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2012年11月12日 (月)

国際シンポジウム in 高野山 その2

以下、村上教学部長の講演の、私の如是我聞です。

また、如是我聞は、本来はお釈迦様の説教に対して使う言葉ですが、村上部長はお釈迦様のように尊い方ですから、凡夫が自分なりに聞き取った、という意味で使っています。
ですから、私のさらなる勘違いが含まれている可能性もありますので、ご注意下さい。

村上部長はおっしゃった、

その国の精神文化が出来上がる土台は、宗教が担っている。
民族が違うと、同じ宗教でも違った信仰となる。
文化とは、民族の個性を色濃く写すものなのだ。
日本文化の個性は、まず古代神道、いわゆるカミマツリ、から来ている。
これは、明治以降の国家神道とは全く違うものである。
古代神道に、6世紀半ばに伝わった宗教と儒教が組み合わされ、日本の精神文化が成り立っている。

古代神道には、「教義」が無かった(経典として明文化されたものが無かった)
そこへ、教義を伴った仏教が伝来したことにより、古代神道も影響を受け、教義が明文化されていく。

それ以前は、「自然」崇拝、あらゆるものに「魂」「御霊」があると考える。
それは、非生物である、水や石、あるいは、山や川も同様。
アニミズム、と呼ばれるもの。
これは、日本だけではなく、世界中で見られる信仰。

一例を挙げれば、姿の良い山、目立つ山はそのまま信仰の対象となる。
水源になっているものも多いため、そこを流れる川もまた神となる。
山や川をあがめる気持ちは、「祈り」につながる。

祈ることは何か?
五穀豊穣である。
教義無しで、ただただ祈る。
豪族の発生とともに、「氏」として先祖まつる慣習も生まれた。
自然災害に対しては、荒ぶる神として、鎮まってくれるよう祈る。

このような古代神道では、神に祈るのみ、となり、自分の生き方や、なすべき事を伝える教義は無い。

神に対する、あかき心、素直な心、誠の心、を重視。
しかし、教義が無いゆえ、何が素直なのか、誠なのか、の規定も無い。
純粋に神への信仰を、突き詰めてしまいがち。
逆に、疲れたりすると、自己反省してしまう人が多いのも自分が神に対し、誠を尽くしていないという考えが根底にある。

この状態は、不安定で、純粋ゆえに過激な行動に移す場合も歴史上にはよく見受けられる。

社会が、一定の「教義」あるいは「規律」を持っていないと危ない。

そこへ登場したのが、仏教と儒教。
心のあり方を問う教え。

日本には、原始仏教から大乗仏教まであらゆる仏教が一度に入ってきた。
その中で、人々の心をとらえたのが大乗仏教。

慈悲、の心である

神道では、神に向かう自分だったのが、仏教により、他者への関わりという命題が生まれた。
儒教は「形(形式)」であり、律と令により、社会的な規律を示す。

しかし、根底には万物に宿る魂を信じている。

神仏習合について、
空海は、神道を教義として密教の中に生かした。
あらゆるものに、心と命がある。
それを曼荼羅の世界とする。あらゆるものが仏の世界。
単なるアニミズムを乗り越えて教義を完成させた。

以上m(_ _)m

2011年4月11日 (月)

黙祷

居合わせし居合わせざりしことつひに天運にして居合わせし人よ

歌人、竹山広が、阪神淡路大震災を詠んだ一首

黙祷

2009年8月22日 (土)

'09高野山学 第5講 高野山の文化財

本日は、高野山学 第5講 「高野山の文化財」
-文化財が物語ること- である。
講師は、今春より高野山の教育長に就任された山口文章氏。
昨年までは霊宝館にて、課長兼学芸員としてご活躍されていた方で、3年前の日記でY課長さんとしてご紹介させていただいた超!碩学な方。

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何しろ高野山には、国宝21件、重要文化財143件、和歌山県指定文化財16件、重要美術品2件の合計182件もの文化財があり、巻物等、指定件数は1件でも、中尊寺経のように、4000巻以上あるものも多く、その総点数は実に約2万8千!w(゜o゜)w
さらに未指定品も入れると、5万点以上と言われており、今日はどんな珍しい「文化財」のお話を聞かせていただけるのかと興味津々(^-^)

と、冒頭に先生曰く『秘仏や珍品等、滅多に見られないもののお話をしても、『では霊宝館で実物を』となった場合、『えぇ~今は見られないんですか~』と残念がる方が大変多いので、今日は一つ、ほぼ、いつでも見学でき、なおかつ貴重なもののご紹介をしたいと思います』
という事で、本日の対象は、「霊宝館にて常展されている文化財」であった。
えぇ~見飽きてるしぃ~(。。 )\バキッ☆
・・・というのはとんだ考え違いで、私自身、何度も目にしてきたものばかりだったが、改めて解説をお聞きすると、知らない事が多く、本質を全然理解できてなかったのだなぁと反省しきりであったm(_ _)m

そしてこの『見る』と『見られない』が、本日のもう一つのテーマにもなっていたのだが、それは後述。

しかも、さすがは気配りの山口先生、スライドでは見にくかろうと、30ページにも及ぶ解説書まで全員に配布していただき、一つ一つを丁寧に解説して下さった。

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左上の阿弥陀如来像は展示室の最初に鎮座ましますもので、私の世代だと、それこそ子供の頃から見慣れている(失礼m(_ _)m)像だが・・・
山上では唯一の丈六(1丈六尺)像というのは初めて知った事だったし、ここから「丈六」について語る山口ワールドは実は以前にも体験済みなのだが、何度聞いても、そのおもしろいことおもしろいこと~\(^o^)/
貴重なお話に「おもしろい」という表現は失礼だと思うが、実際「おもしろい」のだから仕方がない(^^;)
根本大塔や奈良の大仏殿が48mなわけもこの「丈六」で説明できるし、何しろその原典は、お釈迦さんの身長は2.4m・・・という話につながるのであーる。
ね、「おもしろい」でしょ~(^-^)
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↑↓この二枚は、愛染明王さんのご解説
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実は、先日来、ちょっとわけあって「理趣経」についてベンキョーしてるのだが、イマイチよくわからなかったところへ、この「愛欲貧染」という言葉で鮮やかなヒントをいただいた気がしたm(_ _)m
う~ん深い!・・・って、意味がわからん?(^^;)
まぁそこは「如是我聞」という事でお許しを~m(_ _)m

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そして、仏像の中に封じられている「胎内仏」の解説も大変興味深かった。
何故、人の目に触れない胎内仏を、これほど精巧に作り込むのか?

願意を強め、寄進者との縁を深める事を目的として古くから行われてきたと言うことだが、ここがいわゆる「美術品」と「信仰の対象」の違いであろう。

見えないけど、ある。ものを見る、感得する事こそが大事なのだと思う。

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↑これは、いわゆる「血曼荼羅」の軸に封入された毛髪の数々。
ちょっと怖い・・・(^^;)
つい、取り出してDNA鑑定を・・・(。。 )\バキッ☆ などと思ってしまうのは、やはり文明に毒された凡夫の感想であろう。
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↑これは、歴史的史実と伝説が融合している一品。
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弘法大師・空海が入定後、86年経ってから剃られた髪・・・
これ以上は、「見る」人それぞれの心にまかせよう。

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『さいごに』についても、私が妙な解説をするより、読んでいただく方が山口先生の意にかなうだろう。

そして、結びの言葉は・・・

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山口先生のお嬢さんの大好きな言葉だという(^-^)

心洗われる講義に感謝!

ありがとうございましたm(_ _)m

2009年8月 4日 (火)

聖徳太子が泣いている

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yahooニュース http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090804-00000017-rcdc-cn より

2009年8月3日、民主党の岡田克也幹事長は都内で中国メディアの合同取材を受け、今月末の衆議院選挙で民主党政権が誕生すれば、首相の靖国神社公式参拝や中国への内政干渉は一切行わないと述べた。中国新聞網が伝えた。

岡田幹事長は、「民主党は結党以来、一貫して日中関係を重視してきた。鳩山由紀夫代表や小沢一郎代表代行を始めとする党幹部たちは各々の政治活動において常に日中関係重視の姿勢を示してきた」と述べ、政権交代が実現すれば日中関係はより一層発展すると強調した。同幹事長自身も年に1度は訪中しており、すでに15回の訪中歴があるという。

また、第2次大戦中のA級戦犯が祀られている靖国神社に日本の首相が公式参拝することに中国が強く反発している問題については、「A級戦犯は先の大戦の罪人だ。首相が公式参拝すべきではない」と述べ、チベット問題やウイグル問題については「中国国内の事情だ」とし、「中国への内政干渉は行うべきではない」との見解を示した。(翻訳・編集/NN)

『自民党には不満がある、民主党には不安がある。』というのは、誰が言い出した台詞か知らないが、けだし、2009年の日本を象徴していると思う。

その不安の極めつけが、幹事長職にあるオカダ君のこの発言だ。

中国側の報道だから、中国にとって都合の良い内容になるのは仕方がないにしても、この「言質の取られよう」はセージ家として失格である。
なんぼAHOでも、この通りには語ってないと思うのだが(つーか、思いたい)もし、本気でこのように思い、その通りに発言していたのであれば、もはや史上初の外患誘致罪、あるいは外患援助罪を適用すべきとさえ思う。
今まで、国益を損なった最悪の発言はコーノ談話かムラヤマ談話だと思っていたが、この二つは過去の出来事を歪曲するものだったのに対し、オカダ談話は未来を縛るという点で、余計罪が重い。

何を考えとるんや?

靖国問題については是非はともかくとして、中国によるあきらかな内政干渉は認め、チベット、ウイグルについては国際的な人権問題なのに、「国内の事情」として矮小化し、干渉しないと宣う。
二重にも三重にも矛盾した、土下座外交とすら言えないただの隷属である。

日中関係を重視、とあるが、それは一方的に追随するためのものだったのか?
真の外交とはお互いが高め合う関係であるべきで、時には苦言も呈し合う事こそが肝要だろう。相手の要求は全部受け入れ、こちらからは一切文句を言わないという態度は、かえって信頼感を損なう行為だという事を知らないのだろうか?

オカダ君は、清廉潔白を信条として、イオングループとは極力距離を置いているらしいが、この5月には親父さんが北京の名誉市民賞を受賞しているとの報道もあった。
痛くもない腹、なのかもしれないが、ミスタークリーンと呼ばれつつ、実は叩けばホコリが出るんちゃうの?

さてこの一件、もう一度だけ、はかない期待を込めて、中国メディアに対するリップサービスが過ぎた、と思いたい。
というか、誰かそう思わせてくれ、でないと生きてる間に、中国の「ニッポン自治区」民にされそうで怖くて眠れん・・・orz

ちなみに、近頃話題のオバマ君の核兵器廃絶宣言だが、実は話の前後ではこう語っているのだ。
曰く『核兵器のない世界の平和と安全保障を追求するとの米国のコミットメントを声明する。私はうぶではない。この目標は迅速に到達されない。たぶん私が生きている間には。これには忍耐と粘り強さがいる。しかしいま我々は、世界は変わらないと我々に言う声を無視しなければならない。我々は「イエス、我々はできる」と固執しなければならない。
国際情報センター記事より抜粋

これがまともな政治家の外交発言、ってもんやで。

2009年7月10日 (金)

沖縄編 その17 かりゆしの旅をふり返る

自分でも「これ、いつ終わるん?」と思った沖縄編だった(^^;)

24日に帰山してから、身辺でもいろいろな出来事があり、実はブログを書く余裕など無い状態が続いていたのだが、画像を時系列で見ながら2週間、連日、泡盛の飲み過ぎで薄れて行く記憶を、掘り起こしつつ書いた(。。 )\バキッ☆

ある人に『よくまぁ毎日書けるね』と半ばあきれたように言われた。
「・・・あれが私の、唯一の現実逃避ですねん」と答えた。

実際、ブログを書いてる間だけ、辛い(^^;)現実を忘れ、楽しかった沖縄を再体験できていたのである。

しかし、沖縄について何か書くのは大変難しい・・・というか、気を遣う・・・というか・・・私は気を遣いながら書いてるんですよ~というような気持ちを、どこかに滲ませたくなるというのが正直な気持ちだった。
特に今回、「慰霊の日」に旅程が重なった事で、その思いが強まったように思う。

昭和20年、敗色濃厚の中、「本土決戦」に備え、沖縄を捨て石にした内地側に住んでる人間として、贖罪意識のようなものを持たねば沖縄へ行ってはいけないような気がしていた。
同じような気持ちを、中国や韓国に対しても感じる時もあるが、少し違う。
中国も韓国も、日本を糾弾する手段を持ち、それを実行もしているのに対し、沖縄は本土に対し、いじらしいと思えるほど、耐えているように思うからだ。

そもそも本土、という言葉も、いかにも上から目線の嫌な表現だ。
その昔、沖縄は大琉球と呼ばれ、台湾が小琉球(現在の台湾にある小琉球とは別)と呼ばれたように、明の時代から冊封体制に入り、後に薩摩藩にも重属させられる事になるが、明治の初めに清との領有権の取り合いに勝った日本により、無理矢理「県」として組み入れられただけで、四百数十年間は「琉球王国」として独立していたのだから。

そして、その琉球の文化こそが、この南の島の人々のおおらかさが結実したもののように思える。
まぁ、南の島の人はみなおおらかだ、というのも偏見かもしれないが(^^;)
朝貢相手である明、そして、薩摩藩、どちらも厄介な相手ながら、二つの国の文明を琉球風に換骨奪胎して独自の文化を創り上げたのは事実だ。
例えば、服装などは中華風だが、国内の公文書(明に対しては漢文)や歌集などでは「ひらがな」を使っているし、エイサーも元は浄土教の念仏踊りが起源だという。
日本でさえ、公文書は漢文を使ってた時代に、琉球ではひらがなを採用しているわけで、これだけ見ても独自の文明観があった事が伺えるではないか。
また、薩摩藩のプレッシャーが原因ではあるが、王国として、宮古島等の先島諸島に対し、侵略を行ったり、人頭税を課したりした歴史も持っている。

初日に、今帰仁城跡で、その王国の前の時代の城跡を見た。
そこでは、明に冊封され薩摩藩に重属させられた琉球王国こそが、侵略者だった。
しかし、さらにさかのぼれば、城が築かれたという事実がそれより以前の「戦」を証明している。
どこまで行っても、人類の歴史は殺し合いの上に成り立っているのだろうか・・・
そしてさらにその日は、「海洋博アノミー(社会体制の崩壊)」という言葉まで生まれた、インフレと本土からの土地買い占め、そして、ブーム後の放棄という、負の遺産の後始末のような「美ら海水族館」へ行った事で、なまじ楽しかった分、贖罪意識が増すような体験もした。
しかし次第に、現地の人と出会い話す事で、沖縄という土地がどんどん好きになっていったのも事実だった。

蹂躙された土地に、心温まる人たちが住んでいる。そういう印象だ。
それにくわえて海中の光景を始め、豊かな自然がさらに、私のささくれだった心を癒してもくれた。
巨大資本(それもたぶん本土、そして・・・外貨)によって、その自然は区切られてもいたが、100年もたてばホテルは改築(あるいは消滅)されているだろうが、象の鼻は健在だろうとも思えた。
(琉球性石灰岩は浸食されやすいので、多少、形はかわるだろうけど(^^;))
そして・・・100年たっても、絶対、ここの人々はエイサーを踊り、三線を弾き、三板を鳴らしているだろうと思う。

願わくば、ウチナンチューもヤマトンチューも関係無しに・・・

以上、沖縄について、たったの二泊三日で、何やらわかったような事を書いてきたが、実はさっぱりなーんもわかっていないのだけはわかっている(^^;)

しかしこの旅で、沖縄が大好きになった事だけは、確かなのである(^-^)

ちゃんちゃん

2009年6月20日 (土)

09高野山学 第3講と特別講義

本日は、午前中が村上保壽 高野山真言宗教学部長の「弘法大師の二つの十住心論」
そして午後からは山陰加春夫高野山大学教授の「時代順にたどる高野山の歴史(その3)」
とても、濃く、深く、広く、そして・・・わかりやすい(というと語弊があるのだが(^^;))!内容であった。

両先生のお話は、いつ聞かせていただいても、「なるほど、そうやったんか~!」と、すべてわかったような有頂天な気分を味わわせていただける。それほど、難解なテーマを、私でもわかるレベルにかみ砕いて、その醍醐味を伝えてくださるのだ。
ところが・・・授業が終わったとたん、「ええと・・・九顕十密と、九顕一密は・・・」などと、自分でまとめようとすると、まるでわかってない事にも気付かされる・・・
何とも情けなく、もどかしい。
実践者、としての経験の違いであろう。
しかし、覚え書きとして、少しでもそのエッセンスの一部を伝えたい、とも思う。
小さな小さな実践だが・・・(^^;)

てなことで・・・
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今日も超満員の会場へ・・・遅刻して入る(。。 )\バキッ☆
心構えがなってなーい!
これこそまさに、第一住心である異生羝羊心 (いしょうていようしん)(^^;)
つまり、「凡夫狂酔して、吾が非を悟らず。但し淫食(いんじき)を念ずること、彼の羝羊の如し」
意味:無知蒙昧な者は、自分の間違いに気付いていない。ただ性と食を思い続ける雄羊のようなものだ。
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座る場所が無いので立ち見していたら、主催者側がパイプ椅子を出してくれたので、感謝しつつ行儀良く座り(でないと膝に載せたpomeraが落ちる(^^;))文字を最大にして(でないと見えない(^^;))要点をメモする。
学ぼうとするこの心は・・・
第二住心愚童持斎心 (ぐどうじさいしん)であろうか?
 「外(ほか)の因縁に由って、忽ちに節食を思う。施心萌動(せしんほうどう)して、穀の縁に遇(あ)うが如し」
意味:他からの縁をもらい、すぐさま控えようと思う。他者に施す気持ちが芽生えるのは、穀物が発芽するのと同じである。
            ・
            ・
            ・
以下、沖縄編が終わってからUPの予定・・・(^^;)

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2009年4月18日 (土)

'09年度 高野山学 第一講

平成21年度の高野山学がスタート、
午前10時から2時間、受講してきた。
といっても、最初の30分は今回のみの受講開始ガイダンスで、これ以降、全部で8回開催される山学は午前10時半からの90分間である。

ちなみに第一講は金剛峯寺の村上保壽教学部長様による「弘法大師の仏教理解」

さて・・・
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確か募集は250名だったはずだが、当日受付で受講もできるので、なんと320名以上の方が参加w(゜o゜)w
大教室でも収容しきれないので、急遽、黎明館での講義となったとの事・・・
ローガンズとしては講師の先生までの距離が遠くなるのが痛いが(^^;)高野山学に参加される方が年々増えているのは大変喜ばしい事である(^-^)

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じゃっじゃーん!(^-^)
今回からアドエス+キーボード(RBK-2000BT Ⅱ)に変えて、pomeraを使う事にした。
KINGJIMの製品で、テキストファイルに特化したデジタルメモ機である。
立ち上がりが早いのと、携帯性に優れている割にキーボードのピッチが17㎜あるので、非常に打ちやすいので気に入っている。
不満点は電池(単4×2)の消耗度が早い事、スペックでは約20時間となっているが、感覚的にはその半分くらいしか保たないように思う。

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例によってギリギリで入場したので(。。 )\バキッ☆最後尾であり、スクリーンで拡大してもらっても、板書はほとんど見えない・・・(ToT)

そこで、デジカメで撮影しては拡大して見る(^-^)vの繰り返し~(笑)
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講義の内容を詳しく書くのは著作権に触れるし、何より村上部長のお話を聞いている間だけわかったつもりになってる「如是我聞」なので(^^;)間違えて伝えてしまう可能性も大!(。。 )\バキッ☆
どんな内容かは板書から察していただきたい。
ん?何が何やらさっぱりわからん?(^^;)
そういう方は、創元社の「空海 日本人のこころの言葉 村上保壽 著」をぜひご一読願いたい。

ただ、それこそ如是我聞ではあるが、「智慧」は、自ら功徳を積む「自利」を、他者のための「利他」という実践業に結びつけなければ、何にもならないという事。

だから、私も、ここへ如是我聞として書き連ねてみよう(^^;)
「利他」になるかは・・・はなはだ疑問だが・・・(^^;)

なぜ宇宙は存在するのか?私たちはどこから来て、どこへ行くのか?
ビッグバンが起こった事は確からしい、だが、なぜ起こったのかはわからない。
しかし、とにかく今はある、私たちはここにいる。
わからない事として、
不可得(ふかとく)なのである。

存在とは何か?
答えは・・・ない。
わからない事を引き受けるのは、非常に不安な事、
無、とか空、で置き換えたとしても・・・
それを引き受けるのは不安、
それを引き受けるのが仏教。

それを知ったら仏になるのか?
知るとはどういうことか?

現象を知覚するという事が「知る」
認識して知る、

「悟る」とは、真実の智慧を知る事。

しかし、御大師さんは・・・
即身成仏、仏になる。とは、
知る事ではなく、智慧を実践、実行する事だと説いた。

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知る事、知識を得る事だけにこだわるのなら、『二乗(小乗)は大悲欠けて方便具せず・・・』であり、やり直しのできる地獄へ堕ちた方がまだマシだとも説いている。090418sangaku6
つまり、自分だけではなく、他者との関係性こそが重要だと説かれている。

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「内外の依正に具す 互いに依となり正となす」
これは、『声字義(しょうじぎ)』の言葉、内(人間)と外(環境世界)のあり方は、人間が常に主であり環境世界が常に従であると定まっているのではなく、それらはたがいに主となり従となる依存関係にある。という事。
ここでも、自分だけではなく、環境との関係性の大事さが説かれている。

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「存在」はすなわち、他者との関係性に他ならない。
このあたりが、ヨーロッパ的「我思う故に我有り」とはちょっと違う点である。

それにしても、カリスマ的偉大さのみが強調されがちなお大師さんが、その著書の中で、他者や環境との関係性こそが大事と、繰り返し説いていらっしゃる事を改めて知ったのは新鮮な驚きであった。

この世界の一切の存在者が互いに依存しあっている。

まさに重々帝網 これこそが「悟り」
そしてそれはすでに千数百年前に喝破されていたのだ。

しかし、私たちはそれを知ってはいるが、実践しているとは言い難い。

それにしても、東大の入学式で「徳」を磨く大事さを知り、高野山大学の講座でその実践の大事さを教えていただいた事に、何やら不思議なご縁を感じる。

この上は、実践あるのみ、なのだろう。うん、

ありがとうございます~m(_ _)m

2009年4月14日 (火)

旅のいろいろ

昨日は、入学式終了後、せっかく九段下まで来たのだからと、靖国神社にお参りし、ついでに国立博物館で阿修羅像を・・・とも思ったのだが、その時点ですでに「自分的人混み滞在許容時間」が限界点に達していたので(^^;)遅めの昼食を摂ったあと、息子の下宿で一休みしてから帰山したのであった。

さて、3月の19・20日の下宿探し以来、27・28日の新宿での世界遺産講座、そして今回と、3週間ちょっとで上京3回となり、すっかり都会の垢がしみついた気分d・・・(。。 )\バキッ☆
いやその(^^;)
40歳まではJCに在籍していた関係で、けっこう頻繁に東京行があったのだが、会議の連続+飲み会だけで終わるスケジュールに終始しており、移動はほとんどタクシーで、東京を歩く機会はほとんどなかった。
それが今回、下宿探しをはじめとしてほとんどが鉄道+徒歩移動(笑)
縦横無尽に走ってる鉄道路線は便利だが、乗り換えの度に駅一つ分くらいの移動がつきもので、まぁ東京の人ってよぉ歩くんやねぇとうのが正直な感想。

ただまぁこちらも、移動はなるべく車でと決め込んでた頃とは違い、るん歩と銀ぶらのおかげで、歩くのが大好きになってる分、けっこう移動を楽しめたのも事実(^-^)
そして、これまた以前は、移動中に立ち止まるなんて時間の無駄、としか考えてなかったのが、今では何かブログのネタっぽいものを探して歩いているような案配(笑)
てなことで、3回の東京行で撮った画像を何枚か紹介しよう。

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↑さて、何でしょう?
って、けっこう知られた話だが、エスカレーターに乗る際、大阪では右に立ち、左側を開けるが、東京では逆に左立ちで右を開ける場合が多い。
その境目がどこにあるか?なんていうのが時々TV番組で特集されてるそうだが、そこへ外人さんが乗ってくるとこうなる、という図である(笑)
ただし、イギリスなんかだと大阪と同じ、右立ち左開けが普通らしいから、外人さんがみんな左立ち右開けするとは限らない。
一つ言える事は、郷にいればなんとやらで、新大阪では右立ち左開けし、東京へ着いたら左立ち右開けする我々とは違い、この外人のおばちゃんご一行はどこへ行っても左立ち右開けなのだろうという事(笑)
それが外人ゆえなのか、おばちゃんゆえなのかはわからないけど(笑)

ちなみに、どちらが正式なのかと思って調べてみたら、なんとなんとw(゜o゜)w
本来は片方に負荷をかけないために、右立ちも左立ちも不可!それどころか安全のため、歩く事自体がだんだん禁止される傾向にあるのだそうだ(^^;)

さて、新幹線から見た桜である。
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車窓から桜を眺めたとたん、3月以来、バタバタしてばかりの日常で、まだ花見で一杯というのをやっていなかったのを思い出したのであーる。
てなことで・・・さっそく(。。 )\バキッ☆
『昼間から飲むの?』とカミさんはあきれ顔(^^;)
「ええやろ~なにしろここ3回の東京行で、帰りはともかく、行きの新幹線で飲むのは初めてなんやから~」
『そうか、最初は下宿探しのためやったし、2回目は講演の資料見ながらやったもんねぇ』とめでたくカミさんの許可も降りm(_ _)m
こうなりゃベロベ浪漫じゃ~!(。。 )\バキッ☆
いやその・・・ビール1.5Lにとどめておきました~(笑)
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てなことで、ほろ酔い?で待つのは富士山のみ!(笑)
というのも↑は前回、先行したカミさんが写メールしてくれたものなのだが、後発の私も、一発綺麗な富士山を画像に・・・と思ったものの、あいにく海側のA席だったのと、資料作成に忙しく、A席でも十数秒間?は見られる安倍川?ポイントを待ち受ける余裕無し!(ToT)だったのだ。
・・・しかし晴天にもかかわず、富士山にだけは今回も霞がかかってて、画像は撮れず仕舞い(ToT)、縁がないんでしょうかねぇ・・・orz

てなことで、地下鉄のホームで一枚がこれ、
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左立ち右開き(ってもうええか(笑))のエスカレータでどんどん地下に降りて行くと思ったら、地下5階との事w(゜o゜)w
東京の地下鉄は一部が核シェルターになってるという都市伝説もあながち嘘ではないようにも思えた。
こんなところで火災でも起こったら・・・{{{{(+_+)}}}}
てなことで、久しぶりに会う息子にくどくどと身を守る術を・・・
言わない!(笑)
親離れ子離れせんとね~(^^;)って、どうせ言うても聞けへんやろし(笑)

さすが東京やね~と感心したのがこれ、
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下宿から少し離れた所にある商店街なのだが、シャッターが一枚も降りてないw(゜o゜)w
近頃はどこへ行っても「シャッター通り」と言われる寂しい景色が当たり前になっているが、元気な小さい商店がいっぱい建ち並んでいた。
東京=都会ではあるけれど、息子の生活圏にこういう下町っぽいマチ並がひろがっているのは、地に足がついた生活ができそうにも思えた。

さて・・・
タバコ事情である(笑)
もし、私が東京で住むとしたら、禁煙した方が楽に暮らせるとマジで思う。
以前にも書いたが、公共の空間でタバコを吸える場所はほとんご皆無!
お店で喫煙席が設定されている所もあるが、カミさんと息子が一緒なので当然の事ながら禁煙席となる。
おまけに息子の下宿もタバコで壁紙を汚すと補修対象になるため×
それならベランダで、と思ったが、これは火災予防のためか、もともと契約書に喫煙禁止と謳われている(ToT)
東京ではすでにホタル族さえ存在が許されないのである。
そんな中、せっかくだからとお参りした靖国神社で見つけたのがこれ、
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さすが、というかなんというか・・・(^^;)
お参りした後で、青空の中、交互に飛び交う白鳩とカラスを見ながらの一服は、やはり何と言われようと美味しいものだった。

新幹線だと全席禁煙の場合は、3・7・10・15号車のデッキに喫煙ルームがあり、この近くの席を取ればなんとかしのげる事は学習した(^^;)
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しかしやっぱり、「ながらタバコ」派の私としては、タバコだけを吸う、というのは何となく落ち着かない。

しかしまぁ時代の趨勢には逆らえんよなぁと思いつつ、13日の帰路に乗ったのぞみにはなんと喫煙車があったw(゜o゜)w
ということは・・・昔懐かし・・・があるかと思って移動してみたら・・・
ありましたがな~\(^o^)/
灰皿~!(笑)

 

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この時とばかり、遠慮無く、むちゃくちゃ吸いましたがな~(。。 )\バキッ☆
しかし・・・そんな御仁が多いのか、このデッキ、めちゃめちゃヤニ臭い・・・orz
タバコ吸いはタバコ吸いにも嫌われるという事か・・・(ToT)

さてさて・・・旅の締めくくりはやっぱり・・・(^^;)
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二日続けて午後の食事からビールばかり飲んでたもので(。。 )\バキッ☆
品川で「よし、もう、帰るまでビールは飲まんぞ~」とうっかりカミさんに宣言してしまい・・・

「ビ、ビールちゃうし・・・」(。。 )\バキッ☆ (。。 )\バキッ☆ (。。 )\バキッ☆

嗚呼、昨日、武道館で高邁な思想に触れ、自らも徳を磨かねばと決心したばかりなのに・・・
しかも、車内販売が来る度に「ビ、ビールちゃうし・・・」と言いわけしつつワインの追加・・・(。。 )\バキッ☆

緊張と緩和や、ね、緊張と緩和ぁ~!(^^;)

一連の行事が全て滞りなく終了したお祝いやんか~(^^;)

てなことで、帰りの車の運転をしてくれるカミさんに気兼ねしつつも、ちょっぴりベロベ浪漫で帰りましたとさ・・・

ちゃんちゃん

2009年4月13日 (月)

学長の言葉

てなことで、やってきました武道館、
天気晴朗なれど、九段下から延々と続く人の波・・・(ToT)
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「か、帰ってもええ?」と、はやメゲそうになる私・・・(。。 )\バキッ☆
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混雑の中、↑の看板の前で、新入生+2名の保護者の記念撮影が行われていた。
『私らも記念撮影する?』とカミさん、
「いやや、恥ずかしいも~ん」と、同時に答える私と息子(笑)
こういう所だけは完全に遺伝しているのである(笑)
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やっと入った会場は、すでに超満員で、まさに、一方的に「苦言を呈され」ても仕方がないような状況?(^^;)
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「あんたら何時から並んどったんや~」と心の中でツッコミつつ、立ち見席に陣取る(笑)

「チケットを人数分送ってきといて、座る場所も用意できてないって、東大側は足し算もできんのか?」とカミさんに言ったら、
『居眠りしないですむからいいんちゃう?』と返された。
「それもそうやね~」って、見透かされてるやーん(^^;)
ま、退屈やったら、立ってても寝てしまうけどね(。。 )\バキッ☆

『で、○○はどの辺にいるんやろ?メールで聞いてみよか?』
「100%、返事なんか来んやろ、どうせ携帯切ってるやろし」

少なくとも、息子の親離れはすんでいるのである(笑)

てなことで、黒いゴマ粒みたいな頭のどれかが息子であろうと思いつつ、東京大学の入学式を見極めてやろうと身構えた私であった。(^^;)
おそらくそれは、昨年の硬直化した式辞への反発と、東大という権威そのものに対する反感だったのだと思う。
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ところが、
その私の頑なとも言える気持ちは、今月の1日に就任したばかりという、濱田純一新学長の式辞によって、ゆるゆると解けていったのだった(^-^)

淡々と、権威主義などまさにどこ吹く風の、それでいてまさに「格調高い」の一言に尽きるすばらしい式辞だったのだ。

これ、田舎モンが権威に対して突っ張ってたら、凄い知性に出会って逆にすっかり感服しちゃった、という図式にも似てるが、少々違う(^^;)

式辞の冒頭、新入生へのお祝いと共に『皆さんがいま、こうしてここにいることを可能にして下さった、皆さんのご家族はじめご関係の皆さまに、心からお祝いを申し上げたいと思います。』と、昨年とはちょっと違うよ~みたいな一言があり、まず、うんうんと頷いた(笑)

続いて『東京大学については、皆さんはすでに多くの情報を持っていらっしゃることと思います。ただ、どうしても受験のための情報が中心だったでしょうから、この機会に改めて、これから皆さんが、その中で過ごすことになる、東京大学という組織の全体像を簡単にお話しておこうと思います』と、まさに淡々ではあるが明確に、子にも親にも、この大学がどういう存在で、どういう目的をもった教育をしているかの説明がなされた。
それはまさに、今日が受験勉強のゴールなどではなく、社会の役に立つ人間になるためのスタートである事を力強く伝えるメッセージでもあった。

現在の危機的な社会状況については『とりあえず状況が一段落したとしても、それは、必ずしもこの危機の克服ということではないように思います。本当の「克服」というのは、こうした危機が二度と起こらないような社会の仕組みと人々の考え方を、新たに作っていくということです』と、国会乞食共にこそ聞かせたいメッセージもあった。

さらに『100年先の指針を示し、道筋を提示していくことが大学の役割』であり、東大は『これからの世界を担う知の拠点としての役割を果たしていかねばならない』と強力な自負を述べた後、東大へ合格したくらいだから、新入生達のいわゆる「頭の良さ」については、まったく心配はしていない、そして、東京大学が提供するカリキュラムについても、豊かな教養教育と、伝統に裏付けられた専門教育で構成されており、万全の自信がある事も示した上で『しかし、そうした知識だけではなく、皆さんには「タフ」でもあってほしいと思うのです』と語ったのである。

この式辞が嫌味ではなく、素直に伝わる事こそが、濱田学長の人徳のなせる業だろう。

ちなみに、学長の説く「タフ」とは、健康そのもの、を指すわけではなく、知的活動を支える体力であり、それ以上に、社会的なコミュニケーションの場におけるたくましさを指している。
曰く、『知識というのは、それ自体としてもちろん価値あるものですが、知識が強い力を発揮するのは、とくに、社会的なコミュニケーションを通じてです。人や社会を動かすことによって、知識は生命を持ちます。ある知識を自分で納得するだけでなく、人に伝えること、人を納得させることには、一つの力が必要です。そして、コミュニケーションの相手というのは、自分と同じ価値観や人生観の人ではないことが、むしろ普通です。この国際化の時代には、しばしば、使用する言語さえ異なることも珍しくありません。こうした差異を超えて、知識を伝え、受け取ることができる力、また、互いに論じ合うことができる力、それが「タフ」であるということです』

感動した!
これこそまさに、教育者の言葉ではなかろうか?
こういう学長の下で鍛えてもらえるのは大変ありがたい事だと素直に思えた。
そしてさらに・・・
『このような「タフ」さの基盤にあるのは、たんに、コミュニケーションのテクニックあるいはスキルではありません。むしろ、人間的な力、人格そのものです』として引用されたのが、なんと「菜根譚」の『徳者才之主、才者徳之奴』だったのだw(゜o゜)w

私も何度かこのブログで、菜根譚にある「「無往非自適之天」を使っているが、まさか東大の入学式でどちらかと言えばおっさん向け?(^^;)の菜根譚が引用されるとは思ってもみなかった。

濱田学長自身も『少し悟りすぎたところがありますので、まだまだ若くて迷うことも必要な学生の皆さんには、今の年代で必ずしも一読をおすすめするというようなものではありませんが・・・』と前置きされて話し始められた。

それにしても・・・
『まだまだ若くて迷うことも必要な・・・』
なんて、ええ言葉なんや~!
どっかでパクって使おっと(。。 )\バキッ☆

閑話休題

『徳者才之主、才者徳之奴』の全文は・・・

徳者才之主 
才者徳之奴
有才無徳 
如家無主而奴用事矣
幾何不魍魎而猖狂

読み下すと、
『徳は才の主にして、
才は徳の奴なり、
才有りて、徳無きは、
家に主(しゅ)無くして、奴(ど)の事を用うるが如し
幾何(いかん)か魍魎(もうりょう)にして猖狂(しょうきょう)せざらん

つまり、「徳」すなわち人格こそが、「才」能の主人公であって、才能は人格の召使いである。才能があっても人格のないものは、家に主人がいなくて、召使いが勝手気ままにふるまっているようなものである。どれほどに妖怪が現われて暴れ狂わないことがあろうか。といったような意味である。

『ぜひ、皆さんも、この「徳」ということの意味を、考え続けてみて下さい。それを考えること自体が、きっと皆さんを成長させることになると思います。皆さんが、東京大学での学生生活の中で、さまざまな出会いや触れあいを通じて、才もあり、徳もある人間として成長して下さることを、心より願っています』と、いわば今は「才」だけとも言える新入生達に向かって穏やかに説く濱田学長は、まさに「徳」の人であった。

才も徳も無い私だが、その人の語り口を聞けば、その人が本当の言霊を発しているかどうかはわかるつもりだ。

感服した。
そして・・・式辞も終盤にさしかかり、
『さて、今日この場にお越しいただいている、ご家族の皆さま、ご関係の皆さまにも、一言申し上げておきたいと思います』となった。

「ほれ来た~!」(^^;)
「ど、どんな言葉で締めるんやろ?」と、ここまで感動、感服させておいて、昨年の踏襲やったらどうしようかと心配にもなった(^^;)

まさに杞憂であった。

『このところ、こうした席では、皆さまのお子さんは大学に入っていよいよ自立する時が来た、だから、もうあまり干渉しないようにお願いする、ということがしばしばあります。また、マスコミでも、「子離れが出来ない親」、という構図がしばしば描かれることもあります。
しかし、今日、私は、皆さま方に、むしろ、これからもお子さんたちとしっかりと関わって下さい、とお願いしたいと思っています。もちろん、それは、いわゆる「過保護」という意味ではありません。お子さんたちが、これからタフな学生として育っていくために、その成長の過程に引き続きご協力をいただきたい、ということです』

ブラボー!\(^o^)/

親離れとか子離れとか、字面にこだわる事こそが、タフで無い証拠という事がよくわかった、
いや、わかりましたm(_ _)m
恐れ入りました~m(_ _)m
息子をよろしくお願いします~m(_ _)m

結びの言葉はこうだった。

『知の創造と教育、社会との連携を通じて、東京大学は、日本の未来、世界の未来に対する公共的な責任を、いまこそ果たすべき時であると考えています。これからも東京大学は、豊かな構想力を備えた「世界を担う知の拠点」として、そのような責任を進んで果たし、社会からの信頼を確かなものとしていく決意でいます。
今日ここにいる新入生の皆さんが、こうした決意をもった私たちの仲間に入って下さることに、改めて歓迎の気持ちをお伝えして、式辞といたします』

お見事!さすが!大したもんです~!
おそらく私だけではなく、会場中のおそらく保護者全員が感動していたと思う。
(昨年までの学長派閥は除く、か?(^^;))
3154人の新入生×2(推定(^^;))の保護者達の万雷の拍手がそれを証明していた(^-^)

続いて○○学部長の式辞もあったのだが、学長の式辞の後では少々かすんでしまい気の毒に思えたくらいだった(^^;)

素直に、今日、ここで、入学式に参加できて良かった。そう思った。

「徳」を磨かねば、とも(^^;)

で、式終了後、合流した息子に、
「学長さんの式辞、どえらいええ話やったけど、たぶんお前の事やから・・・」と聞いてみたところ、
ほぼ予想通り・・・
『ん?途中から寝とったし・・・』であったorz

まぁ、緊張しながら聞き逃さないように、メモをとってるくらいなら逆に心配やけどな(笑)
(・・・って私がそうか?(^^;))

ちゃんちゃん

2009年1月16日 (金)

コップに半分

↓ベロベ浪漫が書きましたm(_ _)m

木屋の小汚いストーブの上に置いた、コップに半分の酒。
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今日は一つの現場の終わり、
めでたしめでたしで、ちょこっと飲んだ。
(まぁ、いつも何かの理由をつけて飲んでるのだが(。。 )\バキッ☆)

最後の一杯が、コップ半分になって、
ふと、思い出した言葉が、
{コップに半分の水を見て、『まだ半分ある』と思うのがオプチミスト(楽観主義者)で、『もう半分しかない』と思うのがペシミスト(悲観主義者)」

だが、ひねくれモンの私は、こう考える。
これ、51%とか、49%やったら、どうなるの?
そもそも、半分て何よ?
今、コップには熱燗が入っている、次の一口は美味しく飲めるはず、
だったらそれは、価値観で言うと100%ちゃうの?
いやいや、こうやってながめている間に、酒はどんどん冷めていく、
そうなったら、熱燗的価値は0%ちゃうの?
わぁ、そうなると、ながめてる間に飲んだらオプチで、ながめてるだけならペシミなん?(笑)
お?これって、量的考察からの脱出か?
あれれ、ちょっと待てよ、
たとえば今、このコップに醤油をいっぱいに入れたら、
少なくとも量的問題は解決やぞ(笑)
ただ、そうなると醤油も酒も台無しになるから、質的問題が発生するな~(笑)

しかし、現実問題として、いくらベロベ浪漫でもさすがにここに醤油は入れへんよな~(^^;)
・・・もうちょっと飲んだら入れてみるかもしれんけど・・・(。。 )\バキッ☆

あれれれれのれ~
そうなると現実的問題、って何やろ?

酔っぱらいが、今飲んでる酒には、醤油を入れない、って事か?

う~む、テツガク的やなぁ~って、さすがに違うと思うぞ~(笑)

てなことで、コップに半分(らしき)酒をながめつつ、
零下4度の夜は更けていくのであった。

ちゃんちゃん

↑しかし・・・これ、いつ書いたんやろ?・・・(。。 )\バキッ☆

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