何しろエキゾースト系をイヂってるロックスターで13km台、
CBに至っては、12km台なのである・・・(笑)

さて、尾道からは、このまま下道でいよいよ鞆の浦へ、

どんな研修が待ち受けるのか?
これまたドキドキ~(^-^)

研修ツー二日目 内子座

朝、昨晩セーブしたので(^^;)、
さわやかな目覚め(^-^)
30分ほど早起きしたので、
昨日遅刻したせいで見られなかった内子座を、
見学させてもらえる事になった。m(_ _)m

さてモンダイはロックスター、
またも不動ならどーしよう?と
ビビりながら始動を見守る・・・
おお~見事に一発でかかった~\(^o^)/
どうやら原因はやはりバッテリー?
サルフェージョンが起こってて、
断続的に電圧が低くなるのだろうか?
不思議だ・・・
しかしまぁ、とにかく動けばしめたもの、
それ以上深くは追求しないのが3馬鹿トリオ(笑)
いそいそと内子座へ向かう~

さて、内子座とは、大正五年に、
大正天皇の即位を記念して建てられた、歌舞伎劇場である。
070304utikoza1時代の変遷と共に、映画館や、商工会館として
使用され、取り壊しの危機にも瀕したらしいが、
昭和60年に元通りに復元されたのだという。
現存はしてはいないが、
他に2館の劇場があったとそうで、
当時の内子の繁栄ぶりが偲ばれる話だ。

さて、この劇場、
070304utikoza2 スゴイです!
ちゃんと回り舞台もあるし、
070304utikoza3mawaributai




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思わずこんなポーズを取ってみたくなる(笑)

070304utikoza5suppon ちゃんと「すっぽん」も備わっている。

070304utikoza8supponmokei
ちなみにご存知でしょうけど、
「すっぽん」の模型はこれ、
古畑任三郎で堺正章さんの、
トリックが破れるきっかけになったヤツ、って、
一部の人にしかわからんですねm(_ _)m
070304utikoza4masuseki
ここで、幕の内弁当食べたり、
一杯飲みながら、
ご機嫌さんで芝居を見たんやろなぁ・・・
という雰囲気が伝わってくる枡席。
070304utikoza9omuko
二階から枡席を眺める、
古い看板などもそのままで、
雰囲気抜群!
ああ、ここでお芝居を観てみたい~~~
なお、今でもいろいろな催しが、
年間80公演は開催されているらしい、
もちろん、禁酒、禁煙でね(^^;)
070304utikoza9bunraku





070304utikoza6sousaisan
奈落に降りてみると、
ありましたありました~
回り舞台の仕組み~
モデルは総裁さん、
070304utikoza7mansakusyatyo
「すっぽん」も、もちろん人力仕様、
今度はまんさく社長がモデル~


ってなことで、内子座を堪能した一行、
今日の予定地である広島県は鞆の浦を目指し、
再び高速の人となった。

2007年3月 3日 (土)

研修ツー その4 内子町

午後3時50分、
やっと着きました・・・内子町(^^;)
ここまで、橋本のヒミツ基地から、330kmちょっと、
所要時間は・・・10時間半(笑)
寄り道したり、トラブったり、
平均移動時速が30km/hになるのは、
モー連協。ツーの恒例なのかも?(笑)

さて、内子町、かつて木鑞で栄え、
今では、エコツーリズムで名を馳せているマチである。
↓(町によるHPはここ)
http://www.town.uchiko.ehime.jp/

遅刻を詫びた後、
さっそく、町のHPに載っていない、
(というか、諸般の事情(^^;)でスルーされている?)
ディープかつ地元の人たちが中心になって、
「村並み保存」に取り組んでいる「石畳地区」を案内していただく、
070303kengaku1
河川をコンクリートで覆ってしまう三面張工法を拒否した護岸工事とか、
土木業者がボランティアで環境保全に取り組んだ「ナゲ」(後述)とか、
村民のおばちゃん達が経営する「石畳の宿」とか、
経済性よりもむしろ「自分たちの村を楽しむため」の事業の数々・・・
道を行くと、マディソングンの橋みたいなものが見えてきた、
これが「村民文化」の保存としての、
070303yanehasi3
「屋根橋」である。
070303yanehasi2




圧巻はここ、弓削神社の屋根橋、
070303yugejinja
ちょうど夕日が差し込み、
神々しい雰囲気。
もう一度、朝日を見に来たいと思う(^-^)

そしてさらに・・・
070303suisya1 さて、何でしょう?

070303suisya2
水車小屋でした(^-^)



070303suisya22
スゴイのはこれ、
全て「保存」ではなく、「復元」なのだ!
つまり、消滅してしまった、水車を、
地区の人々が自ら復元作業に取り組んだのだそうだ。070303suisya3_1

しかも、この水車、
070303suisya4

ちゃんと「実用品」として、
可動しているのである。

「村おこし・マチおこし」と言えば、
ハコモノなりイベントなりで観光客を呼び、経済性を持たせる、
そういう観点がメインになりがちだが、
ここでは、「自分たちの楽しみ」をメインに活動が行われている事に、
新鮮な感動を覚えたのであった。

そして今夜の宿は、昨年オープンしたばかりの
「月乃家」さん、(0893-43-1160)
070303tukinoie
内子の町並に合わせ、
蔀戸とばったり床机で飾られた、粋な旅籠(^-^)

さぁ夕食と思いきや、
その前にも研修会がある。
総裁さんの腹の虫が泣いている(笑)
070303kensyu1
070303kensyu2suisya




070303kensyu3nage
右下部に写ってるのが、前述した「ナゲ」
長野の方では「ナギ」と呼ぶらしい、
つまり、川の流れの外側に、
水流を一部せき止める「凪」を作る事により、
水の勢いを弱め、水棲生物や、植物を繁殖させるのである。
現在の姿が、これ、
070303nage
対岸は緑に覆われ、
ナゲの回りは菜の花やススキがあふれている。
なるほどなぁ~と感心しきり。





070303kensyu4jimotogaku
070303kensyu5nerai
コンセプトはこうである。
住んでる人がまず気付く事、
これが大事なのだ。

070303kensyu6consept




てなことで、感心しきり、うなずきっぱなしの研修会終了、
総裁さん喜ぶ(笑)
0703038tukinoyado2
この方が、ご主人の山口秀雄さん、
「月乃家」さんには客室が3つのみ、
それ以上だとまかないきれないとおっしゃる、
というのも、ここで出される料理の食材、
すべて、ご主人と奥さんの手によるもの!w(゜o゜)w
めっちゃ美味しい野菜が自家製なのはもちろん、
玉子も、こんにゃくも、栃餅さえも、
スペアリブまで出たので、まさか?と思ってお尋ねしたら、
もともと養豚業をされていたとの事で、これも自家製!
「お、美味しんぼの世界や~」と一同びっくり、
しかも全て美味!
差し入れされたお酒も最高!(^^;)
で、いつものように、プチベロベ浪漫に変身したものの、
遅刻して見逃した内子町の町並もちゃんと見学(^-^)v
070303utikoyoru1 070303utikoyoru2





てなことで、その後もしばし四方山話に花を咲かせた後、
布団にたどり着く前に・・・
炬燵で寝込んだのでありました~(。。 )\バキッ☆

2006年12月 2日 (土)

知人の友人

「高野山まちづくり研究会」から、
五十嵐センセイの友人が来山されるので、
集まりませんか~との連絡メールが来た。

普段、「センセの理屈は絵に描いた餅やん!」と
反抗ばかりしている私なのだが(^^;)
このヒトが来るとの事なので、
ミーハー気分も手伝い(笑)喜んで参加、
061202kansi2(しかし、いくら広角で撮ったがゆえに、端で広がるとはいえ、
 リバウンドが如実に現れてる画像でもある・・・(ToT))

なお、事前にネットで色々検索して、
「理論武装」をしておいたのは言うまでもない(笑)
(後で聞いたら、参加者のほとんどがそうしていたとの事(笑))
061202kans1
右が五十嵐センセ、
左は同行者で、ある意味、○氏より有名?(^^;)な天野礼子氏。
(「○氏」としているのは、ご本人もHPで公開されてるように、
http://www.n-kan.jp/
別にこれがお忍び旅行というわけではなく、
自○党に気を使ってるわけでももちろんなく(笑)
このブログが不特定多数の検索にひっかからないためである。)
 
それにしても、五十嵐センセって、
意外(失礼m(_ _)m)に大物なんですな~(^^;)

で、ここでは書けない(^^;)本音トークも交えて、
2時間以上の和やかで貴重な歓談。

同行した娘に印象を聞くと、
『とても頭のいい、良い意味で普通のおっさん』との事(^^;)

最後に『あなたまだ何か言いたそうですね?』と問われ(笑)

「見え透いた建前だけでしゃべる政治家ばかりになってしまってるので、
青臭いと言われようと、100年先を考えていただきたい、
お金より大事なものがある、幸せに生きるってどういう事か、
そういうモノを指し示す事ができる政治であってほしい、
政治に夢を、」ってな事を申し上げた(^^;)

で、最後にお約束の集合写真(笑)
061202kansi3
これも娘が
『何でみんな政治家見ると一緒に写真撮りたがるの?』とコメント(笑)

いやまぁその・・・(^^;)
そうそうあることではないし、記念や記念~(笑)

ちゃんちゃん

第186週+3日目の朝 77.3kg
昨日-200g トータル -18.7kg
減量1350日目まであと46日
ミドル級(72.57kg)まであと、4.73kg

おお!ええ感じ~(^-^)
やっぱりちょっとでも単車で走ると違うなぁ~(笑)

2006年7月18日 (火)

第3回高野山まちづくり研究会

本日は、例の「町民憩いの場:樹林」にて、
第3回高野山まちづくり研究会が開催された。

高野山大学より、社会学助教授の藤吉圭二氏と、
とスピリチュアルケア学助教授の井上ウィマラ氏を招き、
古地図と資料を見ながら、
高野山の成り立ちについて学びあおうというもの。

非常に堅苦しそうな内容だが、さにあらず、
お二方とも非常にフランクにお話いただき、
そこへ、高野山学の勤勉な生徒である「ダニーさん」も加わり、
貴重な資料を閲覧しつつも、参加者が自由に話し合える雰囲気。

例えば、
「スギ・ヒノキ・コウヤマキ・モミ・ツガ・アカマツ」という
「高野六木」の保護政策が、すでに鎌倉時代には始まっていて、
同時に、「竹・梨・柿・李・林檎・胡桃・漆」を植えてはいけないという
禁忌も作られたという、
これはなぜか?
「高野六木」については、「留木」
つまり、高野山の外観を護るための完全保護制度であり、
タケノコであるとか果実類・漆等については、
口にする事が出来たり、換金性が高いので、
密教の根本道場としては相応しくないという事だそうだ。

私はこういう文献を見るとつい、ナナメに考えてしまうのだが、
「禁止」というルールが決められるという事は、
勝手に六木を伐採したり、タケノコや果実を食べたり、
漆を売って換金したりする「破戒僧」がいたという事ではないのか?
なんかその頃は、くそまじめに修行してるだけやったと思ってたけど、
実は、活き活きしてたんやーん(笑)
修行はもちろん大事だが、
そういう「生きていくための」エネルギーも必要なのでは?と思うのだ。

また、南北朝の内乱時代の約60年間は、
政治的中立を守るため、時代によって南北の年号を使い分けたり、
(って、その時代ごとに強い方についてただけ?)

室町時代になると、「念仏衆」まで現れて、
それを禁じる契状(けいじょう)も発行されている。
(ただし、特定の庵の中では許されていたらしい、これも柔軟な政策?)

060718map この古地図にしたって、江戸初期のものらしいが、
税収のために使われていたとの事で、
いろんな仕掛け?がかいま見える。
転軸山・楊柳山・摩尼山という、いわゆる高野三山は描かれているが、
他の内八葉、外八葉と呼ばれる山や丘の表記は無い。
当然、表記されるべき「女人堂」さえ、
建物の絵はあるものの、表記は無い。
なぜだろう?
これまた素人のあさはかな考えかもしれないが、
なるべく税を収めなくてすむように、高野山全体と、
その回りの大きな領地は、
わざと小さく見えるように描いているのではないか?
「女人禁制」などという独特の政策?は隠す?描けない?
また、天皇家に関する墓所等はまるっきり描かれていない、
当時としては、天皇家より江戸幕府の方が勢力的だから、
その辺に配慮したのかもしれない。
(江戸期は天皇家崇拝が一番衰えた時代であり、
 畏れ多いから描かないという事は無いと思う、たぶん)

060718map2 ちなみに、この地図だと、右隅(南東)の山が、
「高野山」と表記されている。
ここ、現在は、「姑射山」と呼ばれている山で、
読み方を変えれば「こやさん」とも読める。
いつ、「高野山」が「姑射山」に変わったのか?
他の時代の地図もぜひ見てみたいものだ。

また、江戸中期からは、
紀の川筋の豪族と密接に結びついて、
半ば僧兵化し、領地を安堵しようとした高野山に対し、
江戸幕府からの締め付けが強まった事も、文献ではっきり出ている。
これは、別の所で見せていただいたのだが、
高野山の特定の坊さんに対し、
「武術の稽古は禁止する、今後10年は仏行にだけ励むように」と、
ほとんど禁固刑みたいなお達しが下されたりしてるのだ(笑)

いやぁもう、おもしろい、
連綿と続く、密教の根本道場、という宗教的な面と、
変遷する時代の中で何とか生き延びようとしてきた高野山の人々の、
打々発止なかけひき、というか、
リアルな生活感、との二重構造がかいま見えるのだ。

てなことで、研究会は予定の時間をはるかにオーバーして、
午後10時半まで和気藹々と続いた。

ちなみに次回は、8月7日、午後6時から、
同じく「樹林」にて開催される。

どうです、みなさん、一度参加してみませんか?(^-^)

第166週+6日目の朝 76.7kg
昨日+300g トータル -19.3kg
ミドル級(72.57kg)まであと、4.13kg

卒煙してもしなくても増える・・・

2016年6月
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